【掲載日:平成21年9月11日】
大君の 遣さなくに 情進に
行きし荒雄ら 沖に袖振る
【福江島 半島部最北端の柏港】
「筑前守様 大変でございます」
着任早々の 憶良の許に 悲報がもたらされた
筑前国滓屋郡志賀村の荒雄の船「鴨丸」遭難
五島列島みみらくから 対馬への食糧輸送の船
出航間なしの 俄かの嵐 荒れ狂う海に なす術なし 船は敢えなく 波間に沈む
「本来なら 宗像郡の 宗形津麿に下った命
津麿の 老身故の頼みに 友思いの荒雄が 買って出た任務
海の荒れ 静まっての捜索も 甲斐無く 板子残骸の浮遊を 認めるのみ」
残された妻子の悲しみを思い 憶良は 詠う
大君の 遣さなくに 情進に 行きし荒雄ら 沖に袖振る
《荒雄はん 助け求めて 袖を振る 君命違うのに 男気出して》
荒雄らを 来むか来じかと 飯盛りて 門に出で立ち 待てど来まさず
《荒雄はん 帰って欲しと 陰膳据えて なんぼ待っても 戻ってこない》
志賀の山 いたくな伐りそ 荒雄らが よすかの山と 見つつ偲はむ
《志賀山の 木ィ切らんとき 荒雄はん 偲ぶよすがに 置いといてんか》
荒雄らが 行きにし日より 志賀の海人の 大浦田沼は ざぶしくもあるか
《荒雄はん 船出してから 居らへんで 大浦田沼は 寂しいなった》
官こそ 指しても遣らめ 情出に 行きし荒雄ら 波に袖振る
《お役所が 名指しせんのに 荒雄はん 可哀相やな 男気出して》
荒雄らは 妻子の産業をば 思はずろ 年の八歳を 待てど来まさず
《荒雄はん 妻子の生活 思わんと いつまで経っても 行ったままかい》
沖つ烏 鴨とふ船の 還り来ば 也良の崎守 早く告げこそ
《崎守はん 鴨言う船が 戻ったら 早よ早よ言うて 待ってるよって》
沖つ鳥 鴨とふ船は 也良の崎 廻みて漕ぎ来と 聞え来ぬかも
《也良の崎 岬廻って 鴨と言う 船が来た言う 知らせが来んか》
沖行くや 赤ら小船に 裹遣らばけだし人見て 披き見むかも
《荒雄はん 土産を積んだ 船出して 見舞いにしたら 見てくれまっか》
大船に 小船引き副え 潜くとも 志賀の荒雄に 潜きあはめやも
《荒雄はん 大船小船で 探したが 何処へ行ったか 見つけられへん》
―山上憶良―〔巻十六・三八六〇~三八六九〕
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