【掲載日:平成21年10月1日】
・・・堅塩を 取りつづしろひ 糟湯酒 うち啜ろひて
咳かひ 鼻びしびしに しかとあらぬ 鬚かき撫でて・・・
貧者に代わりて 世相を申し上げる〔山上憶良〕
風雑り 雨降る夜の 雨雑り 雪降る夜は 術もなく 寒くしあれば
《雨風吹いて 雪まで混じり 我慢もできん 寒さの夜は》
堅塩を 取りつづしろひ 糟湯酒 うち啜ろひて
咳かひ 鼻びしびしに しかとあらぬ 鬚かき撫でて
《塩をつまんで 薄酒すすり 咳して鼻たれ 無いひげ撫でて》
我を措きて 人は在らじと 誇ろへど
《ワシは偉いと 言うてはみても》
寒くしあれば 麻衾 引き被り
布肩衣 有りのことごと 服襲へども 寒き夜すらを
《寒いよってに 安布団を被り 有るもん全部 重ねて着ても
それでも寒て 堪らん晩を》
我よりも 貧しき人の 父母は 飢ゑ寒からむ 妻子どもは 乞ふ乞ふ泣くらむ
この時は 如何にしつつか 汝が世は渡る
《もっと貧乏な お前の家は 父母は飢えてて 妻や子泣いて 毎日どないに 過ごしてるんや》
天地は 広しといへど 吾が為は 狭くやなりぬる
日月は 明しといへど 吾が為は 照りや給はぬ
《世間広ても わしには狭い 明るい日や月 わしには照らん》
人皆か 吾のみや然る わくらばに 人とはあるを 人並に 吾も作れるを
《皆そやろか ワシだけやろか ワシも人間やで 人並みやのに》
綿も無き 布肩衣の 海松の如 わわけさがれる 襤褸のみ 肩にうち懸け
《綿なし服は 海藻みたい 肩に掛けたら びらびら垂れる》
伏廬の 曲廬の内に 直土に 藁解き敷きて
父母は 枕の方に 妻子どもは 足の方に 囲み居て 憂へ吟ひ
《傾く家の 土間藁敷いて 父母は枕に 妻子は足に 固まり会うて 憂いて嘆く》
竈には 火気ふき立てず 甑には 蜘蛛の巣懸きて
飯炊く 事も忘れて 鵺鳥の 呻吟ひ居るに
《釜に蜘蛛の巣 火のないかまど 飯炊き忘れて 呻いてばかり》
いとのきて 短き物を 端截ると 云へるが如く 楚取る 里長が声は
寝屋戸まで 来立ち呼ばひぬ かくばかり 術無きものか 世間の道
《鞭持つ役人 手加減なしに 寝てるとこ来て がなって叫ぶ
世の中これで 良えんか ほんま》
―山上憶良―〔巻五・八九二〕
世間を 憂しとやさしと 思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば
《世の中は 辛うてうっとし 思うけど 逃げ出されへん 鳥違うよって》
―山上憶良―〔巻五・八九三〕
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