【掲載日:平成21年12月10日】
鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに
相見し妹は 忘らえめやも
【「むろの木」 仙酔島にて】

天平二年〔730〕十二月
大伴旅人は 海路上京の途にあった
〔大宰の帥として 筑紫へ下ったは 三年前
あの時 妻と一緒であった
よもや半年 永遠の別れが来るとは・・・
大納言拝命の帰路だが
それを思うと 出世など 要らぬわ
山上憶良 沙弥満誓ら 心楽しい歌友がいた
酒も こよない友であった
梅花の宴 任官祝いの宴 送別の宴
その度に 心の慰めとなった 歌と酒
宴果てた後の 虚しさ
あれは お前の居ないせいであったか〕
今宵の 船泊まりは 鞆の浦
旅人に 妻恋しさが 募る
吾妹子が 見し鞆の浦の むろの木は 常世にあれど 見し人ぞ無き
《お前見た 鞆のむろの木 変われへん それ見たお前 いまもう居らん》
鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに 相見し妹は 忘らえめやも
《むろの木を 見るたびお前 思い出す 一緒に見たんを 忘れられへん》
磯の上に 根這ふむろの木 見し人を いづらと問はば 語り告げむか
《磯の上 根張るむろの木 教えてや 見てたあの人 どこ行ったやろ》
―大伴旅人―〔巻三・四四六~四四八〕
冬寒の 海風は 身に沁むものの
内海の 航路は 波静かであった
夜明け 大和島嶺に 日が昇る
〔ああ 帰ってきたのだ
左手に見えるのは 敏馬の崎か〕
旅人の胸に またしても 妻の面影が 浮かぶ
妹と来し 敏馬の崎を 帰るさに 独りし見れば 涙ぐましも
《敏馬崎 お前と見たな 帰り路 ひとりで見たら 涙とまらん》
行くさには 二人我が見し この崎を 独り過ぐれば 心悲しも
《来るときは 二人で見たな この崎 ひとり通るん 悲してならん》
―大伴旅人―〔巻三・四四九、四五〇〕
時に 旅人六十六歳
老齢の天ざかる鄙への赴任・妻との別れ・傷心を抱いての帰郷であった

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