カントルーブ:歌曲集「オーヴェルニュの歌」
<Part1>
第1集
野原の羊飼いのおとめ
バイレロ
三つのブーレ(泉の水/どこへ羊を放そうか/あちらのリムーザンへ)
第2集(その1)
羊飼いのおとめ
アントゥエノ
羊飼いのおとめと馬に乗った男
捨てられた女
第2集(その2)
二つのブーレ(わたしには恋人がいない/うずら)
第3集
紡ぎ女
牧場を通っておいで
せむし
こもり歌
女房持ちはかわいそう
第4集(その1)
ミラベルの橋の上
おおい
こどものために
ソプラノ:ネタニア・ダヴラツ
指揮:ピエール・ド・ラ・ローシュ
管弦楽団:ピエール・ド・ラ・ローシュ指揮の管弦楽団
発売:1977年
LP:キングレコード SLA 6223
このLPレコードは、フランスの作曲のジョセフ・カントルーブ(1879年―1957年)が作曲した歌曲集「オーヴェルニュの歌」を、一躍世界的に有名にした記念すべき一枚である。当時の米国の「アメリカン・レコード・ガイド」誌は、「LP以後でもっともすぐれた歌曲レコードのひとつ」と絶賛したほど。日本においても、このLPレコードの発売によって、「オーヴェルニュの歌」が広く知れ渡ることになった。もともとこの歌曲集はピアノ伴奏用であったが、このLPレコードではオーケストラの伴奏に編曲されものが収録されており、結果的にこれがヒットした一つの要因となったようだ。ジョセフ・カントルーブの恩師は、フランスの作曲家として名高いヴァンサン・ダンディ。カントルーブはフランス民謡、特に生まれ故郷であるオーヴェルニュ地方の民謡に基づいた曲を数多く作曲したことで知られている。オーヴェルニュとは、フランスの中南部、中央山塊に位置する地方のことであり、豊かな山岳、肥沃な土地に湖や牧草地帯が広がっており、良質な地下水を産出することでも有名。オーヴェルニュ地方の民謡は、純粋に歌だけの「グランド」と踊りを伴う「ブレー」とがある。「ブレー」は、バッハの組曲にも取り入られるなど、17世紀~18世紀にヨーロッパで広く親しまれた舞曲。歌曲集「オーヴェルニュの歌」は、完成までに30年以上を費やしたという労作である。初演の1924年に最初の2巻(8曲)、1924年に第3巻(5曲)、1930年に第4巻(6曲)、そしてカントルーブの死の2年前の1955年に第5巻(8曲)が出版され、全27曲がまとめられた。カントルーブはこの「オーヴェルニュの歌」によって、豊かな自然を、一連の滋味豊かな歌曲集に込めたのである。このLPレコードは、「オーヴェルニュの歌」の世界初の全曲録音としても話題となった。このLPレコードでは、イスラエル出身のソプラノのネタニア・ダヴラツ(1931年―1987年)が、それは見事に歌い上げている。まるで聴いてるだけでオーヴェルニュ地方のそよ風が直接肌で感じられるようだ。このニュアンスは、LPレコードでなければ、まずは出せまい。ネタニア・ダヴラツは、ロシアのポーランド国境に近い寒村の生まれ。第二次世界大戦後、父親の故郷のイスラエルに渡り、声楽を学ぶ。イスラエル劇場でデビューを果たし、ヨーロッパへ進出。さらに、1962年に渡米し、ストコフスキーやバーンスタインの指揮で歌って絶賛を博し、以後米国を中心に活躍した。(LPC)
モーツァルト:ミサ曲「戴冠式ミサ」ハ長調 K.317
リタニア(拝礼曲)「聖母マリアのための」ニ長調 K.195
指揮:ネヴィル・マリナー
管弦楽:アカデミー室内管弦楽団
独唱:イレアナ・コトルバス(ソプラノ)
ヘレン・ワッツ(コントラルト)
ジョン・シャーリー・カーク(バリトン)
ロバート・ティーア(テノール)
合唱:スコラ・カントルム
発売:1972年
LP:キングレコード(英ARGO) K18C‐9218
このLPレコードには、ネヴィル・マリナー(1924年―2016年)の指揮で、ミサ曲「戴冠式ミサ」ハ長調K.317およびリタニア「聖母マリアのための」ニ長調K.195という2曲のモーツァルトの宗教曲が収められている。モーツアルトの宗教曲というと「レクイエム」が突出して有名で、現在、コンサートで度々取り上げられている人気作品として誰もが知っている。しかし、モーツァルトの「レクイエム」は、どこまでがモーツァルトの直筆なのか判然としないところもあり、しかも、全曲を通して聴くと何かモーツァルトの作品にしては、異様な激しさが出過ぎているようにも感じられる。そんなわけで私などは、いつも聴くたびに「レクイエム」については、“モーツァルトらしくないモーツァルト作品”といったことを、つい考えてしまう。その点、このLPレコードに収められた2曲の宗教曲は、いずれも典型的なモーツァルトらしさが全曲に漲っていて、聴いていて好感が持てる。そして今回のLPレコードの聴きどころはというと、独唱陣の声の美しさが何よりも素晴らしいという点だ。しかも、独唱者同士の阿吽の呼吸がぴたりと合い、文字通り、天上の音楽そのものの雰囲気を醸し出しているところが素晴らしい。2曲を通して聴き終えると、私は「戴冠式ミサ」よりもリタニア「聖母マリアのための」の方が、より強い印象を受けた。モーツァルトには、リタニアという名のつく拝礼の曲が4曲あるが、いずれもザルツブルグ時代の作品である。リタニアには、「ロレートのリタニア」(イタリアのロレートのカーサ・サンタの聖マリア礼拝堂の壁にそのテキストが刻まれていることに由来)と「聖餐式のためのリタニア」(楽章の数が多く、より本格的)の2種類がある。モーツァルトは、これら2種類のリタニアをそれぞれ2曲ずつ書いている。「ロレートのリタニア」は、そのテキストの由来から「『聖母マリアのための』リタニア」と呼ばれている。これら2つのリタニアは、18世紀のドイツでは、毎年5月になると演奏されていたという。一方、ミサ曲「戴冠式ミサ」ハ長調K.317は、1779年3月に完成した作品。この曲は、ザルツブルクの音楽の伝統の上に立ってつくられ、当時の大司教が短めの曲が好みであったため、独唱部は控えめに書かれている。「戴冠式」の名の由来は、ザルツブルクにほど近い、マリア・プライン教会の聖処女像の戴冠を記念するために、毎年行われていたミサのために作曲されたと考えられている。(LPC)
メシアン:ピアノ組曲「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」
ピアノ:ミッシェル・ベロフ
LP:東芝EMI EAC‐70092
オリヴィエ・メシアン(1908年―1992年)は、フランスの作曲家であり、同時にオルガン奏者、ピアニスト、さらには音楽教育者として数多くの著作も遺している。武満徹などもメシアンの影響を強く受けたといわれている。このLPレコードの「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」を聴くと、成る程、何となく武満徹の曲に似ている(実は武満徹がメシアンに似ているのだが)。メシアンの曲は、いずれもリズムの微妙な変化がその基調となっており、我々が慣れ親しんできたドイツ・オーストリア系音楽とは大分異なる音の世界がそこには展開する。メシアンは鳥類学者としての顔も持っており、世界各地で鳥の鳴き声を録音して歩いたという。全部で20曲のピアノ独奏曲からなる、この「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」は、メシアンの初期の傑作であり、メシアンの特徴が凝縮されている。これらのピアノ曲を聴くと何か異次元の世界に紛れ込んだかのような印象すら受ける。その異次元の世界はというと、ピアノの純粋な美しさに溢れ返っており、一度嵌るとその世界から容易には抜け出せないような気分に陥る。この曲は、1944年3月から9月にかけて作曲された。ドン・コルビア・マルミオンの「神秘のなかのキリスト」とモリス・トエニカの「12のまなざし」に着想を得て、メシアン特有の“カトリック神秘主義的音色”によって作曲された。演奏しているのが、フランスの名ピアニストのミシェル・ベロフ(1950年生まれ)である。10歳の時にメシアンの前でこの「幼児イエズスに注ぐ20のまなざし」を弾いて、メシアンを驚かせたというほどの早熟なピアニストである。ミシェル・ベロフは、パリ音楽院で学んだ。1966年に同楽院首席となり、翌1967年にパリで初めてリサイタルを開く。1967年第1回「オリヴィエ・メシアン国際コンクール」で優勝。1970年にパリで行ったメシアンの「幼な児イエズスに注ぐ20のまなざし」の全曲演奏は、イヴォンヌ・ロリオによる初演以後25年振りの全曲演奏として大きな注目を集めた。一時、右手を負傷したが、1990年代には再び両手で演奏できる状態に回復。2000年には東京・大阪でメシアンの「幼な児イエズスに注ぐ20のまなざし」の全曲演奏会を開催するなど、日本へは度々訪れている。このLPレコードでの演奏は、“メシアン弾き”ベロフの真骨頂が遺憾なく発揮されている。それに加え、LPレコードの音質が、惚れ惚れするほど美しいのが大きな特徴として挙げられる。(LPC)
レスピーギ:リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲
バーバー:弦楽のためのアダージョ
バルトーク:ルーマニア民族舞曲
ブリテン:シンプル・シンフォニー
弦楽合奏:イ・ムジチ合奏団
ソロ・ヴァイオリン:ロベルト・ミケルッチ(バルトーク:ルーマニア民族舞曲)
録音:1961年7月
発売:1979年
LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード)
イタリアの室内楽団のイ・ムジチ合奏団(「イ・ムジチ」とはイタリア語で「音楽家達」を意味する)は、1952年にローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミアの卒業生12名が集まって結成された。指揮者を置かず、ヴァイオリン6挺、ヴィオラ2挺、チェロ2挺、コントラバス1挺、チェンバロ1台という編成。バロック音楽における最も名高い楽団のひとつであり、特に、イ・ムジチ合奏団が演奏するヴィヴァルディの「四季」はバロック音楽ブームの火付け役となったことでも知られる。このイ・ムジチ合奏団は、設立当初はイタリアン・バロック音楽を主要なレパートリーとしていた。これは、ローマのサンタ・チェチーリア音楽学校の卒業生によって結成されたためであり、当然のことと言える。しかし、その後徐々に、バッハやモーツァルトなど我々にもお馴染みの作曲家の作品を演奏し始め、このことがイ・ムジチ合奏団の存在を、広く世界に広めるという結果となったわけである。そのエッセンスがぎっしりと収録されているのがこのLPレコードなのである。このLPレコードに収録された4曲は、いずれも短い作品ながら、クラシック音楽の中でも弦楽器の持つな伸びやかな美しさを最大限に引き出した名品ばかりで、聴いていて実に楽しい。「レスピーギ:リュートのための古代舞曲とアリア第3組曲」は、レスピーギ(1879年―1936年)が音楽院の図書館で古いイタリアのリュートの作品を基に3つのオーケストラの作品を作曲した第3番目の作品で、懐かしさに溢れたお馴染みの名曲。楽器編成は弦5部だけで、管は使われていない。「バーバー:弦楽のためのアダージョ」は、米国の作曲家バーバー(1910年―1981年)が作曲した弦楽四重奏曲第1番の第2楽章を自らオーケストラ用に編曲したもので、静寂な雰囲気の弦楽合奏が胸を打つ。今では編曲の方が有名になり、バーバーの代表作となっている。「バルトーク:ルーマニア民族舞曲」は、はじめピアノ曲として1915年に作曲された。民俗音楽を基にしたこのピアノ曲を、バルトーク(1881年―1945年)自らオーケストラ用に編曲した曲。民族色豊かなリズムとメロディーを、イ・ムジチ合奏団がものの見事に表現している。最後の「ブリテン:シンプル・シンフォニー」は、英国の作曲者ブリテン(1913年―1976年)が10歳~13歳の時に作曲した曲を基に、20歳の時に自らオーケストラ用に作曲した作品。実にシックで、こじんまりとまとまった愛すべきシンフォニーをイ・ムジチ合奏団が好演している。(LPC)