ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

「ヴォイセズ」と「イーストワード」 (「Voices」&「Eastward」)

2006年03月10日 | 名盤


  最近、ベーシストのリーダー・アルバムを気に入って聴くことが多いです。意識してベースを聴いてみようしているわけではないんです。ベーシストであるかどうかにかかわらず、たまたま聴いた金澤英明や北川潔、あるいは中村健吾らの世界が自分の気に入ったものだった、というだけなのです。


 昨夜はゲイリー・ピーコックのアルバム、「イーストワード」と「ヴォイセズ」を聴いていました。
 ゲイリー・ピーコックといえば、今やジャズ・ベーシストの最高峰のひとりとも言える存在で、キース・ジャレット・トリオのベーシストとして有名ですね。
 彼は1936年生まれ。今年の5月で70歳になりますが、相変わらず第一線で活躍しています。13歳でピアノを始め、高校時代にはドラムやヴィブラフォンなども演奏していたようです。軍隊に在籍していた1954年にベースを始めたそうですから、ベース歴もすでに50年を越えているんですね。


     
     ゲイリー・ピーコック


 ゲイリー・ピーコックには、東洋思想と自然食主義に深く傾倒していた時期があり、その実践のために1970年から約2年間、日本(京都、のち東京)に住んでいました。
 1960年代にはポール・ブレイやビル・エヴァンス、アルバート・アイラーなどと共演していたピーコックの名は、その頃にはすでにジャズ界に知れ渡っていました。
 以前、関西のあるミュージシャンからこんな話を聞いたことがあります。


 「京都のあるライヴ・ハウスでのこと。得体の知れないガイジンがたまにフラリとやって来ては、静かにジャズを聴いて静かに帰ってゆく、こういうことが何度もあった。いつしか店のスタッフや常連たちは、『あれはいったい何モンやろ』『坊さんの修業にでも来てるん違うか』などという疑問を持つようになり、ある日ついに思い切って話しかけてみた。
 『失礼ですが、あなたはいったいどういったお方なのでしょう』『お名前を教えて頂けませんか』。返ってきた答えは、
 『わてがゲイリー・ピーコックだす』(別に関西弁で答えたわけではなかったらしいが)だったという。
 これを契機として、関西のミュージシャンたちはピーコック氏に教えを乞うようになり、その結果として関西ジャズ界のレベルがアップした」


 ぼくにこの話をしてくれたのは冗談の好きな方ですので、どうも脚色されている部分があるような気もするのですが、とにかく、おおむねこんな内容でした。


 しかし、日本滞在中にピーコックが多くのミュージシャンと交流し、日本のジャズ界に多大な影響を与えたことは事実です。彼は滞日中に4枚のアルバムを残していますが、そのうちピーコック自身のリーダー作が、この「イーストワード」と「ヴォイセズ」の2枚である、というわけです。
 2枚ともピアニスト菊地雅章、ドラマー村上寛という布陣です。「ヴォイセズ」ではこの3人にパーカッショニストとして富樫雅彦が加わっています。


       
     ◆イーストワード/Eastward
       ■演奏
          ゲイリー・ピーコック/Gary Peacock         
       ■プロデュース
          伊藤潔         
       ■録音            
          1970年2月4日⑦、5日①~⑥  川口市民会館         
       ■録音メンバー            
          ゲイリー・ピーコック (bass)            
          菊地雅章 (piano)            
          村上 寛 (drums)
       ■収録曲
          A① レッソニング/Lessoning (Peacock)
           ② ナンシ/Nanshi (Peacock)
           ③ チェンジング/Changing (Peacock)
           ④ ワン・アップ/One Up (Peacock)
          B⑤ イーストワード/Eastward (Peacock)
           ⑥ リトル・アビ/Little Abi (菊地雅章)
           ⑦ ムーア/Moor (Peacock)
 
 
 それまでは主としてフリー・ジャズのフィールドで活動していたピーコックですが、「イーストワード」ではその片鱗は見られるものの、比較的ストレート・アヘッドなジャズを演奏しています。しかし、だからといってピーコックの強い個性が薄まったわけではありません。むしろ波長の合う菊地雅章というピアニストと出会ったことでピーコック自身の世界が広がり、ひいてはそれが、菊地雅章や村上寛らの音楽的可能性をも広げる結果となったのではないでしょうか。
 「ヴォイセズ」では、菊地と、より内省的になったピーコックとの結びつきが、さらに深まったような印象を受けました。まるで、水墨画や、ひと気のないお寺の庭、あるいは人里離れた自然の風景などを見ているよう気がする作品です。富樫を含めた4人の、音を通じての会話が、いっそう自在に行われているようです。


        
      ◆ヴォイセズ/Voices
       
■演奏
           ゲイリー・ピーコック/Gary Peacock
        ■プロデュース
           伊藤潔
        ■録音
           1971年4月5日  東京・毛利スタジオ
        ■録音メンバー
           ゲイリー・ピーコック (bass)
           菊地雅章 (piano)
           村上 寛 (drums)
           富樫雅彦 (percussion)
        ■収録曲・・・all tunes composed by Gary Peacock
           A1 イシ(意思)/Ishi
            2 梵鐘/Bonsho
            3 ホローズ/Hollows
           B4 ヴォイス・フロム・ザ・パースト/Voice From The Past
            5 鎮魂歌/Requiem
            6 AE. AY./AE. AY.
 
 
 ピーコックのベースは、テンポの速い曲ではたたみかけるようなビートを出すかと思えば、ソロ・パートでは深みのある音色で独特の空間を作っています。
 グルーヴ感と表現力を兼ね備えていて、やはり当代一流のベーシストなんだな、としみじみ思いました。
 ピーコックと菊地雅章の結びつきはその後も続いており、1980年代、90年代にもこのふたりが組んだ作品が発表されています。

     
     (左から)村上寛、菊地雅章、富樫雅彦


 2枚とも、とても個性の強い、創造的な作品だと思います。
 夜中に聴いていると、モノトーンの感覚に包まれたような気がしてきます。不思議な浮遊感を持った作品です。




 

コメント
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