【掲載日:平成21年11月6日】
あな醜 賢しらをすと 酒飲まぬ
人をよく見れば 猿にかも似る
「まあ どう なされたのですか」
散らばる短冊に 呆れかえる 郎女
頭を抱える旅人を 覗きこむ
「こんな 朝早くに 珍しいこと
おや 朝酒ですか?」
「・・・いや 酒ではない 水じゃ
たまには 徳利と酒坏から
酒気を抜いてやろうと 思うたまでじゃ」
あな醜 賢しらをすと 酒飲まぬ 人をよく見れば 猿にかも似る
《ああ嫌や 酒も飲まんと 偉そうに 言う奴の顔 猿そっくりや》
―大伴旅人―〔巻三・三四四〕
「あれ
これは まさか 筑前さまのことでしょうか
お気の毒に 猿だなんて
あのお方 私は 好きですよ
真面目でいらっしゃる
お酒飲みの あなたよりもね」
にこりと 微笑む郎女に 思わず苦笑した旅人
「では わしも 酒気を抜かねば なるまいて」
価無き 宝といふとも 一坏の 濁れる酒に あに益さめやも
《極上の 高値の宝 なんかより 酒一杯が わしにはええで》
―大伴旅人―〔巻三・三四五〕
夜光る 玉といふとも 酒飲みて 情をやるに あに若かめやも
《夜光玉 そんなもんより 酒飲んで 憂さ晴らす方が ええなわしには》
―大伴旅人―〔巻三・三四六〕
世のなかの 遊びの道に すすしくは 酔泣するに あるべくあるらし
《風流の 道を極めて 澄ますより 酔うて泣く方が ええのん違うか》
―大伴旅人―〔巻三・三四七〕
この世にし 楽しくあらば 来む生には 虫に烏にも われはなりなむ
《この世さえ 楽しいでけたら 次の世は 虫とか鳥に 成ってもええで》
―大伴旅人―〔巻三・三四八〕
生ける者 つひにも死ぬる ものにあれば この世なる間は 楽しくをあらな
《人いつか 死ぬと決まった もんやから 生きてるうちは 楽しゅうしょうや》
―大伴旅人―〔巻三・三四九〕
黙然をりて 賢しらするは 酒飲みて 酔泣するに なほ若かずけり
《澄まし込み 賢振るより 酒飲んで 泣いてる方が まだ益し違うか》
―大伴旅人―〔巻三・三五〇〕
「郎女 やはり 酒じゃ 酒を持て
徳利も酒坏も しょんぼりして居る」
笑いをこらえて 酒を運ぶ 郎女
そこには 剛毅な旅人が
顎鬚を撫でて 待っていた
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