goo blog サービス終了のお知らせ 

本の読み方の設計図。

本の構造を明らかにしていく。
論拠・主張

論証=事例、引用。

人治の理 : 知のコングロマリット#47

2010-01-02 01:24:52 | 知のコングロマリット
[新訳]老子
岬 龍一郎
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

★ 知ったかぶりをするな
知りて知らずとするは上なり。知らずして知るとするは病なり。
解説:
わかったことでもわかったとしない。老子の発想はもっと深く、わかったと思えることでも、さらに吟味し、会議してゆかねば、それは単なる自惚れに過ぎない。

V 人の世で生きるために
★ 本性を取り戻せ
上のものが賢人ぶって、
余計な知恵を振り回さなければ、
下のものは自分で工夫して、
もっとスムーズにうまくやるであろうに。
上のものが聖人ぶって、
道徳やら正義やらを押し付けなければ、
したなものは互いに助け合っていたであろうに。
もし指導者になりたいんなら、
自分の中にある人間性を大事にして、
あるがままの本性を守ることだ。
自分勝手な利己心を抑え、
世俗的な欲望を捨てて、
くよくよ悩まないことが一番である。

結 日本人にとっての「老子」的な生き方
老子の思想をやさしくまとめておくと、「無為自然・無知無欲・自由自在・謙譲・柔軟・純真・素朴」。それを踏まえた上で、赤子のように無知無欲に、水のように柔軟に、空気のように無為に、常に心を穏やかにして、争いごとを避け、自らを誇らず、名利に惑わず、春風蕩ようにやさしくゆったりと生きる、というのが老子の哲学である。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天道 : 知のコングロマリット#46

2010-01-02 01:23:14 | 知のコングロマリット
[新訳]老子
岬 龍一郎
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

★ 天の道は、余り有るを損じて、而して足らざるを補う

★ 常識の裏に真実がある
こんな格言がある。
本当に賢い人は、一見すると暗いように見え、前に進む「道」は、一見、後ろに退くように見え、平らな「道」は、一見、でこぼこの険しい道に見える、と
あるいはこうもいう。
最上の徳は谷間のように見え、
真に潔白なものは、一見薄汚れて見え、
真に広大な徳は、一見、物足りないように見える、と。
さらにいう。
確固とした徳は一見、頼りないものに見え、真に質実な特配、一見、無節操のように見え、とてつもない大きな四角は、角というものが見えない。
人間も真に偉大な人物は、
人より大成するのが遅く、
この上ない大きな音は、
かえって聞こえないものだ。
ましてや、天空に出来る大きな形は、
あまりに大きすぎて、
人の目にはうつらないようだ。
これらのことからもわかるように、
私のいう「道」は、形が見えず、
言葉では名付けようがないものなんだ。
だが、「道」はすべてのものに恵を与え、万物を助けているのさ。

★ 本当に偉大なものとは
本当に偉大なものというのは、
余りに大きすぎて見えにくいが、
いくら使っても使い尽くせないものなんだ。
本当に充実しているものは、
一見、空っぽのようにも見えるが、
どんなに汲み出しても、
汲み出せるものじゃないね。
本当の意味でまっすぐなものは、
かえって曲がりくねったように見え、
本当の上手はかえって下手のように見える。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

曲木 : 知のコングロマリット#45

2010-01-02 01:21:33 | 知のコングロマリット
[新訳]老子
岬 龍一郎
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

Ⅲしなやかで力強く生きるために
★ 穏やかで、控えめで、無心に
こういう人を「道」の聖人というのだろう
穏やかで、控えめで、無心で、
何もしていないようで、何かをしている。
だからこういう聖人は、すべてが完全であることを望まないし、
むしろ不完全な状態が自然であると思っている。
万物はすべて流転している。
そこには完全なものなど何一つもないのだ。
古びた衣は、新しいものと換えられ、
そう僕も枯れた後に新芽をふくように・・・
これこそ、あるがまま、なすがままの無為の姿なのだ。

★ 天道は親無し、常に善人に与す

★ マイナスがプラスとなる
まっすぐに大きく伸びた木は、
材木としてすぐに役立つから、
切り倒される。
でも、曲がった木は、
使い物にならないと思われるから、
巨木になるまで成長する。
衣服はボロボロになるから新しいものと取り換えられ、
窪んだところには自然と水が溜まってくる。
このようにマイナスだと思ったことが、
プラスに転化するということは、
世の中にはたくさんあることだ。
人間だって、欲が少なければ満足度は高いし、
知識がありすぎると、かえって迷うものだ。
だから、
無為自然をわきまえている聖人は、
「俺が俺が」と前に出ないで、
常に控えめな姿でいる。
すると、かえって目立つ存在となり、
いまだ未熟とだと謙虚に振舞うので、
かえって信頼される。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

柔 : 知のコングロマリット#44

2010-01-02 01:19:31 | 知のコングロマリット
[新訳]老子
岬 龍一郎
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

★ 柔らかく、たおやかに
枯れてこわばっているものは、
みんな死の仲間。やわらかくてしなやかなのは、
みんな生きている仲間。
世の中は、つまるところ柔弱なものが、
剛強な者に勝つのだよ。
人生も一緒さ。

★ 欲を持たないことを欲する
止まっているものは捕まえやすい。
まだ、事が大きくならないうちは、
手がつけやすい。
固まっていないものは、溶かしやすい。
目に入らないような小さなものは、
吹き飛ばすことも出来る。
何事も、動き始めたり、
大きくなってしまったり、
固まってしまったものは、
あつかいにくい。
だから、そうならないうちに処理してしまうのが、肝心なことだ。
一抱えあるような大木も、最初は小さな目から始まる。
最初の一歩が肝心なのだ。
絶対成功するぞと、
力を入れすぎると失敗するし、
たくさん掴もうとするから取り逃がすのだ。
だから無為の聖人は、無理をしない。
成功とか財産とか地位とか、
そんなことにはあまり執着しない。
欲がないからかえって成功するんだ。

知識だって、増やすことよりも、
深く考えることを学問としている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Judo Strategy3 : 知のコングロマリット#43

2010-01-02 01:17:35 | 知のコングロマリット
[新訳]老子
岬 龍一郎
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

Ⅱたおやかに、自由にいきるために
★ 自分自身を知る
他人を知るものは知者であるが、
自分を知るものは賢者である。
他人を知るより自分を知るほうが難しい。
他人に勝つものには力があるが、
自分に勝つものこそ真の強者である。
他人に勝つより自分に勝つほうが難しい。
自分で「これで十分」と思えるものは富者となり、
道に勤むものは向上心を持つ。
自分にふさわしいあり方を失わない人は長続きするし、
何かをやり遂げた人は、
死んでも朽ち果てることなく、永遠に生きる。

★ 柔よく剛を制す

★ 人生の三つの宝
生きるうえで三つの宝があり、それを大切に守り続けている。
そのひとつは「慈」-慈しむ愛の心であり、
その二つ目は、「倹」-つつましさであり、
そして三つ目は世の人の先に立たないということである。
人は慈しみの心を持つから本当に勇気が出せるのであり、
倹ましい心があるからこそ広く施すことが出来るんだ。
「俺が俺が」と世の人の先に立たないから、器量のある人となり、
結局はこういう人が、
周りから押されて「上に立つ人」となる。
慈しみの愛の心を持って、人生を戦っていけば、決して負けることはない。
なぜなら、愛ほど強いものはないし、
点は愛の心を慈しみを持って守っているからだ。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

恍惚 : 知のコングロマリット#42

2010-01-02 01:07:47 | 知のコングロマリット
[新訳]老子
岬 龍一郎
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る

★ 無為の大道
もしわたしに明智があったとすれば、
私は「無為の大道」に従って歩き、
自然の働きに逆らうようなことは戒めるであろう。
「無為の大道」は、この上なく広く平坦であるのに、
なぜ人々はムリに困難なわき道にそれたがるのだろうか。

★ すべてのものの根源
大いなる徳のある人は、
ただ素直に「道」に従っている。
では、「道」とは何かと聞かれると、
それは漠として広く、ほの暗いもので、
一定の形を持たず、
捉えどころのないものとしかいいようがないんだ。
だが、それに限りなく霊妙なパワーがこめられていることは真実で、
あらゆるものを成長させる想像主の役割も担っている。
だから、すべてのものの根源としか、いいようがないのだ。
太古の昔から今に至るまで、
このパワーは宇宙から降り注ぎ、決してなくならないし、
多くの人々も恩恵を受けてきた。
では、どうやって知るのかといわれても、
「道」は頭で知るものではなく、
心で感じるものなので、
君自身の心を赤子のように素直に開いておくしかないんだ。
[解説]
聖人が体得し従っている根源的な真理を、ここでは、 「惚たり恍たり、窮たり冥たり」とあらわし、一説によると男女の交合作用が保つ「精」の概念が加わっている。
つまり、「道」は宇宙エネルギーとも取れるのである。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

道 タオ : 知のコングロマリット#41

2010-01-02 01:06:05 | 知のコングロマリット
[新訳]老子
岬 龍一郎
PHP研究所

このアイテムの詳細を見る


I「道」と友に生きる
暗くぼんやりした混沌の世界が「道」

★ 形なき形、声なき声
あまりに小さなものは、
見ようにも見えない。
あまりにもかすかな音は、
聞こうにも聞こえない。
触っても感触のないものは、
触ろうにも触れない。
だが、形なき形、声なき声、無感覚、
じつは、この三つのものがひとつに解け合っている存在、そういうものがあるんだ。
それは上部がただ明るいだけでなく、
その下部もただ暗いだけじゃない。
いつも動いていて、
あの名前のない、元の世界に戻っていく。
なんとも表彰しようがないが、
形なき形、声なき声、無感覚、
だからとらえがたい抽象的なもの、ぼんやりとしたもの、
それを恍惚というんだ。

★ 柔軟な心
「道」の働きは名前がつけられないものだ。
そうだな、あえてたとえれば、
伐採されたばかりの木材を想像するがよい。
伐り出された新材は、まだ名前もなく自然の姿を残している。
逆に言えば、これからの用途によって何にでも変えられる、ということだ。
⇒用途を限定しない柔軟な広い心を持つことの大切さ。あるがままにすべてを受け入れろ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする