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軽井沢からの通信ときどき3D

移住して11年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

ギンリョウソウ(1)

2018-10-26 00:00:00 | 山野草
9月初旬のこと、南軽井沢の山荘に出かけたとき、庭の斜面に少し珍しいギンリョウソウが生えているのに気が付いた。昨年か、一昨年にもこのギンリョウソウが山荘の西側の壁際に、1本だけ生えているのを見つけたが、その後は見かけることもなくなっていた。今回は建物の反対側で、北東に向かって傾斜している場所であった。しかも、その数がとても多い。

山荘へのアプローチの斜面に出てきたギンリョウソウ(2018.9.5 撮影)

 今年は、雨が多かったせいか、軽井沢や周辺の山地ではキノコが豊作だとの話を聞いているので、このギンリョウソウもそうした天候の影響もあって、このように多数出現したのだろうかなどと思っていた。

 これまでにも、軽井沢に来てからではないが、山地などを歩いていて、稀にこのギンリョウソウを見かけることがあったので、名前は知っているつもりであったが、改めて手元の「原色牧野植物大図鑑」(1996年 北隆館発行)で調べてみたところ、ギンリョウソウ[ギンリョウソウ属]と並んで、非常によく似たアキノギンリョウソウ[シャクジョウソウ属]という種があることに気がついた。

 ギンリョウソウは茎も葉も花も透き通るような白さで特徴があり、他に似た種があることを知らなかったので、これまでずっとこの種の植物を見るとギンリョウソウであると思い込んでいた。

 この両種についての「原色牧野植物大図鑑」の記述はそれほど詳しくはなかったので、さらに詳しく知りたいと思い「週刊 朝日百科 植物の世界6」(1995年 朝日新聞社発行)のギンリョウソウの項を見ると、次のような記述があり、こちらではギンリョウソウと共に、ギンリョウソウモドキという名が紹介されていた。

 「ギンリョウソウとギンリョウソウモドキは花期の個体が酷似しており、とくに押し葉標本では区別しがたい。長い間『ギンリョウソウ』の名でよばれてきた植物が、まったく別属の2種からなるものであることがわかったのは、1938年のことであった。もっとも顕著な違いは、子房の中での胚珠のつき方であった。この点をドイツの植物学者アンドレス(H.Andres)から指摘された東京帝国大学の原寛は、子房を切断することを怠った、と残念がった。」

 東京帝国大学の植物の専門家でさえ知らなかったのだから・・・と言いたいところであるが、それはもうずいぶん前のことで、現在ではこの2種ははっきりと区別されている。その違いは、次表のようである。これらによると、今回山荘で見つけた種はギンリョウソウではなく、酷似したアキノギンリョウソウまたはギンリョウソウモドキであると判明した。

ギンリョウソウとアキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキの比較 

 上記の表には、出典としてさらにウィキペディアの記述からのものを追加したが、それは科名と和名についてである。ほぼ同時期の出版物である「原色牧野植物大図鑑」と「週刊 朝日百科 植物の世界6」ではギンリョウソウとアキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキの科名はそれぞれ、イチヤクソウ科、シャクジョウソウ科とされ、異なっていた。

 ウィキペディアには次のような記述があって、さらに科名が変遷していることが明らかになった。

 「ギンリョウソウ:古い新エングラー体系ではイチヤクソウ科に、クロンキスト体系ではシャクジョウソウ科に分類されていた。」

 素人には、何のことかよくわからないが、分類学の歴史的な変遷があって、「原色牧野植物大図鑑」はもっとも古い新エングラー体系を採用し、「週刊 朝日百科 植物の世界6」はクロンキスト体系を採用していたことになる。

 ウィキペディアは、1990年代以降になり、DNA解析により大きく発展してきた分子系統学による知見をもとに、さらに見直された植物の分類体系APG(Angiosperm Phylogeny Group)を採用している。旧説のクロンキスト体系は現在も広く使われているものの、学術先端分野ではAPG植物分類体系に移行したとされている。

 さて、山荘の庭に生えていたものは、アキノギンリョウソウまたはギンリョウソウモドキであるということになったが、これはギンリョウソウよりももっとずっと少ない種であるという。次に、写真をご紹介する。

アキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキ 1/3(2018.9.5 撮影)

アキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキ 2/3(2018.9.5 撮影)

アキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキ 3/3(2018.9.5 撮影)

 ギンリョウソウとアキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキを見分けるポイントの一つが、実の状態ということで、ギンリョウソウの実は液果、アキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキの実は蒴果であった。

 液果とは、水分が豊富なくだもの状の実のことを指し、リンゴ、桃、柿などを思い浮かべるとよい。一方蒴果の方は乾燥したもので、朝顔などの実(種)を指しているとされる。

 先日、山荘に行き現在の様子を確認してきたが、すでに蒴果ができていた。また、この茎は来年まで残るとされているが、実際触ってみると、以前の真っ白な時とは打って変わって、剛直なものになっていた。

アキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキ の蒴果 1/3(2018.10.23 撮影)

アキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキ の蒴果 2/3(2018.10.23 撮影)

アキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキ の蒴果 3/3(2018.10.23 撮影)

 それにしても、ギンリョウソウもアキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキも不思議な植物である。真っ白な外見は、葉緑素をまったくもたないためとされる。この点について、「週刊 朝日百科 植物の世界4」の別の項「寄生と腐生」というトピックス欄に次のような記述がある。

 「光合成生物としての植物は、基本的には独立自養の生活をしています。光と水と二酸化炭素、そして土壌中から吸収する栄養塩類で、栄養は足りるのです。・・・ところが、ごく一部とはいえ光合成のための葉緑体を持っていない植物があります。・・・日本の森林の林床で見かける真っ白なギンリョウソウには、緑の葉がありません。ほかの生物から栄養分を得ている植物、つまり腐生植物です。・・・ギンリョウソウは光合成能力をなくしてしまい、菌類からすべての養分を得ている植物です。」

 マメ科の植物が、根粒菌(バクテリア)との共生関係にあることは、小学校で学ぶくらい有名であるが、他の多くの植物にも菌との共生的な関係が見られている。ギンリョウソウとアキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキは最新の分類でイチヤクソウ科からツツジ科に移動されていることを、上で紹介した。このツツジ科やイチヤクソウ科の植物は、普通は光合成をする独立自養植物であるが、菌根植物としても有名であるという。

 ツツジ科の植物たちが貧栄養で乾燥した環境でも生活をすることができる大きな要因に、菌根を発達させたことがあげられている。ツツジ科に見られる菌根はエリカ型菌根、ギンリョウソウなどに見られるのはシャクジョウソウ型菌根と、特別な名前で呼ばれているほどであるという。

 このトピックス欄の最後の「寄生と腐生の始まり」という項には次のような興味深い記述が見られたので紹介しながら、本稿を終わらせていただく。

 「多くの植物の個体間で、地下の根を通して物質のやりとりをしていることが明らかになっていますし、また寄生生活者の中には、同じ種の他の個体に寄生する自種寄生もあることが知られています。そのような相互関係から始まって高度に特殊化したのが、ヤッコソウやラフレシアのような特定の種類だけを宿主に選ぶ寄生関係でしょう。
 この宿主と寄生植物との関係は、両者の組織間の接続をするという点では接ぎ木のようなものですが、多くの寄生植物は、お互いには接ぎ木ができないような、系統的にはまったく違う植物を宿主にしています。
 このような寄生が成立するには、まず最初に、異種が組織内に侵入することに対する宿主の側の防衛システムを乗り越えなければなりません。寄生植物が宿主に侵入する際に、他者を認識する宿主の細胞のシステムを麻痺させるのか、それとも寄生植物の方が宿主の細胞に化けてしのび込むのか、細胞レベルや分子レベルでの相互関係の認識のメカニズムが明らかになれば、生物相互の関係についての新しい知の世界が開かれてくるでしょう。
 同じようなことは、菌類と植物との相互関係にもいえます。菌類の多くは、植物にとっては病原菌です。歓迎されない菌類の植物体への侵入は、植物が起源した時から開始された出来事だったでしょう。侵入された植物が死亡したり、侵入に成功しなかった菌類が増殖できなかったことが繰り返されたことでしょう。
 この植物と菌類との敵対的な関係の繰り返しのなかから、植物は菌類に有機物を供給し、菌類は植物に栄養分や水分を供給する共生的な関係が生まれて、その展開のなかから腐生植物が生まれ出てきたと考えられます」

追記:数年前に、山荘脇で見た「ギンリョウソウ」(正確には、”と思っていた”)の写真を妻が撮影していたことを思い出してくれた。確認したところ、こちらはまちがいなくギンリョウソウ属のギンリョウソウであった。決め手は、開花の時期と、花の中に青い花柱と黄色の葯が見えることである。写真を見較べると、前出のアキノギンリョウソウ/ギンリョウソウモドキとはずいぶん違っていることに気付く。

山荘脇のギンリョウソウ 1/2(2016.7.11 妻撮影)

山荘脇のギンリョウソウ 2/2(2016.7.11 妻撮影)


 

 









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サクラソウ

2018-05-25 00:00:00 | 山野草
 軽井沢に移住し、新たに家を建てることを決めた時、庭には小さくてもいいので、ロックガーデンを作り、好きなスミレなどの山野草を育てようと決めていた。このミニロックガーデンを作るにあたり、「ロックガーデン」(1976年 誠文堂新光社発行)と「続々野草のたのしみ」(八代田貫一郎著、1976年 朝日新聞社発行)とを参考にしたが、石は軽井沢ではおなじみの浅間石を使うことにした。

 浅間石を専門に扱う店に出かけて15cmから50cmくらいの種々の大きさのものを取り混ぜて100個ほど購入し、暇をみてはこれらを組み上げていき、一番高い部分にはアズマシャクナゲを植え、周辺に小さな草花を植えるためのスポットをたくさん作っていった。


庭に浅間石を組んで作ったミニ・ロックガーデン(2016.4.24 撮影)

 このスポットに順次、山野草を植え始めていたのだが、これを見ていたご近所のKさんが自宅の庭で育てている山野草を次々と持ち込んできてくれた。増えすぎて困るから、貰って欲しいということであった。実際Kさん宅の庭に行ってみると、実に多くの種類の草花を地植えや鉢植えで上手に育てていた。

 Kさんから頂いた草花は、フウチソウ、ギボウシ、日本スズラン、ゲンジスミレ、レンゲショウマ、ツリガネニンジン、マツモトセンノウ、フシグロセンノウ、日本ハッカ、カッコソウ、イチリンソウ、ヤマオダマキ・・・など実に多くの種であったが、その中にサクラソウが含まれていた。


Kさんから頂いた鉢植えのサクラソウ(2016.5.20 撮影)

 このサクラソウは軽井沢のシンボル的なもので、1993年(平成5年)8月1日に、町制施行70周年記念として「町の木」のコブシと共に軽井沢町の「町の花」に選定されている。


軽井沢町観光経済課で発行している軽井沢案内(2018年版)に記載されている「町の花」と「町の木」

 野生のサクラソウは、北海道から九州まで、やや湿った火山灰土壌の落葉樹林や草原に見られ、軽井沢周辺では、ミズナラなどの落葉樹林の中の渓流沿いや湿地の周囲などに生息するとされる。軽井沢はこうした条件に恵まれていた。

 実際、古い資料には、1955年頃のこととして「沓掛駅(現在の中軽井沢駅)の南にある塩沢湖では、5月下旬から6月上旬にかけて、付近一帯がサクラソウの花で埋まっていた。」と書かれている。 軽井沢にこの見事なサクラソウの自生地があることは、当時の雑誌「遺伝」にも紹介されていたというが、その後、2000年頃にはすでに「塩沢湖の周辺は開発が進み、昔の面影は残っていなかった」という状態になっている。

 また、1956年5月20日付け毎日新聞夕刊には次のような記事があり、現在では想像できないような光景があったようだ。


サクラソウ群落を報じる1956年5月20日付け毎日新聞(夕刊)の記事

 ここには次のように記されている。

 「〇-高原の町、軽井沢はいまかれんなさくら草の話でもちきりである。というのは同町南軽井沢のゴルフリンク内にみだれ咲くさくら草の群落はすばらしく大きなもので、町の教育委員会では、“日本の国花が桜なら、軽井沢の花はさくら草だ“とこの群落を天然記念物に推選しようという運動を起こしている。
  〇-この群落の大きさは約三千坪。見渡すとピンク色のじゅうたんを敷きつめたようでみごとだ。草花研究家たちの間でも、“全国でもめずらしいもの”とされているが、根こそぎ持ち去られて、最近では次第に減り始め地もとであわてだした次第。
  〇-ゴルフリンクを訪れると、花は七分咲き、ピンク色の花弁が風にゆれ、リュックを背負った親子づれやアベックたちも思わずニッコリ。随分ひろいなアー。花々でいっぱい。夢のようだわ“と女の子が叫べば、男の子はごろんと花のふとんにねころんで満足そう。これからだんだん多くなるハイカーたちを存分楽しませることだろう。」

 上記2情報は、2000年2月に設立された軽井沢町内の住民団体「軽井沢サクラソウ会議」が運営しているウェブサイトからの引用であるが、この軽井沢サクラソウ会議では町花であるサクラソウの保全活動を行っており、定期的にサクラソウ調査を行っている。

 最近行われた調査では、「町内265地点でサクラソウの生育が確認された。1ヶ所に300ヶ以上花が咲いていた優良生育地は、40ヶ所以上、10ヶ以下の場所が70ヶ所。生育地は、町南部の草原・湿地だった場所に多く分布していた。また、1970年代ごろまでに分譲された古い別荘地でも、多数が確認された。」と報告している。

 実際、散歩していると町内の民家の庭先にも、Kさん宅同様ちらほらとサクラソウの姿を見ることができる。我が家のロックガーデンに分散して植えたサクラソウも3年目を迎えるが、何とか定着してきたようである。


ロックガーデンで咲くサクラソウ 1/2(2018.5.21 撮影)


ロックガーデンで咲くサクラソウ 2/2(2018.5.21 撮影)


サクラソウと同時期に咲く日本スズラン(2018.5.22 撮影)


カツラの木の根元で咲くサクラソウ(2018.5.21 撮影)


アズマシャクナゲの陰で咲くサクラソウ(2018.5.21 撮影)

 このサクラソウ、「山草辞典」(1980年 月刊さつき研究社発行)によると、次のようである。

 【特徴】茎は15~40cmになり、葉に毛が多く、チリメン状のしわが多い。花は5弁の紅紫色で、茎頂に5~10花輪生状につける。美しいので庭に栽培され、多くの園芸品種があり、性質は強く育てやすい。
 【分布】北海道、本州、九州に分布し、山野の河原の湿地や、原野に生える。陽光を好むが、夏は草むらとなって、他の植物の陰に隠れて生育することが多い。

 増殖は、地下茎と種子の両方で行われるという。まだ種子を採取したことはないが自然に周囲に落ちた種子から小さな芽が出ているところも見られる。

 軽井沢に自生していたサクラソウは開発の影響で激減し、絶滅危惧種に指定されているが、元来丈夫な種のようで、条件さえ合えば元気に生育するように見える。我が家のロックガーデンのサクラソウもいろんな場所に定着して、今年も元気に花を咲かせている。 

 サクラソウと同じ仲間のカッコソウ。この種も絶滅危惧種に指定されているが、我が家のロックガーデンでは元気に花を咲かせ、増えている。


昨年開花時のカッコソウ(2017.5.6 撮影)


今年のカッコソウ(2018.5.5 撮影)



  


 
 
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セツブンソウ

2017-03-03 00:00:10 | 山野草
 セツブンソウという名前はもっと前から知っていたのかもしれないが、初めてこの花が自生しているところを見たのは広島県三次市に赴任していた20年ほど前のことであった。

 同僚のOさんの実家裏山にこの花の自生地があると聞いて、早春のある日案内していただいたことがあった。Oさんのお父さんが大切に保護されているということで、訪問当日には小さく可憐な花の姿を見ることができ、写真撮影をして帰ったことが思い出される。

 今回、セツブンソウのことを書いてみようと思い、改めてネット検索をして驚いたのは、広島県庄原市の観光情報にあのOさん宅裏庭をはじめとして合計7か所の自生地が紹介されていて、開花情報も出ていたことだ。

 私がお伺いした当時とは様変わりし、セツブンソウの株数も大幅に増えたようで、すっかり市の観光資源に変わっていた。

 さて、思い出話が少し長くなってしまったが、埼玉県秩父郡小鹿野町にこのセツブンソウの日本有数の自生地、「節分草園」があると知って懐かしくなり妻と出かけてきた。軽井沢からは片道約2時間のドライブである。

 目的地の少し前からのぼり旗が出ていて、迷うことなく現地にたどり着くことができた。園は道路に接した北斜面にあり、道路反対側の駐車場に車を止めて受付に向かった。


駐車場からみた「節分草園」(2017.2.28 撮影)

 駐車場から見ると斜面に白い点々が見えて、セツブンソウだとは判るものの、まだ開花には少し早すぎたのではと軽い後悔の気持ちを持ちつつ入園料を払って園内に入った。


右の小屋が「節分草園」の受付け入り口(2017.2.28 撮影)

 しかし、確かにやや早い感じはあるもののセツブンソウの花はしっかりと咲いていた。花は大きいものでも2cm程度と小ぶりで、遠くからは白い点にしか見えなかったのだ。

 すでに10名程度のカメラマン/ウーマンが来ていて、思い思いに写真撮影を始めていた。大半が私と同年代の方々で、女性の姿も多い。


熱心に撮影をしている人たち(2017.2.28 撮影)

 園の入り口に近いところではたくさんのセツブンソウの花が咲いていた。園はここから斜面の上部と奥の方に広がっていて、広さは5000mとされているが、その辺りではまだ花茎や葉がほとんど立ち上がっておらず、花も見られない。同じ園内でも僅かな温度・日照の差が有るのだろう。


斜面に広がるセツブンソウの群落(2017.2.28 撮影)


砂礫で覆われた地面に群生するセツブンソウ(2017.2.28 撮影)

 セツブンソウの花は小さく、写真撮影をしようとするとどうしても接写することになる。ここは北斜面になっていて、花は南向き太陽の方に向かって咲いているものが大半なので写真撮影をしようとするとローアングルになる。私も地面に膝をついて撮影を続けたが、中には遊歩道に寝転んで撮影する人も見られた。


セツブンソウの花1/5(2017.2.28 撮影)


セツブンソウの花2/5(2017.2.28 撮影)


セツブンソウの花3/5(2017.2.28 撮影)


セツブンソウの花4/5(2017.2.28 撮影)


セツブンソウの花5/5(2017.2.28 撮影)

 セツブンソウはすでに書いた通り和名を「節分草」と書き、代表的な早春植物であるとされる。実際には節分のころは、野外では早すぎるようで、2月の下旬に咲き始める。

 直径が1.5cmほどの球状の塊根を持つ多年草で、キンポウゲ科の植物である。写真で目立つ白い部分はがく片で通常5枚あり、小さくY字状をした黄色い部分が花弁であり、柄の先端部分から蜜を分泌する。その内側にある薄紫の部分は雄しべである。

 このがくは葉が花の位置に移動したとされるもので、蕾を保護しており一般には緑色をしている。しかしキンポウゲ科の仲間では、がくは白、黄、紫などに着色しているものが多いとされる。それもあって、キンポウゲ科の植物には花が美しい種が多いようである。なじみのある所では、同じくこの季節に咲くフクジュソウがある。ほかにも、イチリンソウ、オキナグサ、トリカブト、ヤマオダマキ、ユキワリソウ、リュウキンカなどがそうである。

 撮影をしていると、通常は5弁とされる白いがく片が6枚のものや7枚のものがあることに気が付く。がく片の形状も先が細くなっている標準的なもののほか丸味を持つものも見られる。


標準的な5弁で先が尖がり縦にすじの入ったがく片形状のセツブンソウ(2017.2.28 撮影)


6弁のがく片を持つセツブンソウ(2017.2.28 撮影)


7弁のがく片を持つセツブンソウ(2017.2.28 撮影)

 セツブンソウは本州の関東地方以西に分布する日本の特産種で、石灰岩地域に多く見られるという傾向があるとされている。

 そういえば、今回訪問した埼玉県の秩父地方も広島県の庄原市も石灰岩地帯であり。周辺には鍾乳洞が点在する地域である。

 セツブンソウの自生している場所は斜面になっていて、石灰岩の砂礫が多数みられるという点も両者で共通しているようである。

 節分草園の受付には鉢植えが売られていたので、よほど一鉢買って帰り、自宅の庭に植えてみようかと思ったのだが、火山性の浅間石を主体にした我が家のミニ・ロックガーデンとの地質の違いを考えて思いとどまった。

 会いたくなればまたここに見に来ることにしよう。

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