【掲載日:平成22年2月5日】
沖つ波 辺波を安み 漁すと 藤江の浦に 船そ動ける
神亀三年〔726〕秋九月
印南野 浜辺の遊覧を旨とした 行幸だ
女官たちの 歓声が響いている
晴れ晴れとした空気に 赤人の気が 軽い
やすみしし わご大君の 神ながら 高知らしめす 印南野の 大海の原の
荒拷の 藤井の浦に 鮪釣ると 海人船散動き 塩焼くと 人そ多にある
《天皇が お治めなさる 印南国 大海原の 藤井浦
鮪釣ろうと 船出てる 塩を焼こうと 人出てる》
浦を良み 諾も釣はす 浜を良み 諾も塩焼く
あり通ひ 見ますもしるし 清き白浜
《浦が良えんで 釣りをする 浜が良えんで 塩を焼く
絶えず来なさる 尤もや 見るに綺麗な この白浜よ》
―山部赤人―〔巻六・九三八〕
沖つ波 辺波を安み 漁すと 藤江の浦に 船そ動ける
《沖と岸 波穏やかや 藤江浦 漁に出ている 船いっぱいや》
―山部赤人―〔巻六・九三九〕
印南野の 浅茅押しなべ さ寝る夜の 日長くあれば 家し思はゆ
《印南野の 茅萱を敷いて 眠る夜が 続いたよって 家恋しいわ》
―山部赤人―〔巻六・九四〇〕
明石潟 潮干の道を 明日よりは 下咲ましけむ 家近づけば
《明日から 干潟の道も 楽しいで お前待つ家 近なるよって》
―山部赤人―〔巻六・九四一〕
「これは これは 赤人殿が 家人のことを詠われる 雨が降らなければ良いがのう」
幾人もの歌人が 寄ってきた
輪の中の赤人 思わずに 微笑む
「いや 皆様方の 寛ぎが 詠わせたのです」
「第一人者に 余裕が出たら 適わぬ 適わぬ」
「そうじゃ そうじゃ ハハハハ ハ」
歓談の様子に 目を細める金村
その夜 波寄る浜辺 独り佇む 赤人
〔覗かれはせぬかとの 伏せ心
枷を解くことの 爽やかさよ
己を曝すことで 他人が寄ってくる〕
そこに
公としての人付き合いに
私の出るを恐れていた赤人の
一皮剥けた姿があった
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