【掲載日:平成22年1月26日】
若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る
【片男波海岸 遠景雑賀崎】
時代は 既に変わっていた天皇が 現人神とされた 壬申乱後の世
天武の大帝 後を統べられし持統帝
御前での 歌詠み儀式は
山を褒め 川を褒め 宮を褒める
これ すなわち
帝そのものへの賛歌に他ならなかった
歌詠み儀式は 引き継がれ
山川褒めは 為される
重きは 景をほめるにあり
帝への崇め 色合いは薄い
行幸そのものも 君臣和しての遊覧
帝も 臣への 近づきを 旨とせられる
神亀元年冬十月 紀伊国への行幸
一行は 玉津島頓宮背後の山に登り 南に展開する 島々 潮の満ち干を 眺めていた
澄んだ赤人の 歌声が 流れる
やすみしし わご大君の 常宮と 仕へまつれる 雑賀野ゆ 背向に見ゆる 沖つ島
《天皇の づうっと続く 宮処と みんな仕える 雑賀野の 向こうに見える 沖の島》
清き渚に 風吹けば 白波騒き 潮干れば 玉藻刈りつつ
神代より 然そ尊き 玉津島山
《そこの清らな 渚では 風が吹いたら 波立って 潮が引いたら 玉藻刈る
神代からして 尊いで ほんまええとこ 玉津島山》
―山部赤人―〔巻六・九一七〕
沖つ島 荒磯の玉藻 潮干満ちて い隠りゆかば 思ほえむかも
《沖の島 荒磯の玉藻 満潮来たら 隠れてしまう 惜しいこっちゃで》
―山部赤人―〔巻六・九一八〕
若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る
《潮満ちる 干潟無うなる 若の浦 葦ある岸へ 鶴鳴き渡る》
―山部赤人―〔巻六・九一九〕
【権現山より「若の浦」を望む】
惜しみない賛辞が 広がっていく〔違う 違うぞ 赤人
これは 我の歌ではない〕
赤人は 気付いていない
後世 絶賛を受ける 心に直な反歌の誕生を
人麻呂を 追随する懸命さが 目を覆っている
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