6月11日の国会で党首討論が行われた。
民主党の海江田万里氏代表が質問に立ち、安倍政権の憲法解釈変更の姿勢を糺
した。
これに対して、安倍晋三氏は、質問に正面から答えることをしないだけではな
く、事実に反する発言を示した。
海江田氏の質問は正鵠を射るものである。
歴代内閣が公式見解として示してきた憲法解釈を変更するなら、堂々と憲法改
定の手続きを取る必要があるというもの。
海江田氏は、なぜ憲法改定の手続きを取らずに、憲法解釈の変更という道を進
もうとするのかを質した。
しかし、安倍晋三氏はこの質問に答弁しなかった。
真正面から答弁できる論拠が存在しないためであると推察される。
そして、事実に反する発言を示した。
それは、オバマ大統領が来日した際の発言についてである。
安倍晋三氏は、オバマ大統領が、
「尖閣諸島が日米安保条約第5条の適用範囲で、尖閣有事の際に、米国が防衛
義務を果たす」
と明言したと述べた。
これは虚偽である。
国会の党首討論でさえ、このようなウソを平然とつけるのである。
安倍政権の「ペテン体質」を改めて浮かび上がらせることになった。
オバマ大統領が来日した際、オバマ大統領は尖閣諸島が、日米安全保障条約第
5条に記述のある
「日本施政下の領域」
に該当することを認めた。
米国は従来から、安保適用範囲は第5条が定めており、その第5条は、
「日本施政下の領域」
と表現していることを繰り返し表明している。
尖閣諸島は日本施政下にあり、このことから、尖閣諸島は日米安保条約第5条
の適用範囲に該当するとの見解を示してきたのだ。
オバマ大統領が来日して、新しい見解を示したものではない。
オバマ大統領は、尖閣諸島が日米安保条約第5条が定める領域に該当すること
を認めたが、
「米国が防衛義務を果たす」
などとはまったく明言していない。
日米安全保障条約第5条には次の表現がある。
「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する
武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の
憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣
言する。」
「自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動す
る」
とは既述されているが、
米国が「日本防衛義務を果たす」
などとは、まったく書かれていない。
このような「ウソ」を国会の党首討論の場で言ってはいけない。
1996年9月15日付のニューヨークタイムズ紙は、
「モンデール大使は『米国は(尖閣)諸島の領有問題にいずれの側にもつかな
い。米軍は(日米安保)条約によって介入を強制されるものでない』と述べ
た」
と伝えている(孫崎亨著『小説外務省』)。
オバマ大統領が来日した際の日米首脳共同記者会見で、尖閣問題について次の
ような質疑応答があった。
記者―――尖閣諸島についてオバマ大統領に明確に聞きたい。米国は中国が尖
閣に軍事侵攻を行った場合、武力を行使するのか。超えてはいけない一線はど
こにあるのか。
オバマ大統領―――いくつか予断に基づいた質問といえるが、そして私はそれ
に同意できないところがある。
米国と日本の条約は私が生まれる前に結ばれたものだ。ですから、私が超えて
はならない一線を引いたわけではない。
これは標準的な解釈をいくつもの政権が行ってきた。この同盟に関してだ。
日本の施政下にある領土は全て安全保障条約の適用範囲に含まれている。
そしてレッドライン、超えてはならない一線は引かれていない。
同時に私は安倍首相に直接言った。日中間で対話や信頼関係を築くような方法
ではなく、事態がエスカレーションしていくのを看過し続けるのは重大な誤り
だと。
日本と中国は信頼醸成措置をとるべきでしょう。」
安倍晋三氏は、オバマ大統領が来日した際に、
「オバマ大統領が尖閣諸島について、米国が防衛義務を果たすことを明言し
た」
と述べたのだ。
ところが、日米首脳共同会見でオバマ大統領が述べたのは、上記の内容であ
る。
安倍晋三氏の党首討論での発言は、事実と明らかに異なっている。
ここに、安倍政権の本質がくっきりと浮かび上がっている。
安倍晋三氏は、日米関係が民主党政権時代にガタガタになったとせせら笑った
が、安倍政権下での日米関係の方が、はるかに悪化している。
海江田代表は、安倍氏の靖国参拝について米国が
「ディスアポイントメント」
と発言したが、これは
「ディサポインティッド」
の誤りだろう。
米国は安倍氏の靖国参拝に「失望した」と述べたのだ。
安倍氏の歴史修正主義に対して、米国は厳しい見解を示している。
また、日米首脳共同会見で、オバマ大統領は、
「私は安倍首相に直接言った。日中間で対話や信頼関係を築くような方法では
なく、事態がエスカレーションしていくのを看過し続けるのは重大な誤りだ
と」
と発言したのだ。
安倍政権の対応について、
「重大な誤りだ」
と糾弾したのである。
オバマ政権と安倍政権の関係は著しく悪化していると言わざるを得ず、この安
倍氏が民主党政権をせせら笑うのは失笑ものである。
党首討論で、安倍氏は維新やみんなの党が、憲法解釈変更に理解を示している
ことを例示して、これを称賛したが、誰が賛成するとかしないとかいうこと
は、ものごとの正否を決める論拠にはならない。
時代を誤る時には、常に、多くの勢力が同時に誤った方向に付和雷同するもの
だからである。
憲法があり、その憲法を解釈して、政府が公式見解を示したなら、これが憲法
の解釈である。
その内容を変更するためには、憲法そのものの改定に進むべきである。
憲法改定のハードルが高いから、そのことを理由に、憲法改定手続を経ずに、
憲法の内容を変えてしまおうとするのは、思考の停止、もしくは、思考の衰退
でしかない。
このような基本的事項をまともに考えられないところに、安倍政権の質的な劣
性が顕著に表れている。
ものごとにはさまざまな意見がある。
集団的自衛権行使について、賛否両論があるのは当然のことかも知れない。
異なる見解、主義、主張が存在することは、当然のことであるし、健全なこと
でもあるだろう。
集団的自衛権行使の是非については、大いに論争を展開するべきだろう。
しかし、そのことと、憲法の内容を変える手続を飛ばすこととを混同して議論
するべきでない。
安倍氏が党首討論で述べていることは、集団的自衛権行使の是非であって、憲
法改定手続を経ずに、憲法解釈を変更することによって憲法の内容を変えるこ
とを正当性を示すものではない。
安倍氏は、憲法の基本理念に照らすと、集団的自衛権行使容認は、憲法の基本
理念に合致するから、憲法解釈が可能であることを主張しているようにも受け
取れるが、それは、あまりにも幼稚な発想である。
集団的自衛権行使の問題は、憲法第9条に関わる具体的問題であり、この具体
的問題について、政府が憲法第9条の解釈によって、集団的自衛権の行使はで
きないとの見解を公式見解として示してきた経緯がある。
これを踏まえれば、憲法全体の理念との関係から憲法解釈変更が可能になると
の結論は引き出し得ない。
法治国家、立憲主義の根幹が破壊されるかどうか。
その瀬戸際に日本が立たされている。
このような稚拙な問題をも、国会が明快に処理できぬほど、日本の衰退が進行
しているのである。
この現実は恐怖を超えて戦慄が走るものである。
正論が正論として通らなくなる時代。
暴論が排除されずに、白昼堂々とまかり通る時代。
それが、暗黒時代の象徴だとすれば、日本はいま、確実に暗黒時代に足を踏み
入れつつある。
この非常事態を可能な限り、早期に脱しなければならない。
日本一新の会 メルマガ配信
━━【日本一新】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
通巻第217号・2014/6/12
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顧問:戸田 邦司
発行:平野 貞夫
編集:大島 楯臣
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◎「日本一新運動」の原点―217
日本一新の会・代表 平野 貞夫妙観
○憲法改正の手続制度の整備で思うこと!
「日本国憲法の改正手続に関する法律」が、国民投票の有権者を、
18歳以上とすることなどを整備し今国会で成立が確実となった。
同法は平成19年に成立し、同22年に施行されていたがさまざ
まな問題があり、今日まで凍結されていた。
日本人の多くは「憲法改正国民投票制度」の整備というと、
「改憲論者」の主張か、という短絡した誤解を持っている。憲法
改正の手続制度を整備することと、「護憲」や「改憲」という話
は違うのだ。近代立憲国家の憲法として改正規定があるのに、改
正手続法が制定されていないことは、日本の民主主義の根本問題
である。
まず、終戦という特殊事情と、日本人の気質を考えてみたい。
(日本国憲法は明治憲法の全面改正で制定された)
日本国憲法(以下、現憲法という)は、手続としては明治憲法
第73条による改正規定で全面改正されたものである。
第73条 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命
ヲ以テ 議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノニ以上出席スルニ
非サレハ 議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数
ヲ得ルニ非サレハ改 正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス
明治憲法では天皇が改正の発議権を持ち、衆議院及び貴族院で
それぞれ3分の2以上の出席で、3分の2以上の多数による議決
が必要であった。国民投票などの必要はなかった。
現行憲法の改正規定は次のとおりである。
第96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の
賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経
なければならない。
この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行
はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名
で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
現憲法改正の発議権は、衆参両議員の総議員の3分の2以上の
賛成を条件に国会がもっている。そして国民投票で過半数の賛成
を必要とすることになっている。重要なことは、現憲法の改正権
は国民にあることだ。仮に新しい憲法を制定するにしても、この
規定から国民投票が必要であることは当然である。
(現憲法の国民投票法など改正手続制度が67年も遅れた理由)
現憲法の制定が準備された昭和20年代後半から同21年前半
という時代は、敗戦直後できわめて荒廃した国家社会であった。
そしてまた、占領軍の指導でつくられたことも事実である。この
時期、占領軍側がもっとも危惧したのは、日本の軍国主義復活で
あった。そのため、占領軍(GHQ)が日本側に要求したのは、
「施行後10年間ぐらいは、憲法改正手続制度を制定しないよう
に」ということである。この話は昭和30年代、政府の憲法調査
会(高柳調査会)が米国で調査した文書に出ているものである。
国家存立の原点である憲法を、ここまで侮辱するというのは、何
よりも、戦争に敗けたことが原因だ。これだけを見ても、絶対に
戦争をしてはならないことが理解できるだろう。
新憲法が制定され、平和主義・基本的人権・国民主権という人
類の理想原理が規定されたものの、その基本である、国民の憲法
制定権を行使する改正の手続法がない欠陥憲法として、出発せざ
るを得なかったのである。
昭和26年9月、対日講和条約が吉田茂首相のもとで調印され、
わが国の独立が準備されるようになる。まず吉田首相が準備しよ
うとしたのが、憲法欠陥の補完、即ち「憲法改正国民投票制度」
の法制化であった。政府の選挙調査会で要綱の作成まで進めてい
た。この時期、朝鮮戦争が激化し、追放解除で政界に復帰した反
動政治勢力が再軍備のための憲法改正を主張するようになる。吉
田首相は軍国主義化を危惧して、「憲法改正国民投票法案」の国
会提出を行わなかった。
その後、憲法問題は「改憲派」と「護憲派」の対立として、わ
が国の政治対立の原点となる。昭和30年の保守合同で結成され
た「自由民主党」は〝自主憲法制定〟を党是とした。しかし、そ
の狙いが「再軍備」であったことを多くの国民は見抜いていた。
昭和時代は岸政権を除いて改憲を政治のテーブルに乗せなかった。
寧ろ自民党内に事実上の「護憲派」が生まれるようになる。こう
して、現憲法は国民の憲法制定権や改正権を整備しない欠陥憲法
として放置されることになる。
(冷静な憲法見直し論が始まる!)
平成時代に入り、自民党から野党、労働界、マスコミに至るま
で、冷静な現憲法の見直し論が出るようになる。背景には平成元
年(1989年)12月の米ソ冷戦終結後の新しい世界秩序にど
う対応するか。湾岸戦争を体験して国連や国際貢献のあり方をめ
ぐって、憲法の見直し論や、新しい運用論が熱心に議論されるよ
うになる。また、政治改革や環境問題、さらに地方自治体などの
あり方をめぐって、社会党からも「創憲論」といった護憲的立場
での見直し論が出るようになる。
平成5年8月に非自民八党派の細川連立政権が成立し自社55
年体制が崩壊する。この時期の憲法見直しに対する与野党の議論
について、『世界』(1993年4月号)で、政治評論家の国正
武重氏と参議院議員の私が、『改憲論はなぜ噴出するか―まだら
模様の改憲論』と題して対談している。
ご覧いただければ当時の様子がおわかりいただける。
(憲法改正国民投票など手続法整備の動き)
現憲法の見直しについて、従前の教条的憲法論を離れて議論が
続く中、国会で、憲法改正国民投票制度など手続法の制定を最初
に提起したのは、他ならぬ私である。平成11年4月6日の参議
院決算委員会で、自由党に所属していた時期だった。会議録の要
点を採録しておこう。
○平野 確認しておくが、憲法改正手続に必要な国民投票制度は、
法制度の整備がいるのではないか。
○大森内閣法制局長官 国民投票の詳細について憲法は規定して
いない。法律で定める必要がある。現行法制だけでは動かない。
○平野 53年もの間、国民の憲法改正権を整備せず放置してい
る責任 は政治にある。憲法を尊重擁護する義務(第99条)
に反しているのではいか。
○大森 憲法尊重擁護義務に反するのではないかと言われるとつ
らい。しかし、憲法をめぐる政治事情があった。
○平野 野中官房長官に伺います。半世紀以上の憲法の欠陥を封
印しておくことは、戦後処理の最大の問題です。戦後問題は今
世紀に処理をというあなたの考えを実行するため、憲法改正手
続制度の整備に取り組むべきではないですか。
○野中広務内閣官房長官 指摘の法整備については、憲法改正に
関する国会での議論を踏まえて検討されるべきで、憲法の各条
項を自由に検討する中で、国会の議論の集約や国民の合意が得
られていくと思います。
○平野 宮沢大蔵大臣 総理経験者として、ただ今の議論につい
て感想を願います。
○宮沢大蔵大臣 確かに平野議員の言われるとおり、日本国憲法
の法体系として第96条に基づく所要の法はつくっておくべき
であったと思います。実は今日もそうですが、これを整備しよ
うとなると憲法改正をするかどうかの議論につながる心配があ
った。最近憲法に微妙な変化があります。しかし、改正となる
と必ず第9条の問題が出てきて、大変なことになると思います。
以上が、平成11年4月時点の自民党ハト派の考え方であった。
この国会質問を知った小沢自由党党首から「あまり年寄りを苛め
なさんな」といわれたことを憶えている。
当時、私は現憲法の基本原理を発展的に継承した「新憲法」の
論議を行うべきだとの主張を持っていた。第9条については、日
本人の感性が戦前の軍国主義に回帰するようなことはないと判断
していた。国連への協力を加えることで、その精神を生かすべき
だと考えていた。野中・宮沢両先輩の危惧を「年寄りの過敏症」
としか理解しなかった自分を猛省している。
歴史とは皮肉なものだ。「憲法の改正手続法」が整備され、欠
陥憲法が正常な憲法体系となると同時に、政治家の憲法感覚が狂
ってきた。安倍首相は違憲の「集団的自衛権」を解釈改憲で強行
する気だ。恐ろしいことに、与野党合わせて国会議員の多数が、
これに協力的だ。戦前にも見られなかった異常な事態がわが国を
襲っている。立憲主義を理解しない国会議員は、憲法尊重擁護の
義務に違反するものでその資格はない。 (了)