絆創膏を剥がす時、ベテランの恐い看護婦はゆっくりではなくピッと剥がす。しかしそんなのは痛い時間が短くなる程度。今回の担当医は何か液体をつけながら剥がしてたけどそんなに痛くなく剥がしてくれた。時々引っ張られて痛い時もあったけど今までよりずっと良かった。
その液体は逆性石鹸、消毒薬である。その成分は塩化ベンザルコニウムの薄め液だけど兎に角絆創膏を濡らした方が痛みは少なくなると言っていた。だけど逆性石鹸って洗浄効果が無いのにどうして石鹸なんて紛らわしい名前なんだろう。
その液体は逆性石鹸、消毒薬である。その成分は塩化ベンザルコニウムの薄め液だけど兎に角絆創膏を濡らした方が痛みは少なくなると言っていた。だけど逆性石鹸って洗浄効果が無いのにどうして石鹸なんて紛らわしい名前なんだろう。
♪夏が来れば思い出す、じゃないけど日立製作所と聞くとここに派遣されてた事を思い出す。だからこの開発チームにNTTデータと日立製作所の正社員が何%くらいいるんだろうか、なんて思ったりする。恐らく数%にも達しないだろう。
今から約30年前、新卒後に入社したαサービス(仮名)では出張は無いはずだったが派遣というのがあった。山手線沿線に通勤するはずが早速丹沢(たんざわ)の麓にある日立製作所で働く事になった。もう7個先の駅は小田原である。日立ではαサービスの社員ではなくβコンサルタント(仮名)の社員と偽るように勧められていた。何故ならこの会社経由の派遣だったからだ。しかし日立の若い社員にはβコンサルタントってどんな会社なのか聞かれて困った。
こんな田舎はヤダって願いが叶って今度は横浜市の戸塚にある日立製作所に移ったが、通勤時間に大差無かった。ところが一ヶ月もしないうちに横須賀にある電電公社(現NTT)に行くことになった。横須賀通勤は不可能だし何より公社は駅から離れた山の上。前より遠いじゃん。そしてそこでは公社の人にはβコンサルタントではなく日立の社員と偽ることを勧められた。派遣の三段跳びである。
公社には既にαサービスの社員が居たけどまるで知らない人だった。話をしたらうちのαサービスを騙らされてる別の知らない会社の人だった。この人はなんと派遣四段跳びだ。それでも今言われてる派遣社員と違って月給を貰ってたのでアパートを借りれないなんて事は無かった。現在のピンハネ・システムの方が遥かに酷そうだ。バッドウィルだっけ?
日立からβコンサルタントへは1人当り50万円が支払われていたのが偶然分ったが、こちらの手取りはその4分の1くらい。でも電電公社から日立にはどんな金額が動いてたんだろうなぁ。まぁ何というか日雇い労働だのピンハネなんてのは何時になったら無くなるんだろう。