すちゃらかな日常 松岡美樹

すちゃらかな視点で世の中を見ます。

政権交代が起きない日本というシステムの不幸

2017-03-05 19:19:33 | 政治
安倍政権の1強多弱を小選挙区制が補完する

 森友学園問題でさかんに紛糾する日本の政局。だが正直、打倒・安倍政権を掲げて活動する反自民勢力の中にも、「日本会議ではない温和な勢力が、新自由主義でなくケインズ的な政権運営をやってくれれば自民党に投票するのに」という人も多いのではないか?

 ではなぜそんな声は政権交代に結実しないのか?

 ひとことでいえば、現行の小選挙区制度ゆえだ。

2大政党制が定着しない日本の特殊事情

 小選挙区制度下では政治勢力は政党ごとにまとまり、2大政党制が促進されるといわれている。

 だが野党第1党の民進党は、野党共闘をまとめるどころか民進党内ですらまとめ切れない。かつて党首をつとめた小沢一郎氏のような、政権志向の割り切りができない。

 党内民主主義とやらで意見が分裂し、肝心の「自民党と対決する」というベクトルに向かわない。

 結果、何が起きているか? 岩盤のような安倍政権の1強体制だ。自民党は民進党とちがい、権力志向の割り切りができる。小選挙制区度下では政党単位でまとまらなければ肝心の政権が取れない。そうハッキリ理解している。

 すると森友学園疑惑で大激震のこの政局でも、安倍総理以外の対抗馬が安倍体制に異議を唱える、ということがない。政権の外にいる石破茂氏が「奇ッ怪だ」と発言したくらいだ。

 日本会議という政権の芯を軸にまとまり、盤石の結束を見せている。

中選挙区制度下では自民党内にも擬似・政権交代があった

 これがひと昔前の中選挙区制度下でならどうだろうか?

 自民党はいい意味での派閥単位で政策別に結集し、政権派閥に難が起きたら非主流派勢力が取って代わる、という自民党内における擬似・政権交代が起きていた。つまり冒頭でふれた、「日本会議ではない温和な勢力が、新自由主義でなくケインズ的な政権運営をやれば自民党に投票するのに」という声が政権運営に具現化できた。

 だがいまの小選挙区制度下では、「安倍総理に逆らうなんてとんでもない。安倍一択でまとまろう。でなければ小選挙区制度下では政権が取れない」という原理が働いている。

 民進党がかつての55年体制下の旧社会党のように、政権を目ざさない野党第1党としての「利権」に安住する限り、政党間の政権交代は起きない。結果、自民党政権が永続的に続く。しかも安倍政権のように独裁的な政治体制のまま。最悪のシナリオである。

 果たして日本は、小選挙区制度を続けるべきなのだろうか?

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【安保法制】4つの選択肢ごとに長・短所をあげ、時間をかけて国民的な議論をすべきだ

2015-06-03 19:39:17 | 政治
(1)非武装中立、(2)安保破棄・武装中立、(3)安保維持・集団的自衛権行使、(4)完全な現状維持

 安保関連法案について、明治大学の浦田一郎教授ら憲法学者171人が「憲法違反であり、重大な問題がある」とし、国会に対して拙速に採決しないよう求める声明を発表した。

 まったく賛成だ。もっとじっくり時間をかけ、前提になる改憲論議も含め、ネットを交えて国民的な議論をすべきだろう。

 例えば議論の叩き台として、まず取りうる4つくらいの選択肢をあげる。一例をあげれば、以下の通りだ。

(1)安保破棄・非武装中立。

(2)安保破棄・武装中立。

(3)安保維持・集団的自衛権を行使容認。

(4)安保維持・完全な現状維持。


 ※もちろん想定するオプションはもっと多くていい。

 そして各オプションごとに、国際情勢などから見たメリット・デメリット、かかるコスト、実現性をすべてテーブルの上に出し、専門家も交えて国民的な議論をすべきだ。

 安倍政権のやり方は、「由らしむべし、知らしむべからず」の典型である。なぜそれが必要なのか? をロジカルにはっきり説明せず、「うまくごまかし押し通そう」という意図しか感じられない。このまま決めてしまっては、国家として100年の禍根を残す。

 一方、護憲派も「命」や「人権」など抽象的な議論に終始し、論理ではなく人の感情に訴えて議論に勝とう、という論法でしかない。いったい「どんな世界をめざすのか?」が具体的に伝わってこない。

 このさい相撲を取り直し、時間をかけて具体的に議論すべきだ。今はインターネットもあるのだから、国民総がかりで素材を出し合えば建設的な話し合いもできる。感情論やイデオロギーに流されず、ロジカルに結論を集約しよう。
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南シナ海で日中が開戦する日 ~集団的自衛権で「日中戦争」を目論む安倍首相と戦後レジームの終わり

2015-05-28 19:04:55 | 政治
日本の戦争に「アメリカを巻き込み」中国を叩く

 中国と戦争したい安倍首相はマッチポンプだ。自衛隊が「できること」を格段にふやして自分から中国を刺激し、他方、「いざというときはよろしく頼む」と集団的自衛権の行使容認でアメリカにアメを舐めさせる。これでいざ対中国戦が始まれば、安倍首相の思惑通り日米連合軍 vs 中国の構図になる――。

 日本は2000年の第一次アーミテージ・レポートから第三次アーミテージ・レポート(2012年)により、ずっとアメリカから集団的自衛権行使を容認するよう要求を突きつけられてきた。例えば、第一次レポートには以下のようにある。

『日本が集団的自衛権の行使を禁止していることは、同盟への協力を進める上での制約となっている。これを解除することにより、より緊密で効率的な安保協力が可能になるだろう。これは日本国民だけが決断できることである』

 他方、中国は南シナ海はじめ着々と海洋進出の地固めをしている。もちろん尖閣もそのひとつだ。いつか利害が日本と衝突する可能性は高い。かねてから中国を叩きたかった安倍首相は、このアメリカからの集団的自衛権の行使容認要求と、中国の覇権化を同時に利用する手を思いついた。それが今回の新安保法制に隠された裏の狙いだ。つまり日本がアメリカの戦争に巻き込まれるのでなく、日本がアメリカを戦争に巻き込み主導権を握るシナリオである。

日本を南シナ海で中国にけしかけ漁夫の利を狙うアメリカ

 アメリカは国力が衰えて覇権に陰りが見え、彼らによる一極支配は終わろうとしている。もはやアメリカ一国では「世界の警察官」は務まらない。そこで保安官助手を買って出たのが安倍政権だった。アメリカから見れば手足が増え、かさむ戦費も分担してもらえる。いいことづくめだ。

 だがアメリカには密かな狙いがある。戦争の歴史は、エネルギー資源をめぐる列強の闘争の歴史だ。南シナ海も例外ではない。中国がしきりに岩礁の埋め立てを進める南シナ海は「第二のペルシャ湾」ともいわれ、膨大な量のエネルギー資源が埋蔵されている。米エネルギー情報局(EIA)では、石油の埋蔵量が110億バレル、ガスの埋蔵量が190兆立方フィートにも上ると推計している。

 加えて南シナ海は日本の「ノド元」に当たる。日本に供給されるエネルギー資源などの90%近くが南シナ海を経由して運ばれている。シーレーンの要衝だ。この地域での軍事的緊張は、日本の「存立を脅かす事態」である。現に第三次アーミテージ・レポート(2012年)でも、「日本は航行の自由を確保するために、アメリカと協力して南シナ海の監視を強化すべきである」と重要性が強調されている。

 そこでアメリカが描くシナリオでは、まず南シナ海をめぐり日本と中国が戦火を交え(というより好戦的な安倍首相を中国にけしかけて)途中でハシゴをはずし、その後、米軍主導によるPKO(平和維持活動)など戦後処理を含め南シナ海でアメリカがイニシアチブを握る。そして当該地域に眠るエネルギー資源の開発権を手中にする狙いがある。つまりけしかけられた安倍首相は、自分から王手飛車にかかりに行っている。

欧米列強と肩を並べて東京裁判史観を払しょくする

 だが、その安倍首相にも彼なりの「同床異夢」がある。目の上のたんこぶである中国を叩き、アジアでのヘゲモニーを握ることで自虐史観を解消したい歴史修正主義者の安倍首相にとってもメリットは大きい。

 中国と偶発的な接触や小競り合いが起これば、大義名分ができる。膨張主義を取る中国が少しでも仕掛けてくれば、「自衛」の名のもとに安倍首相は喜んでやる気だ。集団的自衛権でアメリカを活用し、危険物を除去するチャンスである。

 加えて中国の首をあげることで「明治の志し」を遂げて欧米列強と肩を並べ、東京裁判史観の払拭につなげたい――。リベラル派が言い募る「命」や「人権」などとは程遠い、これがリアル・ポリティクスである。

 かくて日本とアメリカの奇妙な共犯関係が成立した。事態は刻々と進行している。

南シナ海での中国の埋め立て行為を非難する声明を日米が発表

 すでに第一陣として日本は、南シナ海で中国と揉めるフィリピンと、防衛装備品の移転について6月初旬にも合意する見込みだ。海上自衛隊のP3C哨戒機やレーダー、艦載ミサイルなどをフィリピンへ供与する。中国と対立するフィリピンに日本の装備品が渡れば、すなわち日本が中国に宣戦布告したも同じだ。

 また5月29日にはシンガポールで「アジア安全保障会議」(英国際戦略研究所主催)が開かれたが、これに合わせて日本の中谷元防衛相と米国のカーター国防長官らが会談し、「南シナ海における中国の埋め立て行為に深刻な懸念を表明する」との声明を発表した。

 さらにカーター国防長官は同会議における演説でも中国を重ねて非難し、埋め立てを即時中止するよう要求。演説会場にいた中国軍の趙小卓上級大佐がこれに反論し、2人は激しい応酬を繰り返した。一触即発の展開である。

 事態は急速度でアメリカのシナリオ通りに進んでいる。あとは日中開戦がいつになるか? だけだ。

 日本はアメリカにけしかけられて矢面に立ち、ハシゴをはずされないよう注意しなければならない。あのウクライナのように。
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日本に軍産複合体が生まれる日 ~日本初の武器見本市が開かれる

2015-05-19 09:37:50 | 政治
「危機」を煽る安倍首相が生み出すモンスター・システム

 横浜で先週、日本初の国際的な武器見本市「MAST ASIA 2015」が開催された。約40ヵ国から軍事関連企業が集結し、日本からは三菱重工や川崎重工など約20社が参加した。後援は防衛省、経産省、外務省。日本政府が総がかりだ。安倍政権には防衛産業を成長戦略のひとつにしたい狙いがある。

 またステルス戦闘機を開発・製造している米ロッキード・マーティン社がイベントをスポンサードするなど、アメリカが支援している点も見逃せない。去年4月に閣議決定された「防衛装備移転三原則」で武器輸出が解禁される一方、安倍政権が押し進める「攻め」の安保法制が後押しし、日本に軍産複合体が立ち上がる将来像が見えてきた。

 新しい安保法制により集団的自衛権の行使や地域を限定しない他国への後方支援が行われれば、自衛隊の装備や訓練はかなり様変わりするはずだ。当然、防衛費も伸びるだろう。日本の防衛関連メーカーの製品は武器輸出解禁で海外へ渡るだけでなく、国内市場も沸き上がることになる。市場規模は膨らむはずだ。とすれば防衛費をめぐり、鉄のトライアングルも形成されるだろう。

 政権・役所と企業間でヒト・モノ・カネが行き来するのはどこの業界でも同じだ。防衛品メーカーが関連官庁の天下り先候補になるだけではない。例えばアメリカで軍事基地や兵器メーカーが立地する地元に巨大な就職先を提供する様は、「原発がないと生きられない立地地域」を彷彿とさせる。地元の雇用と議員への票も密接に結びつくだろう。防衛品メーカーの誘致も盛んになるかもしれない。

 このように川上から川下までが利益追求で一致団結し、必ず儲かる軍需というモンスター・システムを回すようになる。 

 例えばアメリカでは軍需産業がシンクタンクへ献金を行い、まず仮想敵国の軍事的脅威を煽る報告書が作られる。(日本でもつい先日の安保法制の記者会見で、「危機だ! 危機だ!」と日本の危機を煽り立てる安倍首相の姿を覚えている人も多いだろう)

 そして軍需産業から報酬を受けたロビイストが国防関係の議員に働きかけ、最後は政府が動いて膨大な軍事費が計上される。例えば9.11同時多発テロをきっかけに、「対テロ戦争」の名目でアメリカの軍事費は前年比326億ドルも増額された。またそれだけでなくアフガニスタンやイラクでは、関連業務を民間軍事会社へ委託する「戦争の民営化」も行われた。

 軍需が成長産業になり、アメリカのように国全体が依存するようになれば「戦争をしないと生きられない国」になる。戦争で兵器を「消費」しては、また兵器を仕入れる魔のサイクルが訪れる。そこに膨大なカネが流れる。「どこかに火ダネはないか? なければうまく火をつけろ。でなきゃ儲からないぞ」という話になる。

 例えば安倍首相は5月18日の参院本会議で、集団的自衛権の行使要件である「存立危機事態」について、「電力が不足して国民生活に死活的な影響が出た場合」をあげた。つまり中東のホルムズ海峡が機雷で封鎖されて日本に原油が入ってこなくなり、電力不足が起これば掃海艇を派遣する、ということだ。

 日本が攻撃されてもいないのに、安倍首相は「電力不足」を理由に自衛隊を出すつもりでいる。要は戦争する理屈など、あとからいくらでもついてくるのだ。

「集団的自衛権の行使要件として『存立危機事態』を設け、歯止めはかけました」などといっても、こんなものは別に客観的な指標があるわけでも何でもない。要は、安倍首相の主観一発で「日本の危機だ。やるぞ」と決めれば自衛隊を出す、ということだ。いったい、これのどこが歯止めになるというのか?

 どうやら日本はこうしてアメリカと肩をならべ、「世界の保安官助手」を買って出るようだ。安保法制の関連法案を見る限り、歯止めに「見せかけた要件」はあっても本物の歯止めはない。今後も私的諮問機関やら閣議決定の連続ワザで、ズルズルとなし崩しに前へ踏み出すのだろう。そんな日本が軍需で国を回すアメリカ化する日はそう遠くない。
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シャルリーの風刺画はイスラムに対する「ヘイト」か?

2015-02-22 15:52:37 | 政治
 ムスリムは、イスラムの預言者ムハンマドの姿を絵にすること自体が冒涜だという。かたや風刺画が原因でイスラム過激派に襲撃されたフランスの週刊紙「シャルリー・エブド」は、「それは表現の自由だ」という。

 あの事件後、それでもまだイスラム系の風刺画を掲載し発行したシャルリー・エブドに対し、どこか割りきれない感じがあった。その行為は果たして正しいのか? はっきり論理的にジャッジできない自分がいた。

 だが、そんな曖昧な思いをズバリ裁断してくれた言葉に出会った。

 シャルリー・エブド襲撃事件の原因になった風刺画を日本の出版社(第三書館)が編集し、出版したというのだ。タイトルは「イスラム・ヘイトか、風刺か」。出版社のスタンスは、これらの風刺画に否定的なニュアンスである。「弁護士ドットコムニュース」が、第三書館の北川明社長にインタビューしている。以下に北川社長の言葉を一部、引用しよう。

「この事件は、日本の『ヘイト本』と通底する問題を含んでいると感じたので、出版する理由があると思ったわけです」

「シャルリーのやり方は、イスラムに対する『ヘイト』だと思います」

 ●「イスラム預言者の風刺画は日本のヘイト本と同じ」第三書館・北川社長に聞く(前編)より。


 もし相手が侮辱と感じるなら、相手の思いを尊重すべきではないか? (テロの良し悪しとは全く別の問題として)

 自分がなんとなく抱えていた違和感がはっきり言語化されたようでストンと落ちた。

「表現の自由」とか「言論の自由」といえば、だれもが絶対的真理だと感じてあいづちを打つ。だが相手を尊重し、「表現しないことの自由」も重要なのではないか? そんなことを考えさせられた。
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安倍晋三が仕掛ける人質ショック・ドクトリンにハマるな。

2015-02-01 22:26:29 | 政治
日本を 「戦える国」 にしたがる安倍コーポラティズム政権の闇

 いわゆるイスラム国に囚われていた後藤さんが殺害された。人質を巧妙にプロパガンダに利用してきたイスラム国と同様、これで安倍首相は今回の人質事件を最大限に利用して戦時翼賛体制を作ろうとするだろう。国民の報復感情を活用したショック・ドクトリンである。

 人間は感情を揺さぶられているときほど、他人にコントロールされやすい。憎悪と恐怖を刺激して煽れば、たやすく洗脳される。とすれば我々国民はどこまで平静を保ち、カウボーイよろしく 「テロとの戦い」 に踏み出しかねない安倍政権を監視できるのか? いま日本人は厳しく民度を問われている。

 安倍首相の狙いはカイロでのスピーチ通り、まずマネーによる有志連合の後方支援から始めることだ。そして将来的には有志連合と肩を並べて 「戦争できるふつうの国」 にする。その目標実現のために日本人の憎しみを掻き立て、翼賛体制と全体主義を煽るだろう。アンダーコントロール安倍の武器は 「なし崩し」 である。

■ 「積極的平和主義」 の正体とは?

 武器輸出解禁をはじめ閣議決定の連続ワザで日本を 「戦える国」 にしたがる安倍首相の背後には、軍備拡張で利益を得る軍需産業のプレゼンスがあることも忘れてはいけない。安倍政権とアベノミクスはコーポラティズムと密接な関係がある。

 1月に行われた首相の中東歴訪=トップセールスに随行した防衛関連企業の面々、またイスラム国に殺害された民間軍事会社社長の湯川氏は、なぜあれほど紛争の地・中東にこだわったのか? を洗えば 「積極的平和主義」 の正体が現れるだろう。

 軍事ロビイストの要請を受けて過去アメリカは世界各地で紛争を起こし、マッチポンプ式に自国の軍需産業を肥え太らせてきた。軍産複合体と政権が密接に結びつくコーポラティズムの時代を日本も迎えた、ということだ。

 原発をめぐる三菱重工・東芝・日立+電力会社+政権のトライアングルによる、恒久的に絶対儲かるモンスター・システムと同じ構造の第二のアンタッチャブルなシステムが、いま軍需を舞台に日本で立ち上がろうとしている。

「平和を守ろう」 だの、「憲法九条が」 などと甘っちょろいお花畑な思考をしている場合じゃない。敵は思想ではなく、経済的利益なのだ。 「今後は日本人をテロの対象にする」 というイスラム国の恐怖の宣言も、これで対テロ戦が始まり武器が売れる彼ら=軍需産業にとってはうれしい悲鳴だろう。
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細川護煕はなぜ負けたのか? ~メディアが決めた都知事選

2014-02-11 05:05:03 | 政治
細川陣営は、主張はよかったが候補者が悪すぎた

 細川さんはインターネットに負けた。

 昔なら、演説など聞かずにビラかなんかで公約だけ見て投票する人も多かっただろう。だが今や世の中にはインターネットがあり、手軽に動画で演説を視聴することができる。現に細川さんの公式ホームページでも動画が広く公開されていた。そして細川さんはこの文明の利器の前に負けるべくして負けた。

 ディベート力に欠け、「自分はこう考える」とハッキリ自説を主張し議論を戦わせることができない。絵に描いたような「よきにはからえ」の人である。

 おそらく優秀なブレーンがついて手足になれば、鷹揚な細川さんは彼らを自由に躍動させてスタッフのよさが出るのだろう。だがネットの向こう側の映像は、容赦なく本人そのものを引っ張り出す。たぶん1~2度、あの力ない演説を聞けば支持する気持ちが萎えるだろう。

 いや細川さんはあくまで君臨すれども統治せず、脱原発の象徴である。だが投票日直前の「報道ステーション」で、田母神さんの原発擁護発言に鋭く切り込む宇都宮さんの姿を見せられれば、それは「原発をなくしたい」と考えている人なら、そっちへなびいてもおかしくはない(現に順位を見れば結果そうなった)。

 勝負はあの田母神 vs 宇都宮の論争に、細川さんが無軌道に割って入れるかどうか? だった。だが細川さんは悲しいかな、関ヶ原の乱で戦塵を前にフリーズした小早川秀秋のように微動だにしなかった。そんな無法を働くには、人間的に上品すぎた。

 それまで細川さんのか弱い演説(と具体性のない内容)にストレスをためていた無党派の支持者たち――君主が小早川秀秋化した「あの瞬間」に、彼らはみずからが小早川秀秋と化し、殿に旗印を背かせたとしてもおかしくはない。

主役はどんな演技を見せてくれるのか?

 マスコミを味方にできなかったのも、大きな敗因のひとつだ。

 今回の都知事選で(皮肉なことに)本丸だった小泉さんが細川支持を打ち出した時点では、少なくともマスコミは「いったいどんな絵を見せてくれるのか?」と期待していた。だが形の上では主役である細川さんが演技力不足と見るや(もちろん、そのほかに「どんな力学」が働いたのかは本題じゃないから邪推しないが)、いっせいに踵を返した。

 その結果、細川陣営がいちばん見せたかったはずの小泉さんとのツーショットが雄雄しくテレビに躍ることはなかった(というより、どこか遠い国で関係のない何かが起こっている程度の雰囲気だった)。同時にまた、細川陣営の街頭演説に集まったあのドラマチックでおびただしい数の大群衆もクローズアップされなかった。

 伝令役のメディアなしでは街頭のできごとが発火点となり、やがてはそれが渦となって大きなうねりを起こすことはない。アナウンス効果が小さすぎる。

 それにネットの動画配信はプル型だ。客が能動的に情報を取りに行かなければ見られない。これだけではマーケティング的に弱い。やはり夕飯どきになんとなくテレビから勝手に流れてくるプッシュ型の絵が必要だった。しかも小泉さん入りの――。

討論ができなきゃ政治家じゃない

 討論会を忌避したスタンスも響いた。「きちんと自分の主張を述べられる形式ならいつでも受ける。だがワイドショー的に蜂の巣を突付いたようなのは本意でない」と本人は説明していた。だが前述した報道ステーションでのひとコマを見ればわかる通り、逆に討論会に出ればマイナスになるようなキャラクターではそれもうなずける。

 一方、「朝まで生テレビ」では、各候補者が司会者と1対1で問答するスタイルだったが(報ステも同じ)、「その形式でなければ出ない」とのオーダーがあったと番組の出演者から舞台裏を暴露されていた。

 選挙の主役クラスの1人が出ないのでは番組にならない。局側は背に腹は変えられず、不承不承でも司会者とのインタビュー形式にせざるを得ない。踊ってもらおうにも役者がウンといわない。これではマスコミ受けが悪くなるのも当然だろう。

 また1人の都合で、居並ぶ各候補者が全員「討論の場を奪われる」のでは理屈に合わない。有権者も、主要候補者の能力や政策、人柄を見比べる貴重な手立てであるディベートを見る機会を取り上げられるのだ。こんな理不尽な話はない。

 結果、1月14日のあのツーショットでのド派手な出馬表明以降、次第にマスコミは小泉さんとのツーショットを隠そうとした。一方の細川さんは、自分の討論シーンを見せたがらない。

 このメディアと候補者との奇妙な共犯関係が、最後に「本命」である舛添さんをダブルスコアで勝たせた――。まるでアメリカの大統領選挙のようにメディアが決めた都知事選だった。

今度は安倍劇場の始まりか?

 二匹目のどじょうを狙った小泉さんのシングル・イシュー戦略は通用しなかった。劇場は、それを伝えるメディア抜きでは成り立たない。と同時に、小泉さんの仕掛けにハマらなかった都民は裏を返せばリテラシーを発揮したともいえる。

「国政マターの原発問題を、都知事選に持ち込むなんて邪道だ」

 そんな「正論」が細川敗北の理由と信じる人は相当ウブな人である。

 さて舞台は第二幕。

「都知事選を見よ。全権委任だ」とばかりに、今度は安倍劇場が始まるのか?

 われわれ国民は注意深く見守らなくてはならない。

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都知事選に 「脱原発」 はなぜ必要か? ~電気の不買運動を起こせ

2014-01-16 15:21:03 | 政治
「東京に原発はない。なのになぜ都知事選で 『脱原発』 なのか?」

「国政マターの 『脱原発』 を都知事選で掲げるなんて、都民をバカにしている」

「脱原発など東京には関係ない」

 こんな声をよく耳にする。

 都知事選で脱原発の声をあげれば、なぜ日本が変わるのか?

 ピンとこない人が驚くほど多い。「自分たち (都民) は大量の電気を消費している」 という当事者意識がないからだ。

「原発は国政の問題だ。都民には関係ない」

 本当にそうだろうか?

 これはいわば 「ゴミ処理場の問題は、処理場がある隣町の問題だ。ゴミを出す我々には関係ない」 というのと同じだ。ご都合主義以外の何モノでもない。

 原発立地県が電気の 「生産者」 だとすれば、都民や東京に立地する多くの企業は電気の 「消費者」 である。

 都知事選でその消費者が 「原発で作った電気はいりません」 (※1) と一票を投じることは、とてつもなく大きな意義がある。川下の消費者が、遠く川上にある電気の生産体制に思いを至らせ 「自分の問題として考える」 第一歩になる。

 また同時にそれは自分が電気を使ったあとの、核のゴミを貯める最終処分場の問題を 「自分の問題として考える」 ことでもある。「ゴミを出す我々には関係ない」 のではない。ゴミ処理場をどこに作るかを、まさにいま 「自分の問題として考える」 ことが問われているのだ。

 まず消費者が変わらなければ国は変わらない。

 東京の脱原発から日本を変えよう。


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(※1) 原発以外で作った電気、すなわち再生可能エネルギーをどう安定供給するかは今後の課題だが、まず 「原発はいらない」 から始めなければ何も進まない。ちなみに隗より始めよで我が家の屋根にはソーラーパネルを設置しているが、電気の自給自足どころか自家では使い切れずに売電している。

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『【都知事選】東京から日本を変えよう、「脱原発」の旗のもとに』

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【都知事選】東京から日本を変えよう、「脱原発」の旗のもとに

2014-01-15 08:25:13 | 政治
 細川護熙元首相が、小泉さんとツーショットで事実上の都知事選出馬を宣言した。「脱原発」を旗印に、参謀・小泉さんお得意のシングル・イシュー戦略で行くらしい。私はそれでいいと思う。

 安倍首相と自民党は財界べったりの守旧勢力だ。「電気の安定供給を」という経済界の要請にこたえ、なし崩しで懲りずに原発オッケーな日本を作ろうとしている。地震と津波であれだけの被害を出し、「脱原発」で世論はあんなに盛り上がった。だが今やそれも沈静化し、もはやフェードアウトしつつある。

 このまま放っておいたら、また原発ジャブジャブの日本に戻るだけだ。

 国政選挙でなく都知事選とはいえ、発信力がケタ違いの小泉さんを「活用」し、ふたたび脱原発で一石を投じる意義は途方もなく大きい。「また劇場型選挙か」と反論する人はたくさん出るだろうが、そんなもんは関係ない。

 なにしろあの青島幸男さんだって都知事が務まったのだ(失礼)。「脱原発」というナントカのひとつ覚えでも都知事はできる。

 もちろん対抗勢力は「猪瀬の5000万円はだめで、細川の1億円はいいのか」とか、「都知事は脱原発だけじゃ務まらない。ほかにもやるべきことがある」とか、「細川は60歳で引退すると言ったじゃないか。高齢すぎる」とか、あれこれもっともらしいイチャモンをつけてくるだろう。だがそんな論点は、本当にどうだっていい。

 そんなことより、この「最後のタイミング」で原発のない社会へと大きく舵を切ることのほうがはるかに重要だ。本当にこれが、世の中の流れを変える最後の最後のチャンスだ。

 このまま放っておいたら、エネルギー問題論議は元の木阿弥だろう。がっちり原発が定着し、しかも政治的には自民の一強体制が固着する。55年体制よりひどいぞ、それって。

細川さんは佐川マネーの説明責任を果たし、脱原発候補を一本化すべき

 さしあたり細川さんには、やるべきことが2つある。「敵」は折に触れ、20年前の東京佐川急便からの1億円借り入れ問題を突いてくるだろう。とすればなるべく早い段階で、細川さんはハッキリ説明責任を果たし、決着をつけておくべきだ。この問題をあいまいなままズルズル引きずると、致命傷になりかねない。

 もうひとつは脱原発候補の一本化だ。宇都宮健児さんはすばらしい人格者だし尊敬もしているが、(大変失礼だけれど)社共が推す宇都宮さんでは当選確率が低い。支持政党なしの浮動票が多い東京では、大きなうねりを作り出すなら勝手連がベスト。「脱原発」候補は細川さんに一本化すべきだ。

 そして日本を変えよう。

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民主党はマニフェストを国民投票にかけろ

2009-12-14 05:47:52 | 政治
 いつだったか鳩山さんが記者にこう質問されていた。

「これだけ財政が厳しい中、金のかかる今回のマニフェスト実現にこだわるべきだと思うか?」

 鳩山さんの答えはこんなふうだった。

「自民党政権時代、選挙公約は選挙が終わるたび反故にされてきた。今回われわれが同じことをやれば、負の連鎖が断ち切れない」(論旨)

 いやそれは正論だが、国民は政治家が思っているほどバカじゃない。

 国民は、民主党のバラマキ公約に釣られて投票したのではない。「このまま政権交代が起こらなければ日本はダメになる」と思って民主党に入れたのだ。今回は民主党がバラマキを公約した選挙と、国民が政権交代を期待した選挙とがタイミング的にたまたま一致しただけだ。

 ウソだと思ったら、「財源がない今の状況下、今回のマニフェストをあなたは実現してほしいと思うか?」と国民投票にかけてみればいい。マニフェストを国民に事業仕分けさせるのだ。その上で、「マニフェストはいったん押入れにしまっておき、今は財政規律を優先させろ」てな結果が出ればだれも文句はいわないだろう。

 そうすれば「民主党は公約違反するのか!」などとつまらない揚げ足を取る人間もいなくなるだろうし、なによりいま重視すべき論点が明確になるはずだ。

 日本では、国民投票は憲法改正のためだけに存在する。改憲以外の国政上の重要案件について、国民投票が行われるようには法制化されてない。だが今回は非常事態だから特別だ。現に2007年の第166回通常国会では、民主党自身が「憲法改正国民投票」だけでなく「国政問題国民投票」を作るよう、修正案を出していたじゃないか。

 自分で作ったマニフェストのせいで自己矛盾を起こし、いまにもフリーズしそうな民主党を見ていると、自分から王手飛車にかかりに行くヘボ将棋を見せられているような気分になる。

 このさい鳩山さんがテレビとネットで国民に呼びかけ、「大変申し訳ありません。国民のみなさんを見下していました。われわれ民主党は選挙に勝ちたいあまり、『有権者はエサ(バラマキ公約)で釣れるだろう』と、つい出来心を起こしてしまいました」と素直にあやまるべきだ。

 その上で国民投票をやるなら国民は納得し、大局的な見方をするだろう。いやまじめな話、いまの経済情勢と財政事情、それに国民の暮らしはそれくらいやってしかるべき深刻さのはずだ。

 あらためて言う。

 民主党はマニフェストを国民投票にかけろ。

【関連記事】

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小沢さんて実は自民党の刺客だったんじゃないの?

2007-11-06 21:56:32 | 政治
「民主党はそのうちデカくなるだろうから、早めに爆弾仕込んでおこう」とか。だってまるで時限爆弾が爆発したみたいだもんね。しかも「ここでプッツンしたら、いちばん損だ」って局面で破裂してるし。

 しかしこうなると自民党の政権担当能力がますます相対的に大きく見えるなあ。選挙に負けて「次もヤバそうだな」ってビビってたら、相手が勝手にコケてくれるんだから。こういう運気も政権維持するには必要なんだろうな。

 とまあ冗談はさておき、小沢さんはいろいろ考えすぎたんだろうね。あるいはもっと深読みすると、「生きるか死ぬか」的な状況を意図的に作り、自分の党に突き付けたのかも? 「お前らホントに政権交代やる気あんのか?」と。

 報道されてるみたいに「民主党はこのままじゃ次の衆院選で過半数が取れない」って読みが小沢さんにあったなら、これくらいは仕掛けて党に刺激を与え、死ぬ気で戦う体勢を作るみたいなことはやるかもよ? だって小沢一郎だもん。

 んー、でも国民から見た党の印象は確実に悪くなるわけだから、やっぱ狙った釣りだってセンはないかなぁ。まあ今日中に結論出すらしいから、こんなこと書いててもすぐネタが腐っちゃうけどな。と思ってたら、ああ午後9時すぎ「続投」当確出ました。

 それから報道してるメディアにもひとこと言いたい。福田さんと小沢さんに「どっちからプロポーズしたんですか?」なんてワイドショーみたいなこと聞いてるヒマがあったら、もっと本質的なことを取材してよ。

 党代表が「自分の党には政権担当能力がない」、「これじゃだめだ。勝てない」って考えてるわけでしょ? でもこないだの選挙で勝った流れでいえば、これすごい違和感があるじゃない? 有権者から見たら不思議でしょ。

 だったら小沢さんはなぜそう思うのか? 民主党のどこがどうダメで政権担当能力がないのか? これって民主党だけの問題じゃない。二大政党制で国を変えようと決めた日本の将来を左右する話でしょう。なら参院選で民主党に入れた人だけじゃなく、国民がいちばん知りたいのはそこじゃないの?

 メディアは取材し、深く具体的に問題点をえぐる分析してよ。とっととさ。

 (追記)

 と思ってたら小沢さんが明日記者会見をやるらしい。小沢さん、「このままじゃだめだ」って自己分析してる理由をしゃべってね。まずどこに問題点があるのか国民の前に晒し、その上でどう修正し変えていくのか告白しなきゃ。

 正直に話せば、人間は動かされるもんだよ。
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「優しさとぬくもりが感じられる政策」って意味わかりますか?

2007-09-11 01:22:40 | 政治
 安倍首相が10日に所信表明演説をしたが、まったく暗澹たる思いがした。

 報道によれば、安倍さんは「優しさとぬくもりが感じられる政策に全力で取り組む」と言う。で、これをマスコミがいっせいに「地方や格差問題への取り組みを指しており、国民の生活を重視する姿勢を表したものである」と読み替えて報道している。

 はぁ? いったいそんなこと、どこから読み取れるんですか? こんな禅問答みたいなことをやってる国じゃだめだ。政治家はもっと人の心に刺さる生きた言葉を使わなきゃ。

 なぜ安倍さんはもっと具体的にハッキリ喋らないんだろう?

「美しい国」てなフレーズと同じだが、こんなわかったようなわからないような禅問答はもう時代遅れだと、なぜ未だにわからないんだろうか?
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倒幕運動、あえなく自爆

2005-10-09 13:21:17 | 政治
 さっそく玄倉川さんがトラバくれたんだけど、あまりにも予想通りの展開すぎて反応する気が起こらず…(笑) でもそうこうするうち佐倉さんからもトラバをいただき、当の筆者さんもトラバをくれたんでしょうがない。いちお反応しとこ。

■世に倦む日日
『反小泉「左右共闘」の意味と論理-多数を結集するリアリズム』

「反小泉の一点で左右は結集できる」と言いながら、いきなり「日本は韓国中国と手を組まなければならないはずだ」。あーあ、やっちゃったよ。この政治的センスには参りました。

 なんでもっと戦略的に立ち回れないかなあ。

 人間、相手の身になって考えれば、見えなかったことが見えてくる。たとえばサヨクな人たちに、こう呼びかけたらどうなるだろう?

 日本は世界に火種をバラまくネオコン・ブッシュのアメリカと手を切るべきだ。徹底した対米従属路線の小泉さんはその象徴である。いまこそ左と右は共闘し、「STOP THE KOIZUMI」を宣言しよう。(ここまではいい)

 日本はアメリカのくびきから脱し、自主独立の道を歩もう。そのためには憲法を改正し、核武装して「普通の国」になるべきである。
「あーあ、やっちゃったよ」って思うでしょ? やっぱりあなたも。

 てなわけで祭りはたった3日で終わりました。ワタシゃ無責任なタダのウォッチャーなんで、もっと楽しみたかったんだけど。

 あと私が言いたいことって、もうほとんど玄倉川さんがすでに書いてるんで(笑)。リンク貼っときますね。ぺたぺた。

■玄倉川の岸辺
『呉越同舟ならず』
『片翼だけの包囲戦術』

 なお私は玄倉川さんの「河村たかしを総理にするブロガー同盟」に参加するつもりであることは言うまでもない。

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ところであなたは「NO! KOIZUMI」?

2005-10-05 04:39:37 | 政治
 更新はお休みと言いながら1本だけ書いちゃう。病院でもらったカゼ薬がとにかく強烈なんだわ。これ飲むと昼間中ずっと爆睡してしまい、本末転倒なことに夜、まるで眠れなくなるのだ(笑)。

 さて本題。「反・小泉」を接着剤にし、右翼と左翼の共闘を呼びかけているブログがある。

世に倦む日日『STOP THE KOIZUMI-改革ファシズムを止めるブロガー同盟』

 もしこの運動に呼応して、辻元清美氏と西尾幹ニ氏が肩をならべて国会にデモをかけ、「NO! KOIZUMI」とシュプレヒコールを上げたら私も参加してもいいかな。だってそれ見たいし(笑)。

 てか、それくらいのことが戦略的に実現できなきゃ、この運動って意味ないと思うぞ。

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政権交代が起きない日本というシステム──自民と民主の「新・55年体制」が始まる

2005-09-17 05:54:59 | 政治
小泉劇場が炸裂した。「日本ではもう永久に政権交代は起こらないのか?」、「2大政党制なんて実現しないのでは?」。今回の圧倒的な選挙結果を見て、こうお嘆きの方も多いだろう。だけどそもそも返り血を浴びながら敵の大将の首を取りに行く本気度100%の対抗軸が育たなきゃ、2大政党制なんて夢のまた夢だ。自民・主演、民主・助演の「新・55年体制」が始まる予感がするのは私だけだろうか?

 19世紀、イギリスの歴史学者であるJ・E・アクトンは言った。

「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する」

 昔は別の意味で別の相手に言われることが多かったこの言葉を、いまや自民党に対して言わなきゃならない状況である。

 権力に対する対抗軸がダメっぷりをさらし続け、いつまでたっても政権交代が起きないからだ。

 もし世の中に普遍的な真理があるなら、政権交代なんていらない。1つの体制が恒久的に「正しい政治」をし続ければ、原理的にはその政権だけあればいいってことになる。

 だけど残念ながらこの世には、普遍の真理なんてありえない。だからそのときどきのイシューで民意が割れたら、それにもとづき多数決の原理で政権交代が起こるのが健全だ。

 まずこの前提に賛成できない人とは、たぶん議論にならないだろう(笑)。以前のエントリーで書いた教条主義ってのは、右にも左にも同じように存在する。

「その政権の質や内容なんてどうでもいいから、とにかく右寄りの政権が続いてほしい」

「その政権の質や内容なんてどうでもいいから、とにかく左寄りの政権が続いてほしい」

 こんなふうに考えてる人と、私は議論する気になれない。それは政治というより宗教だからだ。

「神様は存在する」と信じ、頑なに主張する人に向かって「神様なんていないんじゃないの?」と語りかけることほどむなしいものはない。単なる時間のムダである。

 ん? でもやっぱり納得できない、って?

 じゃあ、まずは歴史のおさらいをしよう。2大政党制による政権交代はなぜ必要なのか? 大幅にはしょるからツッコミどころ満載だろうが、ブログなんだからしょうがない。議論の前提をハッキリさせるためだ。

「ウザいよ」って人は以下の【復習】の部分はすっ飛ばし、その先から読んでほしい。

--------------------------------------------------------------
【復習 2大政党制・待望論はなぜ起こったか?】

 むかしむかしあるところに、「55年体制」てのがありましたとさ。その体制下では自民党が政権を握り続け、野党の第一党は旧社会党だった。だけど社会党には政権を取る気なんてサラサラなく、ひたすらツッコミ役に徹し続けた。

 国対(国会対策委員会)政治の裏取引でモノゴトが決められ、意思決定の経過がコクミンの目に見えない。そんな与野党のなれ合いが定番化した。野党は表じゃ自民党を批判するフリはするけど、政権を取る気がない。その実、裏では与党と「談合」してる。そんな状態がずっと続いた。

 彼らは右手で相手を殴る演技はするけど、左手では握手してたわけだ。

 そんな野党の「協力」で自民党政権は固定化した。利益誘導型政治の弊害やら汚職やら、権力が動かないことで生まれるいろんな歪みが生まれた。

「絶対的な権力が絶対的に腐敗した」わけだ。

 コクミンはそのありさまを見て、政治に期待するのをやめた。特に無党派層はその典型だった。

「選挙なんかに行ったって、どうせ世の中は変わりゃしない」

「与党と野党がなれあってるんだから、このまま何も変わらないんだ」

「この馬に乗れば世の中が変わる」と直感すれば、無党派層は動くものだ。2回前のエントリーで例にあげたように、今回の選挙や、土井さんの旧社会党が躍進した1989年の第15回参院選がそのいい例だ。

 反対に「どうせ変わらない」てな厭世観が定着すれば、無党派層は決して行動しない。「55年体制」が生み出した最大の弊害は、動かない無党派層を作ったことだ。

 こんな「55年体制」の反省から(もちろん理由はそれだけじゃないが)、90年頃に「このままじゃヤバいんじゃないか?」って議論が活発になった。そこで出てきたのが「2大政党制を作ろうぜ」論だ。

「このままじゃ政権交代は起きない。大きな2つの政党が闊達に議論し、そのときどきのイシューによって政権が変わるシステムが必要なんじゃないか?」

 この流れで、死に票は多いけど2大政党制を作りやすい小選挙区制(小選挙区比例代表並立制)が、1994年に導入された。こいつが初めて使われたのは、1996年の第41回衆院選挙からだ。

 民主党が結成されたのは、まさにこの年(1996年)である。

 ※厳密にはその後、1998年に野党4党が合流して現・民主党が生まれた。

----------------------【復習】はおしまい--------------------------

 ふう疲れた。さてここまでで、すでに異論がある人もいるだろう。

「今回の選挙結果を見てみろ。民意が議席数に反映されてないじゃないか。小選挙区制度は見直すべきだ」

 そう考えてる人もいるはずだ。

【ご参考】

毎日新聞「衆院選:自民圧勝、得票率と議席数がかい離する小選挙区制」

 だけどこの言説には根本的な疑問がある。

 今回、民主党が政権交代を実現できなかったのは、選挙制度が悪いからなのか? そうじゃないだろう。話はもっとカンタンだ。

 人々は小泉さんに魅力を感じた。

 一方の民主党は魅力的じゃなかった。

 こういうことじゃないの? ハナ水が出るくらい単純な理屈だと思うんだけど。だって民主党が小泉さんをはるかに上回るほど人々を惹きつける存在だったなら、過半数を取れるはずじゃない? それが取れてないんだから議論の余地はないだろう。

 もちろん小選挙区制は死に票が多く、民意が「議席数」に必ずしも直結しないって論点で語るなら、前述の言説にも議論の余地はある。ていうか、どんな選挙制度がいいのか? に関しては大いに議論すべきだろう。

 だけど民主党が政権を取れなかったのは、選挙制度のせいじゃないことだけはあきらかだ(当たり前の話だけど)。だからこのエントリーでは、選挙制度自体の問題は「次の議題」として保留にしておく。論点がいくつもあったらややこしいだけだ。

 今回の選挙結果は本当に自民の大圧勝なのか? それとも選挙システムが作用して大圧勝に見えているだけなのか? 

 私はそんな議論にはあんまり興味がない。それよりもなぜ日本では政権交代が起きないのか? を考えるべきじゃないか?

 正直、民主党は今回の敗戦で右と左に党を割り、カンバンをすげかけて出直すのかと思ってた。だけどどうやら新代表を選び、まだ続けるらしい。

 9月17日(土)の両院議員総会で、新代表を選出するという。立候補したのは若手・中堅に推された前原誠司さん(43)と、菅直人さん(58)=前代表の2人だ。

 この原稿を書いてる当日に選挙があるんだからあんまり意味ないが、一応、前原さんと菅さんに対する私なりの寸評を書いておこう。

【前原誠司さん】

<出馬にあたっての前原さんの主張>

1 民主党が郵政民営化関連法案の対案を出せなかったのは、労組の影響だ。

2 労組や業界団体と意見が合わない場合は、ハッキリものを言うべきだ。

3 年功序列や利益集団とのしがらみを断ち切り、新しい党運営をしたい。

4 人事は徹底した能力主義で行い、民主党を「闘う集団」にしたい。

5 自分は党内の各グループに、組織としての選挙応援は依頼しない。

 なるほど前原さんが言ってることは、すべて正しい。かつ前原さんは私が以前、エントリー「なぜ日本では議論が生まれにくいのか? ──議論とケンカのメンタリティ」で書いたように、自分の考えをハッキリ言える人物のようだ。こういうタイプの人はマトモな議論もできるだろう。

 だけど前原さんの大きな弱点は、線が細いことだ。ひとことで言えば、知的で「正しい人」。だけど人生の機微や苦労を知らない優等生のおぼっちゃん、みたいな感じだ。

 これなら河村たかしさんのほうが、はるかに人間的な魅力がある。これは冗談ではない。ユーモアのセンスがあるかどうかは、リーダーにとって大きな要素なのだ。日本ではユーモアって重視されないが、海外、特にアメリカやイギリスでは、ユーモアがわかるかどうかが人間の器をはかる尺度になっている。

 さて、私はいま「イメージ」だけで前原さんの印象を書いた。もちろん前原さんが本当にそういう人物かどうかは知らない。だけど人間は見知らぬ人と会ったとき、まず相手から受けるイメージでその人物を認知するのがふつうだ。

 選挙になれば私と同様、有権者は最初にイメージで判断する。その次が政策である。前原さんはこの点で、見る者にあたえるファースト・インプレッションが弱い。

 民主党はこれから返り血をあびながら、敵の大将の首を取りに行かなきゃならない立場だ。前原さんはそんな修羅場で血糊にまみれたとき、はたして動揺せずに相手の首をかっ切れるのか? 

「民主党は闘う集団にならなきゃダメだ」という前原さんの問題意識は、まったく正しい。でもイメージだけで判断すれば、その前原さん自身が本当の意味で「闘える男」なのかどうかが見えない。もちろんそれは本人が実際に党代表になったとき、自分自身の行動で証明すればすむ話だが。

【菅直人さん】

<出馬にあたっての菅さんの主張>

1 不幸な人をなるべく作らない「最小不幸社会」をめざす。

  (2は前原さんと同じ)

3 中央官庁を解体・再生する。

 1は、小泉流の「勝ち組優先・自由主義」に対抗したものだ。だけど岡田さんの「日本をあきらめないで」と同じく、やっぱり菅さんもネガティブな発想にもとづいている。

「輝ける未来」をめざすんじゃなく、「負ける人」を少なくしよう──。

 足し算ではなく、引き算の思想なのだ。この受身の姿勢はいかにも野党的である。政権奪取のニオイがしない。もちろん社会的なセーフティネットを作るのは大事だ。だけど菅さんは社会保障制度を作るために、党代表になるのだろうか?

 菅さんがしゃべるのを私が初めて見たのは、1980年代後半頃に放送された「朝まで生テレビ」だった。当時、菅さんはまだ社会民主連合(1994年に解散)にいた。

 朝ナマで菅さんが話すのを初めて見た瞬間、「この人はすごいな」と感じた。菅さんの発言はとても論理的で知性を感じさせた。そしてなによりバランス感覚が豊かだった。

 以後、「朝まで生テレビ」に菅さんが出るたびに、私は発言を注視するようになった。私のなかでは80年代後半からずっと、「注目の人物」のひとりだった。1996年に菅さんが民主党代表(2人代表制)として、第41回衆院選を迎えるまでは。

 1996年に菅さんは厚生大臣になり、薬害エイズ問題で当時の厚生省にキツイ一発を食らわせた。世間は彼の行動に快哉を叫び、人々の支持と信頼を一身に浴びた。

 ところが……。その同じ年に行われた衆院選を迎えるにあたり、菅さんはマスコミに向けてこう言った。

「今度の選挙では、政権交代は争点にしない」

 私はわが耳を疑った。当時の菅さんには、薬害エイズ問題でまさに世の中の支持が降り注いでいた。いってみれば今回の選挙における小泉さんと同じ状態だ。いまやらずにいったい、いつやるというんだろう? いますぐ動けばひょっとしたら首相になれるかもしれないのに。

 あの発言を聞いたときの衝撃は、いまでもハッキリ覚えている。政権交代をめざして生まれた民主党の代表が、しかもわが身に張った帆に「風」をありったけ受けているのに「政権交代は争点にしない」という。「ああ、この人じゃダメだな」。私は思った。

 政治は、どう世の中にうねりを作るかが勝負だ。そのためには意思決定が大胆で速いこと、そしてなによりタイミングを見分ける目が死命を制する。あれから約10年がたったいま、もし菅さんが今回代表になったとしたら……はたしてもう一度うねりを起こせるのだろうか?

 さて、民主党はこの前原さんと菅さんの二択だ。しかも民主党は郵政民営化関連法案の対案を出せなかった失着だけでなく、いままでに何度も致命的なミスを犯している(そもそも結党時のメンバー構成自体が矛盾の固まりだ)。

「民主党じゃ、いつまでたってもラチがあかない」

 無党派層の票で勝負が決まった今回の選挙では、こう考えて小泉さんに投票した人も多いだろう。コクミンはバカじゃない。いつまでも気長に待ってくれると思ったら大まちがいだ。

 サッカーでは、1試合で1人の選手に2枚のイエローカードが出れば、その選手は退場になる。結党以来、民主党に今まで出ているイエローカードは2枚どころじゃない。もしサッカーの試合ならとっくに退場になっていてもおかしくないくらいだ。

「政権交代を実現する」

 口で言うだけならだれにでもできる。

 政権交代が起きない日本というシステムの不幸は、与党に対する対抗軸がかつてはあの旧社会党、いまは民主党であることかもしれない。この2つの政党がダブって見えるのは私だけだろうか?

 想像するだけで慄然とするが……自民党・主演、民主党・助演による「新・55年体制」の足音が聞こえるのは私だけだろうか?

 空耳であってほしいものだが、そうならないためにも民主党に2つだけ注文をつけておきたい。

 まず今回の選挙で自分たちはなぜ負けたのか? 敗因を徹底的にマーケティングすることだ。

 たとえば民間企業が社運をかけた商品を開発し、市場に投入したとしよう。だがその商品はまったく売れなかった。結果、会社は一気に倒産しかけてる。そこでふつうならどうするか?

 なぜその商品は売れなかったのか?

 消費者(有権者)ニーズにどうマッチしてなかったのか?

 徹底的に分析し、そのデータをもとに消費者ニーズに合った新しいコンセプトを立案するはずだ。そしてコンシューマの心に刺さる切り口を考え、次こそは売れる新商品を作ろうとするだろう。

 いったいどこの世界に「売れなかった理由」を分析もせず、社長の首だけすげかえて「なんとかなるさ」とタカをくくる企業があるだろうか? もしあったとしたらその企業は早晩、市場から退場することになるだろう。

 もうひとつ、注文がある。

「リメンバー・2005」を党の合言葉にし、額縁に入れて飾っておくことだ。その額縁はもちろん、党代表の机の前にかけておくべきなのはいうまでもない。

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