森羅万象、政治・経済・思想を一寸観察 by これお・ぷてら
花・髪切と思考の
浮游空間
*応援お願いします*
カレンダー
2006年6月 | ||||||||
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | ||
1 | 2 | 3 | ||||||
4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | ||
11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | ||
18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | ||
25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | |||
|
goo ブログ
最新の投稿
8月6日(土)のつぶやき |
8月5日(金)のつぶやき |
6月4日(土)のつぶやき |
4月10日(日)のつぶやき |
2月10日(水)のつぶやき |
11月12日(木)のつぶやき |
10月26日(月)のつぶやき |
10月25日(日)のつぶやき |
10月18日(日)のつぶやき |
10月17日(土)のつぶやき |
カテゴリ
tweet(762) |
太田光(7) |
加藤周一のこと(15) |
社会とメディア(210) |
◆橋下なるもの(77) |
◆消費税/税の使い途(71) |
二大政党と政党再編(31) |
日米関係と平和(169) |
◆世相を拾う(70) |
片言集または花(67) |
本棚(53) |
鳩山・菅時代(110) |
麻生・福田・安倍時代(725) |
福岡五輪幻想(45) |
医療(36) |
スポーツ(10) |
カミキリムシ/浮游空間日記(77) |
最新のコメント
Unknown/自殺つづくイラク帰還自衛隊員 |
これお・ぷてら/7月27日(土)のつぶやき |
亀仙人/亀田戦、抗議電話・メールなど4万件突破 |
inflatables/生活保護引き下げ発言にみる欺瞞 |
これお・ぷてら/10月2日(火)のつぶやき |
THAWK/10月2日(火)のつぶやき |
これお・ぷてら/10月2日(火)のつぶやき |
THAWK/国民の負担率は低いというけれど。 |
THAWK/10月2日(火)のつぶやき |
THAWK/[橋下市政]健康を奪い財政悪化招く敬老パス有料化 |
最新のトラックバック
ブックマーク
■ dr.stoneflyの戯れ言 |
■ machineryの日々 |
■ えちごっぺのヘタレ日記 |
■ すくらむ |
■ 代替案 |
■ 非国民通信 |
■ coleoの日記;浮游空間 |
■ bookmarks@coleo |
■ 浮游空間日記 |
過去の記事
検索
URLをメールで送信する | |
(for PC & MOBILE) |
博多山笠を勝手に観察する ― その6
各流の「舁き山笠」の世話をする町内を当番町といいます。
その当番町の人びとが祭りの衣装を身に着け、箱崎浜に出かける。この当番町お汐井とりは7月1日。升やテボ(竹かご)に真砂(お汐井)をいれ、わが町内に帰ります。(写真;『西日本新聞』)
7月9日の夕方には、「舁き山笠」に参加する7つの流の男たちが大挙して箱崎浜まで駆ける全流お汐井とり。これは壮観です。
それぞれの流の山笠前に集合し、「手一本」を入れて、500人前後のそれぞれの集団がお汐井道をオッショイ、オッショイと掛け声をかけ通ります。
男たちは膝まで海につかり、升やテボに真砂をいれ、持ち帰ります。身にふりかけて清めるのが慣わし。
帰路、筥崎宮、櫛田神社に詣って、一年の無事を感謝し、期間中の安全を祈願します。
山笠関連記事はこちら
髪切たる所以の触角の話
髪切のカミキリたる所以は。
といっても、触角についての学術的な話ではありません。
ここではとりあえず素人らしく、触角の形状のちがいについて語ってみようということです。テーブルに載せるのは、ノコギリ、クスベニ、ルリボシ、フサヒゲルリ、ヒゲナガ、ヒゲナガヒメルリ、の6種のカミキリです。
この6種のカミキリについていえば、その触角はおおむねつぎの3つのグループに分けることが可能です。
それは①ノコギリ、クスベニ、②ルリボシ、フサヒゲ、③ヒゲナガ、ヒメヒゲナガルリ、のここでは3分類ですが、①は、触角のそれぞれの節が二等辺三角形の形をとっている、②触角のいくつかの節が房状の毛に覆われていること、③その名が示すとおり、長いヒゲ、つまり長い触角をもつこと、にそれぞれ特徴が示されています。
そのほかにも、たとえばイチョウヒゲビロウドのように、名前の由来が、触角の形状にあるものもあります。イチョウヒゲは触角第1節がイチョウのような形状と考えられたからでしょう。むろん触角の多様性はこれにとどまりません。
このように、カミキリのカミキリたる所以の長い触角についても実は一様ではなく、さまざまな形状をもっている、それもカミキリの所以ともいえる「長い触角」の実際なのです(写真は「図鑑21世紀」から、フェリエベニボシ)
運用益1200万円稼ぐ - 日銀・福井総裁
日銀の福井総裁は20日、99年に元本1000万円ではじめた、村上ファンドへの投資で生まれた運用益が1200万円に達したという資料を国会に提出しました。昨年末時点の投資残高は2200万円、約6年で2・2倍に膨らんだことになります。
運用益は1200万円 日銀総裁が資料提出(共同通信)
金融政策をつかさどる総裁が就任後もファンドへの投資を続け、大きな利益が出ていたことへの批判は依然強く、民主党などは国会閉会中の審議を求め、攻勢をかける構えだ。総裁は20日午後、記者会見し、投資問題について自ら説明する。
国会に提示したのは(1)同ファンドへの投資によって得た毎年の利益(2)2005年末の残高(3)総裁が保有している民間企業の株式-など。運用益は04年から05年にかけての株価回復で拡大したとみられる。
運用益は1200万円 日銀総裁が資料提出(共同通信)
金融政策をつかさどる総裁が就任後もファンドへの投資を続け、大きな利益が出ていたことへの批判は依然強く、民主党などは国会閉会中の審議を求め、攻勢をかける構えだ。総裁は20日午後、記者会見し、投資問題について自ら説明する。
国会に提示したのは(1)同ファンドへの投資によって得た毎年の利益(2)2005年末の残高(3)総裁が保有している民間企業の株式-など。運用益は04年から05年にかけての株価回復で拡大したとみられる。
須崎再開発、「取り組む価値がある」? -検討委が結論
須崎地区の再開発を検討課題にあげてきた「事業化検討委員会」は19日、最終会合を開き、須崎地区の開発に「取り組む価値がある」との結論を出しました。
最終会合といっても第3回目にすぎません。しかも出した結論が以上のように「価値がある」という内容にとどまっています。さらに、この事業の採算性にも言及できず、これで結論といえるのかどうか疑問です。
地元財界のなかにはこれまでも意見の不一致がみられるとの声がきかれ、今回の結論はそれを反映したものにならざるをえなかったのか、踏み込んだものには到底なっていません。
なぜ急ぐのか。五輪招致で不利が伝えられるなか、山崎市長にとっては、不協和音があっても、五輪招致の可否によらず再開発へのゴーサイン、いわばお墨つきを出す「セレモニー」が必要だったのだものと考えられます。その点では、選択肢はなく、いまの時期しかなかったのか。
いずれにせよ市長は再開発事業を推進していく構えをあらためて明らかにしたわけです。この開発主義をこれからもずっと見定め、的確に批判することが必要だと私は考えています。
須崎埠頭再開発 経済界足並み乱れも 民間検討委事実上承認 銀行は慎重姿勢(西日本新聞)
最終会合といっても第3回目にすぎません。しかも出した結論が以上のように「価値がある」という内容にとどまっています。さらに、この事業の採算性にも言及できず、これで結論といえるのかどうか疑問です。
地元財界のなかにはこれまでも意見の不一致がみられるとの声がきかれ、今回の結論はそれを反映したものにならざるをえなかったのか、踏み込んだものには到底なっていません。
なぜ急ぐのか。五輪招致で不利が伝えられるなか、山崎市長にとっては、不協和音があっても、五輪招致の可否によらず再開発へのゴーサイン、いわばお墨つきを出す「セレモニー」が必要だったのだものと考えられます。その点では、選択肢はなく、いまの時期しかなかったのか。
いずれにせよ市長は再開発事業を推進していく構えをあらためて明らかにしたわけです。この開発主義をこれからもずっと見定め、的確に批判することが必要だと私は考えています。
須崎埠頭再開発 経済界足並み乱れも 民間検討委事実上承認 銀行は慎重姿勢(西日本新聞)
不起立に「煮えくり返る」教育長
いまどきすごい教育長がいるものです。「はらわたが煮えくり返る」のは個人の自由かもしれません。
しかし、「保護者や来賓で起立しない人がいる」からといって、起立しなかった来賓の氏名や人数の調査を検討しているというのですから、呆れます。そうなると人権侵害です。この人物は埼玉・戸田市の教育長。
東京都では、「君が代」斉唱で起立しない・歌わない教職員を毎年処分し、生徒の不起立が多いクラスでは「指導力不足」として教員が処分されています。
今回は、来賓の「内心の自由」まで侵害しようとするのですから事は重大です。
多様な意見がある「日の丸・君が代」問題で、相次ぐ教育現場・関係者の問題ある言動。
これらは、現行の教育基本法改悪の動きと無関係ではありません。一つひとつ監視が必要です。
詳しくはこちら (共同通信)
しかし、「保護者や来賓で起立しない人がいる」からといって、起立しなかった来賓の氏名や人数の調査を検討しているというのですから、呆れます。そうなると人権侵害です。この人物は埼玉・戸田市の教育長。
東京都では、「君が代」斉唱で起立しない・歌わない教職員を毎年処分し、生徒の不起立が多いクラスでは「指導力不足」として教員が処分されています。
今回は、来賓の「内心の自由」まで侵害しようとするのですから事は重大です。
多様な意見がある「日の丸・君が代」問題で、相次ぐ教育現場・関係者の問題ある言動。
これらは、現行の教育基本法改悪の動きと無関係ではありません。一つひとつ監視が必要です。
詳しくはこちら (共同通信)
空と髪切の青さ
緑、赤、黄のカミキリをとりあげてきました。また、カミキリにはもとより茶系が多いことをのべました。
そこで青系のカミキリをここでとりあげます。こういえば、何といってもルリボシです(和名からカミキリを省略、写真:「四国のカミキリムシ」から)。
学名は、Rosalia (Rosalia) bateshi Harold。いつも引用する「図鑑21世紀」ではこのようにルリボシを表現しています。まさに絶賛です。
学名「ロザリア」、日本国のシンボル甲虫である。
日本のみの特産種(カブトムシ、クワガタは他国にもいる)で国蝶がオオムラサキであるならば、日本国の甲虫は、本種ルリボシカミキリだと思う。
同じロザリオでも、近縁種のフェリエベニボシは鮮やかな赤。
さて、ルリボシは九州ではどこでも見られるというものではないようです。
このカミキリに出会ったのは、カミキリをはじめた5年前、県内の矢部郡でした。
こちらに直進してくる青い飛行物体。すぐに直感しました。ところが、浮き足だった私はネットを一振りしたつぎの瞬間、もんどり打って転倒、私の目にうつったのは空の青さでした。
捕らえてよほどうれしかったのでしょう、転んだときの痛みをほとんど覚えていません。
そのときの空とルリボシの青さのみが鮮明に目に焼きついているのです。
「沈黙の螺旋」のこと
先に香山リカ『テレビの罠』の感想をのべました。あえて1つ、付記しておきたいと思います。
選挙結果を受けて、小森陽一が「沈黙の螺旋」についてある座談会でふれていることを、著者香山リカは紹介しています。
小森は、「解散から総選挙に入るプロセスが見事にそうだった」と、「沈黙の螺旋」という仕掛けによって世論の統合がおこなわれたことをのべているのです。
「沈黙の螺旋」とは、ノエル・ノイマンが著書『沈黙の螺旋理論・世論形成過程の社会心理学』で展開した仮設。マイノリティがマジョリティの数に押されて意見を出しづらくなり、その結果、ますますマイノリティの存在が軽視されてしまう現象を指しています。
それはつぎの4段階をとるとされます。
①人は』自分の支持する意見を、社会で支配的な意見か否か、またそれが増大中の意見か否かを知覚する。
②人は自分の意見が社会で支配的であると感じている人は、それを声高に表明する。
③一方、そうではないと感じている人は、沈黙を保つようになる。
④雄弁は沈黙を生み、沈黙は雄弁を生む螺旋状の自己増殖プロセスの中で、一方の意見のみが公的場面で支配的になる。
その上で香山は、つぎのように語っています。
小森氏が指摘している通り、日本の今回の総選挙でも、この「沈黙の螺旋」で説明できるような「なだれ現象」が人日との側で自発的に生じたこと、さらにはその下地となっている社会・文化状況と、加瀬(俊明=引用者)氏が見たワイマール共和国末期のそれとに共通点があることは確かであろう。
私は、繰り返しになりますが、以上の香山の言葉を超えて、(テレビの)「視聴者」がテレビによって「選びとられてしまっているという事態」を重くみたいのです。
木下順二も引用するマルチン・ニーメラーのつぎの言葉を常に明記しておくことが必要だと考えるからです。
ナチスが共産主義者を弾圧した時 私は不安に駆られたが
自分は共産主義者でなかったので 何の行動も起こさなかった
その次 ナチスは社会主義者を弾圧した 私はさらに不安を感じたが
自分は社会主義者ではないので 何の抗議もしなかった
それからナチスは学生 新聞人 ユダヤ人と 順次弾圧の輪を広げていき
そのたびに私の不安は増大した が それでも私は行動に出なかった
ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた そして私は牧師だった
だから行動に立ち上がった が その時はすべてが あまりにも遅かった
香山リカ『テレビの罠』(ちくま新書)
選挙結果を受けて、小森陽一が「沈黙の螺旋」についてある座談会でふれていることを、著者香山リカは紹介しています。
小森は、「解散から総選挙に入るプロセスが見事にそうだった」と、「沈黙の螺旋」という仕掛けによって世論の統合がおこなわれたことをのべているのです。
「沈黙の螺旋」とは、ノエル・ノイマンが著書『沈黙の螺旋理論・世論形成過程の社会心理学』で展開した仮設。マイノリティがマジョリティの数に押されて意見を出しづらくなり、その結果、ますますマイノリティの存在が軽視されてしまう現象を指しています。
それはつぎの4段階をとるとされます。
①人は』自分の支持する意見を、社会で支配的な意見か否か、またそれが増大中の意見か否かを知覚する。
②人は自分の意見が社会で支配的であると感じている人は、それを声高に表明する。
③一方、そうではないと感じている人は、沈黙を保つようになる。
④雄弁は沈黙を生み、沈黙は雄弁を生む螺旋状の自己増殖プロセスの中で、一方の意見のみが公的場面で支配的になる。
その上で香山は、つぎのように語っています。
小森氏が指摘している通り、日本の今回の総選挙でも、この「沈黙の螺旋」で説明できるような「なだれ現象」が人日との側で自発的に生じたこと、さらにはその下地となっている社会・文化状況と、加瀬(俊明=引用者)氏が見たワイマール共和国末期のそれとに共通点があることは確かであろう。
私は、繰り返しになりますが、以上の香山の言葉を超えて、(テレビの)「視聴者」がテレビによって「選びとられてしまっているという事態」を重くみたいのです。
木下順二も引用するマルチン・ニーメラーのつぎの言葉を常に明記しておくことが必要だと考えるからです。
ナチスが共産主義者を弾圧した時 私は不安に駆られたが
自分は共産主義者でなかったので 何の行動も起こさなかった
その次 ナチスは社会主義者を弾圧した 私はさらに不安を感じたが
自分は社会主義者ではないので 何の抗議もしなかった
それからナチスは学生 新聞人 ユダヤ人と 順次弾圧の輪を広げていき
そのたびに私の不安は増大した が それでも私は行動に出なかった
ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた そして私は牧師だった
だから行動に立ち上がった が その時はすべてが あまりにも遅かった
香山リカ『テレビの罠』(ちくま新書)
テンプレート変更
テンプレートを涼し気なものに変更しました。
博多山笠を勝手に観察する ― その5
■辻祈祷
祭りの初日、それぞれの流の関係町内を清めるための「儀式」。上部に注連縄をはった青笹を電柱などにくくりつけ、竹串御幣を飾って神域にするというもの。各流の当番町の若者がこの作業にあたります。(写真:注連縄おろし)
櫛田神社の神職が出向き、祭りの無事を祈って祈願します。
他の流が7月1日におこなうのにたいして恵比須流のみが6月1日におこなう。旧暦の6月行事だったことの名残だとか。
関連記事:こちら
山笠へ準備着々 安全祈り地鎮祭 福岡・天神一丁目(西日本新聞)
材箱の贈り物
日曜日なのにきょうも雨。九州は7月になると、カミキリはめっきり少なくなるけどなあと思いつつ、憂鬱な気分です。
でも、わずかな変化が。材箱から新参者です。シロオビチビカミキリです(写真、以下、和名からカミキリ省略)。ずっと続いていた「招かれざる客」・アトモンマルケシはようやく納まったようです。ひょっとすると、うっとしさの中にいる私への、気を利かした材箱の贈り物かもしれません。
『日本産カミキリ大図鑑』から引用してみましょう。九州のはこの亜種に属するようです。
Sybra subfasciata subfasciata Bates
上翅は長く、たての隆条は強くないが明らか、中央の白帯は害して発達せず、会合部で左右に分かれる傾向が強く、端は狭く斜めに切断状、ほとんど突出しない。個体差は著しく、特に屋久島産は次亜種との中間的な形態を持つ。成虫は夏期に多く出現するが、秋期にもしばしば得られる。
このシロオビチビの仲間には以下のものがあげられます。
オキナワタイワンチビカミキリ Sybra (Sybra) pascoei okinawana Breuning et Ohbayashi, 1967
イシガキタイワンチビカミキリ Sybra (Sybra) pascoei ishigakii Breuning et Ohbayashi, 1964
タイワンチビカミキリ Sybra (Sybra) pascoei taiwanella Gressitt,1951
ヤンバルアトモンチビカミキリ Sybra (Sybra) maculiclunis Matsushita,1931
アトモンチビカミキリ Sybra (Sybra) oshimana Breuning,1958
サキシマアトモンチビカミキリ Sybra (Sybra) mimogeminata Breuning et Ohbayashi,1964
アヤモンチビカミキリ Sybra (Sybra) ordinata ordinata Bates,1873
トカラアヤモンチビカミキリ Sybra (Sybra) ordinata tokara Hayashi,1972
アマミアヤモンチビカミキリ Sybra (Sybra) ordinata subtesselata Breuning,1960
オキノエラフ゛アヤモンチビカミキリ Sybra (Sybra) ordinata okinoerabuensis Hayashi,1972
オキナワアヤモンチビカミキリ Sybra (Sybra) ordinata loochooana Breuning,1939
ヤエヤマアヤモンチビカミキリ Sybra (Sybra) ordinata flavostriata Hayashi,1968
ミヤコアヤモンチビカミキリ Sybra (Sybra) ordinata miyakojimana Hayashi,1972
ススキハネナシチビカミキリ Sybra (Sybra) miscanthivola Makihara,1977
キホ゛シチビカミキリ Sybra (Sybra) flavomaculata Breuning,1939
モリヤシロオヒ゛チビカミキリ Sybra (Sybra) basialbofasciata Hayashi,1972
ヒトオヒ゛チビカミキリ Sybra (Sybra) unifasciata Fujimura,1956
フタオビヒメサビカミキリ Sybra (Microzotale) uenoi uenoi Hayashi,1956
キリシマヒメサビカミキリ Sybra (Microzotale) uenoi sakamotoi (Hayashi,1958)
フタモンヒメサビカミキリ Sybra (Microzotale) distincta Takakuwa,1984
クリチビカミキリ Sybra kuri Ohbayashi et Hayashi,1962
ミクラチビカミキリ Sybra subfasciata mikuraensis (Hayashi,1969)
全地球非核化求める ― 光州サミット
韓国光州で開かれていたノーベル平和賞受賞者による「光州サミット」は17日、核兵器保有国の核軍縮への努力、北挑戦の核問題解決にむかえた6カ国協議の早期再開を求める「光州宣言」を発表し、閉幕しました。
宣言は、すべての核保有国にたいして「全地球的な非核化のための信頼できる努力」「核先制使用をしないという法的約束の実現」を要求しています。
北朝鮮にたいしては、核兵器の完全放棄、国際社会の徹底した査察の受け入れを求めるとともに、北朝鮮にたしる金融、経済制裁を解除するよう米国に求めています。
会議に出席したのは、金大中前大統領(韓国)、ゴルバチョフ元大統領(旧ソ連)、メンチュ(グァテマラの人権活動家)、マータイ副大統領(ケニア)、エバディ(イラン・弁護士)、マグワイア(アイルランド・平和運動家)など。
非武装地帯を「平和公園に」 ノーベル平和賞サミット(朝日)
http://www.asahi.com/international/update/0617/008.html
6か国早期再開呼びかけ、光州首脳会議が宣言採択
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060617id23.htm
宣言は、すべての核保有国にたいして「全地球的な非核化のための信頼できる努力」「核先制使用をしないという法的約束の実現」を要求しています。
北朝鮮にたいしては、核兵器の完全放棄、国際社会の徹底した査察の受け入れを求めるとともに、北朝鮮にたしる金融、経済制裁を解除するよう米国に求めています。
会議に出席したのは、金大中前大統領(韓国)、ゴルバチョフ元大統領(旧ソ連)、メンチュ(グァテマラの人権活動家)、マータイ副大統領(ケニア)、エバディ(イラン・弁護士)、マグワイア(アイルランド・平和運動家)など。
非武装地帯を「平和公園に」 ノーベル平和賞サミット(朝日)
http://www.asahi.com/international/update/0617/008.html
6か国早期再開呼びかけ、光州首脳会議が宣言採択
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060617id23.htm
博多山笠を勝手に観察する ― その4
■起源
山笠の起こりについては諸説があるようです。
博多祇園山笠振興会は1241年、鎌倉時代仁治2年としているそうです。宋から帰国した聖一国師が疫病退散のために祈祷水をまいたことが起こりとか。これが祇園信仰(櫛田神社の祭神の1つ)と結びついたといいます。
■七流
舁き山笠を運営する組織を<流>(ながれ)といいます。十数町が集まって、協力しあい1つの山笠を動かすのです。
もとをたどれば、戦に勝利した太閤秀吉が箱崎に立ち寄り、戦によって荒れた博多の復興を命じたことから。ここでもととなる自治組織ができたといいます。
流は、恵比須・大黒・東・西・土居・中洲・千代の7つ。(写真;『西日本新聞』2005.7.15、清道を駆け抜け博多の街へ向かう一番山笠・千代流)
台風の残したもの
ヒゲナガカミキリは日本全国に分布するカミキリです(以下、和名からカミキリを省略、写真:「図鑑21世紀」から))。
でも、それほど多いとは私には思えないカミキリです。大きいものは体長40ミリを超え、とくにオスの触角は体長の2倍以上になります。触角の長さはカミキリムシの象徴でもあるので、ある意味でヒゲナガはカミキリらしい髪切なのかもしれません。
一昨年、台風が九州を襲いました。台風が去って、日曜日に、私がフィールドにする宝満山に登りました。8月のことです。台風はこの山にもその傷跡を残していました。大木があちこちで倒れているのです。
この山の頂上付近にはモミの木がある程度残されており、ヒゲナガがこの山で産することももちろん知っていました。ある友人は、ヒゲナガを採りにいこう、いこうと再三、誘ってくれていましたが、その日まで実現しませんでした。
ところがこの日、ヒゲナガに出会えたのです。三郡山にむかう稜線での、台風で新たに倒れたモミの木でした。その上を這うカミキリ。長い触角がいまでも記憶に強烈によみがえるオスでした。そう、このヒゲナガは、台風が残してくれたものなのです。
『日本産カミキリ大図鑑』には以下の記述があります。
成虫は夏期に出現。特にモミの新しい倒木に飛来するが、夜間にこれらが活発に這う姿は実に壮観である。
夜間に遭遇したことは私はありませんが、この宝満にもヒゲナガは確実にいるのです。
動物プランクトンが温暖化抑制を担う
ミジンコに近縁な動物プランクトンが、日本が排出する二酸化炭素(CO2)の半分近い量を、数百年間封じ込める働きをしていることが分かりました(『朝日新聞』06年06月13日)。大気中のCO2増加は地球温暖化につながる要因の1つ。それを抑える自然界の仕組みの一端が明らかになったといえそうです。 (以下、記事を要約)
――――――――――――――――――――
このプランクトンはネオカラヌスというグループ。春から初夏には海の表層にいて、夏に水深500~1500メートルの深海に移動して休眠し、早春に産卵して死ぬ。休眠中のネオカラヌスが魚などに食べられることで、CO2由来の炭素が深海に送り込まれる。それが浅い海に戻るのは、海水の動きの関係で数百年後になるという。
東北水研の斉藤宏明・生物環境研究室長によると、従来、CO2由来の炭素が生物によって深海へ運ばれるのは、主に植物プランクトンが死んで沈むためと考えられた。しかし、02年から三陸沖などで探索したところ、海面1平方メートルあたり年に4.3グラムのCO2由来の炭素が、ネオカラヌスによって深海に運ばれていた。この量は、植物プランクトンが沈むことで運ばれる炭素の量に匹敵するという。
ネオカラヌスの分布などから、北太平洋全体で吸収されるCO2を計算すると年5.9億トン。日本のCO2排出量は12.8億トン(04年度)で、その半分近にあたる。
――――――――――――――――――――
このプランクトンはネオカラヌスというグループ。春から初夏には海の表層にいて、夏に水深500~1500メートルの深海に移動して休眠し、早春に産卵して死ぬ。休眠中のネオカラヌスが魚などに食べられることで、CO2由来の炭素が深海に送り込まれる。それが浅い海に戻るのは、海水の動きの関係で数百年後になるという。
東北水研の斉藤宏明・生物環境研究室長によると、従来、CO2由来の炭素が生物によって深海へ運ばれるのは、主に植物プランクトンが死んで沈むためと考えられた。しかし、02年から三陸沖などで探索したところ、海面1平方メートルあたり年に4.3グラムのCO2由来の炭素が、ネオカラヌスによって深海に運ばれていた。この量は、植物プランクトンが沈むことで運ばれる炭素の量に匹敵するという。
ネオカラヌスの分布などから、北太平洋全体で吸収されるCO2を計算すると年5.9億トン。日本のCO2排出量は12.8億トン(04年度)で、その半分近にあたる。
テレビの罠はどこにあるか
2005年総選挙の結果をだれが予想しただろうか。結果は、当時のはやり言葉でいえば想定内であったのか。小泉自民党の圧勝に終わった総選挙の結果に、左翼の側も右翼の側も多くがとまどったはず。考えられない数々の出来事。なぜこんな事態がもたらさらされたのかに焦点をあて、そこから本書のタイトルにある「テレビの罠」に、著者香山リカは追ろうとしているといえます。 結論は必ずしも明確ではないというのが、私の率直な感想です。しかし、香山の結論は、おそらくつぎの点にあるのではないでしょうか。 テレビは、スポンサーのためにでも、権力者のためにでもなく、視聴者のためにある。この真理は昔も今の変わらない。しかし、「視聴者」は変わったのだ。「権力対庶民」、「知識人対庶民」の対立の構図がなくなって社会がフラットな世界になった今、「視聴者」は時によっては“小泉劇場 ”に快哉を叫び「権力」と一体化していたり、時によっては[マンションの耐震偽装問題の責任は政府にある」と「権力」を攻撃する側に回ったり、自在に変幻する存在となったのだ。 著者によれば、本来、視聴者のためにあるはずのテレビが、「良心的な番組を作ろうとすればするほど、それが結果的に時の権力を喜ばすもの」に、その意味でテレビが意識しているのとはちがった方向に向かう。それは、「視聴者」のほうが選びとろうとしているからだということになるでしょう。 しかし、「『軸』がない。対立の図式がない」という「視聴者」の認識そのものを私たちは疑ってみないといけない。たとえば、この間ずっと、自民党と民主党の「二大政党」にフォーカスを当て、本来の対立の所在を隠しつづけてきたのは、ほかならぬテレビを含むマスコミではなかったでしょうか。対立はなくて、いま、フラットな世界なのでしょうか。とても私にはそうは思えません。 私がいいたいのは、「視聴者」の認識は、視聴者の外にある世界と切り離して考えることはできない。「視聴者」の認識は、つねに「視聴者」の外の世界の影響を受けざるをえない。言葉を選べば、少なくともテレビはその一旦を担ってきたし、いまも担っているということです。「視聴者」のほうが不安の解決策を選びとるのではなく、「選びとろうとしている」ようにみえて、実は選びとられてしまっているという事態をみなけれなならないと考えるのです。くりかえせば、「視聴者」が選択するという「視聴者」の主体性を強調する香山の所説にたいして、テレビが意識をコントロールする機能を私は重視したいのです。フランスの哲学者ベルナール・スティグレールはテレビの役割を同期化装置とよんでいますが、以上を考えると、このスティグレールの言説は本質をついており、私はそれに賛成せざるをえません。 ある実況中継番組を同時に見ている瞬間、世界中の人びとの意識のなかに、同じひとつの時間消費製品がすべりこんでいく。・・・人びとの「意識」は、最終的には、同じ「ひとり」の意識となる。 香山はポストモダンの言説を本書でも引用していて、「『軸』がない、対立の図式がない、フラットの世界」という表現自体にポストモダン的な匂いを感じます。しかし、ほんとうに日本の社会がいま、そうであるのかどうか、ここをまさに「視聴者」自身が問い直してこそ、2005年総選挙の結果の意味がみえてくるように思います。そして、テレビの罠がどこにあるのかもおそらく明らかになるのでしょう。 香山リカ『テレビの罠』(ちくま新書)
« 前ページ | 次ページ » |
?
?