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空しく

2006年11月16日 | マ行
 1、日本語の「空しく」は「空しい」という形容詞の連用形でしょう。これが副詞的に使われる場合の使い方を考えてみたい。

 2、私見では次のような使い方が正しいのではないかと思います。

 (1) 「いつもの如く教壇から、榎本奈美子の姿を求めて空しく教室に視線をさまよわせた唯野は、最後列にいる井森の顔を見てどきりとした。」(筒井康隆『文学部唯野教授』)

  つまり、「~したが空しかった(無駄だった)」と分解できるような使い方です。

 3、これはドイツ語の vergeblich という単語と同じだと思います。
Wir war teten vergeblich auf Nachricht. は「我々は無駄に知らせを待った」、つまり「知らせを待ったが無駄だった」という意味です。

 従ってこの「空しく」は「(話者の)判断を表す副詞」であって、「彼は激しく抗議した」の「激しく」のような動作の「様態を表す副詞」ではありません。

 4、辞書を見ると「空しく5年を過ごした」とか「善戦空しく敗れる」といった使い方が載っています。前者は「5年間も過ごしたが無駄だった」でしょう。後者は「善戦が空しかった」ということで形容詞としての使い方が底にあるので少し違うように思います。

 5、実際の使用例を見ると、しかし、様態の副詞のように使っている例があります。

 (2) 河内守は理を尽くくして降伏を奨めたが/「武辺の意地がござる」/と長政は鄭重にこの申し出を断った。 - /不破河内守はむなしく小谷城を引きあげていった。
 (遠藤周作『女』)

 (3) フラナガンは、聞き込みがまったくの無駄骨であったことを自覚しないわけにはいかなかった。七番地からは現場は死角となって見通せない。彼は、虚しく六番地の家を引き揚げようとした。
 (伴野朗『霧の密約』)

 これらは「成果なしに」「手ぶらで」「寂しく」といった意味だと思います。
コメント
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