【掲載日:平成23年3月4日】
奈呉の海に 船暫し貸せ
沖に出でて 波立ち来やと 見て帰り来む
家持は 心の躍りを 抑えかねていた
都から 蔵酒司三等官 田辺福麻呂が来る
都の様子も さることながら
左大臣橘諸兄使者
役目帯びての 来越である
時に 天平二十年〔748〕三月二十三日
快活旧知 福麻呂を前に
家持 剽気てみせる
「福麻呂殿 ようこその遠路
家持め 歌を用意の上
首を長うして 待ちおりました
まずは ご披見あれ」
「これなるは 福麻呂殿を 鶯に見立てての作」
鴬は 今は鳴かむと 片待てば 霞たなびき 月は経につつ
《もう直と 鶯鳴くん 待ってたが 霞ばっかり 日ィ経つばかり》
―大伴家持―〔巻十七・四〇三〇〕
「次なるは 蔵酒司のお役目に 言寄せて」
中臣の 太祝詞言 言ひ祓へ 贖ふ命も 誰がために汝
《酒供え 祝詞唱えて お祓いし 無事祈るんは 福麻呂のためや》
―大伴家持―〔巻十七・四〇三一〕
「これはまた 奇抜なご挨拶
我輩も 負けませぬぞ
わしが 逢いとう思うたは
守殿でなく 奈呉の海」
奈呉の海に 船暫し貸せ 沖に出でて 波立ち来やと 見て帰り来む
《船貸してんか 奈呉の海出て 沖波が 立って寄せるん 見て来るよって》
―田辺福麻呂―〔巻十八・四〇三二〕
波立てば 奈呉の浦廻に 寄る貝の 間無き恋にぞ 年は経にける
《奈呉浜に 波貝寄せる 間ぁ無しや 間なし逢いとて 年月経った》
―田辺福麻呂―〔巻十八・四〇三三〕
奈呉の海に 潮の早干ば あさりしに 出でむと鶴は 今ぞ鳴くなる
《奈呉浜で 潮が引いたら 餌捕ろと 待ってた鶴が 今鳴いとおる》
―田辺福麻呂―〔巻十八・四〇三四〕
霍公鳥 いとふ時なし 菖蒲草 蘰にせむ日 こゆ鳴き渡れ
《ほととぎす 嫌な時ないが 菖蒲草 蘰する日は ここ来て鳴いて》
―田辺福麻呂―〔巻十八・四〇三五〕
守 家持の館の宴 談笑の輪が広がる
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