ドルは国際金融システムの要であり、その価値が投資家にとって重要なのは言うまでもありません。いったいどれだけ重要かを理解するのは、それほど容易なことではありません。説明が二転三転するようでは、なおさらです。
ドルの重要性に関して、今年は「ドル安が株価を押し上げている」という説が支持を集めています。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げ観測を後退させ、ドルの2年間に及ぶ上昇局面を終わらせたことで、世界の市場を救ったというものです。この説はほぼ全ての投資家が信じているようですが、株価が年初の急落から持ち直していった状況と整合を図るのは難く、しかも、少なくともこの数週間は事実と全く異なります。
確かに、この説通りの展開になった時期もありました。1カ月前、ドルと米国株が正反対の方向に動いた回数は、2012年以降で最多に上りました。ドルが下落した日には世界的にリスク選好意欲が高まり、株価は上昇しました。反対にドルが上昇すれば株安となったのです。S&P500種指数は3月から4月初めにかけて、ドル安を背景に約5%上昇しました。
それ以降、この逆相関は徐々に弱まり、最終的には完全に崩れたのです。この1カ月はドルと株価が反対方向よりも同じ方向に動くことが多く、5月9〜11日は全く同じ動きを見せたのです。
ドル安が株価の支援材料だったのは過去の話です。
ドルと株価は3月に逆相関が非常に強かったため、ドル安・株高説がさまざまな角度から支持を得た理由は容易に想像できます。1〜2月の急激な株価の下落・反発にドルが関係していたことも、この説が支持を集めた一因でしょう。
ドル安が株高につながった説明として、以下のような話がよくされます。
「ドル高によって国際金融市場の流動性が低下し、世界中から準備通貨が吸い上げられ、ドル建てで資金を調達していた人々、特に新興国の借り手が打撃を受けました。FRBが年初の国際市場混乱に懸念を徐々に強めていく中、トレーダーが利上げ予想を後ずれさせ、インカムゲイン狙いでドルを保有する妙味は薄れました。その後、FRBが年内の利上げ規模を縮小するとの見方が広がったことでドルが下落しました。これが市場のリスク選好意欲を高め、株価を押し上げた」。
もっとうまい説明があります。それは主に中国に関する話です。
「中国が新たに大規模な金融緩和と財政出動を打ち出したことで新規の建設事業が見込まれ、コモディティーに対する需要が高まった。結果として、鉄鉱石や銅など原材料輸出の落ち込みで打撃を受けていた新興国企業が支えられた。新興国で金融面の圧力が緩和したことで、新興国資産への投資を回避し、安全通貨のドルを買う必要も薄れた。リスク選好意欲の高まりとドル安(新興国通貨高)には共通の原因があった」。
では、転換点について考えてみます。ドルが新興国通貨に対してピークを付けたのは1月20日でした。この日からドルは下げ始めたのです。新興国通貨に連動している資源価格(鉱業・エネルギー品目)や資産(新興国株)は底打ちし、その後に大幅反発するという、ドルと正反対の動きを見せました。
ドルは先進国通貨に対しても下落し始めました。ただドルが大きく下げたのは、円高が大幅に進んだ後だったのです。円高の背景には、日本銀行がマイナス金利を導入したものの、日銀にはもうそれほど政策手段が残っていないのではないかとの懸念を高めてしまったことがありました。
ドルとS&P500種指数はいずれも下落し、2月11日に年初来安値を更新しました。そしてドルと株式は連れ安となったのです。ドル安・株高説にとってはさらに不都合なことに、フェデラルファンド(FF)金利先物のトレーダーが織り込むFRBの年内利上げ回数も減りました。
ドルと米国株の正の相関は2月末まで続き、その頃にはドル(の対先進国通貨相場)とS&P500種指数が共に上昇し、FRBの利上げ観測も高まりました。実際、米国株は2月末にかけて約5%上昇しましたが、その前のドル安局面ではやはり5%程度下げていました。
利上げの可能性が再び後退し、ドルが(先進国通貨に対して)下落したことを受けて株価が上昇し始めたのは、3月〜4月初めの期間だけだったのです。この期間にドルと株価の逆相関が非常に強かったのは確かです。両者の30日間の相関係数はマイナス0.9となり、逆相関が最も強くなった時期の水準に迫りました。しかし、その期間の前後にはこうした傾向は見られなかったのです。
以上のことは全て投資家への教訓となるはずです。投資家は自らが正しいと思う仮説の本質を慎重に見極めなければなりません。ドルの動きが株価を動かすこともあれば、両者が同じ要因で動くこともあるし、両者が違う動きをすることだってあるからです。
現時点では、早期利上げについて何らかの示唆があれば、それが景気拡大期待を背景にしたものであっても株価の悪材料(ドルの支援材料)になるという感じがします。しかし、確かなことは言えません。米国株とドルの連動性はこの1カ月で失われ、ドル安・株高説から示唆される以上にずっと不安定になっています。(ソースWSJ)
ドルの重要性に関して、今年は「ドル安が株価を押し上げている」という説が支持を集めています。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げ観測を後退させ、ドルの2年間に及ぶ上昇局面を終わらせたことで、世界の市場を救ったというものです。この説はほぼ全ての投資家が信じているようですが、株価が年初の急落から持ち直していった状況と整合を図るのは難く、しかも、少なくともこの数週間は事実と全く異なります。
確かに、この説通りの展開になった時期もありました。1カ月前、ドルと米国株が正反対の方向に動いた回数は、2012年以降で最多に上りました。ドルが下落した日には世界的にリスク選好意欲が高まり、株価は上昇しました。反対にドルが上昇すれば株安となったのです。S&P500種指数は3月から4月初めにかけて、ドル安を背景に約5%上昇しました。
それ以降、この逆相関は徐々に弱まり、最終的には完全に崩れたのです。この1カ月はドルと株価が反対方向よりも同じ方向に動くことが多く、5月9〜11日は全く同じ動きを見せたのです。
ドル安が株価の支援材料だったのは過去の話です。
ドルと株価は3月に逆相関が非常に強かったため、ドル安・株高説がさまざまな角度から支持を得た理由は容易に想像できます。1〜2月の急激な株価の下落・反発にドルが関係していたことも、この説が支持を集めた一因でしょう。
ドル安が株高につながった説明として、以下のような話がよくされます。
「ドル高によって国際金融市場の流動性が低下し、世界中から準備通貨が吸い上げられ、ドル建てで資金を調達していた人々、特に新興国の借り手が打撃を受けました。FRBが年初の国際市場混乱に懸念を徐々に強めていく中、トレーダーが利上げ予想を後ずれさせ、インカムゲイン狙いでドルを保有する妙味は薄れました。その後、FRBが年内の利上げ規模を縮小するとの見方が広がったことでドルが下落しました。これが市場のリスク選好意欲を高め、株価を押し上げた」。
もっとうまい説明があります。それは主に中国に関する話です。
「中国が新たに大規模な金融緩和と財政出動を打ち出したことで新規の建設事業が見込まれ、コモディティーに対する需要が高まった。結果として、鉄鉱石や銅など原材料輸出の落ち込みで打撃を受けていた新興国企業が支えられた。新興国で金融面の圧力が緩和したことで、新興国資産への投資を回避し、安全通貨のドルを買う必要も薄れた。リスク選好意欲の高まりとドル安(新興国通貨高)には共通の原因があった」。
では、転換点について考えてみます。ドルが新興国通貨に対してピークを付けたのは1月20日でした。この日からドルは下げ始めたのです。新興国通貨に連動している資源価格(鉱業・エネルギー品目)や資産(新興国株)は底打ちし、その後に大幅反発するという、ドルと正反対の動きを見せました。
ドルは先進国通貨に対しても下落し始めました。ただドルが大きく下げたのは、円高が大幅に進んだ後だったのです。円高の背景には、日本銀行がマイナス金利を導入したものの、日銀にはもうそれほど政策手段が残っていないのではないかとの懸念を高めてしまったことがありました。
ドルとS&P500種指数はいずれも下落し、2月11日に年初来安値を更新しました。そしてドルと株式は連れ安となったのです。ドル安・株高説にとってはさらに不都合なことに、フェデラルファンド(FF)金利先物のトレーダーが織り込むFRBの年内利上げ回数も減りました。
ドルと米国株の正の相関は2月末まで続き、その頃にはドル(の対先進国通貨相場)とS&P500種指数が共に上昇し、FRBの利上げ観測も高まりました。実際、米国株は2月末にかけて約5%上昇しましたが、その前のドル安局面ではやはり5%程度下げていました。
利上げの可能性が再び後退し、ドルが(先進国通貨に対して)下落したことを受けて株価が上昇し始めたのは、3月〜4月初めの期間だけだったのです。この期間にドルと株価の逆相関が非常に強かったのは確かです。両者の30日間の相関係数はマイナス0.9となり、逆相関が最も強くなった時期の水準に迫りました。しかし、その期間の前後にはこうした傾向は見られなかったのです。
以上のことは全て投資家への教訓となるはずです。投資家は自らが正しいと思う仮説の本質を慎重に見極めなければなりません。ドルの動きが株価を動かすこともあれば、両者が同じ要因で動くこともあるし、両者が違う動きをすることだってあるからです。
現時点では、早期利上げについて何らかの示唆があれば、それが景気拡大期待を背景にしたものであっても株価の悪材料(ドルの支援材料)になるという感じがします。しかし、確かなことは言えません。米国株とドルの連動性はこの1カ月で失われ、ドル安・株高説から示唆される以上にずっと不安定になっています。(ソースWSJ)