森羅万象、政治・経済・思想を一寸観察 by これお・ぷてら
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15分の休憩時間削減の意味-公務員の場合
この15分の昼休み休憩時間を削った兵庫県。15分少なくなって、県職員の行動にどんな変化が生まれたのか、その結果、社会にどんな影響を与えているのか。それを記事にまとめています。
県職員ランチ異変 昼休み短縮で飲食店悲鳴(神戸新聞5・22)
記事が伝えるところでは、この15分のために外で昼食をとる職員が減って、周辺の飲食店の経営を圧迫しているというのです。たしかに休憩時間が少なくなると、職員の行動半径が小さくなるのはうなづけます。私だって、45分になれば、これまで通っていた比較的遠い飲食店はやめにするかもしれません。
記事はこのように周辺飲食店への影響と、それに対応する飲食店側の動きを伝えているわけですが、別の面から私は注目したい。
一つは、15分とはいえ、職員の労働組合がよく合意したなということ。記事中にもある労働基準法は、労働者を守るために使用者側が守らなければならない最低基準を定めたものであるので、基準法どおりに45分に昼休み(休憩時間)をしなければならないというものではありません。
よほど真剣な議論のうえで、県民・利用者のサービス向上のために一致し、15分削減に同意したのでしょうか。公務員の仕事が効率化され、合理的に組織されて、住民サービスの質が向上するのは大歓迎なのですが、この点の議論もなく、職員の休憩時間の削減が、たとえば文中にあるように「自治体職員の厚遇」とからめておこなわれるのにはにわかに賛成することはできません。それでなくても、西欧のなかには数時間の休憩があるところさえあります。
話を元にもどすと、県職員の給与は最低賃金と同じではもちろんないでしょうが、賃金になおすと数百円程度の15分を削ることで、住民のサービスが向上するとはとても考えにくい。むしろ、公務員の「厚遇」批判をとおして労働条件が下方修正されていく、日本の意識動向を私は懸念するのです。この「風土」は、「勝ち組、負け組の思想」と形こそ違え、新自由主義を下から支えていったものではないかと私は思うのです。
たしかに公務員の働きぶりについてはさまざまな意見が現にあり、実態も批判されるような状況にもあるのでしょう。しかし、それは公務員が公務員である以上、公務員のなかでの議論の質に大いに左右されると私は考えています。その点では、労働組合の役割もまたある、と考えるのです。だから、今回の事態に際して、労働組合の態度はどうであったのか、それも大いに気になるのです。
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追記;こんなニュースも報じられています。
「地方公務員の方が国家公務員より高給」 財務省試算(朝日新聞6・23)
このやり口も過去に経験してきたものです。
ラスパイレス指数をもちだし、とくに公務員の労働組合運動の強かった関西でもこれが用いられました。
この記事にあるように地方と国、そして上の記事のように官民の格差はあるでしょう。だが、その格差の存在自体を悪と決めつけ、アリ地獄のように低いほうに修正するのは問題だと考えています。これを、またぞろ公務員たたきの走りと考えるのはうがちすぎでしょうか。
マイケル・ムーアの告発は対岸の火事か?

およそ日本の映画界では考えられないテーマではないかと、こう最初に思いました。
ムーア監督の新作、カンヌで披露 米当局の調査には憤り(朝日新聞電子版5・20)
弱者切り捨ての米国の医療制度を告発するマイケル・ムーア監督の新作ドキュメンタリー「シッコ」が19日、フランスで開催中のカンヌ国際映画祭で世界初上映された。一部をキューバで撮影したことが米国の対キューバ経済制裁に抵触する疑いがあるとして米財務省に事情説明を求められた監督は、「昨年10月に渡航申請は出しているのに、なぜ今頃言ってくるのか」と反発。期限の23日までに回答するという。
「シッコ」は04年のカンヌでパルムドール(最高賞)を受賞した「華氏911」に続く新作。民間保険中心で医療費が高い米国で、約5千万人が満足な医療を受けられない現状を様々な実例で報告。医薬業界と政界の癒着や、加入者への支払いを渋る保険会社の姿勢を指摘した。
医療制度の告発ですって。考えられますか、日本で。直感したのは、このアメリカの現実が、日本とまったくかけ離れたものだと理解したらまちがいだということ。
たしかに、ブロガーのみなさんの多くも、そしてブログを訪れていただく大半の方も、医療のお世話になっている方は少ないのかもしれません。
だが、記事を仔細にながめてみれば、そう日本とちがわないことに気づくわけです。たとえば、加入者への支払いを渋る保険会社。これだけで、はっとするのではないでしょうか。日本の生命保険、損害保険会社はこの間、加入者に適正に支払いをしてこなかったということで、釈明につぐ釈明でした。
アメリカが「すすんでいる」とすれば、医療が民間保険中心だということでしょうが、日本もそう安閑としておれません。社会保険、国民健康保険などなど、いわゆる公的保険で診てもらえる範囲は、負担増とあいまって、これからますます減らされていく―縮減というらしい―ということが予定されているのです。
記事は、ムーア監督の作品にたいする公権力の介入に言及しているわけですが、繰り返すと、こんなテーマで公権力を鋭く批判するその精神を私は買うわけです。
ムーア監督の言葉にまつまでもなく、日本でも国民に負担を押しつける一方で、医療費という「市場」に巣食う大製薬会社、そして保険会社の収益は相当なもの。
ムーア監督の告発するアメリカの現状は、けっして対岸の火事にしてはならないと思うのです。
公開されていないのでこれ以上、何ともふれることができないのが残念ですが、伝えられるところからだけでも、ムーア監督の権力批判の意気込みは十分すぎるほど、私には受け取れるのです。
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【関連エントリー】
タミフル事象の背後にあるもの
過労自殺が過去最多に;長時間労働を改善できないのか
長時間労働や仕事のストレスなど過労が原因の自殺(未遂を含む)で06年度に労災認定を受けた人が前年度比57・1%増と急増、過去最多の66人に上ることが16日、厚生労働省のまとめで分かった。うつ病など精神疾患が認定された人も前年度比61・4%増の205人で過去最多。働き方の見直しが言われる中、長時間労働が一向に改善されない状況が改めて浮き彫りになった。
同省によると、過労自殺が認定された66人では50代が21人で最多、30代が19人、40代12人。
うつ病など精神疾患の認定を受けた205人の内訳は30代が83人と際だって多く、次いで20代が38人、40代36人、50代33人。20、30代で約6割を占めた。職種は▽専門技術職60人▽事務職34人▽技能職33人--など。請求数の819人も過去最多だった。
過労自殺:57%増、過去最多66人--06年度労災認定(毎日新聞東京朝刊5・17)
そして今日、過労自殺者が過去最多となったと報じられました。記事が伝えるように、背景に長時間労働が改善されない現実があるとただちに推測されます。過労自殺が認定された66人のうち、50代が21人で最多であったものの、30代で19人とほとんど肩を並べていることは、若い人のなかにも過重な労働に耐え切れずに自殺に至る傾向にあることがうかがえます。
すでに1999年、日本労働弁護団は過労自殺の背景について、つぎのようにふれていました。
「バブル経済」崩壊後の長引く不況、それによる企業倒産の増大や大企業の数千人規模の人員削減案が連日紙面を踊る中で、98年には完全失業率が初めて4%の大台に乗り、自殺者が3万人を突破して過去最悪となり、日本社会は、「過労死」に続き「過労自殺」という新語を生み出した。
「バブル経済」崩壊後の各企業におけるコスト削減や「リストラ」という名の人員削減が行われ、長時間・深夜・休日労働の横行、過重なノルマや責任の押しつけ及び荒んだ職場環境などを原因として、労働者は肉体的に疲労し、精神的に過大なストレスを受けている。労働省の「97年労働者健康状況調査報告」では、普段の仕事で「疲れる」労働者の割合は72.0%、神経が「疲れる」労働者の割合は74.5%であり、疲労を翌朝に持ち越す労働者の割合は「ときどきある」42.7%、「よくある」11.3%、「いつも持ち越している」4.4%と6割に達している。それにもかかわらず、企業は、労働者の労働時間や責任の軽減及びメンタルヘルスケアをせず、職場内で「過労自殺」が発生するとその原因を労働条件や労務管理の問題として捉えることなく、事実を闇に葬り去ろうとする。 (日本労働弁護団 第43回全国総会)
そして追い討ちをかけるように労働基準法が「改正」されたのが1999年4月でした。
この「改正」では、
- 女性労働者に対する時間外労働の制限、休日・深夜労働の禁止が撤廃された
- 1年変形労働時間制は、所定労働時間の上限が1日10時間、1週52時間に統一され、区分期間が1か月以上に短縮され第二区分期間以降は労働日数だけを特定すれば足り、適用対象者の制限がなくなるなど使用者の使い勝手がよくなったこと
- 企画職の裁量みなし労働時間制が新設され、8時間労働の原則がさらに切り崩された
など、働く者にとっては改正にはほど遠い内容でした。
今回の厚労省の発表で示された実態は、以上の労基法「改正」が拍車をかけ生み出されたのではないか、とさえ思えるのです。まさに8時間労働制が切り崩された意味は大きいと考えるのです。
あらためて「過労死110番」による過労死と過労自殺の定義をあげておきます。
過労死とは、仕事による過労・ストレスが原因の一つとなって、脳・心臓疾患、呼吸器疾患、精神疾患等を発病し、死亡または重度の障害を残すに至ることを意味します。また過労自殺は、過労により大きなストレスを受け、疲労がたまり、場合によっては「うつ病」を発症し、自殺してしまう事を意味します
日本労働弁護団の棗(なつめ)一郎弁護士はこう指摘しています。
若年労働者から、うつ病など心の問題の相談が増えている。今回の結果には、それが反映されている。長時間労働の削減や安定雇用対策に取り組まない限り減らすことはできない。
至言です。
つい先日もトヨタが過去最高の収益をあげたと伝えられました。トヨタにかぎらず、大企業が膨大の利益を生み出す背景に、そこで働く者の身を削る過重な労働の実態があることは動かしがたい。
過労死・過労自殺をなくすためには、男女とも厳格な時間外・深夜労働規制を設けることが必要でしょう。それだけではなく、企業の「リストラ」の横暴を規制するしくみもまた欠くことはできないのではないでしょうか。そして、メンタルヘルスケアの制度化が求められます。
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする、と定めているのは日本国憲法です。
現実は、この立場とあまりにもかけ離れているような気がしてなりません。日本の財界と大企業は、労働者の命は最大限に尊重されなければならないという立場にたってもらいたいものです。
「日本が転ぶ」とまでいった東京;年収500万以下が過半数

しかし、この石原氏の鼻をへしおる調査が伝えられました。
東京都:年収500万円未満世帯、初の過半数 過去最多(毎日新聞電子版5・16)
石原氏にすれば国をも脅かす勢いの東京都の財政というところでしょうが、その東京都で年収500万円未満の世帯が過半数を超えたといいます。少なくともこれは、別の角度から、都に法人税収が集中することを傍証するものでしょう。と同時に、多くの都民、半数は裕福ではなく、推測されるのは都のなかでも格差が生じているということです。氏にとっては、これは隠すことができるのなら隠しておきたいのではないでしょうか。豪語することが似合う石原氏は、どのようにこの見解をのべるのか、聞いてみたいものです。
年収500万円未満の世帯が前回調査(01年)時から13ポイントも増加していることに驚きますが、28%の世帯が「年金や生活保護」をあげ、「仕事をしている人がいない」世帯も過去最高の22%に達したことも注目されます。数字をみるかぎり、貧困・格差が進行していることは否定しえないのではないでしょうか。
地方自治体の仕事は住民の生命、健康をまもるというのも重要な一つでしょうから、これらの過半数の人びとをどのようにみるのか、その知事としての視点が問われなければなりません。しかし、都の福祉政策は前進か、後退か、という点でみるならば、都知事選でも指摘されたように、後退の傾向にあることはまちがいないようです。所得の格差を福祉政策で緩和をする、そんな施策をとってほしいものです。むしろ、石原氏は都政において格差を助長してきたと私は考えるのですが、どうでしょうか。
税制をどのように成り立たせるのか。これは、かじをとる人の政治的立場が際立ってくるようです。
いまの国の税制がどのように変遷をたどっているのか、これを少しながめれば、たちどころにみえてきます。誤解を恐れずにいえば、金持ちにはもっと税金をまけてやり、貧乏人からは搾り取る、そんな税制のかじとりがやられているのが現実だと私は考えているのです。
高い税収の一部を、これら多数の相対的に所得の低い人むけに還元するきっぷのよさ、それを氏に求めるのは無理な相談なのでしょうか。
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30代、8割が仕事に不安
30代「仕事に不安」8割…本社ネット調査
記事(読売5・14)が伝えるように、彼らは、労働環境が急激に変化するなかで雇用された労働者です。バブルがはじけ、労働者にとっては、経済のグローバル化をへて、賃金抑制だけでなく、非正規雇用への置き換え、リストラが横行するのと時期に雇用されてきた者です。
たしかにリストラは自分たちより高年齢の労働者がその対象になっていたのでしょうが、将来、自らがそのような境遇にさらされる不安と常に歩いてきたともいえるわけです。
8割がそう思っているということは、リストラなどの事象が日本を広く覆っていたことの反映だと受け取れます。少なくともリストラや非正規雇用への置き換えに実際に直面したり、見聞きするなどの経験があるのでしょう。1年で100万人のリストラがおこなわれてきた事実を以前にエントリーであげてきましたが、まさにリストラも置き換えもどこでも起こったと推測されるわけです。記事は、調査で「非正規社員」との間の所得格差を「現在、感じている」という人は計76%に上った、と紹介しています。また、「結婚していない理由」についてグラフを掲載していますが、結婚するには収入が少ないなどの率直な不安があげられています。
私が着目するのは、収入の分布についてです。400万円未満が3割である一方(200万円未満;6.8%)、800万円以上が17%程度あり、1000万以上が7%いるという現実です。また、30代前半と40歳に近い30代とでは、企業のなかで何らかの役職についている人の割合が40歳近くでは一定数考えられるのが一般的でしょうから、処遇も異なるでしょう。しかし、無視できない格差があることが読み取れるのではないでしょうか。
(調査の詳細は、ここ)
この構図は、ここ数年の格差社会のなかでみてきた働く者のなかの勝ち組・負け組のそれであって、30代もその例外ではないことを示しています。この不安は決して30代だけの不安ではないと考えるのですが。
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民営化もここまで;刑務所
このニュースも、その流れの中のものでしょうが、ここまできたかと率直に思うわけです。
山口県美祢(みね)市に13日、国内で初めて建設と管理運営の一部を民間に委託した刑務所「美祢社会復帰促進センター」がオープンする。法務省がコストの節減などを目的に、民間の資金や経営ノウハウを活用する「PFI方式」を採用した。今後の刑務所のあり方のモデルケースになりそうだ。
同センターは、国が約28ヘクタールの用地を確保。大手警備会社のセコムや清水建設、竹中工務店などで構成する民間企業グループが建設し、さらに管理運営の一部を平成36年度までの18年間担当する。民間委託額は総額517億円で、これまでの方法に比べ約48億円節減できたという。
施設は、男女各500人の受刑者が入れる収容棟6棟や教育・訓練棟、管理・医務室、体育館、職員宿舎など。コンクリートの外塀はなく、二重の金網状のフェンスや赤外線センサーで囲まれており、外側から中の様子が見える。
職員は法務省の刑務官が約120人、民間側が約100人。受刑者を取り押さえるなどの公権力の行使は刑務官が行い、民間職員は警備、監視業務や教育、職業訓練、食事などを担当する
。初の「民営」刑務所 コスト節減/ハイテク警備 山口あす開所(産経新聞電子版5・12)
しかし、考えてみると、「小さな政府」の究極の姿が夜警国家でしょう。それは、国家の機能を安全保障や治安維持など最小限にとどめた自由主義国家だとされています。刑務所は治安維持と無縁ではないはずですから、今回の日本政府の試みは、夜警国家をも上回る考え方なのかもしれません。刑に服する者を収容し、管理する業務を民間に一部、委ねるというのですから。
これまでの刑務所職員の人員数を減らし運営の効率化を図るというのがねらいでしょうが、裏返しにすると、必ず民間企業のもうけ口がそこにあるのです。
記事によれば、100人を民間でまかなう。ただし、担当分野は警備、監視業務や教育、職業訓練、食事などとされています。建設は、セコムや清水建設、竹中工務店などで構成する民間企業グループとされています。
法務省は今回、公共事業で従来の第三セクターとは異なり、最近よく採用されているPFI方式(PFI=Private Finance Initiative)を用いました。簡単にいえば、行政が施設を整備する際に、従来のように行政が直接せずに、民間資金を利用して施設整備とサービスの提供を民間にゆだねるやり方がPFI方式でしょう。いずれにせよ、法務省と民間企業との契約によって委託事業・サービスの質を保っていこうという魂胆でしょうが、従来以上の質確保が可能かどうかは未知数といえましょう。これが第1号で、すでに第2号として「島根あさひ社会復帰促進センター」整備事業が予定されているようです。
PFI方式については、税金のムダ遣いという批判もあり、それだけに政府の広報では、民間委託額は総額517億円で、これまでの方法に比べ約48億円節減できた、ということが強調されているところがなんとも面白い。■よろしければ、応援のクリックを ⇒

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派遣労働;身の危険と背中合わせ
派遣労働者:労災急増 「日雇い」増え仕事不慣れ(毎日新聞電子版5・12)
派遣で働く労働者の労働災害事故が急増していることが、東京都内の派遣業者を対象とした東京労働局の06年の調査で明らかになった。前年に比べ5割近い増加となっている。急増の背景には、日々派遣先が変わる「日雇い派遣」が増え、仕事に不慣れなことがあると見られる。派遣労働者の労災実態が明らかになるのは初めて。
東京労働局は、労働者派遣法の改正で製造業などへ派遣の範囲が拡大されたことを受けて、05年から派遣労働者の労災状況(死亡、けが)の調査を始めた。全国に労働者を派遣している都内に本社を置く派遣事業者の報告件数などをまとめた。
それによると、06年の同局管轄の死亡災害は99人(前年比15人増)で、けがは1万78人(同169人増)。
このうち派遣労働者の死亡災害は2人(前年ゼロ)、けがは401人(同268人)となり、49.6%増となった。
調査によれば、発生した労災事故が前年比ほぼ150%になったわけです。
これは、正規雇用者にくらべると派遣労働者の雇用条件が悪いことが根本の原因でしょうが、記事が指摘するように、たとえば労働者の教育のあり方にもそれは表れています。派遣労働者は、派遣先のシステムになじむ上で不利な立場にたたされます。一方で系統的な教育を受ける条件も整っているとはいえないでしょう。
調査はまた、死亡事故の内訳も示していますが、労災保険は業種ごとに保険料掛け率が異なっています。その掛け率は、危険度の高い職種ほど高い。つまり、建設業や製造業などは他業種に比べると労災事故発生率が高く、しかも事務職などと比較すれば通常は事故の内容も軽微なものとはいえないわけです。ですから、これらの業種は保険という枠組みで考えると、保険料拠出割合が高くなると考えてよいでしょう。ちょうど、生命保険料では高年齢の人が高いのと同じ理屈です。
これだけ正規雇用が減らされる中で働き口を求めようとすれば、派遣や非正規という形態も職につけないより当然ましということになる。自らの経験、技能の熟練度とは関係なく仕事につかないといけない場合も多々あるのでしょう。
労働者を守るのは、使用している雇用者でしょう。西欧諸国とくらべると、労働時間だけでなく、福利厚生も、そして労働者教育のレベルも日本の労働者の扱いは格段に落ちる。この上に格差社会の広がりによって、ますます労働者の働く条件は悪化の方向にあるのが実態でしょう。今回の調査結果は、その一面を表しているといってもまちがいはないと思うのです。
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マヨネーズ値上げの陰に自給率問題
直接的にいえば、マヨネーズ製造にもちいる食用油の原料の一つがトウモロコシということです。
マヨネーズ、17年ぶり値上げ キユーピーが10%(朝日新聞5・9)
マヨネーズ最大手のキユーピーは8日、マヨネーズの価格を6月1日出荷分から約10%値上げする、と発表した。マヨネーズ500グラムの税抜き参考小売価格は、319円が350円となる。マヨネーズ配合量の7割を占める食用油の価格高騰が理由で、値上げは90年以来17年ぶり。
キユーピーはマヨネーズ価格を95年に約12%値下げしたが、食用油の原料のトウモロコシ、大豆などがバイオ燃料の原料として需要が増している影響もあり、当時と比べ食用油価格は1.5倍以上になっているという。
ウィキペディアによれば、トウモロコシの世界全体の生産量は、近年6億トン前後で、うちアメリカが4割程度を占め世界最大の生産国ということです。日本はといえば、世界最大のトウモロコシ輸入国。その輸入量の9割をアメリカに依存しています。
本来ならば、石油代替エネルギーとしてエタノールが注目され、地球環境改善につながることが期待されているのでしょうが。今回のマヨネーズ値上げは、以上の世界的な要因とともに、日本における農産物の自給率もまた大きくからんでいるようです。日本は最大の輸入国。国内で消費されるトウモロコシの75%は家畜の飼料用として使用されています。
ここで、いつも重宝している社会実情データ図録を引用しておきます。見事に年々、自給率が低下していることがうかがえます。食料自給率、穀物自給率ともきれいな右肩下がりです。
朝日新聞「天声人語」(5・11)は、いいます。
地球温暖化対策の切り札とされる燃料「バイオエタノール」の生産急増が、世界の食卓を揺さぶり始めた。トウモロコシやサトウキビが燃料生産に回り、飼料と食糧向けが高騰中だ。大豆農家はトウモロコシに乗り換え、大豆で作る食用油や、油が原料のマヨネーズも上がる。
別の言い方をすると、バイオ燃料の拡大は、人間の胃袋を満たすものを今度は車が「食べる」わけです。
もとより農作物は、天候をふくめて環境の変化をうけやすく生産は不安定。だとすると穀物の価格高騰は避けられず今後も見込んでおかないといけないのでしょう。
自給率を高める課題は、畜産農家のみならず、食糧消費者としての私たちも、そして国内の穀物生産農家にとっても解決が急がれる課題のようです。
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日本の自殺者;「自殺対策大綱」で減るのだろうか
クローズアップ2007:「自殺対策大綱」策定へ 原因つかみ具体策を (毎日新聞5・10東京朝刊)
今後10年間で自殺死亡率の20%減少を目指す政府の「自殺総合対策大綱案」は、10日で一般からの意見募集を締め切り、6月までに最終決定となる。98年以降、8年連続で3万人を超えた自殺者。大綱案は47の重点施策を示したが、民間団体からは「掛け声だけではなく具体的な支援を」との声が強い。目標が後退したとの批判もあり、大綱案の見直しを求める動きも出ている。 「景気が回復すれば自殺は減る」。98年、自殺者が前年より約8500人増え、一気に3万人を超えた際、関係者の間ではこんな期待があった。97年は、山一証券の破たんなどで、金融不安と景気悪化が拡大した年だったからだ。だが今も高止まり状態は続き、「景気悪化→自殺者増」という単純な構図ではない。財務省の景気判断は、04年1~3月以来13期連続で「緩やかな回復が続いている」。一方、厚生労働省によると、06年は11月までに2万7314人が自殺。政府が参考にする警察庁の自殺者数は統計手法の違いから平均で6%ほど厚労省より多くなるため、06年も年間3万人を超え、98年から9年連続というさらに深刻な事態を迎える可能性が高い。
この記事が指摘するのは、「景気回復」でも(自殺が)高水準だということです。しかも、自殺を減らすには原因分析ができていれば可能なのでしょうが、現状はできていない。そのため、「自殺対策大綱」では、「自殺の実態を明らかにする」と調査・研究の必要性を説いて、それを対策の柱の一つにしています。でも、これはなかなか難しそうな気もします。フォローするには相当の金と人的体制を要し、また時間を費やすでしょう。
まず思い浮かぶのは、人間が人間らしく働くための労働環境を整えなければなりません。当ブログでは医師の労働に関してエントリーを公開しましたが、医師の過重労働ほど極端でなくても、少なくない労働者が過密労働のなかにあって、しかも、低賃金だというのでは、ストレスもたまらざるをえない。働く者の環境を第一番目に位置づけられるかどうか、これが問題解決の第一歩ではないかと思うのです。
その上で、うつ対策・自殺対策の具体的な手立てが要る。一定規模以上の企業にはメンタルヘルス担当部署や機関を設けるなどを義務づけること、中小の企業には公的な支援が最低必要ではないでしょうか。
マンガ家・細川貂貂(てんてん)さんがご自分の本『ツレがうつになりまして。』で実体験を語っています。
ここから伝わってくるのは、うつが少しも特別の病気じゃないということです。自分が社会と何らかの形でつながっている、と考えることができれば、うつを克服するでしょうし、ましてや自殺にもつながらないでしょう。出口がみえてくるでしょう。
自分の労働力を売って生きていく以外に術をもたない労働者は、たとえばその労働力が社会から「要らないよ」といわれた場合を、自らに置き換えて考えてもみます。そうならないためには、労働者はやはりその意味で保護されなければならないと思うわけです。一人の力では太刀打ちできない労働者が、互いに自らの働きやすい環境に現実をかえていくためのスローガンがかつては、労働者よ団結せよ、だったのでしょう。
いまの日本の姿は、少なくともこれとは正反対。労働環境や労働条件のベクトルはいよいよ労働者にとって不都合な、悪い方向に向いています。
だから、政府与党がいくら立派な「自殺総合対策大綱案」をつくったとしても、私はにわかにうなずくことはできない。根本の働く人びとの労働条件や環境をいかに整えていくのか、そこに着眼した方針がはじめて自殺者を減少させるきっかけになると思うのです。
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公衆電話、20年で半減;少数者への眼差しは?
公衆電話が急速に姿を消している。携帯電話に押され、設置台数はほぼ半減。街頭にぽっかり空いた「跡地」を狙う新ビジネスも急成長中だ。その一方で防災関係者の間には、災害時の連絡手段がなくなると心配する声も上がっている。
公衆電話の跡地に登場したコイン式のパソコン=東京都江東区内で明治期の1900年、国内で初めて「自働電話」(公衆電話)が登場したJR上野駅。かつては公衆電話が並ぶ「でんわの家」に、発祥の地を示す銘板が掲げられていた。現在は共に撤去され、代わりに「あゝ上野駅」の歌碑が立つ
。(朝日新聞電子版5・7)記事によれば、05年度までの10年間で、携帯電話とPHSの人口普及率は9.4%から75.5%に急増したが、テレホンカードの販売枚数は20分の1以下に激減。NTT東日本、西日本の公衆電話事業の赤字は05年度に144億円に達している。
NTTにすれば、赤字をうむばかりの公衆電話はすぐにでも撤去し、空いたスペースはほかの事業に活用できればただちにそうしたいところというわけでしょう。NTTの誕生は、臨調「行革」の柱の一つでもあって、分割民営化という大方針のもとでのものです。そもそも公共性の強い事業ですが、民営化されたからといってその性格が薄まるものではないでしょう。
かくいう私も携帯電話をもちろん使っていて、なくてはならない必需品であることにちがいはありません。そして、人口普及率が75%と上回ると推計されているので、およそ4人のうち3人は使っているということです。
しかし、あえて注目したいのは、それでも国民4人のうち1人はケータイを使用しておらず、緊急の場合、公衆電話を使用することも推測されるわけです。
利潤追求が企業の論理とはいえ、こと公共性が強い民間事業はやはり、この少数者へのサービスをいかに維持するのか、この点が求められてるところだと思うのです。採算性がないものはすべてダメ、廃止と、効率性を追求するのは極論すれば誰でも想定できる方針だともいえましょう。
そこで、インターネットで検索し情報を得て、こうしてホームページやブログを公開する、電脳世界はいよいよその領域を広げています。私たちもまさにこんな世界のなかに置かれ、多少なりともかかわっているのが大半でしょう。だから、ややもすると、こんな日常がすべて、だれも経験する日常だと思いかねない状況に置かれているわけです。
けれど、ここには錯覚がある。やはりネットを利用せず、ホームページやブログも観ない人だってたくさんいる。
たとえば、「社会事情データ図録」では、インターネット利用者数・人口普及率を掲載しています。年々、人口普及率が増加しているのは一目瞭然です。それでも05年のデータでは70%に人口普及率は到達していないので、3割の人は利用していないと推測されている。
そこに、つぎの解説があります。
年齢別には、10歳代後半から40歳代にかけては、利用率が90%に達している一方、60歳代後半では42.0%と半数を下回り、70歳以上では2割以下と低くなっている。もっとも前年(04年)と比較すると高齢者の利用率はかなり上昇している。
ネット環境にない人がいるということを私たちは常に頭に置いておきたい。あるエントリーにいただいた意見で、ネットでいくらでも情報を得ることができる、マスコミは信用できないといった主旨の意見を頂戴しました。この意見が極端なそれであるにしても、意外とネット環境にあって、それを駆使している人にはそれが当たり前と思いがちなもの。やはり、そこから「排除」された人が必ずいることを承知しておかなければなりません。
公衆電話を廃止するということは、まさに少数者を排除してしまうことにもなる。今いちど振り返るとNTT自身が効率性を優先して再編・統合され出発した経緯があるのですが、あらためて強調しないといけないのは、公共性の強い事業にもとめられるのは少数者への眼差しを欠いてはならないということではないでしょうか。
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コンビニ;本業より料金収納代行が上回るという現象
1987年にセブン―イレブンが東京電力の料金収納代行を始めてから20年で初の逆転となる。コンビニは小売店にとどまらず、金融機関のような決済の拠点としての役割が増し、生活に欠かせない存在になったことを、改めて印象付けた形だ。
コンビニ2社、料金収納代行が物販上回る?…08年2月期(読売)
大手資本によるチェーン店として展開されているコンビニエンスストアです。上記のニュースが伝えるところでは、その名のとおり利便性の利いた店舗としてコンビニが重宝されているということでしょう。ただし、もともとは物品販売が戦略の中心として据えられて今日にいたっているのでしょうが、このままではその位置づけも変わらざるをえないということです。
自分の経験からいうと、コンビニを利用するのは、たとえば正月、他の店舗が開いていないときにやむをえず利用する、あるいは急を要するときに近くのコンビニに飛び込む、などのケースです。ようするに、店を選ぶという意味で選択肢が限られた場合、専門店やスーパーに比べると品揃えや品質は多少見劣りはするが、そこに目をつぶれば、重宝してきたという事実がある。
最近は一般の店舗でも営業時間を工夫するところもあるようで、物品販売の面では展開当初の利便性も薄れてきたような気がしないでもありません。
そこで、今回の報道を考えてみるのですが、料金収納代行という分野は(コンビニ以外に)競争相手が基本的にいないという点がある。料金収納を本来おこなう金融機関以外は、コンビニしか扱わない。料金収納代行の取扱高が、本業の物品販売の売上高を上回る見通しというのも、この点が核心でしょう。
その上で、料金収納代行の利用者の多くは、銀行や役所の「営業時間」外でも利用可能だからコンビニを訪れる。その限りで、記事が指摘する「決済の拠点としての役割が増し、生活に欠かせない存在になったこと」を意味しています。裏返せば、これを利用する人びとの生活実態を反映しているわけで、たとえば単身者や学生など、時間を自分の思いのままに使えない層がすぐに頭に浮かぶのです。貧困や格差が問題になる今の日本社会のなかで、この料金収納代行分野での取扱高増加という現象にもそれが投影されていると私は思うのです。
コンビニを展開するいくつかのところは、電子マネーも導入し客の囲い込みに乗り出している。いうまでもなく本業の営業成績をあげるためにです。
コンビニの料金収納代行の取扱高が本業を上回るという現実は、コンビニの競争の変化とその激化をいっそうもたらすでしょうし、何よりもそこで働く人びとの労働条件が確保されているのかどうかについても懸念されます。
ともあれ、今回の記事が伝える見通しが日本社会のいっそうの変容を示すことはまちがいないでしょう。
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ネットカフェ難民;社会の縮図としてネットカフェ
朝日新聞(4・28)は、ネットカフェ難民が広がり、7割の店に「長期・常連」がいる実態を伝えました。
2、3年前から暮らしている、仕事が忙しすぎて帰宅できない――。インターネットカフェや漫画喫茶に寝泊まりする「ネットカフェ難民」の実態を知ろうと、各地の労働組合や民間団体が全国規模で聞き取り調査をし、27日に結果を公表した。調査した34店舗の4分の3に長期滞在者がいて、「難民」の広がりと深刻な実態が浮き彫りになった。
調査は宮城、東京、埼玉、千葉、神奈川、愛知、奈良、大阪、兵庫、福岡の10都府県で今月実施。ネットカフェの店員に質問したり、利用者に年齢や泊まる頻度、理由などを尋ねたりした。
その結果、利用者84人が質問に答え、兵庫をのぞく9都府県の26店舗に「宿泊常連・長期滞在者」がいた。
ネットカフェ難民とは、ネットカフェで寝泊りをすることを直接はさす言葉です。ネットカフェで寝泊りするには、それなりの理由があるはずです。
同紙が伝える利用者の声は、「2年間ネットカフェ。深夜のアルバイトをしているが、仕事が不安定でアパートを借りようと思えない。夕方から働き、朝6時にネットカフェに帰る」(東京都・20代男性)、「家がない。正社員になれず、職を転々として当座のお金を稼いでいる」(愛知県・40代男性)、「3年前から夫の暴力を苦にネットカフェ暮らし。パートなどで月収9万円」(東京都・30代女性)など。 「飲食店の正社員。家に帰ると寝る時間がなくなるので週6日はネットカフェに泊まり、日曜日だけ家に帰る」(東京都・20代男性)など、厳しい長時間労働が背景にある事例も複数あったといいます。
この現実は、特別な青年の問題でしょうか。日本の社会の一面がネットカフェの、きわめて狭いスペースに押し込まれているような気がしてなりません。亀裂はもっとも弱い部分で現れる。その一つが青年層だということなのでしょう。先の利用者の言葉は、日本社会の貧困と格差が広がり、青年たちがそのあおりをくっていることをそれぞれ示しています。
しかし、現象がネットカフェをとおして現れていることで、ややもすると、一部の限られた、特別の条件下にある青年のことと断じてしまう傾向がうまれないともかぎりません。以前のニート論議もそうでした。
たとえば「仕事もしないでブラブラしているヤツら」という断定にみられるような、それまでのニート観にたいして、本田由紀氏らは、真の問題を覆い隠しているとして実証的に反論を加えました。青年は、社会の矛盾を引き受けてしまう、引き受けざるをえない不安定層でしょう。
この現実はさらに広がり「マック難民」という実態もある(ハンバーガーショップ難民がここで紹介されています)。
労働組合・首都圏青年ユニオンなどが、政府や行政に問題解決を働きかけていくそうです。個人の努力だけでは解決できない社会問題として私たちがとらえ、共有し、解決すべき問題だといえそうです。
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「あるある」捏造の再発を防げるか
関西テレビ放送は26日、情報番組「発掘!あるある大事典2」の捏造(ねつぞう)問題で、再発防止策をまとめた報告書を総務省近畿総合通信局に提出した。
報告書は防止策として、〈1〉社内ネット上に「社員による番組審議会(仮称)」を開設し、社員が自由に意見を提出できるようにする〈2〉視聴者と番組制作者の意見交換の場を5月中に設ける〈3〉倫理行動憲章を5月末までに制定する――など7項目を盛り込んだ。
外部の制作会社による捏造を見抜けなかった点を反省し、番組作りを外注する際の契約書を見直して、「孫請け」についても「下請け」と同様に、関西テレビの放送基準を守ることを義務付ける。ただ、制作予算や人員の不足など、構造的な問題の解決策には触れなかった。
関西テレビが再発防止報告書を提出したが、肝心の問題は置き去りにされ、再発防止策とはおよそいえないだろう。読売も指摘しているとおり、メディアの構造的問題に踏み込んでいない。その構造的問題とは、商業主義に起因する。
すなわち、メディアの取材と報道が過度の競争のもとにおかれ、各局・各社が争うのは視聴率と販売部数という構造の問題だ。「効率的取材」のもとで捏造は起こった。ここにメスを入れてこそ再発防止策になるのではないか。
ジャーナリズムの役割は、権力監視であり、人間の社会を見据えることだ。民主主義社会が多数決の原理によるものだとすれば、それは、少数者が必要とする真実や逆に多数者が自らの保身のために隠蔽する真実を明らかにすることにあるだろう。
だとすれば、今日の捏造を生み出す根源を暴き出すことは、つまり本来のジャーナリズムは、権力と正面から衝突せざるをえない。
しかし、今日、経営面から政治の介入の余地を残し、メディアの権力監視がむしろ弱まらざるをえない現状にある。だから、メディアは今日、この自らの存在意義を問われる位置に立っていることを自覚すべきだ。
いまのままではとうていマスメディアの自覚など期待できないと私は思うが、逆に、私たち市民が、みずからの社会と運命をえらびとっていく主体として権力や社会環境などへの関心を強め、報道と取材に反映させていく力をつけ、それを可能としていくことが求められているのではないか。
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【関連エントリー】
「ぶら下がり取材」とメディア
納豆ダイエット捏造番組にみるマスメディア
「朝日」特集;「最低賃金の役割は」の語るもの
最低賃金の引き上げは、ワーキングプア層の広がりなどを前に、政党や労働組合が強く主張していますが、当ブログでも関連エントリーを公開したところ、引き上げに反対の意見をいくつか頂戴しました。
引き上げをめぐって、どんな意見の対立があるのか。
橘木俊詔氏などのインタビューをもとに、朝日新聞(4・15)が同紙「耕論」で最低賃金を扱っていました。引き上げを主張する橘木氏と、引き上げはむしろ雇用減を招くとのべる日商・池田朝彦氏の意見は対照的です。
反対の意見は、引き上げるとそのコスト高に耐え切れず、雇用者数を減らさなければならない、とくに中小企業で引き上げは困難だという点にあると思われます。
たしかに中小企業にたいする配慮は考慮されなければなりません。
私はその前提に、日本の産業構造のなかで、中小企業の請負単価が妥当なのかどうか、これも問い直さなければ先にすすむことができないと考えています。労働コストを抑えるために、正規から非正規への置き換えをふくむ労働者の賃金の抑制、下請業者への徹底したコスト削減が、大企業の膨大な利益確保を支えている側面を無視できないからです。その上に、政府は、政策的には大企業への優遇税制で補完してきたのです。この路線のよしあしを根本から問い直す必要があると考えています。
最低賃金制の是正には、まさにかつての言葉をもちいると階級的利害の対立がともなわざるをえない。法外な大企業の利益確保は、中小企業と労働者への「しわよせ」なしにはできなかったものでしょう。この際、一部に集中する富を他に分配することの是非とその方法について考えないといけないと思うのです。
日本の最低賃金が低かったのは、最低賃金に近い水準で働く人の大半が女性のパートと若者で、こうした人たちは夫や親の所得があるので、賃金が低くても生活に困らないだろうとみなされてきた。だが、未婚率や離婚率の上昇で、本人の賃金だけで食べていかざるを得ない人が増え、最低賃金のアップは生活を維持するための重要な公共政策になってきた。
これは、記事中の橘木氏が語っている言葉です。
先の池田氏のように(引き上げは)雇用の削減につながるという意見に、橘木氏は、これまでのデータではその傾向はないと断言し、逆に賃金引き上げが、消費を伸ばし景気にプラスになる、あるいは労働意欲を高め生産性向上に寄与する面を強調しています。この点では、以下のエントリーで、2兆6400億円の波及効果が生まれるという試算(労働運動総合研究所・牧野富夫日大教授)にふれました。
どこに眼差しをむけ、配慮するのか。これがこの問題でも鋭く問われています。私は、今日の絶対的貧困の解消にこそ関心がある。新自由主義が競争と差別を徹底し、今日の事態を招いているとすれば、なおさらこれを見過ごすわけにはいかないのです。 ■blogランキング・応援のクリックを⇒

【関連エントリー】
貧困と格差是正の処方箋 -最低賃金見直し
最低賃金を1000円に引き上げると・・・
政治は「格差」を語れるか
政治は「格差」を語れるか、という興味深いタイトルの記事です(朝日新聞、4・7)。
格差問題がこれほど世をにぎあわせている割に、どうも政治問題になりきっていないように思えてならない。
明確な利害対立として、政治の場において焦点化していない気がするのである。
現在、多くの人が日本社会において経済的・社会的な格差が拡大しつつあるのではないかと危惧している。もちろん、現実にどれだけ格差が拡大しているかという客観的な指標については、なお議論がある。
だが、かつて日本社会を支配した「一億総中流」の意識が崩れ、格差が拡大しつつあるという認識が広まっていることは否定しがたい。
ところが、日々格差問題が語られているにもかかわらず、これが本当に政治問題化するかは、今のところはっきりしない。
こんな問題意識を、宇野重規・東大准教授が語っています。多くの人が自分は中流だと思っていた時代から時が移り、いまや否定しがたい格差があって、それが広がっている。こう多くの人が語るのに、政治問題にはならないということが、ここでは指摘されています。これはなぜか。
「富の配分の不平等や不公正は、伝統的には政治の最重要争点であったことを思うと、これは奇妙な自体である」という氏は、明確な回答を示しているわけではありません。
たしかに氏は、他分野に比較して政治学側からのこの問題へのアプローチが弱いことに言及しているのですが、不活発なのはそれだけではないでしょう。政治学からの接近が強まるには、学問的な関心を惹起するだけの政治的・社会的な問題がすでに現れていなければならない。別のいいかたをすれば、格差問題が「社会の共通問題」になりえていないということにほかなりません。
ようするに、だれもが格差があると思っているのに、その格差は自分の問題ではないと考えていると推測することができる。多くの人々が打開・解決すべき問題として格差がとらえる状況でないのです。これは、たとえば「構造改革」のなかで格差もまた広がったと私はとらえるわけですが、格差の広がりという結果とその結果ともたらす過程、政治手法が一つにセットされおこなわれてきたことに由来すると考えてよいのではないでしょうか。格差は、階層的に分断する形で広げられてきたのです。労働コストを抑えるという企業の論理のもとで、正社員の非正社員への置き換えによって労働市場の姿は一変しました。日本型長期雇用は崩壊しました。すでに求心力を失っていた労働組合が抵抗することもなく大リストラが進行した結果、働く者の心理は自らを防衛することにのみ集中するのです。かつての一人の不満から階級意識へと高まる条件がすでにないといえるかもしれません。
連合は新自由主義の旗をふり、国会のなかでも民主党は「構造改革」に抵抗できなかった。
昨日のエントリーであげた、「金持ち減税」をつづけてよいのかという課題は、個人と社会をつなぐ回路を回復させるに有効だと私は考えるのです。税金のとり方のおおもとを問うでみようということです。

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