330『岡山の今昔』岡山人(18~19世紀、良寛)
良寛(りょうかん、1758~1831)は、日本にあまねく知られる仏教者にして、書や詩作などもよくした。とりわけ書は、かの「平安の三筆」と並び誉れ高い。彼らとは別段の自然な境地にて、燦然と輝く。
念のため、「良寛」とは、実名ではなく、正しくは、仏教でいうところの法号にほかならない。1779年(安永8年)には、玉島の円通寺の国仙和尚が越後の尼瀬にある光照寺をおとずれ、そこで禅の修行をしていた若き日の山本新左衛門に得度を与える。国仙の下で、その新左衛門は「良寛」の法号を与えられる。自分の寺に帰る国仙について故郷を後にし、玉島の円通寺に赴く。
それからの修行でめきめき頭角をあらわし、1790年(寛政2年)には、国仙から雲水修行の印可を受ける。師匠から「一等首座」の地位を与えられる。そして、円通寺境内にある覚樹庵を預けられる。
翌1791年に国仙が69歳で病没すると、諸国行脚の旅に出る。どうやら、師匠の跡を継ぐ気などはなかったようだ。
その頃の良寛の人となりをあらわすと思われるものに、その頃の作であろうか、本人による次の詩がある。
「面仙桂和尚真道、貌古言朴客、三十年在國仙會、不参禅讀経、
不道宗文一句、作園蔬供養大衆、當時我見之不見、遇之遇之不遇、吁嗟今放之不可得、仙桂和尚真道者」
不道宗文一句、作園蔬供養大衆、當時我見之不見、遇之遇之不遇、吁嗟今放之不可得、仙桂和尚真道者」
書き下し文は、次の通り。
「仙桂和尚は真の道者、黙して言わず朴にして容づくらず、三十年国仙の会に在りて、禅に参ぜず経を読まず、宗文の一句すら道わず、園菜を作って大衆に供養す、当時我れ之を見れども見えず、之に遇えども遇わず、ああ今之に放わんとするも得べからず、仙桂和尚は真の道者」
これにいう仙桂和尚は、どうということはないほどに、人におのが実力を誇示したりの人ではなかったようだ。自らに与えられた職務である、同寺の典座(てんぞ、炊事係)を淡々と務めていたことであり、良寛は相当に尊敬していたらしい。思い起こせば、日本における曹洞宗の開祖・道元の言辞に、中国に留学のおり、ある典座の言葉にいたく感動したという話が伝わっており、その故事にならったのかもしれない。ともあれ、その頃の良寛は、本山争いをしている永平寺と総持寺の首脳の在り方にはうんざりしていたらしい。
やがて、岡山を去ると、行雲流水とでも形容したらよいのだろうか。住職になる気は、なかったようなのだ。それからは、僧侶の世界において立身出世を目指すでもなく、妻帯するでもなく、「五合庵(ごごうあん)」に一人で住んでいた。そして60歳を過ぎた頃、20年位住み慣れた五合庵をすてて、山を下り、山麓に乙神社にやって来た。その境内に小さな平屋を見つけて、そこに住んで、その村で子供たちと遊んだり、村人に請われれば出向いて経(きょう)を唱え、書き、また萬(よろず)の相談によるというような、かなり自由な毎日であったようだ。そのほか、食事のためには托鉢をしてまわり、また筆をとっては、どちらかというと嬉しげな作文を次から次へと産み出していった。
そんな良寛が後代に残した歌は、相当な数になるのではないだろうか。それらについて一般に最も馴染みな歌としては、70歳になって恋をしたかに見える時に詠んだ、あの「かたみとて、何のこすらん、春は花、夏ホトトギス、秋はもみじ葉」であろうか。
その原文とは、「閑多美東天、難尓能こ数良無、者留波波那、奈都報東東起春、安幾者裳美知波」と、万葉仮名(まんようかな)で書かれている。
やがて、岡山を去ると、行雲流水とでも形容したらよいのだろうか。住職になる気は、なかったようなのだ。それからは、僧侶の世界において立身出世を目指すでもなく、妻帯するでもなく、「五合庵(ごごうあん)」に一人で住んでいた。そして60歳を過ぎた頃、20年位住み慣れた五合庵をすてて、山を下り、山麓に乙神社にやって来た。その境内に小さな平屋を見つけて、そこに住んで、その村で子供たちと遊んだり、村人に請われれば出向いて経(きょう)を唱え、書き、また萬(よろず)の相談によるというような、かなり自由な毎日であったようだ。そのほか、食事のためには托鉢をしてまわり、また筆をとっては、どちらかというと嬉しげな作文を次から次へと産み出していった。
そんな良寛が後代に残した歌は、相当な数になるのではないだろうか。それらについて一般に最も馴染みな歌としては、70歳になって恋をしたかに見える時に詠んだ、あの「かたみとて、何のこすらん、春は花、夏ホトトギス、秋はもみじ葉」であろうか。
その原文とは、「閑多美東天、難尓能こ数良無、者留波波那、奈都報東東起春、安幾者裳美知波」と、万葉仮名(まんようかな)で書かれている。
その紙への本人の筆致たるや、書家などからは「ひょろり、ひょろりと文字をおいて、余白空間をじつに楽しげに楽しんで、世にもすばらしいメッセージとしているのである」(榊莫山(さかきばくざん)「書のこころ」NHK出版、1996)などと激賞されてやまない。
(続く)
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