普段歩いている人が歩けなくなったら、それは死が
近いです。
今日は歩けなくなって1時間後に患者さんが亡くなりました。
まだ数日大丈夫かなと思いましたが、もしかしたら
今夜かもしれないと伝えていました。
帰宅してから1時間後に、呼吸がとまったという連絡が
ありました。
土砂降り雨の中、空が泣いているようでした。
普段歩いている人が歩けなくなったら、それは死が
近いです。
今日は歩けなくなって1時間後に患者さんが亡くなりました。
まだ数日大丈夫かなと思いましたが、もしかしたら
今夜かもしれないと伝えていました。
帰宅してから1時間後に、呼吸がとまったという連絡が
ありました。
土砂降り雨の中、空が泣いているようでした。
連日忙しくて、さすがに疲れて早退したけれども、
夕方患者さんが発熱し、酸素飽和度も低いため訪問しました。
下血もしていたので、血圧も下がってきていて、今晩ひょっとしたら
呼吸が止まるかもしれないと伝えて帰りましたが。
が、その1時間後に呼吸がとまったという連絡がありました。
さきほど、帰宅。
夕方呼ばれて行った時には、立ってトイレに行くと言っていたのに。
もう歩くのも精一杯で、三人でやっと抱えてベッドに戻したのでした。
家で看取ることができて、本当によかったです。
わんこが、静かに布団に座ってみていました。
今日は焼きそば弁当でした。
新規の利用者が多すぎて、パソコンへの登録、看護計画、ケアマネとの
担当者会議、情報共有方法の確認、主治医への早期の報告など
一日が早くなっています。
肺癌と、胃がんの方はとても訪問に行かれないといって、断るしかありませんでした。
奥様がすい臓がんで黄疸もひどく、ほとんど眠っています。ご主人もがんで、
カテーテルが入っていて、受診しなければなりません。その間に、滞在することに
なっていましたが、ご主人の診察が長引いて予定の時間に帰れなくなりました。
わんこを抱っこしながら待っていると、奥様が「ジュースでも飲んでね」
「テレビでもつけてね」と、時々はおきて声をかけてくれました。
眠っているようでも、そうではないということがわかります。
夕方は保険請求の最終チェックがあって、残業していると、若いスタッフが
本当に若いのですが、彼女が「何かあったら手伝います」と言ってくれました。
涙がでそうになりました。
これからの人をどのように育てるか、しみじみ考えました。
彼女は医師を目指そうと思ったくらい頭がいいので、期待しています。
写真は、群馬県にあるお寺「佛光山法水寺」といって、台湾のお寺です。
外国のようでした。
急にがくっと下がったような気分になりました。
役職が自分だけになり、スタッフとの隔たりを感じる4月のはじめ。
新規の利用者についても、自分だけが把握していて
あとは「知らない」「聞いていない」と言われ
情報の共有の難しさを実感した一日でした。
もっと共有できるようにしておかないと、こんな気分になるのだと反省しました。
月曜日から非常に疲労感があります。
起床してお弁当作って仕事に行って、カンファレンスして
すぐに訪問に出て、あっという間に昼間になってしまいます。
100歳近くの女性に訪問すると、家族が4人も集まってきて
一緒にしゃべるから、楽しいです。。。。。。
そこから一人暮らしの女性のところに行って、薬を
カレンダーにセットしますが、飲んだふりして飲んでいません。
台所に薬が置いてありました。
また、睡眠薬も自分で調整して飲んでいるようですが、
めまいの薬だって思っているようで、でも昨日はめまいで
受診しています。
薬は完璧に管理はできません。
午後はウェブで退院前カンファレンス。
ホストがなかなかつなげられずに、時間がかかりました。
私を何度か取材している新聞社の記者さんの娘さんが
亡くなったことを聞いた。
中学を卒業して、高校を合格して、そして・・・・・
空から見ているでしょうか。
緩和ケア病棟でカンファレンス中におこった揺れでした。
ステーションの床のワックスがけをしていたので、廊下にだされた
ワゴン類が転倒していました。
病室のスライドドアはあいたり、しまったり。
エアーマットレスに臥床していた患者さんは、はねていました。
サイドレールにつかまりながらたえていました。
その後はエレベーターがとまり、夕方の食事はみんなで階段で運びました。
帰りの足は、車があったのでよかったです、帰ることができなかった職員は
泊まることになっていました。
家にいた息子は連絡はとれませんでしたが、何事もなく無事でした。
実家の家には想像通り連絡がとれませんでした。とりあえず、津波がなくてよかったと
思った記憶があります。
あれから10年。
いまだつらい思いをしている方々がたくさんいます。
退院してからすぐに亡くなるかもしれない・・・と言いながら
退院してきた患者さん。
家で死にたいとのことで退院してきて、24時間も過ごさないうちに
亡くなりました。
今はゆっくり面会もできないので、家に帰ってこられて
本当によかったようでした。
深夜だったら主治医を呼ぶのをためらいますが、早朝でよかったです。
穏やかな時間でした。
6時半 シャワー
7時30分 掃除 洗濯
8時50分 始業
申し送り、カンファレンス、クリニックへの連絡
サマリーの作成、看護計画作成、伝送システムの証明書発行
11時20分 歩いて訪問看護
ALSの方の陰部洗浄、食事介助
12時40分 ランチ と 昼寝
14時00分 看護サマリー 雑務
15時30分 訪問 契約と初回訪問
17時 戻り
あっという間の一日。
毎週2回訪問していますが、毎回「あら、いつもより遅いね」
と、言われます。毎回同じ時間なのですが。
時間軸が違うのでしょうか。
そして、週に2回来ていることも、忘れます。
自分で食事を作っているのかいないのかも、よくわかりません。
ひとりで掃除も洗濯も上手にできますし、排泄の失敗も
まったくありません。
だけど、忘れるだけです。
炭水化物だけのランチの日でした。
木曜日の訪問看護は、たいてい決まっています。
小児の訪問だけ。
子供たちには癒されます。小児ばかりだったらどうなんだろう。
障害があるし、吸引、胃ろう、人工呼吸器・・・・
お母さんたちの大変さを実感する日となります。
いろんなところへ連れて行ってあげたいけど。
2月も訪問看護は赤字となりそう・・・
新規の利用者が少ないから仕方ありません。
すでに二月も半ばを迎えています。
保険請求したばかりなのに、月の半ば。
今月は、新規の患者さんとの契約が少なくて件数も少なくなっています。
静かに亡くなっている患者さんもいます。
そして
がんカフェに参加していた50歳の女性が亡くなったことを訊きました。
1月に余命一ヵ月と言われ、そのことをSNSであきらかにしていました。
そして2月の中旬に。
がんカフェに参加して、ご自分の病気のことをよく話してくれていました。
骨や肝臓、肺に転移していながらも、仕事もしていました。
葬儀屋さんでした。
娘さんが二十歳になるので、振袖を着て早めに写真も撮っていました。
優しい素敵なお母さん、そして素敵な女性でした。
ご冥福をお祈りします。
い