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ニューディールの文化政策

2015年04月08日 | ナ行

        福原 義春(資生堂名誉会長)

 世界恐慌を克服するため、1930年代の米国ではニューディール政策がとられた。テネシー川流域のダム建設など公共建設投資が有名だが、もう一つ、日本ではあまり知られていないが「フェデラル・ワン」という大規模な芸術文化支援政策があった。そのことを詳しく書いた数少ない論文が、国立民族学博物館の出口正之教授による「ニューディール時代の文化政策の現代的意義」(「文化経済学」2003年9月号)だ。

 公共建築の壁面を飾る芸術作品や看板、サイン計画に多数の若いアーティストが起用され、のちのアメリカン・ポップアートの源となった。国有化された劇場に俳優や脚本家が雇用された。同じ頃、全体主義化する欧州から逃れてきた教養人がその運動に加わった。彼らには、ギリシャ・ローマ以来の古典を基礎とした欧州の教養があった。加えて、伝統的重厚長大産業への投資を事実上制限された新興投資家の資金が、映画など全く新しい大衆芸術産業に投じられ、上質で知的なエンターテインメントを完成させた。

 一例を挙げると、64年制作、のハリウッド映画「マイ・フェア・レディ」の原作は、バーナード・ショーの脚本によるブロードウェーミュージカル「ピグマリオン」であった。さらにその戯曲は、同名のギリシャ神話から想を得ていた。つまり、欧州から流入した古典的教養と米国資本が合体、ブロードウェーミュージカルやハリウッド映画などを飛躍的に向上させ、恐慌で疲弊した米国に新しい芸術文化産業への雇用と莫大な経済効果をもたらした。

 「スミス都へ行く」「市民ケーン」「カサブランカ」「ケイン号の叛乱」「12人の怒れる男」などの名画が生んだのは経済効果だけではない。草の根的な民主主義に支えられた市民生活の豊かさや正義や満足の姿を見せつけ、米国の国力を世界に伝えるソフトパワーであり、反共産主義や反ファシズムのPRでもあった。そして、世界中にばらまかれた米国型民主主義への憧れが第2次大戦後の世界に影響し、ついには冷戦終結につながった、というのが私の分析だ。

 一方で、その後の中東情勢などを見ると、そもそも「草の根」の部分のない社会に対し、米国型民主主義や正義のかたちを無理に当てはめようとして、混乱が生じているケースがあるのではないか。

 いまや、政治や経済に人間社会が振り回される時代ではない。私たちは、目の前の情報から単一の価値軸で形成されたグローバリズムの嵐に巻き込まれないように気をつけなければならない。そして、歴史の中で築きあげてきた固有の文化をもう一度確認し、新しい価値体系とルールを磨き上げ、世界に大きい影響を与えることを考えるべきだ。

 フラット化し、氾濫する情報をいかに統合し、明日を見通せる大きい「知」に編集できるか。それは社会に生きる一人ひとりの人間力にかかっている。
 (朝日、2015年03月07日。福原義春の道しるべをさがして)

関連項目

 映画「マイ・フェア・レディ」考
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