ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

春 ~Sound of Contrabass~

2009年04月25日 | 名盤


 「春」。
 日本のジャズ界を代表するベーシストのひとり、金澤英明氏の3枚目のソロ・アルバムです。先日、九州在住の友人「月子」さんからのメールで、リリースされたことを知りました。
 もともと、ちょっとした経緯で金澤氏ご本人からファースト・ソロ・アルバムを頂き、それがきっかけとなって彼のベース・サウンドのファンになっていたので、即座にamazonで注文しました。
 今週の水曜日には届いていたのですが、平日に慌しく聴くのが惜しかったので、休みの前日の金曜夜まで楽しみにとっておいたんです。


 金澤氏のこれまでのソロ・アルバムは2枚とも持っています。クラシック、ジャズ、ロック、R&Bなど、いろんな発展性を持っているベースだと感じられていたものの、日野皓正グループやコジカナツルでの演奏で聴かれるように、どちらかというとジャズ寄りの音を出すのかと思っていました。


     


 CDから流れてきた音楽は、しっとりとした、深みのある、ボーダーレスなアコースティック作品でした。
 テーマは「日本の春」。
 これをジャンルの括りではなく、「金澤英明」という人間の中から湧き出てきたもので表現しています。
 編成は2本のコントラバスとピアノ、という特異なもの。これには意表を突かれました。
 金澤氏のあふれる想いを具現化したサウンドはもちろん、彼が選んだミュージシャンも、金澤氏の音楽性の表れでしょう。
 金澤氏はおもにピッツィカート奏法で、溝入氏はアルコ奏法で演奏しています。もちろんふたりがアルコでハモる部分もあります。
 ふくよかでまろやか、木の香りがする金澤氏のベース、時には優しく流れ、時にはフリーキーに叫ぶ溝入氏のベース、この二人の対比が興味深いです。そして柴田氏のピアノは金澤氏の提起した曲想をさらに深く掘り下げているように思えます。


 派手さを抑えた、より繊細な演奏が3人によって展開されています。演奏は、キッチリと隅々まで構成された予定調和的なものではなく、あくまで3人の自由な表現によるものでしょう。骨格だけしっかりと作りこみ、皮や肉の部分をあふれ出る3人の個性で彩っている、という気がします。
 この3人の音楽性の融合が、「作曲・金澤/溝入/柴田」というクレジットに現れているのではないでしょうか。


 ピアノが入ると、どうしてもその存在が主役になりがちですが、このアルバムでのピアノは、コントラバスの音色を生かし、聴かせるためのサポート役を果たしていると思います。でも脇役というには印象の強い、美しいピアノで、自分のスペースでは曲想に基づいた己のサウンドをしっかりと主張しています。


   


 春がすみがかかった朧月夜、雪の下から現れつつある新芽、花のつぼみ、まだ冷たさの残る風。
 日本特有の美しい自然を見ているようです。
 まだ雪の残る肌寒く浅い春から、桜散る温暖な春までの、いろんな春がコントラバスで描かれているんです。
 まるで印象派の絵を見ているような気分にさせられるんですね。
 あるいは、楽器で詩を朗読しているのを聴いているかのようです。


 トータルなサウンドは、とにかく骨格が太く、ぜい肉がない感じ。構成はしっかりと練ってあり、各人が曲想を捉え、それぞれのスペースを使って3人が自己表現しています。どこか富樫雅彦の名作、「スピリチュアル・ネイチャー」を想わせる音作りです。


 「14th」はクラシックにも造詣の深い金澤氏らしい、親しみがありながらもどこか荘厳なメロディーを持っています。
 「LUIZA」は巨匠、アントニオ・カルロス・ジョビンの作。前半は柴田氏のピアノを金澤氏の落ち着いたベースがサポートしています。後半は、美しい溝入氏のアルコを柴田氏と金澤氏が支え、より思索的なムードを醸し出しています。
 「桜の宵 一片の月」は、タンゴのようなリズムが異彩を放っていて、温かい気分になれます。咲き誇る桜、その枝の合間から見える月、時折り舞い落ちる花びらなどが目に浮かんでくるんです。





 わずか3人、うちベースが2人を占めているにもかかわらず、出てくる音には薄さの影もなく、非常に存在感があって厚い。
 金澤氏のベースは、決して弾きまくっているわけではないのですが、充分ベースの音色や存在を意識させて貰えます。とにかく個性豊かで表現力に満ちていると思います。


 いわば金澤氏を筆頭とした3人による、「春」をテーマにしたエッセイ集、といったところでしょうか。
 決して「華やかな春」ばかりではありませんが、生命力に満たされた土台を持つ作品だと思うのです。






◆春 Sound of Contrabass
  ■演奏
    金澤英明
  ■アルバム・リリース
    2009年
  ■プロデュース
    多田鏡子
  ■レコーディング・エンジニア
    青野光政
  ■収録曲
    ① 二風谷(nibudani) (金澤英明/溝入敬三/柴田敏弥)
    ② 雪の下の春 (金澤英明)
    ③ LEO (金澤英明/溝入敬三/柴田敏弥)
    ④ 14th (金澤英明)
    ⑤ 屈原(kutsugen) (金澤英明/溝入敬三/柴田敏弥)
    ⑥ TOSHI (金澤英明/溝入敬三/柴田敏弥)
    ⑦ 武蔵野ー春草 (金澤英明/溝入敬三/柴田敏弥)
    ⑧ LUIZA (Antonio Carlos Jobin)
    ⑨ Some Other Time (Leonard Bernstein)
    ⑩ 桜の宵 一片の月 (金澤英明)
  ■録音メンバー
    金澤英明(contrabass)
    溝入敬三(contrabass)
    柴田敏弥(piano)


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4 コメント

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興味深いですね♪ (noriko)
2009-04-26 00:13:29
ベース2人に、ピアノ1人ですか…
面白そうですね。
その構成に興味があります。

MINAGIさんの評論を読んでいると、
聴いてみたくなってきますね。

私は、この三人の演奏は、
多分聴いたことがないと思います。

金澤さん…日本のジャズ界を代表するベーシストの一人ならば、なおさら、覚えておかなくちゃ!

日野皓正さんは、知ってますが、
TVなどで放映してれば、
ジッと聴いたりしますが、
積極的には聴かないかな…。

楽しみにしていたCDは、
ゆっくり時間をとって聴きたいっていうの、
わかります!
私も、そのタイプ(*^^)v

だから、
まだ聴いてないのが山積みになったり…
今は、
DVDが何枚か、順番待ちしてます…(笑)

返信する
norikoさん (MINAGI)
2009-04-26 07:42:04
金澤さんはジャズ畑の、溝入さんはクラシック畑の凄腕で、ベースふたりの役割はちゃんと分けられていて、同じ領域にかぶるようなことはなかったですよ。
これはクラシック好きの人にもイケるアルバムに仕上がっていると思います。
金澤さんの存在は覚えておいて損はないですよ~
ちなみにピアニストの柴田さんはまだ25歳。やっぱり凄腕で、しかもイケメン!(^^)
買ったばかりのCDを聴くのは大きな楽しみのひとつなので、用事を済ませて時間にゆとりができてからワクワクしながら封を開けます。この瞬間がたまらないんですよね~♡
ぼくの机の上にもまだ封を切っていないCDが2~3枚あります。楽しみはいくつかとっておかなくちゃ!(^^)
返信する
聴いてみたくなります (けい)
2009-04-26 09:34:23
MINAGIさんの講評を読んでいると これはぜひ聴いてみなくちゃ!とついつい思ってしまいますね。
どんなベーシストなのかなぁ。・・・って説明を読むとなんとなく想像できますが。提供してくれている画像がまた渋くていいですね。
やっぱりビジュアルから入っていくのかな わたしは(笑)
春をテーマにしても 色々な角度から春をとらえて それを音色で表現するというのは千差万別なのですが、日本人というのは春が一番好ましいと思っているのかなとさえ思えてきます。どんな春がここにあるのか わたしもamazonクリックしたくなりました♪
返信する
けいさん (MINAGI)
2009-04-26 12:32:32
むむっ、そう思わせる文章が書けているなら、CDの販促隊長となって金澤さんを応援せねば!
金澤さん、別名「ヒゲゴジラ」らしいです(^^)。お人柄も男気のある、シブいお方ですよ。
ビジュアルから入るならピアノの柴田君をオススメします。イケメンで凄腕です~(^^)
金澤さんの「春」には、花の咲き誇る手前の、生命力あふれる新芽が着実にしっかり育つ様子や、厳しい冬の名残りのあるまだ肌寒い、けれども春の香りのする空気などが詰まっているような気がします。
派手さはないですが、大人の苦味のある落ち着いたアルバムですよ~
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