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すちゃらかな日常 松岡美樹

積極財政などの政治経済をすちゃらかな視点で見ます。ワクチン後遺症など社会問題やメディア論、サッカー、音楽ネタも。

【れいわ新選組・米村明美さん】日本は「2人に1人」の大学生が奨学金(借金)を背負い社会に出る

2025-05-25 10:48:09 | 政治経済
米州開発銀行では今とは逆に「新自由主義」を進める仕事をしていた
✴︎次の参議院選挙で兵庫から出る予定のれいわ新選組・米村明美さん。長くユネスコに務め、教育の分野を専門に活動してきた。(ちなみに動画は、YouTubeチャンネル「つまりはなにかch れいわ新選組」さんより引用した)

「借金返し」から始まる日本人の社会人生活とは?

 YouTube動画で、次の参院選に兵庫選挙区から出る予定のれいわ新選組・米村明美さんの「おしゃべり会」での話を聞いた。

 過去にこの記事でも書いた通り、米村さんはれいわ新選組が結党したまさに2019年当時、たまたま赴任先のアフリカで山本太郎代表の動画を観て、彼が主張する論理に衝撃を覚えた。

 以降、価値観がすっかり変わり、あわてて2021年に帰国してれいわの活動に身を投じた人だ。

 以下、なるべくオリジナルの「おしゃべり会での彼女の語り」を生かした方がいいと考え、ご本人の一人称で「おしゃべり会」の内容を文字起こしした。(ただし、すべて掲載すると長くなるため、適宜、要約した。その旨、ご了承いただきたい)

 そして文字起こしの最後にちょっとだけ、私なりの「感想めいたもの」をつけ加えさせて頂いた。

 では以下、米村さんの「おしゃべり会」での語りの始まり、始まりだ。

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ユネスコで19年間働きアフリカなど世界各国でアドバイスした

 私は「国際教育」が専門です。米大学院へ留学後、米州開発銀行などを経て2002年から約19年間、ユネスコ職員をしてきました。

 この国際教育というのは、教育に関する政策やいろんな問題をリサーチするなど、世界を見渡して各国の政策をアドバイスする仕事です。

 アフリカには10年住み、インドでも教育の仕事をしました。またユネスコの本部があるフランスでは、7年間、特に高等教育の仕事をやりました。

 そんな目で日本を見ていると、日本の教育は世界水準から行けば「高い」と言われていましたが(私も「世界に誇れる日本だ」と思っていたのですが)、でも2019年にアフリカのセネガルという西海岸にいたときに、たまたまインターネットで山本太郎さんの動画と初めて出会い、衝撃を受けたんです。

 その動画で彼が語っていたのは(日本は世界に誇れる国のはずなのに)なんと「2人に1人」の大学生が奨学金という名の借金を背負って社会に出るんだ、という。

 彼らは借金を返すだけでも精一杯です。私はこれが日本の少子化の「大きな原因のひとつ」だと思っています。そして私は日本に帰国するたび、日本の経済力がどんどん弱くなることを実感しました。その原因を、まさに山本太郎さんは的確に説明し射抜いていたと思います。

 当時、非正規雇用がどんどん増えていた。それは私が最初に日本を出た時から始まっていましたが、でもまだ今のような酷さではありませんでした。ところが今は40%の人が非正規雇用なんです。非正規雇用ということは、当然、将来の計画も立てられません。

 こんなふうに若い人が非正規雇用しかなければ、もう来月の仕事さえあるかわからない。来年、仕事があるのかどうかも、当然、わかりません。(こうして資金がなければ家庭の計画も立たないわけだから)当然、この非正規問題は少子化の大きな原因のひとつですよね。

「戦争ができる国」へと邁進する日本に危機感を抱く

 それだけではなく日本は武器輸出を解禁したり、南スーダンに自衛隊を派遣したり、日本は戦争ができる国へと突き進んでいるのではないか? と、ある時点で非常に杞憂しました。

 そして山本太郎さんがれいわ新選組を立ち上げるきっかけになった、2011年の福島の原発事故ですが……私はそのときエチオピアにいました。津波で流される人たち、そしてアフリカからもボランティアが日本に来て援助していました。

 世界がとても心配して日本を見ていたのですが、「何かおかしいな?」というところもありました。

 それは原発が爆発しているというのに、日本では「あまり事故のことが伝えられてない」ということを聞いたからです。

 私のメディア関係の友人なんて日本に子供がいて、「あなた、ここで何をしているの? 早く逃げなさい!」とまで言っていました。

 そこでやっとわかったのは「日本のメディアもおかしくなっているんだな」ということでした。で、これは海外で国際協力をしてる場合じゃない、といろいろ悩んだんです。

 そしてユネスコの定年まであと3年あったんですが、もう3年早く退職し帰国して、まず私の母校である関西外国語大学で3年間、生徒に教える機会を頂きました。

 関西外大では、グローバル・シチズン・シップ(地球全体を一つのコミュニティと捉え、世界の一員として責任を持って行動する意識のこと)とか、国際関係の授業をやりました。

 そこでグローバルな課題を教えると同時に、若者は選挙へ行ってください、そうすれば今のいろんな問題が解決するんですよ、とグローバルな課題と選挙を繋げて授業をしていました。

無自覚に「新自由主義」や「民営化」の仕事をしている自分に気づいた

 それ以前の前歴を少し自己紹介すると、私はもともと英語の先生をしていてアメリカへ勉強に行ったんです。米州開発銀行というところで働いていたんですが、そこはいま、れいわ新選組が反対している「新自由主義」を進めている機関だったんです。

 つまり当時、私は(無自覚に)今とは真逆のことをやっていたわけですね。

 そして1980年代くらいにジョージ・ブッシュ・シニア(ブッシュのお父さん)が、どんどん民営化を進めて行こうというのを南米で進めていました。

 私はその米州開発銀行で民営化を推進する仕事をしていたんです。でも私はその頃は、「それが一体どういう意味をもつのか?」なんていうことに(いまと違って)気づいてすらいませんでした。

 でもいま考えれば……これだけ世界でいろんな格差が広がっているのは、実は世界中で新自由主義を繰り広げた結果なんだな、ということが理解できました。

「いままさに日本はその格差社会になっている」と気づく

 その後、私は教育を専門として博士号を取り、ユネスコで働くことになったんです。で、私は47ケ国を回りました。ちなみにそのうちグローバル・ノースと呼ばれるのが先進国。一方、グローバル・サウスと呼ばれるのが途上国を指します。

 こういう国々を訪れたり、あるいはそこに住んだり、またブラジルの研究をして博士号を取りました。なぜブラジルかといえば、あそこは格差がすごいんです。

 お金持ちはそれこそプライベート・ジェットで仕事に行くかと思えば、リオデジャネイロにあるスラムでは貧しい子供が銃を振り回したり、売春などいろんな犯罪に巻き込まれてしまう。

 格差社会が広がれば広がるほど、こうした暴力は蔓延します。ですから私は格差をなくしていかなければならないと思い、ブラジルの研究をしたとき「日本のような平等な国になってくれればいいな」などと(今から思えば)ノンキに思っていました。

 ところが(れいわ新選組が結党した)2019年の山本太郎さんの動画を観て、「いままさに日本はその格差社会になっているんだ」ということに気づいたんですーー。

消費税廃止のための国債発行は「短期的な政策」です
 
 で、そんな日本を変えるための私の政策ですが、大きくは4つあります。

 まず税制改革をし、格差をなくして行く。私は「消費税廃止」を唱えていますが、これはいま直近で困っている人を助けるための「短期の政策」です。

 国債を永久に発行して行こう、なんて言うことじゃなく、すぐ刷れる国債を出し、すぐ緊急に困っている人を助けよう、ということです。

 また税金の取り方を変えると同時に、税金の使い方を変えることも考えています。前者は累進課税(所得や財産などに応じて税率が段階的に上がる仕組み)にすることです。

 また税金の使い方については私は教育が専門ですから、予算の配分を考えるとき、もっと社会保障や教育にお金をかけて行きたいと考えています。

予算は防衛費でなく社会保障と教育の充実に

 いま日本の防衛費はどんどん増えています。日本は戦争をする国になろうとしてるんじゃないか? 沖縄を見ればわかる通り、もう本当に戦争の準備をしているとしか思えません。

 私は戦争を止めたい。防衛費ではなく、外交で平和を築いて行きたいんです。

 だから税金の使い方は社会保障、特に教育を充実させたいと思っています。

 そして「脱原発」はエネルギーに関係することですが……2011年に福島の原発事故が起きて3年くらい原発は「ゼロ」でした。

 でも、みなさんそのとき停電を経験しましたか? なかったですよね? つまり原発はなくてもエネルギーはあるんです。

 ではなぜ「エネルギーがなくなる」、「経済成長の妨げになる」といわれるのか? そんなものは完全なプロパガンダなんです。原発を推進したい人がそう言っているだけなんです。

 例えば原発の専門家に聞くと、「エネルギーは十分ある」と言います。そして「原発はとても高いエネルギーだ」ということです。またそもそも原発は危険なものです。

 特に日本のような「地震大国」は原発なんて持ってはいけない。だから私はいますぐ、今日にでも原発を止めたいと思っています。

 特にこの阪神地域では、30年前に大きな地震がありました。次にそんな規模の地震がもし来たら、耐えられる原発なんてありませんよ。

 だから私はまず、すぐやるべきことは原発を止めて廃炉にすることだと思います。そして再エネに移行して行くことが大切だと考えています。

 また平和外交については(先ほど申しましたように)武器で平和を築くのではなく、外交で築くのだ、ということです。

日本の「教育予算」はOECD(経済協力開発機構)で最低レベルだ

 一方、日本の教育予算は、OECD(経済協力開発機構/ヨーロッパ諸国を中心に日・米を含め38ヶ国の先進国が加盟する国際機関)の中では最低レベルです。

 そして日本はGDPの4%を教育予算に当てていますが、かたやOECDの平均は4.9%です。だから日本は平均より低い、ということです。

 一方、ユネスコなど国際機関では、GDPの4〜6%を教育費に充てることを勧めています。そう考えれば日本はもうギリギリのラインにすぎず、少なすぎるということです。

 特に日本の場合、高等教育に関しては学費の約半分が(公的に賄われるのではなく)「家計」から捻出されています。

 ですがOECDの平均を見ると、学費は家計のたった19%に過ぎません。日本は家計が高等教育につぎ込まれる割合がとても高い。その意味では、日本人は「それが当たり前だと思い込まされている」わけです。

 だからそこは「変えて行ける」と私は思っています。

高騰化する学費、教育の「無償化」を進めたい

 そして授業料も日本はどんどん高くなっています。国公立もかなり高くなっている。ちなみに私が子供のころなんて、国立大学は年間3万円位でした。

 でもそれが今や何十万円もかかります。例えばOECDの発表では、日本の国公立はだいたい80万円くらいかかる。これもOECDの平均よりかなり上です。

 そして日本では大多数の人が私立大学へ行きますが、私立の授業料は国公立の2倍くらいになっています。これでは大学にかかる費用が多すぎます。

 これを家計や学生さん自身がアルバイトしたり借金したりして払っているのが現状です。

 そこでれいわ新選組は、何をしたいか?

 まず教育の予算を増やし、「教育無償化」を実現したい。そして「奨学金特政令」で、奨学金の返済に苦しむ580万人の借金をチャラにしたいんです。

 一方、すでに払った人は不公平じゃないか? という意見もあるので、そういったことも考慮していかないといけないと思います。

【私(松岡)の補足】もし万一ここまで読んである種の「違和感」を感じた人に問いたい
 
 さて、ここで(ちょっとバランスを取る意味で)筆者の余計な補足を入れよう。

 米村さんの分析は実に客観的で、真っ当だ。日本の現状を鋭く射抜いていると感じる。

 だがひょっとしたらこれを読んだ特に若い人のうち、「ある種の層」にはもしかすると響きにくいかもしれない。

 それはこれまでの米村さんのお話を読み、えっ? 日本は「戦争ができる国になっちゃいけない」のか? とか、「日本を取り巻く危機的な安全保障の現状に何も感じないのか?」「なんだか(微妙に左に寄った)内容だなぁ」なーんて感じている人たちに向け、以下の付記をちょっと書いておきたいなぁ、と思ったのだ。

 そんな人たちには、ぜひ以下に書く私の実体験を(騙された思って)ひとつだけ聞いて欲しい。これは本当にあった話である。

 確か90年代あたりだったかに、私はそれまでさんざん世の中で繰り返し聞かされてきた「人権とか平和とか」の左派的なお話にすっかり飽き飽きし、嫌気がさしてしまったことがある。

 で、当時、ハマっていた討論番組「朝ナマ」なんかの影響もあり、ちょっと刺激的だなと感じた「右側」の世界を試しに覗いてみたことがあるのだ。

 その理由のひとつには「お前は人権真理教だな」なーんてバカにされるのがイヤだった、なんていうのもある。

 で、あっち(ライト・ウイング)側でいろんな人を紹介されたり、その思想に触れたりと、それなりに生産的な交流もできた。

 自分でもいろんな本を読んで知識を蓄え、それなりに「そっち方向」の考え方に納得できた。

 彼らがいったい何を考えているのか? それがよくわかった。あのときの体験は、今から思えばとても勉強になったと思う。

だんだん「右」は過激で危ない状況になって行った

 だがその後、だんだん「あっちの世界」は、もうひたすら過激な方向にエスカレートする一方になったのだ。

 で、ややもすると今にも暴発しかねない危険な状態になってしまったな、と感じるようになってしまった。

 ちょっと飽きたから試しに「逆方向へ」と行ってみたらば、「かなり危ない世界になって行った」というわけだ。

 つまり世の中全体が完全に右の方向へと「逆回転」し切ってしまい、もう「人の命なんてクソ食らえだ」「国家のために死ねよ、お前ら」「あの特攻隊は尊かったんだ!」みたいな、人の命がすっかり軽い、いまの世の中になってみてしみじみ感じることは……。

 ああ、実は(あの自分がさんざん聞かされた挙句に、一度は決定的に嫌気がさした)「人権」という概念って、実は限りなく大事だったんだなぁ、とじわじわと実感してきたのだ。

 もうずいぶん前の話だけどね。

「おっさん政治家」がのさばり自分のことしか考えない世界

 それだけじゃない。

 もう「あっち(右)の世界」では、盛んに「おっさん政治家」たちが相変わらずのさばり続けていた。

 いわゆる「プロ」の人たちだ。

 彼らはやたら権力に媚びへつらってカネに汚く、体制の側、すなわち強い者にひたすら付き従う。

 つまり「社会をこんなふうに住みよく変えよう」なんていう自分独自の理想や理念、使命感なんてどこにもない。

 ただ利権を求めて彷徨う「我欲」だけだ。

 そして常に「数の論理」に支配されて政治の行方が決まり、自分たちもそれに唯諾々と付き従うーー。

 こんなふうに体制について安住する。

 しかも彼らはやたら「戦争をやりたがる」んだ。もちろんそこには当然、兵器産業やらの利権も絡んでいるだろう。

 でもこれじゃあ、もうダメでしょう?

 だから今こそ「おっさん政治家」とは正反対の位置にある、米村さんのような知的な人材が日本に必要なのだ。

(個人的には、もう政治家は全員「女性に変えたほうがいいんじゃないか?」とすら思っている)

 つまりいったん右に振れすぎた世の中の時計の針を、また「ぐるり」と一回転させてちょっとは左の方向に(いくらか「いい湯加減」まで)巻き戻す作業が必要なんじゃないか?

 そう感じている。

 日本はそんなとてもリスキーな時代に突入してしまったからこそ、ちょっとだけ時計の針をもとに巻き戻してみよう。

 そうやってバランスを取りながらこの一連の危機をうまく回避するため、逆に来たりくる危険因子を中和する「レフト風味」がいま、社会に必要とされてるんじゃないか? そう感じるのだ。

 もちろん「レフト」といっても、程度問題だけど。

 その証拠にれいわ新選組の人たちが話す政策や話の中身を聞いていると、なんだかとても安心できる。

 ささくれだったところがない。

 だから、じんわり心がなごむ。

 もっとも政治の世界においては「まったく新しいコンセプト」を持つれいわ新選組は、もはや「右か? 左か」などという旧来の価値観を問う集団じゃない。

 そんなものには、囚われない。

 あえて彼らの政治軸を示すとすれば、むしろ「上(上流階級)の味方か? それとも下(下層階級)の味方か?」で思考する人々が「れいわ新選組」だろう。

 その意味でも、いまこそ米村さんが謳うような政策が必要なんだと感じている。

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【脱落・国民民主党】玉木雄一郎代表は「勝つための戦略」だけを考えるタイプだと思ったが……

2025-05-21 18:45:32 | 政治経済
「勝つ方法」を考える人ですらなかった

 私が考える「理想の政治家」とは、日本という国をどう住みやすくし、どうすればその国民を幸せにできるか? を具現化する政策を考えるのをファースト・チョイスにする人物だ。

 ところが国民民主党の玉木雄一郎代表を見ていると、どうやら彼は「どうすれば選挙に勝てるか?」だけを考える人なんだな、という印象だった。

 少なくとも、いままでの言動や行動を見ている限り。

 例えばそれは「手取りを増やす」というキャッチーなコピーを操り、(消費税廃止などとくらべればちっぽけではあるが)所得税の控除額アップを実現する方法を提案してきた辺りだ。

 いかにも人々の「人気取り」になり、選挙で自党に「入る票を増やす」ための戦略だといえる。

 ところが次期・参議院選挙の候補者選びを見て非常に驚いた。

 みなさんすでにご存知の通り、なんとあの足立康史さん、菅野志桜里さん、それに(ポリシーを180度、曲げさせた上での)須藤元気さん、という強烈なトリオを持ってきた。

 これはどう考えても国民みんなに嫌われ、逆に選挙で「票が入らない人選」だし、そういう「やり方」だ。

 つまり玉木代表は、選挙で票を取ること「だけすら」考えられない人だったわけだ。

 例えばなぜ菅野さんを選んだか? といえば、それは2人が「もともと仲がいいから」である。

 いやもちろん彼女は仕事ができて優秀だから、というのもあるだろうが(それにしても「あのマイナス・イメージ」が大きい……)

 人が彼女の名前を聞けば、その瞬間、「うわー、イヤだなぁ」としか感じない人選とやり方だろう(失礼)。

 いやはや、ホントにびっくりした。

 もっともこれで国民民主党がいくらか自分でコケてくれれば、れいわ新選組に入る票も増えるかもしれないから良し悪しだが。

 んー、いやぁ、でもやっぱり国民民主党かられいわに票は流れて来ないだろうなぁ。なんせ(経済政策的な意味じゃなく)単純に「左か、右か?」のイデオロギー的な要素がもう真逆だし。

 とはいえこれで選挙がいくらかおもしろくなった、とは言えるかもしれない。

 ただ、あそこの支持者が国民民主党に投票するのをやめてしまい、その挙げ句、もう二度と選挙に行かなくなったりするなら最悪だが……。

 はてさて、いったいどうなるだろうか?

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【れいわ・米村明美】「結党時、山本代表の耳慣れない話をたまたまアフリカから動画で聞き、私、全て調べたんです。すると全部本当でした」

2025-05-18 13:32:26 | 政治経済
ああ、この人も同じなのか?

 次期・参議院選挙の兵庫選挙区でれいわ新選組から立候補する予定になっている米村明美さんの初記者会見は、どちらかといえば割に淡々と進んだ。途中まで、は。

 だが、ある瞬間に、とんでもないクライマックスが訪れたーー。

 彼女は長らくユネスコの職員をし、フランスやインド、エチオピアなど海外に赴任し教育活動をしてきた人だ。

 また直近では関西外大で数年間に渡り教授を務めた。市民活動にも従事している。

 教育が専門で、「教育の無償化や(軍事費ではなく)教員の待遇改善におカネをかける政策をやりたい」という。

 ほかには世界はいまや核戦争や気候変動の危機に晒されているという強い危機感を持ち、環境保全や恒久平和を目指している。

 そのほか具体的な政策としては、公平な税制や大学ローン廃止、教育費の増額、原発の即廃止、自然エネルギー推進、食料安全保障、武器輸出禁止などを掲げる。

【兵庫選挙区 記者会見】大石あきこ共同代表 次期参院選 公認候補予定者発表(4月21日15時~ 兵庫県内)
※参院選で激戦が予想される兵庫選挙区から出る予定になっている米村さんのお披露目・記者会見。強烈な一発だった。

あなたはなぜ政治家を志したのか?

 そんな(どちらかといえばエリートともいえる)彼女はいったい、どんな経緯で泥臭い政治の道を志したのだろうか?

 ちょうどそんな持って来いの問いが出たのだ。

 ちなみに新聞記者の質問といえば「肩書はどうすればいいか?」だの、「経歴のここはこう書いてOKか?」など、定型文みたいなお決まりの記事を書く上での単なる機械的なフォーマットを作るための質問ばかりだ。

 インパクトのある「有機的な問い」がないのが、通例である。

 ところがあの日は朝日新聞の記者から「なぜあなたは政治家を目指したのか? きっかけや時期は? そこでなぜれいわ新選組と、いったいどんな接点ができたのか?」という、実にドンピシャの機敏な質問が出たのだ。

 それは米村さんならではの個性を引っ張り出す、すばらしい質問だった。

 米村さんは、そのときキッパリと言い放った。

「私が政治家を意識し始めたのは、山本太郎さんのYouTube動画をアフリカに赴任していたとき初めてたまたま観たからです。

 2019年にいろんな日本の動画を観ていたら、ちょうど山本太郎さんがれいわ新選組をその年に立ち上げて街宣している姿を観て、最初は『この人、いったい誰なんだろう? 彼が言ってることはホントなのか?』と思ったんです。

 で、私は彼の話で出たデータや出来事をすべて調べてみた。すると全部が全部、ホントだったんです。山本太郎さんの演説の熱量にも打たれました。

 それで激しいショックを受け、やっぱり政治で変えていかなきゃダメなんだな、と思い始めたのがすべてのきっかけでした。

 だったらもう自分はアフリカで、こんなふうに国際協力をしてる場合じゃない。日本人の私は日本をまず優先するべきだ、と決意し、2021年に帰国したんです」

すべての点と線が「2019年」へとつながって行くーー

 米村さんのこの強烈な一発を喰らい、私の頭の中は一瞬、真っ白になった。

「ああ、この人もそうだったのか? やっぱり2019年なのか?」

 私は積極財政に関しては、2019年に旗揚げしたれいわ新選組を知る以前からそこそこ知識はあった。

 だが山本太郎代表が掲げるその他の諸政策には、ほとんどなじみがなかった。

 で、実は私も米村さんと同じように、全部、ひと通り調べてみたのだ。

 そのとき強いショックを受けたのは、いうまでもない。

 米村さんとまったく同じだ。

 そして以前、この記事で書いた、同じく次の参院選でれいわ新選組から京都で出る予定の西郷みなこさんのキーワードも以下の通り、同じ「2019年」なのだ。

【緊急動画】なぜわたしが、れいわから? #れいわ新選組 #西郷みなこ
※2019年頃に「積極財政」(反緊縮)と出会い、松尾匡・立命館大学経済学部教授らとともに共著書『「反緊縮!」宣言ーー人々にもっとカネをよこせ』(亜紀書房)をお書きになったと語る西郷みなこさん。やっぱり彼女のキーワードも「2019年」だ。

 どうだろうか?

 こんなふうにすべての「点と線」がつながり、それらは「2019年へ」と収斂して行く。

「ああ、なるほど。れいわ新選組が結党したあの2019年から、やっぱりすべてが始まったんだな」と、また実感させられた一幕だった。

 こうして続々と日本を変える飛び切りの新キャラが集まり、みんなで寄ってたかって国の構造をリフォームして行くーー。

 そのひとりが米村明美さんであり、西郷みなこさんなのだ。

 がんばれ、米村さん!

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【おっさん政治家の末路】これからの政治家は女性でなければダメだ 〜須藤元気氏に見る驚愕の変節

2025-05-17 05:19:30 | 政治経済
「おっさん政治家」は簡単にポリシーを曲げ権力に媚びカネに汚い

 あの須藤元気氏が(あえて言うが「欲にかられて」)国民民主党から出馬することを決めた。

 それに当たり、彼はこれまでの自身の(岩盤だと思われた)固いはずの「ポリシー」や「政治信条」を以下の通り、すべてかなぐり捨てて全面撤回し以下のポストを行った。

 もう目も当てられない、

 かつての彼の支持者として、憤りを込めて当該ポストを以下に全文引用する。

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【須藤元気@絶賛浪人中】

【私の考えと国民民主党の政策の一致について】

 これまでの、私のワクチンや原子力発電をめぐる発信について「国民民主党の政策や意見と合致しないのではないか」という一部の方からお声をいただいてきました。

 今回、国民民主党の公認を受けて立候補するにあたり、自ら多くの声に耳を傾け、政策を見直し、再構築しました。

1. 原発について

 かつては否定的な立場でしたが、現在はエネルギー安全保障と現実的対応の観点から「安全性を確保した上での活用」は必要と考えています。

2. ワクチンなど医療分野について

「副反応への懸念」を発信していましたが、ワクチンの重症化予防効果等を含めて科学的根拠を否定する立場ではありません。党の「科学的知見と透明性重視」の方針に従います。

 その決意の証として、国民民主党から提示された確認書にサインして、党に提出しました。党として決定した事項に反する行動は取りません。

 誰もが将来の不安なく、自分の夢を追い求められる日本にしたい、という思いは全く変わりません。

 積極財政で、手取りを増やす。その結果、国民生活を守り、日本を元気にする。

 この決意を胸に、今日から国民民主党の一員として、取り組んでいきます。

 午後10:43 · 2025年5月14日·427.3万件の表示
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(以下、ここから私の本文です)

 今後、こうしてポリシーを全面撤回した須藤氏や、先日、あの「ひめゆり騒動」を起こした(次の参院選で京都から出る予定の)自民・西田昌司氏らを見て、あなたはいったい何を思うだろうか?

 私が感じたことは、果たして我々は「そんな彼らを完全に落選させ切れるかどうか?」に、日本という国の命運がすべてかかっているんだな、ということだ。

 もはや「おっさん政治家」では、日本国の運営はムリだ。

「おっさん政治家」はすぐ群れたがり、体制に迎合し、権力に弱く、おまけにカネに汚い。あげく、ポリシーがない。政策なんて持ってない。

 もうそんな「おっさん政治家」は、全員まとめて女性の政治家と「総取っ替え」するくらいの勢いと気概で臨まなきゃ、この経済が徹底的に壊滅した日本という国の復興はできないだろう。

 上記の通り、あの完全無欠であるかのように見えた須藤氏が、いともカンタンに自分の固い信条をすべてキレイにかなぐり捨て、体制についてたやすく「転ぶ」のだ。

 私はアレを見て、つくづく「政治の骨格をなす岩盤層の真理」がよくわかった。

 真の意味で理解できた。

 今後、日本は女性政治家の比率を、いったいどこまで上げられるのか?

 すべては、それにかかっているといえるだろう。

 男(おっさん政治家)じゃあ、もう日本はダメなのだ。

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【れいわ新選組・沖園リエさん】自分が知らないことを「知らない」と言える勇気

2025-05-16 00:51:28 | 政治経済
平然として横にいた副幹事長に話をムチャ振りする大物ぶり

 れいわ新選組から2025年の参議院選挙に出る予定でいる2人の女性候補者の印象は強烈だった。

 それは兵庫選挙区から出る予定の新人で元ユネスコ職員の米村明美さんと、福岡県選挙区予定の沖園リエさんだ。

 まず米村さんについては「思うところ」があるので、また回をあらためじっくり書く。で、ひとまず沖園さんについてだけ、触れさせて頂きたい。

【れいわ新選組 記者会見】さかぐち直人 副幹事長 次期参院選 公認候補予定者発表(5月7日14時~ 福岡県内)
※れいわ新選組の沖園リエさんが、参院選の福岡県選挙区へ出馬予定する初名乗りを上げた記者会見の模様だ。

約20年間も非正規雇用、市民団体での活動歴もアリ

 沖園さんは約20年間も非正規雇用につき、その間、「福岡パレスチナの会」(パレスチナ難民らを支援する市民団体)や、「西サハラ友の会」(西サハラの人々を支援する市民団体)の活動をしてきた人だ。

 ちなみに後者の西サハラとは、アフリカ大陸北西部の大西洋岸にある地域である。

 さて、あれは5月7日に行われた記者会見だ。

 そのとき福岡選挙区に立候補する予定の沖園リエさんが見せた横顔が、とても印象的だった。

 私が彼女を初めて見たこの記者会見での最初の印象は、「自分がわからないことを記者に聞かれたときの彼女の対応」だ。

 そんなピンチを迎えたとき、往々にして初めてその人物の価値や人生観が見て取れるものだ。

 そのとき彼女が読売新聞の記者から問われたお題は「経済問題」である。

消費税減税下で社会保障財源をどう確保するのか?

 すなわち沖園さんはイジワルな記者から、「あなたが公約として掲げる消費税完全廃止(または減税)によって、今まで社会保障費に充てていた消費税分がなくなったら、社会保障の財源はどうするのか?」という一見、やっかいな案件について質問を受けたのだ。

 だが、そのとき彼女はまったく物怖じもせず、隣にいた、さかぐち直人副幹事長に平然と「ここ、サポートお願いします」と自分の代わりに答えてくれるよう、率直な応接をしたのだ。

 その瞬間、私は思わず「えっ?」と思った。

 なぜなら私はその「答え」を知っていたからだ。

 だから一瞬、「彼女は自分の中に答えがないのか?」「これを知らないのか?」と正直、違和感をもった。

 だが代わりにさかぐち副幹事長がゆったり答えている間に、だんだん私の中である種のしこりがほぐれて行った。

 いや、待てよ?

 例えば「自分が知らないこと」を知ったかぶりもせず、あんなふうに他人に振るなんてことが私に果たしてできるだろうか?

 いや、たとえ他人に振るとしても、もし私なら「ちょっとぐらい恥ずかしそうな素振り」のひとつもするはずだ。

 ところが彼女はたいそう堂々とした身のこなしで、「知らないことのどこが悪い?」「回答を他人に委ねて何がダメなのか?」みたいな泰然とした様子だった。

 いやぁ、こりゃ大物だぞ。

 もし私ならパニックのひとつも起こしてしまうかもしれないのに。

 それをあんなふうに飄々と振る舞うなんて、あり得ないんじゃないか?

 だんだんそう思うようになって行った。

私のアンテナが沖園さんに反応したそのワケは?

 いや、実のところ、私はまだ彼女について多くを知らない。

 だが私は長年、初めて会ったばかりの他人にあれこれ質問し、そやつがいったいどんな素振りをするか? 相手が瞬間的に、どんなしぐさや反応を見せるのか?

 それを見て、そやつの「正体」を一瞬で見分ける作業を積み重ねてきた人間だ。

 その私のアンテナが、そのとき「ピピッ!」と鳴ったのだ。

「この人は、ただ者じゃないぞ」

 おそらく当たっていると思うが……その「答え」は、参院選のこの選挙区における結果で見事に証明されるのかもしれない。

兵庫の米村明美さんがくれた「キーワード」とは?

 さて一方、今回はあと回しにさせて頂いた兵庫の米村明美さんだが……。

 この人はまた、まったく別の意味で記者会見における彼女の「あるひとつの回答」を聞いた瞬間、もう私のアンテナは超絶的にビンビン激しく鳴りまくった。

 米村さんがそのとき提示したキーワードは、「2019年」だった。

 この年号を見ただけで、わかる人にはすぐ意味がわかる。

 そう、実はすべての社会現象がそこへと帰結するのだ。

 で、ついに「点と線」が繋がった。

 それに気づくや、もう興奮のあまり私は直後に自宅の本棚へと直行し、そのおかげで何回か前に書いたれいわ新選組「西郷みなこ」さんの共著書にまつわる秘密に初めて気がついたのだ。

 だがこの米村さんの回もえらく長くなると思うので、こちらはやっぱり次回以降に譲ろう。

 ホントは米村さんの記者会見を見たすぐあとに、その記事を書くつもりだったのに……。

 でもこのネタはいったん書き始めたら最後、もうとんでもないことになるのがわかり切っている。だから、いったん筆を置いたシロモノなのだ。

 しかもあちらは個人的な思い入れもたっぷり絡んでモノ凄く長くなりそうなので、今回もまたストップである。

 回を改めよう。

 それではまた。

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【れいわ・西郷みなこさん】過去に書籍『「反緊縮! 」宣言』で「お会い」していたことに気づいた

2025-05-11 20:02:55 | 政治経済
✴︎西郷さんが共著者の1人だった『「反緊縮!」宣言』(2019年/亜紀書房)。なぜ我が家にその同じ本が2冊もあるのか? それにはそれなりの理由がある。ちなみに今で言う「積極財政」って、2000年以前は「緊縮」に対するアンチテーゼとして「反緊縮」でスタートし、だんだん「何でも『反対』ではダメなのでは?」という議論のなかで「積極財政」というネーミングに変わったようだ。

同じ本をカン違いして2冊も買った奇妙なご縁

 つい先日、家で何気なくネットをボーッと眺めていたのだ。

 すると「あれっ? いやぁー。これ、なつかしいなぁ」と、ある本が目についた。

 その昔に買って読んだ『「反緊縮! 」宣言』(亜紀書房)というタイトルの本だ。

 奥付けを見ると、2019年6月に「第1版1刷り」が発行されている。

 当時、その本がまだ出たばかりの頃だった。

 私はそのころちょうど、この本を買ったはずなのに、いま家にはなぜか見当たらない。

「おかしいなぁ?」

 そしてそのうち「あること」を発見したのだ。

 アマゾンでなんとなーく表紙をじっと眺めていると、「えぇっ! おいおい、ちょっと待てよ」

 ドえらいことに気がついた。

 この本は、11人の共著なのだが……。

 そのときアマゾンのそのページで著者のところをよーく見ると……なんと11人いる共著者のうち、次の参議院選挙に「れいわ新選組」から京都で出馬する予定になっている新人の(といっても政治的には「手練れ」なのだが)、あの西郷みなこ(南海子)さんもこの本の執筆陣に加わっているじゃないか?

 私はこの本をずっと前に買っていながら、いままでぜんぜんそれに気づいてなかった。

 つまりこの本を買った当時、私はまったく自覚なしに読んでいたのだ。

 だって、なんせほんの先日、気づいたばかりなんだから。

(この記事はそのとき気づいた瞬間から書き始め、途中で半分くらい書いて寝かせてあった原稿を、いま残り半分をそっくり書き終え、たったいま完成させたものだ)

買った動機はギリシャの元財務相ヤニス・バルファキスが寄稿してたから

 この本を買った当時、「あのとき」のギリシャの財務大臣だったヤニス・バルファキス氏が寄稿したぞぉ、というので「おおっ?」とばかりに買った覚えがある。

 いやぁ、当時は通い慣れたいつもの本屋さんへ行くたびに、気になるこの本を部分的に立ち読みしては「おもしろそうだなぁ」と思ってまた本棚にそっと戻し、を繰り返しながら本屋へ何度も通っていたものだ。

 なんだかあの「立ち読みの日々」は、とっても懐かしく、この本とのランデブーの時期だったように思う。

(みなさん、そんな体験ってありませんか?)

 いや、それはともかく。

 で、結局、この本が発売されてまもなく買ったはずだから、これを読んだのはおそらく出てすぐの2019年だ。つまりれいわ新選組が結党されたのが同年4月だから、ちょうどその直後にこの本は発売されていたことになる。

 一方、日本における政治の世界はといえば、当時、ちょうど動乱の時期だった。

 あの右派期待の星だった安倍さんが2006年に首相に躍り出て、(途中、民主党政権をはさんで)長かった安倍政権が終わったのが2020年だ。2015年の安保法制では、集団的自衛権の行使容認もあった。

 あれは戦後日本の大きな転換点だった。

 つまり2019年に出たこの本は、あの安倍政権に対する煩悶のさなかで世に産み出されたことになる。

 いわば記念碑だ。

 だからまた読みたくなった。

 おまけについこないだ(そうとは知らずにずっと昔に読んだ)「この本が実は西郷さんも共著者だった」ことに気づき(失礼)、おどろいて家じゅう、どこかにあるはずのこの本を探したのだ。

 だが結局、どこにもなかった。家の本棚に普通に置いてあるはずなのに、そこにないのだ。

 で、バカみたいだが腹を括って一回読んだ同じ本を「また買う」ことにし、アマゾンに注文して先日、届いたばかりだ。

 そしたら今度は(まさかそんなところに置いてあるはずのない)クローゼットの奥の奥から、昔、買ったその同じ本がひょっこりあとから姿を現した。

 だからそんなわけで、いま我が家には(冒頭の)写真のように、同じこの本が2冊あるのだ(笑)

 写真に映る向かって左が昔、買ったほう。こっちにはもう付箋がヤマのように付いている。

 当時は積極財政を知り、世に出始めたMMT(現代貨幣理論)にハマってあれこれ調べまくっていた。

 この本も、その過程で知ったような記憶がある。

 そして向かって右手の本は、つい先日、アマゾンから届いたばかりのピカピカの新品だ。

 で、こんなふうに同じ本が2冊ある。

 今まで長い間、書く作業をしてきたが、こんな笑える体験はこれ一度キリしかない。

「このひっくり返った社会を、ひっくり返したい」

 さて、いま読み直してみるとお題の西郷さんはといえば、「わたしにとっての反緊縮 生活から政治を語る」というタイトルを身にまとい、この本の中で味のある表現をされている。

(わかってるクセにわざと)むずかしい経済理論を振り回さず、わかりやすいことをわかりやすく書いている。

 だってのっけから……。

「このひっくり返った社会を、ひっくり返したい」

 なんていうタイトルで、彼女の文章が始まるのだ。

 いや、「難しいことを難しく書く」のは、誰にでもできるのだ。

 だがこんな書き方は誰にでもはできない。

 だから今回、あらためて再読し、目が点になった。

興味を惹かれた箇所を引用してみよう

 特に興味を惹かれた西郷さんのお書きになった文章を、以下にいくつか「かっこ書き」で部分的に挙げてみよう。

 もっとも今からもう5〜6年も前に出た本だから、彼女の考えもところどころもしかしたら今は変わっているかもしれない。

 だが以下が「当時の彼女のリアル」なのだ。(すべて同書からのほぼまんまの引用です)

「おそらくわたしだけでなく多くの人が、この社会は何か肝心なところが間違っていると感じながら暮らしていると思います。あるいはそう感じながらも、感じること自体に疲れて、あまり考えないようにしているのではないでしょうか。

 経済の仕組みは理解不能なほど複雑だし、政治の世界は手が届かないほど遠い。そうした世界には関わらずに、できるだけ淡々と日々の生活を送るというのが一つの『現実的』な選択肢であることは間違いありません」

(私の感想)ここで彼女の指先から湧き出る旋律が「経済の仕組みは理解不能なほど〜、政治の世界は手が届かないほど〜」と、よく似た表現が共鳴し合っているのがお分かりだろうか? 実はこういう表現を物書きの世界では、「呼び」と「答え」という。

 実はこれって音楽の世界にもある。

 例えばギタリストが「じゃらジャーン」とピア二ストに呼びかけると……それに呼応するようにピアノが「ピピピーン」とフレーズを返す。

 つまり奏者が1曲のなかで「呼んだら、それに応える反応」を繰り返しながら、そのコール&レスポンスのさまを観衆に聴かせる、というスタイルだ。

 西郷さんは、果たしてこの文章をそれと「わかってやっている」のか? それとも知らずにやったら「勝手にこうなった」のか? もし前者なら秀才タイプ、後者だったら天才だ。

 そんな見せ場が、以後、ふんだんに登場する。

「今のままでは『そんなことをやっていたの?』と言われかねないことがたくさんあります。発電用の水蒸気を作るためにわざわざ核燃料を燃やしていたことや、食べ物が有り余っているのに飢えている人がいたことなど、このほかにも山ほどあるはずです」

「人々のために財政があるのでではなく、財政規律のために人々が犠牲になっているというのも、その一つでしょう。ここで肝心なのは、未来の人たちに『そんなことをやっていたの?』と言われないためには、この世代でそれを終わらせなければならないということです。私にとってそれは、子どもをこの世に送り出した自分の責任であり、どうしても叶えたいことの一つなのです」

 ゴツゴツした生活実感のなかから、みずみずしい感性が匂ってくる。

「そうした左派・リベラルの弱さが、とりわけ経済政策の弱さに表れていること気づいたのは、実はとても個人的なことがきっかけでした。身も蓋もない話ですが、大学院生としてわたし自身のお金が尽きたのです」(中略)

「日本では若者の死因の第一位は自殺ですが、『いっそ消えてしまいたい』という思考回路に陥らざるを得ない環境があるのではないでしょうか。(中略)ところが、このような状況を批判するどころか肯定するかのように、いわゆる左派・リベラルの一部では、日本経済はもう成長することはないから、欲張りにならずにみんなで少しづつ貧しくなっていくことを受け入れようという主張がなされています。

 しかし、お金を求めずに生きることを主張できる人たちは、何かしらの余裕がある人たち、能力や人間関係に恵まれた人たちなのではないでしょうか(中略)。このように人々の生活がいかにお金に規定されているかを直視せず、左派・リベラルが『憲法を守ろう』『人権を大切に』と選挙で訴えても、本当に生活の苦しい人とは問題意識のレベルがかみ合わないのではないでしょうか」(中略)

 このあたりで「ああ、この人は俗にいう左派とはちょっと違うんだな」「そのうちに彼らとは別のことを考えるようになったんだな」という逆サイドの心理が透けてくる。またその一行一行からは、一種の使命感みたいなものも感じられる。

ただ抵抗するだけではない「何か」とは?

 ただし繰り返しになるが、従来型の「ただ抵抗するだけの野党」ではない何か。既成概念を転換し、未来に向かって希望をたぎらせようじゃないか、というメッセージ性が滲み出す。

 以下、また引用を続けよう。

「子供の頃から、日本の年金制度は破綻する、日本の財政赤字は膨れ上がっていると聞いて育ってきたので、わたしたちの世代は経済的に何かを望むことはできないのだと思っていました。そして自分の身は自分で守るしかないと自己責任論を信じてきました。

 しかし、日本にはお金がないというのは間違いで、お金は刷って世の中に流すことができるのです。むしろ国の重要な役割の一つは、人々に回るお金の量を、景気を見ながら調節することなのです」(中略)

 ああ、ここで結論が出ている。

 こんなふうに誰にでもわかりやすく、伝えることができる人なんだな。

『わたしはここにいてもいいんだ』
 
 引用を続けよう。もうすぐ終わりだ。

「お金がないから生きられないという社会を変えるために、そして自分自身が『わたしはここにいてもいいんだ』と思えるような社会を作るために(中略)、そしてすべての人々が『自分は生きていてもいいんだ』と思えるような社会を、子供たちに手渡したいと思います」

 この結びは、れいわ新選組の山本太郎代表がよく物語るフレーズだ。

 この本を買った「6年前」のあの当時、私は(そうとは気づかず)読んでいたが……いま、ここに来てやっと点と線がつながった。

 なんだか自分自身の根っ子までもが、いま改めてズルズルと引っ張り出されたような感じがする。

 そう、ルーツは私もこの人と同じ考え方だ。賛同できる。

 だから私もこの方向で、今後も世界を変えて行こうと思う。

【関連記事】

【れいわ参院選】京都参入の動きは「独自路線」宣言、今後は政界のリード役をめざす
https://blog.goo.ne.jp/matsuoka_miki/e/bf66a600cd18fad8dabf6484e0a110c9

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【総崩れニッポン】日本は今まさに崩壊の危機にある

2025-05-09 11:22:49 | 政治経済
米の輸出量「8倍」計画や牛・鶏を殺処分する政策など「国家の自殺」が進んでる

 こないだX(旧ツイッター)を見ていたら、「俺は鼻をつまんで自民党に投票するんだ」という若い人がいた。

 びっくりだ。

 もちろん日本の若い世代は完全に右傾化している。だからそのせいで「どうしても自民党に入れる以外ない」という発想がわくんだろう。

 でも彼らは状況をわかってない。

 例えばいま日本政府がやってることを、ひとつひとつ精査すれば全体像が見えてくる。すべてひとつに繋がってるんだ。

 それらの政策は「日本という国家が今まさに自殺しようとしている」としか思えない。

 まず政府は2030年までにコメ(米)の輸出量を、2024年実績(約4.6万トン)の8倍近く(35万トン)まで増やす計画だ。

 このヘンな政策の根拠って、国内のコメ価格の高騰の再発防止や、需給が逼迫した場合の国内供給への対応をするんだ、ってことらしい。

 でも穿った見方をすれば、これなんか外国に言われるまま米を輸入するため、その代わりに自国の米をわざと「事前に輸出する」んだとしか思えない。

 狂ってる。

 つまり自国の生産物を自分で吐き出しておきながら、その損失の補填分を外国から輸入しようというわけだ。

 これがいったい何を意味するか、分かってる人にはすぐピンとくるはずだ。

 例えば以下のような分析もある。

政府の意図は?品薄&高騰なのに米の輸出量『約8倍』の目標 専門家「不足基調の中で輸出を増やせば国内の価格は上がるだろう」【解説】』(MBS NEWS)
https://www.mbs.jp/news/feature/specialist/article/2025/03/105600.shtml

農家の牛や鶏を殺処分する「国家の自殺」政策も行われている

 一方、農水省は以下の通り、2023年に畜産農家が乳牛を殺処分すれば「補助金を15万円出す」という生産抑制を行った。

【国家の自殺】牛や鶏を○せば国から補助金が出る「謎の仕組み」とは?
https://blog.goo.ne.jp/matsuoka_miki/e/3a7c207fe9f83d8e3538fe175a18c038

 件の農水省に直接、話を聞いたが……あくまで建前は「コロナ禍で学校給食や外食産業の需要が激減したからだ」というのだ(詳しくは上記を参照のこと)。

 でも、これだって米の輸出という「国家の自殺」と同じさ。

 自ら自給率を下げ、そのぶん外国(たぶんあの「米」がつく国だろう)から輸入してご機嫌を取ろうって話だ。

 ほかにもこれに先行し、卵を生む鶏を処分すれば1羽当たり310円、屠殺する食鳥処理場には1羽につき47円が支払われる政策も取られた。

 鶏は一度に何万羽も屠殺するから、農家には膨大な補助金が入る。例えば2020年には、16億円が支払われた。

 めちゃくちゃだ。

 すべてが一時しのぎにすぎない政策であり、長期的な視点がまったくない。

 刹那的の一語に尽きる。

 これだって「国家の自殺」に等しい。

かたや「mRNAワクチン」を打ちまくる厚労省

 一方、厚労省はどうか?

 某国の言いなりになり、一部の専門家から疑義を呈されている(危険な可能性がある)「mRNAワクチン」を打ちまくった。

 その次には第二弾として、また新しい次世代ワクチンも登場した。

 これも同様に厚労省へ直接、話を聞き記事にしたが、状況は以下の通りだ。まるでお話にならない。

【厚労省に電凸.1】今年10月1日以降、日本で世界初のレプリコンワクチン接種が行われる
https://blog.goo.ne.jp/matsuoka_miki/e/9e0da46ca0b8edf52dc8847628681575

 厚労省は、なんとこう言うのだ。

「日本を魅力ある治験市場にする」

 もう狂ってるとしか思えない。

 どう考えても「米」のつく国の差し金だろう。

 またレプリコンに先立ち「mRNAワクチン」の接種が行われたが、これだって膨大な被害者を出している。

 現に私は(コロナ怖しで)、ついmRNAワクチンを数回接種してしまい、おかげで目下、その後遺症に見舞われてる。

 で、ビタミンDを摂取したり、ウォーキングをする治療を受けてるんだ。

 幸い、私は今のところ死に至るような兆候はないが、でも何年かすれば「本番の症状」が出る可能性だってあるらしい。

 だから、みんなも気をつけたほうがいい。

ほかにも農水省の政策はこんなふうだ

 そのほか近年の日本では、古くは1970年から2017年まで行われた米の減反政策あたりから「国家の自殺」が始まった。

 例えば「民間企業による品種開発の活性化を促す」(つまり新自由主義)という建前で、種子法(主要農作物種子法)が2018年4月に廃止された。

 その結果、安定的な種子の供給が難しくなり、地域ならではの品種が失われて行った。

 また自家採種や特産品の生産が困難になったのも弊害のひとつだ。

 その代わりに起こったのは、民間企業による種子の私有化である。また種子の価格が高騰する可能性も懸念される。

 これなんかも典型的な新自由主義に基づく「民営化」の弊害だ。

 またその後、「国内の優良品種が海外に流出するから」てな名目で、お次は「種苗法」が2022年4月1日に改悪された。

 これで農家による登録品種の自家増殖には、育成者権者の許諾が必要になった。

 おかげで農家の自家増殖の自由が制限され、コストの負担が増えた。

 また品種が海外へ流出するリスクも増大すると同時に、農家が持つ権利が侵害された。

 どうだろう?

 これら多くの政策には、ある種の統一感がある。

 つまり明らかに「一定の価値観や方向性」に基づいているとしか思えない。

 それをひとことで皮肉にいえば「国家の自殺」なのだ。

 こうした政府の政策は、いったい何者の指示による、何を根拠に行われているのか?

 想像するに難くないが……このままでは日本という国はおしまいだろう。

 それを「よし」としている自公政権を、このまま野放しにしていいのか?

 しかも「左が嫌いだから」なんていう理由で自民に投票する? それで「国を自殺させる」つもりなのかい?

 それでもすっかり右傾化した若者たちは、「鼻をつまんで自民党に投票する」というのか?

 みなさん、そこでちょっと立ち止まり、よく考えてみて欲しい。

 いま何が大切で、いったい何を優先すべきなのか? 過度に「右であること」にこだわるあまり、そのせいでいったい何を失ない、何を得るのか?

 それらを差し引きした結果はどうなのか?

 差し引きトータルで、大きなメリットがあるのか?

 右か左か? なんていう「瑣末な案件」にこだわって、「国を誤る」ことがあっていいわけがない。

 何を捨て、何を取るのか?

 しっかりバランス感覚を働かせ、よく考えてみて欲しい。

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【日の丸掲揚】「お宅、右翼ですか?」と問われて心外そうだった母のこと

2025-05-07 12:07:00 | 政治経済
✴︎国民の祝日に日の丸を掲げるのは「ふつうだ」と母は思っていたが……。

母いわく「日本人が日の丸を掲げて何が悪い!」

 先日、「今日は憲法記念日だ」と聞いて、ピンと弾けるように「記憶の扉」が開いた。

 え? 「記憶の扉」っていったい何か?

 SF作家の故・小松左京氏によれば、人間の記憶というものは実は無くなるなんてことはない。

 記憶は必ず脳のどこかの引き出しに大切にしまわれており、単にその引き出しが開かなくなるだけなのだという。これが「思い出せない」という状態だ。

 つまり脳内の「記憶の扉」の向こう側に確かに格納されており、その「扉」さえ開けば隠された記憶を思い出せるわけだ。

 ああ、それはともかく。

たぶん母のおじいちゃんちではマメに「国旗掲揚」してたんだろう

 さて記憶の扉が開き、そういえば亡くなった母がその昔、こんな話をしていたことを思い出した。

 あるとき祝日に、母が家の塀に国旗を掲げていたら、通りすがりのおばさんが怪訝そうに我が家の中を覗き込んで来て、

「お宅、右翼なんですか?」と聞いたらしい。

 後日、母はそのときの様子を、とても心外そうに私にこう言った。

「日本人が日の丸掲げて何が悪いんだ?」って話なんだよねぇーー。

 いや、これは極めて純朴な心象を、ただ吐露しただけだ。別にこの母の言動には、政治的な確たる主張は込められていない。

 なぜって彼女はたぶん、レフト・サイドの洗礼をあまりにも受けすぎた状態にある当時の日本(たぶん1960~70年代)の有り様を、母はちょっとシニカルに嘆いて見せただけなんだろうと思う。

 つまり具体的には、このときのおばさんが日の丸を見たときの「オーバーで反射的にすぎる拡大解釈の反応や発想」をだ。それを「日本人はこれでいいんだろうか?」と、子供の私に問題提起してみせたんだ。

 いや、なぜって母は本当はリベラルな人だったのだが、そんな当時の日本の現状に対する素朴な思いや疑問をただ素直に言葉に表しただけなんだと思う。

おじいちゃんは日本を「神国」だと思っていた

 もっとも彼女のお父さんに当たる家具職人だったおじいちゃんは、

 先の終戦時には、

「神国が負けたぁ!」

 と言ってわんわん泣いたらしい。

 そんな父親に育てられたのだから、推して知るべし。その影響があるのはもちろん隠せないだろう。

 実際、母はおじいちゃんが大好きで、いつも「竹を割ったような性格」のおじいちゃんの自慢話ばかりしていた。

 だが彼女は(おそらく思想的には)逆に戦後民主主義の洗礼を強く受け、ずっと朝日新聞を家で購読していた(現にその血を引く私も、子供の頃から朝日をスミズミまで隈なく読んで育った少年だった)。

 しかし、その一方でおじいちゃん譲りの復古的な要素に加え、現代民主主義的な色彩とが、あれこれアンバランスに入り混じり彼女というヒトができ上がっていたのだと思う。

 今から思えば、そんな母ともうちょっと政治の話でもしてみたかったなぁ、と感じる。

【余談】

 なんだか長くなってしまった。

 最後に余談だが……ここでまた別の「記憶の扉」が開き、昔のあることを思い出したので書こう。ウチの母って、実は「れいわ新選組」の奥田ふみよさんにそっくりな闘士だったんだ。

 以下は、はるかな昔話になる。

 私は学校の言うことなんて、聞くワケがない自由奔放な生徒だった。

 小学生のときには校則を堂々と破り、前髪をとんでもなく長く伸ばしていた。前髪を下までまっすぐ垂らすと、前髪の先端がなんとアゴより長かった。

 それが何より自慢で、いつも友達と髪の長さを競っていたものだ。

 誰かが「おい、あのクラスには髪が長いヤツがいるらしいぞ」と言ってライバルを連れてくるのだが、私と前髪の「長さ競争」をすると決まって勝つのは私だった。

 で、私はそんな長い前髪を、横に流してオシャレなつもりでいた。当時、一世を風靡した梶原一騎・原作の野球マンガ「巨人の星」(死語)に出てくる「花形満」みたいなヘアスタイルだ。

 実際、子供の頃の私は(マンガの中で花形満が所属する)「阪神タイガース」の熱烈なファンだった。

中学へ上がるとき坊主頭になるハメに

 ところが悪夢は、中学校へ入るときに起こった。

 なんとその中学では「坊主」にしなきゃならない、それが義務だ、というルールだったのだ。当時の坊主って、それはもう典型的な今でいう「カルト校則」の走りみたいな存在だった。

 今でこそ「おしゃれ坊主」なんて髪型のカテゴリーがあり、私は気に入ってずっとそれにしているが。

 しかし当時、もちろん私が髪を伸ばすことを何よりも(子供なりに)誇りや生きがい、自己実現の証しにしていることを知る母は、そこで猛然と激しい行動に出た。

 彼女はまんま、奥田ふみよさん並み(笑)に、えらく気が強い人だったのだ。

 もちろん母は学校に直接抗議しに行き、「なぜ坊主にすることが必要なのか?」「学校には正当な理由を説明する義務がある」と強く迫った。

 おまけにこれを「正式な書状」にして学校へ提出した。

 果ては教育委員会へも怒鳴り込んだらしい。

 だがそんな母の奔走もむなしく、「私が坊主頭になる宿命」は変えられなかった。

議論が無限ループしそうな「坊主は是か否か?」

 ここで観念論をこねくり回すと、もうキリがなくなる。坊主の歴史的な意味っていったい何だ? 特に日本人の場合は「清める」という意味がありそうだが……。とか。

 だけど先の戦争ではみんな坊主にしたし、それにはまたそれなりの意味があったよね? こんなふうに肯定論、否定論を上げ始めるとキリがないのでここでは置く。

 ただひとつ言えることは、少なくとも「私は」絶対に金輪際、坊主にするなんてあり得なかった、と言うだけの話だ。

 もっとも実際に坊主頭にしてみると、本人は思ったほどのショックはなかったが……。

 だが母はとても残念がり、「私はこう抗議したんだ」「それからこれもやった」「でもダメだったんだ」としきりに私に訴えた。

 実際、とんでもない活動量で私のために必死で動いてくれたのがわかった。

 すごいなぁ、この人は……。

 亡くなったいまでも彼女を尊敬している。

「自分の頭で考える」ことを教わった

 そしてもちろん強く母に感謝しながらも、子供の自主性を重んじ「本人の意志に任せる」というのはこういうことなんだなぁ、と子供心に強く思った。

 上から目線で機械的に管理するんじゃなく、「本人の自由意志に任せる」「肝心のお前さん自身は、どう考えるんだ?」と問うことって、すごく勇気がいることだよね? 

「自分の頭で考える」って、実は人生でいちばん大事なことなんだ。

 私はそういうことを母から学んだ。

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【憲法記念日・れいわ西郷さん】案外しらない「日本国憲法」が生まれるまで 〜戦後日本最大の「僥倖」

2025-05-04 16:27:08 | 政治経済
【れいわ新選組・西郷みなこさん / 憲法記念日の集会 in 京都】憲法古い?
✴︎5月3日の憲法記念日に憲法を熱く語る「れいわ新選組」の西郷みなこさん。彼女は今年の参院選で京都(改選数2)から出る予定だ。

社民主義的なGHQ民政局が改憲草案を作ったから民主的な内容に

 きのうは憲法記念日だった。1日遅れになったが、たまたま「れいわ新選組」で今度の参議院選挙に京都から出馬する予定の「西郷みなこ」さんが熱弁する動画を朝から観た。

 で、この記事を書こうと思いついた。その昔、憲法の話にすっかりハマり、調べ込んだもんだからなんだか懐かしい。

 さて件の日本国憲法は1946年11月に公布、翌47年に施行された。

 制定課程でまず日本側が草案をまとめたが、当時、GHQ最高司令官だったダグラス・マッカーサーはその内容を否定。かくて米側による草案作りへと進展した。

 そして当時、米国側部内で実権を握っていた社会民主主義的なGHQ民政局(民主党系)が、英文のマッカーサー草案をまとめた。

 このチームの中心人物が、上に挙げた動画のなかで西郷さんが「うちの父と文通していた」という民政局(GS)次長のケーディス大佐だ。

 この人はハーバード大法科大学院を修了し、のち米財務省へ入省してニューディール政策を推し進めた人物だ。そして彼が中心になって作ったこの憲法草案が具現化したのが、今の日本国憲法になる。

 ちなみに当時のGHQは2つの勢力が競り合っていた。左派寄りの民政局のほかに職業軍人のグループである「参謀2部」という反共勢力があり、民政局の動きを監視していた。

 つまり日本国憲法はそういう微妙なパワーバランスのなか、社会民主主義的な人たちの手による「一種の僥倖」として生まれ出たのだ。

日本国憲法は素人が作って日本に「押し付けた」憲法か?

 日本の右派はしきりに日本の憲法を、(1)アメリカが作った「押し付け憲法」だ、(2)草案を作成したGHQのメンバー25人に憲法の専門家は1人もいなかった、(3)たった9日間のやっつけ仕事で草案が作られたーーと昔から非難している。

 例えばあの「朝まで生テレビ!」が、まだ地上波のテレビ朝日でやっていた全盛期(たぶん80年代の終わりか90年代ごろ)に憲法問題を取り上げたときのことだ。

 右派評論家の西部邁さんが日本国憲法を評し、「あんなものはアメリカの何も知らない素人衆がやっつけで作ったシロモノにすぎない」と批判していた。(ちなみに私はそんな西部さんのシニカルでヘソ曲がりな論述が大好きだった)

 だがどう考えても日本にとっては、当時、米・民主党系の社民的な民政局が主導権を握っていたのが逆にラッキーだったのだ。

 その結果、出来上がった日本国憲法は(上にあげた動画の中で西郷さんがおっしゃる通り)、ほどよく民主的で先進性の高い要素がてんこもりで絶妙にブレンドされた内容になった。

 あの復古的でトンデモな自民党の改憲草案なんぞと比べたら、もちろんダンチであることは言うまでもない。

 ひとことでいえば、自民党のあの改憲草案は「明治憲法」の時代へと戻ろうとするものだ。

 国民のために権力者を縛るのが憲法の役目なのに、自民党改憲草案は「国民を縛ること」を目的に作られている。倒錯してるのだ。

 当時、そんな自民党のあまりに前のめりな姿勢に危機感を感じ、従来から改憲論者として知られた元自民ブレーンの法学者・弁護士である小林節氏までが阻止するために乗り出した。

 そして護憲派の樋口陽一氏(法学博士)と共闘を組み、書籍『「憲法改正」の真実』(2016年/集英社新書)を共著した。で、自民党改憲草案に警鐘を鳴らしたことで話題になった。

 そもそもあの自民党に民主的で国民を思うマトモな統治能力なんてないのは明らかだから、その自民党が中心になって改憲するなんてムリに決まってる。

 だったら「押し付け憲法だ」などと捻くれるより、ポジティヴ・シンキングで「棚ボタ憲法」ともいえる今の憲法をひとまず生かすのが賢明だろう。

【参考文献】

「占領期最大の恐怖「公職追放」:GHQ内の対立と、米国政府のパージ政策転換(4)」(nippon.com)
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c08504/

「『日本国憲法の制定過程』に関する資料」(衆議院憲法審査会事務局/平成28年11月)

「安倍的“壊憲”を論破する 無敵の憲法学者 小林節」(佐高信/Diamond Online)

「日本国憲法と、自由民主党憲法改正草案比較表」(日本YWCA)

第65回 憲法市民講座「憲法に緊急事態条項? いらんやろ!」(大阪弁護士会)

「チャールズ・L・ケーディス」(Wikipedia)

「押し付けられた日本国憲法 GHQの社会主義者が9日間で作る」(産経新聞)

「日本国憲法改正草案」(自民党・憲法改正実現本部)

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【政界・整理統合】悪魔合体はいつ来るのか?

2025-04-28 00:42:30 | 政治経済
立民の「お前ら中小零細、滅ぼすぞ」公約を見て思うこと

 なんか最近の世の中の空気を体感してると、「いよいよ近づいて来たなぁ」って肌で感じる。

「来るんだろうな」って感じだ。

【立民・参院選】中小零細を潰したい自公政権を側面支援する「食料品の消費税0%」を公約に(自ブログです、すんません)
https://blog.goo.ne.jp/matsuoka_miki/e/1589343e43f3d5951a44392b8fc9766b

 少し数が足りなくなったら、「ああ、維新、入れや」

 しばらくしてまた足りなくなったら、「おい国民民主、やろうか?」

 大団円でいよいよ致命的になれば「やあ、立憲民主、こっち来いよ」みたいになるんだろう。

(いや、この順番は「真逆」になったりするかもしれないが)

 一方のバラバラな野党側はたがいに牽制し合いながら、「どこがまず行くんだ?」と様子を見てる。間合いを測ってる。

 だってこれだけ世間から罵倒されてる石破政権の「一助」になっちゃったら、そりゃバッシングされるよねぇ。だからなかなか踏み切れないんだよ、彼らも。

 そう考えたらあのエダノンのキツいひとことは、実はそれを予見した上で、この来るべき暗黒の未来の流れを牽制する一発だったのかもしれないが。

 まあ、これら弱者連合が仮に丸まま集団で行けば、「いったい日本はどうなるんだ?」という感じだ。

 実体として聞こえては来ないがどう考えても自民党は数が足りなくて困り、しきりにお誘いやらプレッシャーを少数野党側にかけてるんだろう。

 やれやれ。

 もっともそれに応じて毒まんじゅうを食べたが最後、「そのとき」だけはいいとして……そうなったらもう自民と実質合体でもしない限り、中途半端にまた離れたりしたらそのとき人々は絶対許さないだろう。

 そこで問題は、来たる参院選「前」にこの騒動が起こるのか? 逆に少数野党側がわざといったん見捨てるフリして選挙で自公をさらに負けさせ、より有利な条件を選挙後に自公から引き出した上で政権入りするのか?

 んー、いや逆にすっかり右に振り切った今の世の中だから、案外、特に国民民主あたりがこれをやったら、逆に快哉を叫ぶ人が多いのかもしれないが。

 騙されちゃいけませんよ、あなたたち。

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【立民・参院選】中小零細を潰したい自公政権を側面支援する「食料品の消費税0%」を公約に

2025-04-26 01:50:31 | 政治経済
実質的な「自公・立民」大連立の序曲か?

 立憲民主党の野田佳彦代表は4月25日、夏の参議院選挙の公約として、1年限定で食料品の消費税を0%にすることを盛り込む考えを明らかにした。

 ただし経済情勢を見て1回限り、0%の期間を延長できる。また財源は赤字国債に頼らない、という。

 さらにその1年後には、現金給付や所得税の控除を行なう(同党がこれまで主張してきた)「給付つき税額控除」に移行させる考えだ。

 もともと立民では昨年12月に江田憲司・元代表代行が、食料品の消費税0%を唱え70人からなる「食料品の消費税ゼロ%を実現する会」を立ち上げていた。
https://note.com/yutax55/n/nb66cf5c3cbc0

 また参院選・兵庫選挙区(改選数3)に無所属で出馬を表明している元兵庫県明石市長の泉房穂氏も、かねてから同じ主張をしている。
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202504230000141.html

 さらに江田氏の勉強会は今年4月15日に、「物価上昇が続く当分の間は食料品の消費税を0%にすべきだ」などとする提言をまとめていた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025041500978&g=pol

 この流れを見ると「食料品の消費税0%」へと政局が大きく動くかに見えるが……疑問点は数多い。

 まず最大の謎は、果たして食料品だけ消費税0%にするこの政策は、「そもそも本当に有効なのか?」という基本的な疑問だ。

 例えば元自民党議員で税理士、消費税「廃止論者」の安藤裕氏は、食料品の消費税を0%にすると「飲食店は仕入れ税額控除が受けられなくなり、逆に増税になる。飲食店がバタバタ潰れる」と過去から再三、警告している。

怒り心頭】徹底的に国民を○○だと思っている食料品の消費税ゼロを推進する政治家(安藤裕チャンネル ひろしの視点)
✳︎食料品の消費税を0%にすると、なぜ逆に飲食店は増税になるのか? この政策の欠陥を怒りに燃えながら解説する安藤氏。

 しかも江田氏が立ち上げた例の勉強会には、馬淵澄夫・会長代行や松木謙公・副代表、落合貴之・幹事長代行(すべて「勉強会における役職」)など、(山本太郎シンパとも思しき)経済にいかにも明るそうなメンバーもいる。

 なのになぜ、彼らはこの点に気づかないのか? 

 しかもこの公約は、財務省など政府側にとっても都合がいい。

 なぜなら新自由主義の日本政府は従来から大企業だけを優遇し、中小零細企業を整理統合(つまり潰して)この日本社会を「効率化」しようとしているからだ。

 つまりこの立民の政策は、自公政権を「側面支援」する実質的な自公・立民の大連立ともいえる。

 実際、4月24日付の共同通信は、その公明党が「飲食料品などに適用されている消費税の軽減税率引き下げも選択肢の一つとして党で検討している」と明らかにしたと報じている。ほら、話ができてるじゃないか。
https://www.47news.jp/12489631.html

 おまけにこんな仕組みでは税率が「0」%(食料品)、「8」%(新聞)、「10」%(その他)の3つになり、ワク組みが複雑怪奇になる。

 何もいいことがない。

 前出の元自民党議員・安藤氏は言う。

「こんな小幅の減税で収まるなら、そりゃ財務省も納得しますよ。そもそもいま財務省はしきりに世間の減税圧力に押されている。で、消費税一律5%にしろとか、廃止だとか言われると彼らは困る。それとくらべれば食料品0%ならしょうがないかな、ということです。

 加えてこんなふうに複数税率化が進めば、食料品は残してあとのものは改めて将来、増税できるな、という狙いもある。つまりインボイスが残り、複数税率が確保されてそのあと税率がアップする仕掛けです」
https://www.youtube.com/watch?v=D9DrEpzZgOI

見せかけの政策で選挙に勝ちたいだけ

 ほかにも残念ポイントは、3つある。

 ひとつは立民が「こんな見せかけの政策で選挙に勝ちたいだけ」だということが、図らずも丸見えになったこと。

 もう1点は「ただし国債発行には頼らない」などと、またも経済オンチな知識不足をさらけ出している点だ。

 立民は基本的には緊縮財政でやってきたクセに、いよいよ参院選が押し迫ってくるとこんな形だけの下策に頼ろうとする。

 つまり彼らは「国民のために政治をやろう」とか、「この日本をどう良くするのか?」なんていう発想がそもそもない。

 彼らにあるのは「どうすれば自党が選挙で有利になるか?」だけだ。

 選挙のたびに発言や政策がコロコロ変わる、国民民主党の玉木雄一郎代表とまるで同じだ。

 それに立民の「国債発行には頼らない」発言には反論する気も起こらないが……国債のやり取りは日銀が民間の金融機関を挟んで政府と間接的に絡むことで、実質的には通貨発行とイコールの機能が生まれる。

 つまり政府が国債を発行すれば、それだけ結果的におカネの量が増えて資金不足の市場をマネーでマンマンと満たすことができ、消費を盛んにして景気をよくするプラスの作用が生まれる、ということが彼らには見えてない。

この公約自体が「減税ポピュリズム」では?

 加えて最大のハイライトは、4月12日に「消費税減税なんて減税ポピュリズムだ」「減税をいうヤツは党から出て行け」と言い放ったばかりの立民・最高顧問の枝野幸男氏だ。

 最高顧問があんなことを言ったのに、その真逆になる今回の党の決定はいったい何だ?

「減税なんて欺瞞だ」という人がいたり、「(逆に増税につながる)見せかけの減税策で票を得よう」とする人がいたり、この党はもう収集がつかない。

 今だからこそ言えるが……あの希望の党・騒動のとき、枝野氏が小池百合子・東京都知事の「排除します」発言に反発し立民を創設したあの日は興奮したし、熱烈に支持したものだ。

 だが経済に疎く肝心の財政政策を回せないのでは、国のリーダーはとても任せられない。

 そろそろ彼にはお引き取り願いたいものだ。

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【破壊装置化するSNS】XでGrokを悪用したこんな手口で言論統制(?)が行われている

2025-04-20 15:19:52 | 政治経済
「@Grok」で呼び出し回答を引き出して相手を叩く

 いやぁ、「こんなやり方があるのか?」とビックリな光景を見かけた。

 Aさんが、ちょっと政治的な(といっても、ごく軽いレベルの)ポストをした。

 するとひとしきりそれに賛成するリプがついた後に、ヘンな人(これを仮に「Bさん」とする)が現れ、自分が書いたリプの文頭にわざわざ「@Grok」と付けた上で、Aさんのポストにこんな難クセをつけたのだ。

「あれっ? このポストは『○が✖️だから』、おかしいんじゃないの? Grok、これ、どう思う?」

 するとすかさず同じスレッド上にGrokが現れ、以下のように言うのだ。

「確かにAさんのポストは『○が✖️だから』ちょっとおかしいですねぇ」

 そのあとにダラダラと一応バランスを取るGrokの論述が続くのだが、肝心のキモはこの2人に共通する『○が✖️だから』という同じ(法的・政治的な)根拠をもとにしたBさんとGrokとの連携プレーぶりだ。

 明らかにGrokは、質問してきたBさんに調子を合わせているのだ。

 なぜならGrokは何でもかんでも、誰に関することでも、一瞬で検索し状況を把握してしまう。

 そのGrokが、あんな『○が✖️だから』などという、元のポストをしたAさんにまったく当てハマらない明確にまちがった論拠をもとに回答するワケがないのだ。

政治的に偏りがあるか? それとも……?

 このとき、もしGrokがわかってやっているのだとしたら、理由は以下の2つしかない。

(1)Grokが(というか「X」が?)政治的に偏りがあるーーという可能性が、まず一点めだ。

(2)もうひとつは、Grokがその場の空気に迎合し、テキトーに調子を合わせた可能性である。

 例えば(局面は違うが)Grokは質問者に論破されるとあんなふうにおかしくなることがよくある。だからそのたぐいかもしれない。

 まあ、もし上記(2)なら苦笑いして終わる話だが、(1)だったらかなりヤバい。

 だって笑ってしまったのは、反論者のBさんとGrokの2人共通で根拠にした『○が✖️だから』なる論理って、明確にまちがっているのだ。つまり元の投稿者であるAさんにはまったく当てハマらない。

 単なるこじつけ(または単純な無知)にすぎない。いや、もしかしたらマジメに勘違いしてるのかもしれないが。

 ちなみに元のポストをしたAさんは、このやり取りの間、まったく微塵も反応せず、終始完全にスルーしていた。

 賢い人だ。

人工的に「場の優位」を稼ぐネット特有の戦術だ

 さてもうひとつ、この出来事には大きなポイントがある。

 それは反論者のBさんが元ポストをしたAさんを叩くため、同一のスレッド上でわざわざGrokを呼び出し、いかにも客観的に見せかけながらGrokの回答を引き出すことで、自分に有利になる展開を人工的に演出し作っている点だ。

 つまり反論者のBさんは、加勢するために出てきたGrokが元ポストのAさんの論理をたしなめるところを「見守る観衆たち」にこれみよがしに見せつけ、まるでプロレス(死語)のレフェリーを味方につけるみたいな形で「場の優位」を稼いでいるわけだ。

 ちなみにプロレスのレフェリーはサッカーや野球のそれと違い、公正なジャッジをするためにいるのではない。場を盛り上げるために存在する。

 つまりそれを利用するわけで、これってネット戦略では最大のキモになるズル賢いワザだ。あのSNSをフル活用する、とんでもなく頭がいい(「ズル賢い」ともいうが)N党の立花氏なんかはこういう手練手管に非常に長けている。

 もちろんBさんが「第二のDappi」みたいな裏のある人物なら大問題だろう。だがこの人のアカウントをちょっと覗いてみたが、まあ政治的な強い偏りは特にありそうもなく、フォロワーだって極端に少ない。

 ただし、いろんな第三者やXユーザーに対し、とっかえひっかえあたり構わず難クセをつけて回っている人物だということだけはわかった。だが何らかの基準をモトに相手を選んでいるフシはない。

 まったくああいうのには、関わりたくないものだ。

 知的なAさんがそうだったように、スルーするのがいちばんである。

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【国民民主党の信頼度は?】選挙の前には「いいこと」アピール、終われば取り消す豹変ぶり

2025-04-13 09:48:49 | 政治経済
策士・玉木代表のフル回転する「ズル賢い」頭脳

 いま政党支持率がグングン伸びている国民民主党は、確かに一見、良さそうに見える。

 玉木代表はいかにもクレバーな感じで、物腰も柔らかく紳士的な印象だ。

 おまけに彼自身も党そのものも、なんとなく積極財政っぽく見える上に政治思想的には右寄りだ。

 だから特にそんな志向が強い10代後半〜30代の「Z世代」は惹きつけられるのだろう。気持ちはとても理解できる。

 だが先日行われた衆院選前後の同党のふるまいを見ただけで、「これは信用できない政党だな」とすぐわかる。

 同党の玉木代表は、確かに頭が飛び抜けていい。だがその頭のよさを、決していい方向に使わない。明らかに「ズル賢い」タイプだといえる。

 基本、彼は大所高所に立ち、「日本や国民生活をどう良くするか?」なんて考えてない。どうすれば自党の勢力が伸びるのか? 興味のマトは、その一点だ。

 それは彼の政策の打ち出し方やタイミングを見ればすぐわかる。自党の利益だけを最優先しているのがミエミエだ。

彼らは参院選でガソリン減税その他を掲げるが……

 実際、先日行われた衆院選でも、国民民主党は真っ先に消費税減税とガソリン税減税を公約に大きく掲げた

 だが選挙が終わり党が大躍進すると、たちまちそれらの旗を降ろしてしまった。メインを社会保険料の軽減に絞ったのだ。

 そして今回も参議院選挙の前になったら、またぞろ絵に描いたように減税や社会保険料引き下げなどの政策を前面に押し出してきている。

 つまり彼らは選挙で勝てば、自分たちの都合のいいように豹変する人たちなのだ。信念も何もない。

 これじゃあ、いざ選挙が終わり彼らが大勝したかと思ったら……「自公政権に入りました」なんてことになれば最悪だ。

(現に先日、参院選への立候補を表明した泉房穂氏に対し、過去、玉木代表がそのテの話を持ちかけたという情報が流れたこともあった)

 もっとも国民民主党に「反自公政権」の一端を担ってもらい野党が力を結集する、というなら話はわかるが、肝心の彼らが掲げる選挙前の公約や言動自体が信用できないのだからなんともいえない。

 特に10代後半〜30代の選挙や政治に慣れてない人たちは、騙されて国を誤ることがないようくれぐれも気をつけてほしい。

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【れ新の時代?】報道され始めたれいわ新選組、だが致命的な欠点も多く油断は禁物だ

2025-03-31 11:26:42 | 政治経済
メディアが手のひら返しするも「地方組織のなさ」など欠点はめだつ

 現金なもので、いままでれいわ新選組を完全スルーしてきたオールド・メディアが、同党の政党支持率が最近みるみるアップしてきたのを見るや、ここにきて自身の視聴率アップのために見事な手のひら返しをやり始めた。

 次々に各社が誌面でれいわを取り上げ、以下のように賞賛する記事を競って掲載しているのだ。

『山本太郎は日本のトランプになるのか? この夏、選挙で「れいわ新選組」が間違いなく「大躍進」を果たす明白な理由』(現代ビジネス)
https://gendai.media/articles/-/149505

 れいわ新選組は、もともと誰もが避けて通るタブーに触れてきた政党だ。だからいままで「表の世界」のメジャー界隈では、完全に日陰の存在だった。

 その証拠に居並ぶオールド・メディアは、片っ端から彼らをガン無視。ネットでしか知られてない状態が続いた。

 だがそんな状況が、このところにわかに変わりつつある。ネットでの支持が現実世界の結果につながり、先の衆議院選挙でグンと票を伸ばし国民民主党に続く「ライシング・スター」として脚光を浴びた。

上がる政党支持率、後追い記事も続々と

 政党支持率も上がる一方だ。

 それを受けてメディア報道も続き、例えば先日も「週刊ポスト」や「毎日新聞」「サンデー毎日」がれいわ特集を打つなど、いまや続々と各社が後追い記事を連発している。

『山本太郎が「浮世離れ国会」を弾劾 政治家は国民の苦境と無縁だ』(毎日新聞/2025/3/16)
https://mainichi.jp/sunday/articles/20250311/org/00m/010/001000d

『「週刊ポスト」本日発売! 山本太郎が吠えた!「野党まで財務省のポチだ」ほか』(NEWSポストセブン/2025/3/28)
https://www.news-postseven.com/archives/20250328_2031515.html?DETAIL

『れいわ新選組大特集/2 山本太郎が熱論 みんなが切り捨てられない社会をつくる』(サンデー毎日/2025年3月30日号)
https://dmagazine.docomo.ne.jp/article/834669c1bbf071ea2fc45cf66e1b5f55c61c4c54c72ca2d18099d1306bdd2f2a/08e326bf04ec63b4fae1762bd1652f59a9c035e4ffcf1a61754e216d11d6946c/

 かくて最近では各メディアの「選挙予測報道」でもにわかに躍進が予測されているれいわ新選組だが、彼らは従来から大きな課題を抱えていることもまた事実だ。

 それはあたかもタコが自分で自分の足を食らい、自滅しながらなんとか帳尻合わせをしているかのような状態ーー。実は彼らはそんな状況にある。つまり同党には明確なアキレス腱が存在する。

 幸か不幸か脚光を浴びなかったいままでなら、まだこれらの問題点はなんとか誤魔化しながらやってきた。

 だが増えてきたスポットライトの数のぶんだけ、それらの弱点が徐々に白日のもとにさらされ、そのうちにコップの水は満タンになりあふれてしまう可能性が高いともいえる。

 こうした致命的な問題点がもし表面化してくれば、党の崩壊にもつながりかねないかもしれない。いまのうちに早い手立てが必要だ。

 そこであえて褒めちぎる世間の報道合戦にあらがい、れいわ新選組が抱える問題点を一刻も早く解決すべく同党のアキレス腱を分析していこう。

【課題その1】地方組織が致命的に弱い

 まず最初に挙げられるのが、彼らには(実体的な)地方組織が存在しないことだ。単に地元のボランティアがそのたびにわらわらと集まり、出たとこ勝負で活動しているだけの印象がある。

 地方における明確に統制された組織力がないのだ。だからどっしりと地域の体質ごと、問題点ごとに根本から変えて地元に影響を与えるような、根を張った政治活動にまでは結実してない感がある。

 この出たとこ勝負で終わってしまう組織力のなさは、大きな宿題だ。

【課題その2】カネがない(慢性的な資金不足)

 彼らのバックには組合もなければ、業界団体もない。

 これは党の決定を外部に左右されずに済む大きなメリットであるが、逆にいえば「資金面」や「人員力」で協力してくれる組織がないことを意味する。

 既存政党のようなバックがないから、資金源と人の助けがない。ただひたすらカンパやボランティアに頼るしかない。だから慢性的にカネがない。これは深刻な問題だ。

 なのに山本代表は先日の文春の取材に対し、「われわれは(国民民主党やN党のように)SNSで勝ってるわけじゃない。全国を自分の足で地道に街宣して回り、フェイス・ツゥ・フェイスでやっている。それが我々の原動力だ」と意地を張って答えていた。

 だが資金力がないなら、なおさらカネがかかる全国各地への移動・街宣のような手段一辺倒ではなく、うまくSNSのようなカネのかからないツールをフル活用しながらやるべきではないか?

 街宣のたびに山本代表が聴衆に期待する「募金のお願い」と、「SNSなんかには頼らないぞ」宣言はその点でちょっと矛盾しているのではないか?

 カネがないからこそSNSも活用すべきなのであり、カネがないなら全国をこまめに回る街宣は(ときには)加減を考えた方がいいのではないか?

 やれるところまでフルにやり、あとは倒れてハイおしまい、では元も子もない。

「相手の顔が見える街宣をやりたい」「あくまで足を使って回りたい」という崇高な理想と(気持ちはよくわかる)、「カネがない」という現実との間には、埋めがたい大きなギャップがあるように思える。

 その意味で山本代表には、もう少しいい意味での妥協も必要なのではないか? 

 理想を追い求め、坂本龍馬のように「前向きに倒れて死ねれば本望だ」ではなく、死ぬ前にそれを防ぐ合理的で前向きな解決策をひねり出すべきだろう。

【課題その3】人材の「使い捨て」戦略と「隠蔽性」の問題は?

 上記の通りカネがないから、もし候補者が落選したら当然それっきり「使い捨て」になる。れいわの行くところ、そんな屍が累々だ。

 これまで選挙に敗れては揉め事が起こり、またカネの問題もあって何人もの「被害者」が出た。彼らはいずことも知れず消えて行った。

 これは結党以来の短い歴史を見ただけでもいえることだ。長い目で見て人を育てることができない。

 また例の女性のセクハラ疑惑問題に象徴される通り、内部で何らかのトラブルが起こっても有耶無耶のうちに始末される「隠蔽性」も問題だ。

 どうもこの党には、公開性や透明性がない。臭いものにはフタをして終わり、の感がある。

 果たしてこのままでいいのだろうか?

【課題その4】構成員の釣り合いや決定権の強さにバランス配分はあるか?

 れいわ新選組は実に個性的なキャラクターであふれている。

 例えば福岡の奥田ふみよさんのようにひたすら熱く押しが強くて感動的な人や、逆に北海道の野村パターソン和孝さんのように静かで知的な飄々としたアイディアマンもいる。

 また経済にめっぽう詳しくバランス感覚あふれる政策委員の長谷川ういこさん、説得力と論述力、論理性にひときわ秀でる高井たかし幹事長、外交・安全保障分野で日本一のプロである伊勢崎賢治さんなど、あげればキリがないほど多士済々だ。

 実にバラエティに富んでいる。

 ただし「決定権の配分」という意味では、どうだろうか? バランスが取れているだろうか?

 あの多彩なメンバーそれぞれが生き、また逆に生かされるような党内の「力の持たされ方や適正配分」になっているのかどうか?

 あのなかで「何かを決める」となったとき、もしや山本太郎代表の影響力や発言力、ひいては支配力がやはり大きすぎはしないか?

 そんな感じもする。

【課題その5】壊滅寸前の日本、もはや山本代表の「突破力」に賭けるしかないか?

 偏見かもしれないが……外から見ていると山本代表は発信力が強いだけに、外形的にも発言力と影響力が飛び抜けて見える。

 いまの単なる一政党に過ぎない現状でさえ、すでに山本代表の(悪く言えば)「独裁」になっているような感がある。(もちろん内情は知らない。あくまで推測に過ぎない)

 これがもし将来の政権を取った暁に、山本代表が首相になればどうか? 当然、そのとき彼は存分に自分の思う通りの意見や政策を押し通すだろう。

 果たしてそこで自分の考えに万一、まちがいがあった場合、それを指摘する党内の声に真摯に耳を傾けたり、謙虚に自身で自覚して「自分」を修正するたぐいの才能(つまりバランス感覚)はあるだろうか?

 ここはまだ彼の場合、完全には未知数な感じもする。

 というより「バランス感覚」などとはまるで対極にある、「オレのやり方はこうだ!」という力強い押し方で物ごとをやり抜くタイプだろう。

 まあこんなふうに政党の(ある意味での)欠点なんてあげればキリがないのだが…………特に山本代表の(あの難題を解決する突破力と見事にセットになった)独裁性に関しては、政権を取るまでに何らか修正してほしいなとは思う。

 ただし、だ。

 もはや日本は経済や産業、ひいては民主主義が完全に崩壊の極にある。瀬戸際のキワだ。平和で万全な国とちがい「独裁ガー」なんて言ってる場合じゃないのかもしれない。

 そんな日本の壊滅的な状況を「一発逆転」で一気に打開するためには、山本代表のあの粗暴なまでの突進力と決定力が必要なことはすでに明らかだ。

 そう考えれば(一時的には)彼が一種の独裁に近い才能の生かし方をし、先陣を切って事態を切り開いて行くのも致し方ないのかな? とも思えてくる。

 さて、あなたはどう思いますか?

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【党派性って何だ?】人は常識や価値観が違う、だから政治に「党派」が生まれる

2025-03-29 17:48:46 | 政治経済
「知識のなさ」は補えても「生き方の違い」は埋められない

 何をどこまで許容するか? だれとだれを救うのか?

 それから国と個人なら、いったいどっちを優先するのか?

 これらは人によって考え方がまったくちがう。

 とてもむずかしい問題だ。

 だから政治をやれば必然的にこうした考え方の差異で「党派」が生まれ、やり方も人によって変わってくる。

 一例をあげるとどうか?

「日本はいま非常事態だ。だから能登を見捨てるのは仕方ない。だが一般論としての『日本人全体』なら、基本的には救う心構えでいたい」とか、逆に「いや人類はみな兄弟だ。だからみんなを救うんだ」とかさまざまだ。

 つまり「人権をどこまで重視するか?」や「国と人間はどっちが重要か?」みたいなテーマは、いちがいに答えを出せない人間にとって永遠の課題をはらんでいる。

 例えば上であげた能登を見捨てる人々は、日本には「円」という自国通貨があり、その自国通貨建て国債は破綻しないから能登だって救えるんだ、ということを「知識として」知らない人々だ。

 そんな彼らは財務省に洗脳され、「日本にはもうカネがない。借金だらけで破綻しかけている。この国はもうヤバいから、国民の一部を切り捨ててでも国家を存続させなきゃならないんだ」と思い込んでいる。

 だからこんな考えの違いが生まれる。

 とすれば必要なのは啓蒙だろう、ということになるが……。

 おいおい、人を啓蒙するってなんだか尊大じゃないか? お前は自分だけが正しいと思っているのか? ーーそう突っ込まれると返す言葉がなくなる。

 そもそも「人類はみな兄弟だ」と考える人と「他人のことなんかオレは知らない」という人は、価値観がちがうのだ。

 そんな彼らの方向性を一致させ、国というひとつの器に入れて並走させるのはむずかしい。

 こう考えて行くと政治ってやっぱり難解だし、だからこそ逆におもしろいのだ。

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