ブラームス:ヴァイオリンソナタ第1番「雨の歌」/第3番
ヴァイオリン:ジョコンダ・デ・ヴィトー
ピアノ:エドウィン・フィッシャー
LP:東芝音楽工業 AB 7080
このジョコンダ・デ・ヴィトー(1907年―1994年)の弾くブラームスのヴァイオリンソナタ第1番「雨の歌」/第3番のLPレコードは、現在に至るまでこの盤を凌駕する録音は現れていないと断言してもいいほどに優れた演奏内容となっている。深く思考するような、そのヴァイオリンの弓遣いは、他の誰にも真似のできないほどの高みに達しており、圧倒される。曲の進め方も実にメリハリが利いたものに仕上がっていおり、その高い完成度は他の追随を許さない。同時にブラームス特有のロマンの香りも感じられ、決して堅苦しい感じは受けないところがさらに凄いところだ。第1番は「雨の歌」という愛称が付けられているが(第3楽章冒頭の主題が、グロートの詩にブラームスが作曲した歌曲「雨の歌」op.53からとられているため)、何かシトシトとそぼ降る雨を肌で直接感じられるような名演だ。第3番は、力強くあると同時に、曲の持つ深遠でスケールの大きな骨格を忠実に再現しており、ヴァイオリンソナタの限界まで追い求めるジョコンダ・デ・ヴィトーの執念みたいなものが聴くものに伝わって来る。ジョコンダ・デ・ヴィトーは、南イタリアのマルティーナ・フランカ出身。パリ音楽院で学ぶ。1921年16歳で楽壇デビューを果たしたが、演奏活動を本格化せずに、パリ音楽院に戻り、さらに研鑽を積んだ。1932年25歳で「ウィーン国際ヴァイオリン・コンクール」で優勝。その後あまり多くは演奏会には出演しなかったが、1942年35歳で11年間研鑽を積んだブラームスのヴァイオリン協奏曲でローマにおいてデビューを果たし、一躍イタリアのヴァイオリン界にその名を知られることになった。要するにジョコンダ・デ・ヴィトーは、典型的な大器晩成型のヴァイオリニストであったわけである。バッハとブラームスを得意としていた。パリ音楽院で学んだためか、イタリアの演奏家にしては内省的で精緻な演奏内容との評価を受けていた。このLPレコードでのエドウィン・フィッシャー(1886年―1960年)のピアノ伴奏も実に的確で、完全にヴァイオリンと一体化している。この録音に際しては、確か、当初は天才ヴァイオリニストとして知られていたジネット・ヌヴー(1919年―1949年)が予定されていたが、ジネット・ヌヴーの航空機事故による不慮の死によって、急遽ジョコンダ・デ・ヴィトーにバトンタッチされたということを、何かの本で読んだことがある。そう思って聴くと何か、ジネット・ヌヴーの執念が籠った、鬼気迫るような演奏にも感じられる録音だ。(LPC)
ヴァブラームス:ヴァイオリンソナタ第1番「雨の歌」
ヴァイオリンソナタ第3番
ヴァイオリン:堀米ゆず子
ピアノ:ジャン=クロード・ヴァンデン・エインデン
録音:1980年11月14日~15日
LP:ポリドール SE 8108
通常、LPレコードというと演奏家については、欧米人の名が直ぐに思い浮かぶが、一方で、日本人の演奏家も数多くの貴重な録音を我々リスナーに遺して置いてくれている。その中の1枚が、今回の堀米ゆず子(1957年生まれ)が弾く、ブラームスのヴァイオリンソナタ第1番と第3番を収めたLPレコードである。現在、国際的に活発な演奏活動を展開している堀米ゆず子は、今から36年前の1980年(昭和55年)、ベルギーのブリュッセルで行われた”世界三大音楽コンクール”の一つ、「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に参加し、見事第1位の栄冠を勝ち取った。このLPレコードはその直後に録音されたものであり、当時の堀米ゆず子の演奏スタイルを伝える貴重なものだ。演奏内容は、実に瑞々しさ溢れており、若々しくも伸びやかなヴァイオリンの音色は、従来のブラームスのヴァイオリンソナタの演奏の歴史に新風を吹き込んだような印象を受ける。第1番は力強く、しかも瞑想的な優れた演奏だが、第3番の陰影を持った演奏内容についも聴いていて感動を受ける。堀米は、「エリザベート王妃国際音楽コンクール」に出場する前は、一切海外の経験がなかったそうで、当時の日本のクラシック音楽界の教育レベルの高さには驚かされる。「エリザベート王妃国際音楽コンクール」では、第一次予選の時から堀米ゆず子は、大いに注目を集め、ベルギーの新聞に「ここに希有の天才が現れた」と書かれたほどであったという。本選では、シベリウスのヴァイオリン協奏曲とコンクールのために作曲された新曲であるフデリック・ヴァン・ロッスムのヴァイオリン協奏曲、それにブラームスのヴァイオリンソナタ第1番を堀米ゆず子は弾き、その結果、優勝を勝ち取ったののである。この時、ベルギーの新聞は「ブラームスのソナタヴァイオリンソナタ第1番は、いわば地味であり、内的なきびしさを伴っているが、彼女の力強い音色は、ブラームスの音楽にもよく適合している。第2楽章は誠実な表現で、それが感動的、瞑想的で、まれにみる精神の集中力によって敬虔な思いに耽るようである。終楽章も素晴らしく、旋律のすべての起伏を注意深く表現し、それを彼女の鋭い感受性で内面化している。会場の人々は完全に沈黙し、息をのんで聴き惚れていた」と絶賛した。日本人として初めて「エリザベート王妃国際コンクール」で優勝後、堀米ゆず子は、ベルギーを拠点として国際的な活動を行っている。現在は、ブリュッセル王立音楽院客員教授を務め、後進の指導にも当たっている。(LPC)
シューベルト:ヴァイオリンソナタ第4番「デュオ」
グリーグ:ヴァイオリンソナタ第2番
ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ
ピアノ:レフ・オボーリン
発売:1975年
LP:ビクター音楽産業 MK-1070
これは、旧ソ連の名ヴァイオリニストのダヴィッド・オイストラフ(1908年―1974年)と名ピアニストのレフ・オボーリン(1907年―1974年)の黄金のコンビによるシューベルトとグリークのヴァイオリンソナタを収録したLPレコードである。シューベルトは、19歳の年に3曲のピアノのとヴァイオリンのための作品を作曲した。これらの曲は簡潔な作風で、ソナタと呼ばれるより、ソナチネと呼ばれることが多く、これらの作品自体、愛すべき曲に仕上がっている。その翌年に書かれたピアノのとヴァイオリンのための作品は、もはやソナチネとは呼べない立派な構成の曲になっており、そのため、一般的にはシューベルトのヴァイオリンソナタ第4番と呼ばれている。ヴァイオリンとピアノが対等の位置関係で作曲されているため「二重奏曲(Duo)」という愛称を持つ。一方、グリーグは、1865年に作曲したヴァイオリンソナタ第1番から2年を経た1867年に、ヴァイオリンソナタ第2番を作曲した。第1番と同じく短期間で完成されたこの曲は、24歳の時にノルウェーに戻ってから作曲された。第1番から僅か2年しか経っていないながら、内容的には大きく進歩している。優雅で美しい北欧舞曲の第3楽章は、もともとチェロとピアノのための作品として構想されていたものという。いずれにせよこの曲は、グリーグの美しい旋律の魅力が存分に詰まった作品と言える。2曲ともいかにも室内楽らしい静かな雰囲気を漂わせた佳品である。こんな愛すべき作品の録音にはLPレコードがぴったりと合う。ダヴィッド・オイストラフは、ロシア派ヴァイオリニストの中心的存在であった。軽やかで抑揚に富むその表現力は、格調高い演奏内容を持っていた。真正面から曲に取り組み、その健康で明るく、しかも上っ面を撫でるのではなく、曲の本質をがっちりと掌握し、分りやすい表現力は、多くのファンの心を掴んで離さなかった。それらは高い技術力に裏付けられたものであり、さらに日頃の修練からもたらされたであろうことが、リスナーにひしひしと伝わってくる。オボーリンとの素晴らしいアンサンブルに中に、絶えず自分の解釈を表現し、芸術的な高みを極めようとする姿勢を崩すことは決してない。このLPレコードでもこれらのダヴィッド・オイストラフの特徴が最大限発揮されている。今考えるとダヴィッド・オイストラフやレフ・オボーリンが活躍していた頃の旧ソ連のクラシック音楽界は、多くの名演奏家がひしめき合い、そして光り輝いていた。(LPC)
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ全集(第1番~第10番)
ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ
ピアノ:レフ・オボーリン
LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 15PC‐7~10
このLPコードは、ダヴィッド・オイストラフ(1908年―1974年)のヴァイオリン、レフ・オボーリン(1907年―1974年)のピアノという、旧ソ連時代の名コンビによるベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ全集(4枚組)である。滋味あふれるオイストラフのヴァイオリン独奏と格調高いオボーリンのピアノ伴奏は、ベートーヴェンが切り開いた新しいヴァイオリンソナタの世界を見事に描き切っており、比類のない高みに達した名録音盤である。現在に至るまで、この録音を凌駕するベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ全集は出現してないとさえ言っても過言でないほどの出来栄えなのである。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタは、大きく4つの時代に分けることができる。第1の時代は、作品12の3曲、第2の時代は、作品23と24の2曲、第3の時代は、作品30の3曲と作品47の1曲、第4の時代は、作品96の1曲である。第1の時代の作品12の3曲は、次に来る作品に比べまだ未熟さは残るが、既にベートーヴェン以前のヴァイオリンソナタに比べ、精神的内容の深い作品となっている点に注目すべきであろう。第2の時代の作品23と24の2曲になると、ベートーヴェンの個性が作品にはっきりと影を落とし、ベートーヴェンはここでヴァイオリンソナタの歴史に新たなページを付け加えたと言える。そして第3の時代の作品30の3曲と作品47の1曲は、中期の頂点とも言えるベートーヴェンにしか書けないような作品で、中でも「クロイツェル」は、古今のヴァイオリンソナタの中でも、その存在感は圧倒的で、交響曲にも劣らない深みとスケールの大きさを備えている。最後の第4の時代の作品96の1曲となると、それまでの作品とは少々位置づけが異なり、肩の力を抜き、一人ロマンの世界に浸るような感覚が濃厚であり、何か懐古調的な気分も付きまとう。それにしてもダヴィッド・オイストラフのヴァイオリンの音色の伸びやかさと温かみには脱帽させられる。全体に柔らかい感覚が覆い尽くすが、決して茫洋としておらず、むしろ歯切れの良い、明確な弓捌きと言える。ヴァイオリン自体の持つの美音は尊重するが、それに埋没することなく、メリハリの良い演奏に終始しているところにダヴィッド・オイストラフの真骨頂が聴いて取れる。一方、レフ・オボーリンのピアノ伴奏も柔らかさと明快さが同居しており、オイストラフのヴァイオリン演奏に相通じるところがある。オボーリンが生まれた翌年にオイストラフが生まれ、そして同じ年に2人はこの世を去っている。(LPC)
~アルテュール・グリュミオーの珠玉のヴァイオリン小品集~
パラディス:シチリアーノ
モーツァルト=クライスラー編:ロンド
グルック=クライスラー編:メロディ
グラナドス=クライスラー編:スペイン舞曲第5番「アンダルーサ」
クライスラー:美しきロスマリン
クライスラー:愛の悲しみ
クライスラー:愛のよろこび
ヴェラチーニ:アレグロ
ヴィヴァルディ:シチリアーノ
ルクレール:タンブーラン
ベートーヴェン:ト調のメヌエット
シューベルト:アヴェ・マリア
ドヴォルザーク:ユーモレスク
マスネー:タイスの瞑想曲
チャイコフスキー:感傷的なワルツ
ヴァイオリン:アルテュール・グリュミオー
ピアノ:イストヴァン・ハイデュ
発売:1978年
LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード)X-8557
これは、名ヴァイオリニストのアルテュール・グリュミオー(1921年―1986年)が、珠玉の小品15曲を収めたLPレコードである。これらの小品は、LPレコードの持つ音質に非常によく馴染む。特に、端正で美しい音色が特色のフランコ・ベルギー楽派の最後のヴァイオリニストのアルテュール・グリュミオーを偲ぶには、これに勝る記録媒体はあるまい。グリュミオーが弾くヴァイオリンの微妙な音色が、レコード針を通してひしひしと伝わってくる。最近になり、このようなLPレコードの優れた音質に対して再評価の動きも出てきている。このLPレコードに収録された小品の概要は次の通り。最初の曲のパラディス:シチリアーノは、幼いころから目がまったく不自由であった貴族の娘のパラディスが作曲した曲。モーツァルト=クライスラー編:ロンドは、ハフナー・セレナードの第3楽章をクライスラーがヴァイオリン独奏用に編曲したロココ風の優美な曲。グルック=クライスラー編:メロディは、グルックの歌劇の中の、精霊たちがフルートの音色ににつれて踊るエレガントな曲。グラナドス=クライスラー編:スペイン舞曲第5番「アンダルーサ」は、グラナドスのピアノ独奏曲「12のスペイン舞曲」の中の第5番で、スペイン南部アンダルシア地方の雰囲気が巧みに描かれている。クライスラー:美しきロスマリン/愛の悲しみ/愛のよろこびの3曲は、クライスラーの書き下ろした作品で、ウィーンの古い民謡を素材としたもので、3拍子の舞曲レントラーのリズムによっている。ヴェラチーニ:アレグロは、18世紀前半のイタリアのヴァイオリニストのヴェラチーニが作曲したソナタop.1-7の終楽章で、ヴェラチーニの名人芸を髣髴とさせる作品。ヴィヴァルディ:シチリアーノは、ヴィヴァルディが作曲した2つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲の第2楽章「ラールゴ」によるもの。ルクレール:タンブーランは、18世紀前半のヴァイオリニスト兼作曲家であったルクレールのヴァイオリンソナタop.2-4の終楽章で、タンブーラン舞曲独特の低音ときびきびした曲調を巧みに取り入れた魅力ある曲。ベートーヴェン:ト調のメヌエットは、ベートーヴェンが青年時代作曲した6曲のメヌエットWoO10の第2曲。これらの小品をアルテュール・グリュミオーは、一曲一曲実に丁寧に、しかも典雅に弾き込んでおり、ヴァイオリンの音色の光り輝く様子を、このように自然に捉えた録音は、滅多にお目にかかれるものではない。 (LPC)