美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

靖国神社の存在は悪か コメント付き (イザ!ブログ 2012・5・29 掲載分)

2013年11月17日 02時22分39秒 | 政治
今回は、靖国神社について考えてみたい。

そういう気持ちになったきっかけは、最近葦津珍彦(あしづ・うずひこ 1909年(明治42年)~1992年(平成4年))の『国家神道とは何だったのか』(神社新報社)を読んだことです。それは、今月の27日の読書会で取り上げたテキストです。

葦津珍彦の名を知らない方が、けっこう多いのではないかと思われます。私の場合、前回の読書会で同じく彼の著書である『武士道 戦闘者の精神』(神社新報社)を取り上げたときはじめて知りました。いわゆる保守派に分類される思想家です。彼の思想には、透明度の高い憂愁を湛えつつ、保守系思想の「奥の院」に物静かに鎮座する趣があります。奥深くてバランスが良いのです。

では、本論に移ります。

靖国神社問題についてきっちりと考えを進めるには、近代国家をリアルに、そうして原理的に突き詰めて考える必要があると私は考えます。

近代国家は、主権国家です。それに例外はありません。これが議論の出発点です。

だから、近代国家は、潜在的に常に統治権をめぐっての諸国家間でのせめぎあい・軋轢を抱えることになります。それが、顕在化し極限に達した局面が国家間戦争です。もともとは、切りなくだかだらと続く宗教戦争に心底懲りたヨーロッパ人が、それに終止符を打つために考え出した「主権国家」のアイデアが、今度は、勢力均衡が破れたときに勃発する国家間戦争の原因となったのです。ちなみに、『戦争論』を書いたクラウゼヴィッツの有名な言葉に「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」というのがありますね。それは、主権国家間において戦争が不可避であるという側面と、その不可避な戦争は、無益な殺し合いに終始すべきものではなくて、あくまでも主権国家間の諸問題を解決するための政治であらねばならないという側面に、同時に光を当てた名文句です。近代における「主権国家」の誕生は、内と外とをくっきりと分ける「国境」の発見でもあった、と言いかえることもできるでしょう。

次に、近代はテクノロジーが飛躍的に絶えず発展する時代でもあります。近代国家は、常に潜在する、来るべき戦争に備え、テクノロジーの最新技術を駆使して武器の殺傷能力の向上に磨きをかけます。そのこと自体が国家の対外的発言力(外交力)を高めることにもなるので、近代国家は血眼になって、武器の殺傷能力を高めようとします。

それゆえ、一旦戦争が起こった場合、それまでの時代とは桁違いに大量の戦死者や犠牲者が生じることになります。近代戦争は、大量殺戮を伴う総力戦の様相を呈することになるのです。

日本は、一九〇四年の日露戦争で初めてそういう意味での近代戦を経験することになりました。鉄砲玉の飛び交う中で兵隊たちがバタバタと死んでいく凄まじさは、例えば石光真清の手記四部作(『城下の人』『曠野の花』『望郷の歌』『誰のために』特に『望郷の歌』)に生々しく描かれています。ちなみに、この四部作は日本の名も無き一般国民がどんな思いを噛み締めて近代国家の建設に参画してきたのかを窺い知るうえでの必読書です。

さて、ここで問題になるのは、総力戦の結果生じた人命の多大な犠牲を国家がどう扱うかということです。言いかえれば、国家が最大限の敬意を戦死者に対して払っていることを、国民が納得しなければなりません。そうしなければ、国家が民心を糾合することがそれ以上できなくなるからです。少なくとも、困難になるからです。

国力なるものの核心は、国家が民心を糾合する力です。あるいは、国民が国家に対して抱く基本的信頼感の総和です。(これは、国民主権国家において国民が持つべき国家権力に対するまっとうな懐疑・批判意識と矛盾しません)単なるGDPの数値の大きさがそれなのではありません。ここは肝心なところです。だから、国家のために命を賭した存在に国家が誠(まこと)を尽くさなければ、国家はその存在根拠を失います。そういう事態を迎えれば、国家はそれでアウトです。

それゆえ、戦死者の慰霊は、国家にとってその存亡に関わる最重要事なのです。それがピンと来ない政権担当者は、何も分かっていない形骸化した権力者です。(アメリカの為政者はそのことを知り抜いています。さすがは、覇権国になるだけのことはあります)

だから、近代諸国家は戦死者のために慰霊施設を設けています。例えば、アメリカのアーリントン国立墓地、イギリスのウェストミンスター寺院、中国の人民英雄記念碑、台湾の忠烈祠、韓国の顕忠院、インドネシアのカリバタ英雄墓地などがそうです。

そうして、それらと基本的には同じ機能を果たすものとして靖国神社がある。国際比較からすれば、そういう位置づけになります。

だから、靖国神社の、政治家による公式参拝は全く当たり前のことであるし、首相が八月十五日に参拝するのもこれまた当たり前のことである。そういうより他に仕方がありません。これは、別に変に胸を張って言っているのではありません。

それでは、憲法20条第3項の政教分離の原則に反するではないか、という議論があろうかと思われます。それに対しては、憲法20条第3項は、国家の代表者が公式に戦没者を慰霊することを妨げるものではない、と答えておきましょう。もし妨げるものであるとすれば、それは国家の弱体化を図る毒素条文であることになってしまいます。

私は、あくまでも国際常識に即して申し上げているだけです。私の言うことが偏って聞こえるとすれば、それは日本が訳の分からない非常識に支配されているからです。

また、慰霊行為は、国民の生死観つまり魂に深く訴えるものでなければなりません。そうでなければ、それは形だけの慰霊になってしまって意味がなくなります。

国民の生死観とこれまでの歴史においてもっとも深く関わってきたのは国民宗教です。また、深く関わってきたからこそ、国民宗教は半ば以上習俗と化しています。習俗の核心に宗教的なものがいまだに息づいているのです。

例えば、一般の日本人は、年末に大掃除をしてお正月に清新な雰囲気を皆で共有して喜び合います。ここには、前年までの穢れを払い、新しい年の始めにご先祖さまをお迎えして、ともに祝宴を催して楽しむという宗教感情がごく自然に織り込まれています。私たちは普段そんなことをまったく意識しないで年末・新年行事をごく自然に執り行います。柳田国男が好んで描いた常民の世界ですね。

そういう意味合いの、日本の国民宗教にあえて名をつければ、「神ながらの道」すなわち神道となるのでしょう。というのは神道とは、葦津珍彦によれば、数千年の日本民族大衆の精神生活の中で、自然成長的に育成されて来た民族固有の精神の総称であるからです。一神教こそが宗教である、という意味合いとはずいぶんニュアンスを異にしますが、それは文化の違いを踏まえればごく当たり前のことでしょう。

だから、日本国家による慰霊が神道の色彩を帯びるのはごく自然なことです。それぞれの国家の慰霊がそれぞれの国の伝統宗教の色彩を帯びるのが当たり前のことであるように。

「しかし、靖国神社に戦没者を祀ることは、戦争の美化や正当化につながるのではないか」という批判に対しては、葦津珍彦氏の次の言葉を引用しておきます。

大多数の国民は将兵の「武運長久」を祈り、将兵も勝利を得て生還することを希望したのは当たり前の人情である。その人間として当然の希望人情がたっせられないで、やむなくして非命に斃れた時に、その死を悲しんで靖国神社に祭ったのである。靖国神社の祭りは、明治天皇の思召による特殊の懇切な勅祭とされたが、それは一般の格別官弊社のやうに、史上有名な特殊の功臣を遠く追想して祭神とされたのではなく、その功業の高下大小にかかわらず、その非命を悲しまれて、戦後直ちに追悼合祀されたのであって「戦死を以て極楽往生の道」だと教へたわけでは決してない。

明治天皇の皇后(昭憲皇太后)の御歌に「神がきに涙たむけてをがむらし かへるを待ちし親も妻子も」と詠ぜられてゐる。日露戦役後の御歌で「生還」を待ちし親と妻子の情の痛切さを詠ぜられてゐる。これがありのままなる靖国神社の祭りの心であって、生還を切望してゐたけれども、やむなく戦死した、その結果を悲しんで行なわれる懇切な祭りである。その悲しみの結果として行われた祭りの精神を逆立ちさせて解釈し、それを「戦死させる目的」をもって、靖国神社の祭りが行われたかのやうに曲解して「反靖国」「反国家神道」の理論構成をしてゐるやうな新奇の主張が、いつまでも続いているのは敗戦日本の浅薄にして不可思議の論である。少しく、まじめに人間心理の内的消息を考えてみれば分かることだ。いかに懇切な祭りをするといっても、「武運長久で無事生還する」よりも「死を代償に神になりたい」と思った通常の国民がどれだけあり得るといふのか。

「靖国神社に戦没者を祀ることは、戦争の美化や正当化につながる」という論が、靖国神社に戦死者を祭る遺族の真情・深い悲しみに対する致命的な無知に基づくものであることがお分かりいただけるのではないでしょうか。

さらにもう一つ。根強い靖国批判があります。それは「靖国神社には、東条英機などの、極東軍事裁判のA級戦犯が祀られている。だから、靖国神社は第二次世界大戦における日本軍による侵略戦争を正当化する逆コースを象徴する存在なので否定すべきである」という見解です。

まず、言っておかなければならないのは、極東軍事裁判は、正当な手続きを経たマトモな裁判であると到底言えた代物でないとの見解はもはや国際法上の通説であることです。「戦争の勝者の、敗者に対する一方的な報復的な裁き・リンチを裁判の形式で遂行したもの」という評価が定説です。極東軍事裁判の実質上の総責任者であるマッカーサーでさえGHQの任務を終えて帰国した後「あの裁判は誤りであった」と言っているほどなのですから。

極東軍事裁判についてはいろいろな批判の仕方ができますが、ここでそれをするのは論の主旨にあまり沿わないので、一つだけ取り上げます。

それは、起訴された28名の元指導者たちに侵略戦争の「共同謀議」があったとする連合国側の主張です。これは、英語のconspiracyを和訳したもので英米法特有の法律概念です。「陰謀;グル;徒党;臭味;謀叛;巧らみ;密謀;結托、結託;一味;馴合い;一味徒党」などという多くのニュアンスを含む言葉で、ギャングなどのような悪質な徒党を一網打尽にするための法概念です。同席して言葉を交わしたりしたことがまったくなくても、ちょっとした目配せとか呼吸の合ったところの暗黙の確かめ合いなどといったことで成立してしまう、われわれ日本人からすれば、ずいぶん悪質で奇妙な法概念ですね。

これが、被告28名全員に例外なくあったと決めつけられてしまったのです。被告たちは唖然としてしまいました。28人の中には、一面識もない者同士が少なからずあったというのですから、それは当然でしょう。その想定の荒唐無稽さをお分かりいただくために一つだけ例を挙げましょう。

開戦時の総理大臣は東条英機です。また、開戦時の外務大臣は東郷茂徳(しげのり)です。東条英機は軍部に対して抑えが効く実力者として、日米開戦を阻止するために「最後の元老」西園寺公望によって総理大臣に抜擢されました。崇敬する天皇の前で、日米開戦を避けるために万全を期すことを東条は誓っています。その宣誓に偽りの心は混じっていなかったことでしょう。

また、東郷茂徳は東条英機の外相就任の要請に対して日米開戦を阻止するための外交努力に東条内閣が全面的にサポートすることを条件に気が進まないながらも就任を呑みました。外相に就任した東郷は、日米開戦阻止のために文字通り身命を賭します。そんな二人が、誰も知らないところで密かに国家規模の侵略戦争のプラニングに参画していた、あるいはそのプランの存在について暗黙の了解があったと、連合側は主張したのです。馬鹿げていますね。それにまつわる被告側の弁護人の正当な抗弁は、理屈抜きにことごとく却下されました。

このこと一つとってみても、われわれ日本人が当時の連合国側に気分的に同調して、A級戦犯として裁かれた戦前の我が国の最高指導者たちを忌み嫌うべき極悪人であるかのようにいまだに取り扱うのは、まったくの非合理であるし馬鹿げてもいると、私は断言してしまいたい気分です。

戦勝国による占領とは、国際法上「戦争状態の継続」を意味します。だから、占領軍側の一方的な裁きによって死刑に処されたり、獄死したりした元最高指導者たちを「戦死者」として靖国神社にお祀りしてその魂を慰めることは、国際法の通念から、そうして、かれらの無念を思えば、当然すぎるくらいに当然のことであると私は考えます。

国家による戦死者の慰霊に、身分の高下貴賎の別があってはなりません。皆、国家による最大限の誠を尽くした敬意が払われるべき存在です。だから、戦死者の慰霊に関して、国家が他国の容喙に屈することがあってはなりません。そうすることは、戦死者への侮辱以外の何物でもないのです。「外交的配慮」の名のもとに、そういうことをし続けている日本政府の態度に対して、私はずっと深い憤りと悲しみを噛み締めています。それは、主権国家の存在根拠が腐食していることの証であるからです。この言葉が極右のご無体なそれに響くようであれば、失礼ながらその方は、近代国家の本質を全く解さない無定見者と私は断じざるをえません。

結論。靖国神社の存在は悪などでは決してありえない。日本という近代国家にとって不可避的な慰霊機関である。

ちょっと話は変わりますが、私見によれば、日本における現存の最高の慰霊者は、天皇です。そのことを、私たちは東日本大震災で再認識したのではないでしょうか。また、いつのことだったか、パラオ諸島で戦死した無名戦士たちを現地の浜辺に立って全身で悼む天皇皇后両陛下のか細い二つの後ろ姿の映像に、私はハッとして胸を突かれたことを白状します。

私は、日本における最高の慰霊者としての天皇が靖国神社に参拝できない異常事態を憂える者です。天皇自身もそれを憂えているはずです。さらにいえば、靖国神社に合祀されている英霊たちも、その遺族も、それを嘆いていることでしょう。日本政府が「戦死者の慰霊に関して、国家が他国の容喙に屈することがあってはならない」と腹を据えれば事態は打開されます。その日が一日でも早く来ることを、私は願っています。

民主党が政権をとってからというもの、あまりにも馬鹿げた政策が次から次に繰り出されてくるので、国家のごく基本的な問題をつい忘れてしまいます。みなさんも気をつけてくださいね。





〈コメント〉

Commented by soichi2011 さん

今日は。いつも楽しく拝見させてもらっています。経済問題ですと、無知な私、はただ勉強させていただくだけで、こちらから何も言えなかったのですが、靖国問題とかになると、他人の迷惑はかえりみず、いささか駄弁をふるいたくなります。
 美津島さんがおっしゃることにも、葦津珍彦先生の御説にも、特に異論はないのですが、葦津先生の御本の、ご引用の部分には少しだけ違和感がありました。戦没者遺族の「悲しみ」だけを強調するところが。靖国、に限らず世界中にある戦没者慰霊のための施設が、ただ遺された者への慰撫のためにのみ存在するわけはないのです。たぶん、葦津先生もそう考えていたわけではないでしょう。靖国への妙な非難に対するカウンターとして言っただけではないでしょうか? まあ、美津島さん同様、葦津先生も、私などよりずっと純粋な方でしょうから、こういうのが性にあっていたといこともあるんじゃないかと思います。

 慰霊とは、いかにも、哀悼の行為でもありましょうが、やはり、顕彰の意味もあるでしょう。国家のために戦って斃れた人は英雄です。しかし、ギリシャ悲劇の英雄たちなどとは違って、一兵士は、その名が広く、長く、知られることはない。もちろん、ギリシャ時代にも、「一兵士」はいました。近代以前の東洋にも、この日本にも。彼らは否応なく戦に駆り出され、運悪く戦死しても、名もないまま死んで行くしかなかった。いい悪いではなく、それより他にはなかった。

 それは近代でも、現在でも、変わりません。でも、近代国家には、それはマズいんじゃないかなあ、という感覚はあります。人は名もない庶民であるだけではなく、「国民」であらねばならない。そういうタテマエで運営されているのですから。それならば、せめて国家のために死んでくれた時には、特別なはからいをしなくてはならない。国家が、彼らを弔い、記念し、祈りを捧げなくてはならない。逆に言うと、そのような行為を通じて、「国民」が現れ、共同幻想としての「国家」が成立するのです。

 というと、左翼みたいですが。私は、人間が生きていく上でなんらかの幻想は必要だと思いますので、国家は大切であり、それなら当然、それを成立させ、保つ努力も必要だと思うのです。

2012/05/31 23:56


Commented by soichi2011 さん

千字までしか書けないので、連続投稿します。

 ちょっと文句つけになりますが、靖国に、閣僚が、8月15日に参拝する必要はないですよ。だって、大東亜戦争の戦没者だけが祀られているわけではないですから。まあ、八割がたはそうなんでしょうが。

 坪内祐三『靖国』から得た知識だけで申しますと、8月15日参拝を始めたのは三木武夫で、彼は遺族会の票が目当てだったようですね。それ以前の総理大臣は、岸でも池田でも佐藤でも田中角栄でも、春と秋の公式な祭事である例大祭に、不定期にですが、出席したものだったそうです。天皇陛下も、そう。

私の主観で申しますと、総理大臣などはどうでもよろしい、陛下にはぜひ御親拝願いたいですね。だって、元々「祀られると同時に祀る」者であり、「国民統合の象徴」なんですから。それが、どうにも妙なことになってしまっていますね。
 あの「富田メモ」ですが。公式なご発言ではないので、問題にしないほうがいいのかも知れませんけど、保守派の多くがこれを無視するような態度なのは、やっぱり弱さのような気がします。

 保守派は、「東京裁判史観」の超克を目指しているのだから、昭和天皇がそれを認めていた、となると、それは具合が悪いでしょう。まあ、陛下が、一人の人間としてそう感じられたのはしかたない、松岡・白鳥をお嫌いなのもけっこう。でも、そんな個人的なご感想は、外へ出すべきものではない。でも、出ちゃったんですね。

 A級戦犯合祀に関する私の考えは、美津島さんと同じです。祀られている人の中には、立派な人も、悪い奴もいるいでしょう。東条以下のA級戦犯は、何しろ国の指導者なのだから、あの戦争に関する功罪をずっと後代まで問われるのが当然です。それと、慰霊とは全く別のことだ。日本人なら、自然にそう感じるのではないでしょうか。

 私は、日本人の一人として、陛下が、いっさいの政治的な雑事から離れて、堂々と靖国に御親拝なされる日が来ることを、心から祈ってやみません。その日がくるまでは、日本は、残念ながら一人前の国ではない、そう思えます。

 妄言多謝。小浜逸郎さんとのやりとりにも、折を見て乱入するつもりでおりますので、どうぞよろしく。

2012/06/01 05:41


Commented by 美津島明 さん

soichi2011さん
気合の入ったコメントをありがとうございます。
おっしゃること、いちいちごもっともと承りました。特に、

「東条以下のA級戦犯は、何しろ国の指導者なのだから、あの戦争に関する功罪をずっと後代まで問われるのが当然です。それと、慰霊とは全く別のことだ。」

の箇所は、我が意を得たりの思いで、思わず膝をポンと打ってしまいました。私自身、そういうことが言いたかったのです。実は、自分が主宰している読書会で、東京裁判はひとつの大きなテーマとして集中的に取り上げたことがありました。

彼ら当時の指導者たちは結果的には失敗だらけの意思決定をしてしまいました。ただし、彼らには戦後の指導者にはない政治家としての美質としか言いようのないものが共通してあるように感じたのです。それを一言でいえば「他の誰にも頼らず、全ての難問を真正面から自前のものをフルに使ってなんとかしようとする自立心・独立心」ということになるでしょうか。この感じが、戦後の政治家には誰にもないのですね。アメリカにボロ負けして、みんな、すれっからしになっちゃったというか。彼らの政治的意思決定について、誤りは誤りとして、馬鹿げたことは馬鹿げたこととしてきっちり指摘されるべきなのは当然なのですが、なんといったら良いか、人として信用できるところがあるのです、彼らには。それを感じ取ってから、私は彼らが靖国神社の「やっかいもの」扱いされている現状に、さらには、靖国神社そのものが「やっかいもの」扱いされている現状に深い疑問を持ったのです。乱暴に言えば、やっかいもの扱いしようとする人たちに対して「人としてお前らにそんな資格があるとでも思っているのか」と言いたくなってきたのです。

首相の参拝に私がこだわるのは、日本が国民主権を規定しているからです。その代表者として、首相が戦没者に敬意を表するのは義務ではないかと考えるのですが、さて。慰霊はその道のプロの神主さんが心を込めてやっていただければと思います。

いろいろと申し上げてしまいました。

「折を見て乱入」。もちろん大歓迎します。


2012/06/02 10:25


Commented by soichi2011 さん
 すみません、もう一言。美津島さんは、靖国問題を「国家主権」の見地からとらえていらっしゃる。それにまちがいはないのですが、一方で私は、「そんな高級な問題かなあ」という感想もあります。

 もう御存知でしょうが、ちょっとだけおさらい。前に申しましたように、八月十五日参拝を始めたのは三木武夫で、これは昭和五十年。「公人としてか、私人としてか」なんて文句つけはこのときすでにあったようです。A級戦犯の合祀はその三年後。国内でこそ批判がありましたが、この時点では中国も韓国も何も言ってきていません。そらねえ、日本が再軍備するとか核武装するとかいう話じゃない、死んだ人をどう弔うかということなんですから。外国人がさほど関心を持たないのが当り前なんです。

 問題が始まったのは、昭和六十年。五十七に成立していた中曽根内閣は、公式参拝を公約にしていて、これに国内の左翼勢力は当然反対。終戦後四十年を迎えた年の反自民活動の一環として、社会党の議員団が中国で、「このままでは日本は軍国主義化する」などと訴えたのを受けて、銚依林副首相が初めて公式参拝を非難。中曽根と懇意だった中共総書記胡燿邦の立場が危うくなったので、中曽根はこれ以後(この年秋の例大祭を含めて)の参拝を断念した、とかつて『文藝春秋』に出たインタビューで語っておりました。彼は今でもA級戦犯合祀に反対していて、困った人ですな。

 それはそうと、この構図、靖国問題を超えて、最近までお決まりになってしまいました。この間の河村たかし名古屋市長の南京事件関連発言のときもそう。大東亜戦争の見直しとか、国防関係で何か出て来ると、中国や韓国にご注進に及び、向こうが、まあ言いつけられちゃったからしょうがねえか、という感じで抗議してくると、「ほらみろ。かつて迷惑をかけた国をまた怒らせたじゃないか。デリカシーも政治センスもない奴だ」と…。

 左翼よ、全般的に苦しい立場になっちゃったのはわかるけど、政府批判ぐらい自前でちゃんとやれよ。女性を馬鹿にした言い方になるのかも知れませんが、「女の腐ったようなやつら」というのがぴったりの有様ではないですか。こういうのを一番情けなく思う今日このごろです。


2012/06/02 16:27


Commented by 美津島明 さん
To soichi2011さん

> 左翼よ、全般的に苦しい立場になっちゃったのはわかるけど、政府批判ぐらい自前でちゃんとやれよ。女性を馬鹿にした言い方になるのかも知れませんが、「女の腐ったようなやつら」というのがぴったりの有様ではないですか。こういうのを一番情けなく思う今日このごろです。

これは、本当におっしゃるとおりです。日本の左翼って、やり口がフェアじゃないですね。死刑に反対するにしても、堂々と死刑廃止の論陣を張るのではなくて、法務大臣が死刑の執行命令を出さないという法治国家の根幹を否定するようなひねくれた形でします。君が代・日の丸に反対するにしても、それらを織り込んだ儀式には出ないというきっぱりとした態度をとるのではなくて、儀式には出ておいて君が代を歌うところで着席して儀式の雰囲気を悪くするというひねくれた形でします。また、権力の握り方も、他の人(小沢)の成果を簒奪するという形です。彼らは、他人のふんどしで相撲を取りたがる人たちです。私は、これまでの約半世紀の人生において、左翼系の人物で人間的に魅力のある方を見かけたことが一度もありません。soichi2011さん はありますか?

そんな根性曲がりの左翼も嫌いですが、中曽根元首相のごとく、靖国神社の顔に平気で泥を塗るようなマネをする日和見主義者が、平然と保守派の重鎮のような顔をしているのも同じくらいに腹立たしく思っています。私は改憲論者ではありますが、中曽根の改憲案が潰されたことは喜んでいます。

私が主権国家の原則から靖国問題を説き起こしたのは、左右のイデオロギーの汚穢から一般国民の手に靖国神社を取り戻すことができたら、という願いがあったからです。soichi2011さん にいろいろと指摘されて、そのことを再認識しました。もちろん、それがうまくいっているかどうかは別問題です。

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