碧い山・青い海

趣味の山登りとか、技術とネット情報を照合し個人メモに・・

2111- イヤホーン更新

2021-11-27 | テクニクス

 3年程前に大学構内コンビニで見つけたワイヤレス・イヤホーンを使って来たが、コードが傷んだので街の電気屋さんで見つけた 中華製ネック・バンド型に更新した。

 価格は過去の数分の一、千円程度でも旧品と比べると技術と低価格化で音質も使い勝手も数段優れていて 隣に数万円のブランド品を見ても 良い物は直ぐ低価格の類似品が現れる時代では 購入者は喜ぶが ブランド力も意味が薄くなり その生産者の見えない犠牲者が増えいるのだろう。

 良い物を買っても、山登りにも旅行に持ち歩き 紛失し易いものであり 買換えたら済む普及品で充分なのだ。音楽の入手は今は 何でもネットから取り込めるので 市販の CDは買うことも無くなった。ブランド有無で価格に数十倍の差があったり、音楽・映画が無料で入手出来るこの時代は 何処が製造したとか 誰が音楽・映画を提供しているのかを考えなくなったがそれらを 創り出して来た音楽家とか映画製作会社はどうして未来にも存続できるのかを心配する。

 需要と供給の経済サイクルが正しく回り安定した社会となる筈が デジタル化でそれが寸断した結果だと思うが他にも、電気製品・衣料品・百貨店など大量の商品・品種を並べられ 消費者は夢の天国と思っていたし 栄えていた量販店達も アマゾン・楽天の 店を持たない低価格のネット販売で 価格競争に追い込まれ 次々と立ち行かなくなっているのも 同じ現象だ。 

 ネットで世界中の人が、自在に必要情報が得られて必然的に顧客の趣向も入手手段も自由になる一方で、企業は過去成功した販売システムを踏襲する その格差がいろいろな歪を引き起こしているようだ。どの様な流れかなのか良く知らないが 恐らく、働く人の低賃金と不安定雇用は このデジタル化とネットワークによって引き起こされていて この売価実現に 低賃金と過酷労働の働く犠牲者がいて しかも勝者である期間は情報伝搬の僅かなタイムラグで 直ぐに次のライバルが出現する繰返しなのだろう。

 身近な例・・以前から蜂蜜「マヌカ」をAmazonで購入するが発注すると輸入元ニュージーランド店から発送通知が来る、地球の裏側なので配送に半月ほど掛かるのだが 価格は半額で最安値なのだが 電気製品でも中国直送の商品も混在していて 通販世界では 既に言語の壁がなくなったようだ・・知らない処で 流通革命がどんどん進行している。

 

 購入した「ネックバンド型」、高級品の「コードレス型」今は似た価格だった・・


2111- コロナの収束て

2021-11-18 | 日記

 兵庫県も感染者数が日10人以下が続き、街にも国内観光客も増えて 少し落ち着きを取り戻しつつある。

周辺の国際展示場でも、医療学術会議とかマーケット・イベントが開催され 多くの人の賑わいが戻って来たのも良い兆候だ。

  以前の五千人越えになる若者コンサート無いが、水泳ユニフォームの学生も見かけるのでスポーツセンターも動き始めたが学生のマスク姿が以前と違っている。

昨日から埠頭に、白煙突に赤線の「クルーズ船 飛鳥Ⅱ」が入港し 白煙を上げていたので埠頭に出かけて見た。人影もあり「神戸-横浜3日間クルーズ」の乗船者が集まりだった。

 埠頭に説明会場が設置され、百名程の乗船客が旅行説明らしいものを受けていた、ビルの様な5万トン・定員八百人の船なのに多分これも 定員制限をしているのだろう。

以前はクルーズ船の入出港は、旗を持った送迎隊が集まり 消防音楽隊の演奏で賑やかに出港していたが 今はそれもないし 賑やかな船内イベント出来ず 様子が変わっているのだろうに。

 コロナ下では乗客が見えない「日本丸・ビーナス・飛鳥Ⅱ」の国内籍3隻が 時折 入港しているのを見かけたが、乗船者と出港風景を見るのは2年振りだが 外国船がこない埠頭も 違う景色になった。

 埠頭の脇の北公園では、芝生に旗を立ててミニ・ゴルフのグループが プレーをしていたが 船の中でも恐らく「小さく遊ぶ」のが新しいライフになるのだろう。  

 日本初の電動推進のクルーズ船・・エンジン2基は発電、3基のモーターで推進するそうだ

 北公園の風景


2111- 天狗岩南尾根からアイスロード

2021-11-17 | 山登り

 先週、高台の渦森住宅団地で 天狗岩南尾根登山口から離れすぎて失敗したので 今回は事前に調べて間違いなく予定ルートを完結した。

良く晴天の続いて この日も快晴で期待した紅葉も標高が高い場所はまだまだ見事だった。

 山手の山麓に多くの新団地があり 団地行きのバスも多いが 古い地図情報もネット記録も変わっているので道標・目印は整備されていても 登山口は最新情報で調べることが必要だ。

スマホがあれば、迷わないと言う話しも 300mの高い場所になると 位置情報も登録がなく役に立たず 昔ながらのコンパスと地図は必須なのだ。

 バス停から登山口にあたる寒天橋も、高台から谷に下りる道路表示は無く これはストリートビューなどの事前チェック今回は容易に見つけられ 天狗岩コースに取りついたが 登山道の整備されていたが 直ぐに 前情報にあった 木製階段の手足を使って登る様な急登が一時間程 続くいた。多分、渦森台から道標にも寒天橋方向の表示が消されていたのは このルートは危険なので直進して西山谷の上流で左岸に渡り天狗岩尾根コース分岐点に誘導するための親心なのでは無いだろうか。

 8時に家を出て、登山口に9時半・・スタートの寒天橋-240m(標高) 、天狗岩着11時50分 -770m,と言うタイムだったが これは標準タイムの約1.5倍掛かっているが私には上出来だろう。

下山は、時間に余裕もあったので 山上道路を西に2km程歩き 前ケ辻から 明治時代にアイス・ロードと呼ばれた 山上の氷室から馬で氷を筵で包んで異人に売り商売人の古道を下った。

 この道は、10年前に登った道だが この日は ウイークデイだったので 登りも下りも独りぼっちの秋の気楽な山歩きだった。

 

 寒天橋から、天狗岩道の登り・・

 両側谷で挟まれた確かに岩尾根だ

 天狗岩・・絶景だが この日は少し霞が掛かっていた

 

 山で出会った、今日の生き物

 山麓車道下の遂道を抜けると 六甲ケーブル下駅のバス停に着く。

 案内板写真にルート追加すると


2111- 時代背景を知る本

2021-11-13 | 日記

 本屋さんの、雑誌置き場には もう来年の年賀状関連誌が並べられていた。クリスマスも未だなのに、近く料理店は暮れのおせち料理の予約注文を受け付けていた。

 世の中、商魂の先取り争いとか 祝祭日のカレンダーも 行政の都合の良いように 移動してしまいこの国が誇っていた季節感も行事祝日も本来の趣旨が尊重されずこのまま行くと 将来祝日の意味はただの休日になってしまうのかも知れない。6年前にNHKが、開戦80年企画でラジオ放送し評判だった「太平洋戦争の道」と言う本が目に止まりその小冊子を買って読んでみた。

 発刊に当たっては、昨年この対談話の登場者 歴史家 半藤一利・東大大学院教授加藤陽子・ジャーナリスト保坂正康氏は何度も会合を持ち 保坂氏がまとめ上げた今年春、最高齢の半藤氏が亡くなってやっと発行されたようだ。表紙の名前を見て、思わず買ってしまったが、保坂氏1939年・半藤氏1930年、加藤氏1960年生まれで1940年の自分の生まれた年は半藤氏は小学5年生だったそうだから そんな先輩が語る時代の背景は 共感する部分も多いだろうと言う興味もあった。

 読み易い文章で、一挙に読んでしまったが 生まれた年がドイツ軍がフランスを陥れて 日・独・伊の三国同盟が結ばれ それがその後の米・英を敵に回す世界大戦になる 日本の軍国政治下での大間違いをした時代だったのだ。その頃のジャーナリズムも、軍政下で国民は全員が 戦争する事を応援していたと言うのだから 政治権力と言うのは相当に恐ろしいと思うし 国民は政治に関心を持っていなければ 国の未来は無くなるのだと。

 太平洋を挟む米国は、日本の7倍の経済力と豊富な石油資源を持ち 日米衝突はしたくなかったのに 一部のドイツの脅威から大陸を守りたいと言う罠に嵌まり 太平洋戦争となってしまったのだが 普通に考えても 敵対視してはいけない相手なのに 開戦前から特攻精神で神頼みだったこの国の政治は狂っていたとしか思えない。

 日本は鎖国時代が長く続き、中国侵略も独善的に進めてしまい 国内の中国通・ロシア通と言われたリーダーも実は書籍知識で経験が足りなかったし 今でさえ国民全体が勉強不足で今もそれを心配する・・と半藤氏のあとがきに書いてあるが その彼も今年の春に亡くなってしまった。

  今も国境を知らないこの国は、インターネットで世界に窓は開けても 中々世界観を普遍的に見る事は不得意で ジャーナリズムでさえ公平の論議になっているとは思えない気がする。そして、自分の誕生する時代は、選べないが 自身がどんな環境でどんな時代に生まれたのか改めて知ると何百年も生きて来た様な気がしてしまう・・世の中の指針を示してくれそうな中味の良本だった。

 


2111- 住吉道散策

2021-11-11 | 山登り

  JR住吉駅から慣れないバスで初めて住吉道ではなく 西の渦森住宅終点から 天狗岩南尾根から六甲山へ登る予定をしたが 下りたバス停が登山口の西側に行き過ぎ今回は山麓道の散策になった。

 登山口は、過去に見ていたので良く調べなかった間違いで 東に戻り登山口の近くまでは行ったが この裏側道は 六甲屈指の難所 西山谷なのでこの谷に下り千条滝に行く一般者が入らせない  危険標識と鉄柵扉があり 私も 裏から入れないと思ったので今日は断念。

 回り込めば行けるのだが、出鼻をくじかれ  無理しないで 今日は気楽に 近く別コースの坊主山展望台に登り 西に下り日立創業者とか某財閥が中国蘇州似せて建てた蘇州園とか など高級住宅街巡る「山麓リボン道」も興味があったのでそれを試して見ることにした。

 (帰って調べると、この入口は登山者なら内側の鍵を外して入れる様になっていたそうだが 3つ手前のバス停から改めて 正規ルートで登ることにする)

  坊主山から見る、六甲南斜面は意外と 紅葉木が少なかったが 山栗を採った跡とか 道端のドングリと落ち葉一杯の山道はふかふかで とても気持ちが良かった。山麓道も、住吉川沿いに登るバスから見た白鶴美術館と対岸のオーキッド・マンションなど ここは日本一の富豪村と呼ばれ長者住宅が多いことで有名で住吉と言う名前も 住吉財閥初代社長がいたそうだ。

 山麓リボン道は標高が250-300mもあり、蘇州園と言う財閥の中国風の建物を過ぎると 立派な個性的な住宅が階層の様に並び 光った海が下の方に見える 神戸らしい景色。

 時々、急な坂道を下の方から 宅急便の車とタクシーが通るのだが 坂を登り下りするのは通学の子供達程度で 一般の人はあまり見かけない・・この急坂では、車以外では外に出ないのかも知れないけれど。楠木で囲まれた六甲神社まで下りて、阪急電車で帰宅したが 約4時間の散策だ。

 

 西山谷の西側登山口の通行止め・・、後から知ったが 西山谷東の寒天橋に通じるらしい、

 

 渦森公園の西、坊主山の展望台460mから、ポーアイ

 住吉川対岸の高級マンション

 坂の街、神戸の景色・・駅で断わるタクシーもあるとか