今何処(今の話の何処が面白いのかというと…)
マンガ、アニメ、特撮の感想ブログです。




物語マインドマップ 8.脱英雄譚~ガンダムのテーゼと“彼岸“のさらに先の物語


講義・物語マインドマップ
1.神話とアーキタイプ~少年は竜を殺し、少女はシンデレラの夢を見る
https://www.youtube.com/watch?v=jBrF0...
2.善悪逆転の物語~勧善懲悪のヒーローが人類終末論にたどり着くまで
https://www.youtube.com/watch?v=kz2cv...
3.竜退治の彼岸~富野から庵野に至るロボットアニメの戦史
3-1 https://www.youtube.com/watch?v=j__of...
3-2 https://www.youtube.com/watch?v=tPQbQ...
4.変身ヒロインの系譜~魔法少女から『セーラームーン』の彼方へ
https://www.youtube.com/watch?v=HrZwf...
5.美少女カンブリア爆発~ラブコメからハーレム、そして女の子しかいない世界
https://www.youtube.com/watch?v=Xr7nN...
6.セカイ系の台頭~エヴァとアンチエヴァ、ループ、悪を為す事
6-1 https://www.youtube.com/watch?v=sm5NI...
6-2 https://www.youtube.com/watch?v=Y5B9P...
6-3 https://www.youtube.com/watch?v=Toj4A...
7.脱セカイ系としての日常系~『あずまんが大王』と無菌系、ふたたび竜退治へ
https://www.youtube.com/watch?v=P7WNr...

出席者(敬称略):LD、海燕、ペトロニウス
話題:2017年8月、物語三昧ラジオオフ会で行った講義をボリュームを上げて再講義します。

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コメント
 
 
 
装甲悪鬼村正 (ポギーはまなつ)
2018-03-23 03:09:13
こんにちは。ラジオ楽しく聞いてます。

善悪逆転から悪を為す系の話の流れで一つの作品を思い出しました。
装甲悪鬼村正という10年くらい前の18禁ゲームなのですがそのストーリーは、
一人敵を殺したら一人愛する人間も殺さなければならないという
善悪相殺の呪いがかかったツルギ(変形するパワードスーツ的なもの)を主人公が目的を果たすために渋々使うという内容です。

ストーリーを進めるとなぜこんな呪いが作られたかが分かるのですが、
かつて戦争を見てきた鍛冶師が正義をかかげ敵を殺すこともまた独善という悪であると気付き、
戦いの真実を知らしめ平和をもたらそうと考えたのです。

さて、このゲームのトゥルーらしきエンドで主人公はある商売?を始めます。
「あなたの敵を殺してあげます、その代わり同じ数だけあなたの大切な人の命も奪います」と。

ラジオを聞いてこの作品がそういったテーマをある種突き詰めた結果の作品だったのだなと理解が深まりました。
 
 
 
Unknown (LD)
2018-03-24 20:08:32
ありがとうございます。
『装甲悪鬼村正』、やりたいですねえ。ニトロプラスのゲームはやりたいものが沢山あるのですが、『デモンベイン』とか。
どうも僕は、ゲームをやる習慣が乏しくなってしまい。なかなか取りかかれません。
機会を見てぼちぼちやっていきたいと思います。
 
 
 
マインドマップ講義に追いついて (ささやん)
2018-04-08 22:09:25
9まで、ひとまず追いつかせていただきました。今のところまでありがとうございます。

やはり、自分以上に作品を読んでいる方なので、全く違うところに地平を見出しているなぁという気がしました。
ほぼガンダムを見れていないので、テーゼに関わる話が新鮮で
ヴィンランドサガで行われている正義の実践、これが別の形でガンダムシリーズの中で行われていたのかと
SEED等のガンダムが駄作との意見をよく周りから聞かされていた身としては斬新で、見たいと感じました。

また、一つとてもお勧めしたい作品があります。
ニコニコ動画にあるアイマス二次創作動画で「陽気なアイドルが地球を回す」と続編「陽気なアイドルが地球と踊る」です
あまりにも名前が知られていない超傑作です。ただ、最初テンポが悪く感じられるためになかなか視聴者が増えていないのですが
一作目ははセカイ系的諦観からの突破、続編の側は経済的手法面ではなく、まおゆう的な脱英雄譚を、英雄ではない人間たちの視点から突破しようとしてる作品です
2010年代前半を代表されているべき作品だと思うので是非見てほしく、語ってもらえたらなと思っています
演出面でも独自性を持っていたりもしますので。
あまりにも話題になっていなさすぎる上に、二次創作作品なので、どこでも日の目を見ぬまま消滅してしまいそうな気がしています




では、ここから先、動画の熱量にあてられてしまって言いたいことが多くなり、痛々しさと申し訳なさもあるのですが
今までのマインドマップを見て思ったことを多々書かせて頂きます。



 8-1で述べられてるエヴァンゲリオン的に引きこもっていく背景はもっと先に言ってほしかったと言う思いが強かった

話の中でシンジ君がカミーユが敗れたドラゴンとは何かというときに、天使であり、それは人間は悪であるという告発であった、としていたのだけれど
あまりにもその話が抽象的過ぎて、人間は悪であるという告発だけじゃないでしょ!と思ってしまっていた

シンジ君の動かなくなった原因として
自分は変われないというより、変わろうとして結果を出そうとしても認められないし傷つけられるばかり
さらに言えば、大人の、ゲンドウの求めることを成して得られることに全く実感が出来ないし、理解不可解である、けど命をかけて戦え!、という経緯
この二律相反な状況に対して逃げられない閉塞感があったのだと思いますし
この大人、社会に対する不信があったと思われます。私はこの不信が重要な要素なのではないかと思っているのですが。
そしてその大人・社会が見えないからこそ、世界の危機と自分の間にある中間が消えうせて見えるということがあったのではないかと思っています。
エヴァは明らかにマジンガーZでありウルトラマンなので、ウルトラマンを超リアルに考えてロボ化したらこうだろ!という発想だったでしょうが
昔から言われる狭義セカイ系で中間が消えうせているように見える理由、この形が継承された理由は不信があったからだと思います。
この大人の倫理や社会への不信は、ナデシコ、リヴァイアスにもえがかれており、この不信故に社会は具体性を失い自らを攻め立てる環境という形になったのだと思っているからです。
こういった要素を含んでおいてを天使の告発によって主人公がつかれた、でまとめられると、確かにそういえるのではあるのだけど
そこにどんな問題点があったの?という具体性の欠けた感じがしました。後々考えてみて直接関係が無いために具体性を省いたとも気付いたのですが

つまるところ、どう疲れどういう物語環境当時あったのかが先に欲しかったように思えていました。



 この情報量の中に、ループものという文脈においてYU-NOが入っていないのはさすがにまずいように思われる。

それは、ゲーム的選択肢をダンジョンと見立てたことで生まれた、ゲーム性からループが出てきていることでもあるが
ネームバリューとしても、その時点で何をやってるかについても重要であると感じるからである(ネタバレしていいか分からないのでここはこんな感じですいません)



 ループはなぜ必要かということについて

押井守は「スカイクロラ」において、エヴァンゲリオン的行き詰り、つまり褒められず成果も出ないように思える世界、を見せた上でそれでもやってこい、パッと見変わらないかもしれないが変わっているんだ!
とやっているように思える
これはループに見えるかもしれないけど、やれば変わるかもしれないという、閉ざされた世界からの脱出を描いており、評判の割にうる星映画をやった押井守らしい成果ではなかったかなと思っている

同じくマヴラブシリーズも、マヴラブの時点ではループもの主人公という風ではなく、行き詰まりがあった。
ベータが押し寄せてくる辛い世界で、最終的には世界の大人たちは自分勝手に救われようとして、そして救われることもない、というエンドをみることとなる。
これは敵が強大であること、社会は信用ならないことが示されている。
これを乗り越えるために、敵を倒せる力だけではなく社会を動かす力として、ループの必要性が出てくるのである。

この社会・世界を倒すためにループが必要であるというのが、「リゼロ」、「ひぐらしの鳴く頃に」、「シュタインズゲート」、等にみられる地平である
つまりいい人生を生きるという次元ではなく、社会を変えるためにそれだけ多面的に世界を見つめなければいけないという認識があった上で、最適化をしていく必要があると考えられたということではないだろうか
このことはマブラブオルタが描いており、さらにその上でマブラブ二次創作である「Muv-Luv Alternative ~take back the sky~」内でも語られていることだと思う。
これはまおゆうが経済知識を土台に具体性をもって改革をしていくのとある意味近い地平ではないだろうか、それは同じく現在の環境の多くを知ってこの世界を変えるということなのだから。
以上を踏まえると、まおゆうが経済知識を持つことは、ループが物語世界内で足を運んで理解する流れを、技術によって圧縮してるという意味でにありきわめて大きな意味を持つように思えるのだがどうだろう。



 ループものに対してなろう小説における社会は、まだ初期社会であって変え易いということが重要である。

ラジオ中ではビフがいない世界といっているが、ビフとは何であるかということがあいまいで、ストレスが無い世界というようにとらえていることが誤りであるという考えがある。たしかにストレスの無い世界でもあるのだが。
つまりなぜアメリカや未来に転生しないのか、なぜ文明レベルの低い異世界に転生するのかということが説明できないのである。
知識チートとは、今あるすごい現代知識で世の中をよくしようと言っているからだ
ここはある意味まおゆうの簡易版と言ってもいい。もちろん善悪二元論を提示しやすいという話もある。

また、このすばを見ると、社会の求める正義を成す行為はギャグ化している面があって、ONE先生の漫画、たとえば「モブサイコ100」のように英雄的力はしょうもないことであるとも言っているが、そういった上で働いて仲間と遊んで生きる方がいいよねと言っている。
これは明らかにハルヒの類型である。ハルヒは悪が存在するような冒険より日常的幸せがいいということを言っていたからである、アニマの導きで行動のきっかけを持つ氷菓が、ハルヒと近い構造をもつにもかかわらずさほど人気がでず、このすばが人気が出たことの意味は社会に対しての認識では無いかと考えている。



 「涼宮ハルヒの憂鬱」と無菌系に関して、癒しであるというだけの表現への違和感

涼宮ハルヒに悩みを投げたら気が楽になって楽しくなった、と言っていたと思うのだが、ハルヒがキョンを選び日常に帰ってきたということの意味が抜けているように思える。
ハルヒとはセカイ系に必要であった社会と力とヒロインをまとめたものであろう、そのハルヒがキョンという日常存在の在り方を選ぶのである
それは、ドラゴン殺しのような冒険ストーリーへの希求を捨ててバンドで演奏することの方が実感があり、思っていたよりも楽しいじゃないかと言っているのである。
これは地に足のつかない冒険より、現実をよく生きることの方が価値のあることじゃないかという地点に立っている。

これは、まず一度日常に立ち返ってみようよ、と言っているのである。まず日常があるよねと、
そこを確認しなければならないほどにボロボロだったともいえ、その点癒しであることは確かなのだが、
おそらくリアリティの獲得が重要である、そしてこのリアリティとは言い換えれば時空間連続性だ
時空間的連続性が必要になる理由は、今という瞬間に意味や価値があるということに他ならない、その点サザエさん等と比較すれば分かることである

それは日常生活に強く価値を見出している時点で、不可避なのではないだろうか
それは自分たちが学園生活を開始し、わくわくして友人と生きる世界が、噓で何も残さないものになってしまうからである
あずまんが大王の呪いとは日常性の価値への自覚に他ならないのではないか

余談として
最終的にハルヒはキョンを、日常を選んだ、これがTV版ハルヒである
そうはいってもファンタジー空間楽しんでんだろ、キョンよ!というのが劇場版であり、この両方を抱えてファンタジー空間で日常を楽しむ、このすばに綺麗につながるのは驚きがあった。



 日常系の意味と物語

日常系は癒しであるということの違和感は上で述べたが
では日常系はなんなのか、と考えると、ハルヒ以降、けいおんで完成されたものは、日常讃歌であることは否定しようがないように思える。
日常生きることの喜びである。これは孤独のグルメといった料理漫画がブームになったことに接続する。
日常を良く生きる手段は、ビフと戦うというだけではなく、良い食事や友人との会話の中にも存在するのであって、これは戦いによってもたらされないものであろう。
これはもはやドラゴン殺しのための癒しというだけではない、というよりセカイ系はドラゴン退治につながるための準備期間であるという感覚そのものが、物語の目的がドラゴン殺しであるという一元化的発想であり、過ちであるように思える。
これは結局セカイ系批判している人たちと大差がない。目的意識を持って行動出来る人間だけが優れているという発想に他ならない。
日常系に近いものは社会人ものでも行われている、それは「オタクに恋は難しい」である。
これは恋愛もあり、社会に出ているが、ドラゴン殺し的な発想はあらわされていない。
もはや日常系的な楽しさは時間制限付きでもない。しかし、ジャンルとして残るだろう、ここに失われるがゆえの美しさという発想は存在しない。
ただ、先が無いというのは確かで、ドラゴン退治を行うことを前提とすると停滞であると思うのだが、一つの完成でもあると思われる。
また日常系の先として、「この世界の片隅に」があげられていてもいいように思える
これは戦時中の人間がどう生きていくかということを描いたが、これもまた日常讃歌であり人生讃歌でもあったのではないだろうか
日常を図太く、必死に、時に楽しく生きることそのものが戦争の残酷さを理解出来る形であぶりだしもする。
このそれでも日常を楽しく生きようとする姿、日常讃歌はただの停滞なのかという気持ちがある。
まあ、ドラゴン殺しの系譜としてなので重要でもない気もしますが。

(下へ続く)
 
 
 
マインドマップ講義に追いついて(続) (ささやん)
2018-04-08 22:10:45
(上から続く)

 ナデシコについて

動画を見て「機動戦艦ナデシコ」を見ました。
本編で行われるのはゲキガンガーを代表とした戦い像の否定とその解体。
大味なつくりではあったが、アキトを核として正義を信じたい人々、戦後日常生活を生きることへの意識、各々に正義があるという主張等は解体の効果として一定の結果を残したように思えた。
ナデシコで観られた否定や解体は、「無責任艦長タイラー」という戦争をちゃかすような作品にも表れているように思える

TV版とちがい、劇場版でアキトは復讐者になった
これはたぶん悪を成すものとエヴァの連続性を感じさせるものであるが
世界に対抗するのに、立ち上がるのにサイコパス的な異常性を持つことが有効であることを示しているのではないか
おそらく月姫において主人公が殺人鬼の一面を持っていることと似たものであろうし
もしかしたら、Fateにおいて衛宮士郎が異常者という風に言われることにもつながるように思える

そして劇場版ナデシコは「フルメタルパニック」につながるように思える
アキトは戦うために日常性から乖離した。フルメタルパニックにおいて日常性から乖離した存在である相良宗介が千鳥かなめによって日常性を獲得するさまは、アキトがどう日常に戻っていくかではないだろうか
この作品を京アニが作ったことはまさにその示唆であって
ハルヒという、非日常性の塊が日常を選択することの意味につながる。



 無限のリヴァイアスについて

動画を見て「無限のリヴァイアス」を見ました
無限のリヴァイアスと狭義セカイ系はエヴァにある別々の特徴を拡大したものと考えられる
リヴァイアスは内ゲバでありエゴのぶつかり合い、狭義セカイ系は主人公・ヒロインの関係性である。
なぜセカイ系サバイバルが日常に帰りたがるのか。目標達成のために生まれたサバイバルではないのだから。また、大人の不在は重要だ、大人とは「正しい」倫理であり「目指すべき、倒すべき」目標である。
内ゲバ的サバイバルにおいて、大人であるという上位の倫理観は敗北する。この守る大人や倫理の不在はセカイ系でも生まれる心境であり、その後さまざまな形で表出するように思える。
無限のリヴァイアス的な倫理の不在はスクールデイズへとつながる。

また、「アリスと蔵六」において倫理が再構築されようとしている点などは意味があるように思える。
確実に倫理感を持つ存在としての蔵六と、倫理観を獲得していくアリスとの差異は
倫理の持ち主への信頼感の回復であり、大人への信頼感も回復されてきているということは重要な意味がある。
この点において、「無職転生」は自分が大人という立ち位置になり、子供との信頼感を構築していっていることを考えると
「無職転生」という作品の重要性がわかると思われる。
親子、特に父と子という点に関していうと、「エヴァンゲリオン」の副監督である鶴巻和哉監督が「FLCL」を作成している点も重要性がある
FLCLはバットをふれないナオ太がバットを振る話であり、その点でもエヴァ以降という作品であるが、愚者の女教師(愚かな倫理)と見守る父が描かれている点で
父子の関係性の回復のかけらが見えている気がする。系統作品があまりないのであれですが。


 まどかマギカとマブラヴの差について

マブラヴは世界は辛く強大であるがそれを乗り越えられると言っているのであれば
まどかマギカは世界は辛く強大であり、辛いことは変えられないが世界を守ろうとする思いが否定されるなんて許せないといっている
後者を冷めた目線というのは明らかに世界の辛さを変えられるかかえられないかという点であり、ここは大きな差なんだろうと思った。



 英雄とゴブリンスレイヤーについて

「ゴブリンスレイヤー」について語られなかったのは不思議であった。重要性が低いということでもあるかもしれないが
ゴブリンスレイヤーはゴブリン退治という、ドラゴンより弱いものを退治していく物語であるが
これは、ドラゴンを倒している間に周りの人間が死んでいくという、ある意味「無限のリヴァイアス」でおきたような問題を解決するとともに
自分の周りのことから解決していくという、世界を革命する英雄ではない有り、身の回りから救っていくあり方を見せてるという意味で重要ではないだろうか
なぜなら、政治参加させることが重用であるというんあら、下から政治参加したいという意志に連なるムーブメントもとらえられるべきであり
その点で世界の大局を変えられない存在が世界に対して何をしようとしているかという試みも重要じゃないかと考えるのである。
根本的解決への繋がりにかけるという点で重要性が低いのかもしれないが。



 逆襲のシャア、F91、ブレンパワードについて

Z,ZZを見ていないといので、明らかに間違っている可能性はあるという前提の上で読んでいただきたく思う。
逆シャアはアムロとシャアの対決自体は大きな問題ではなかったと思われる。
もちろん、人々の正義の心を信じるアムロと、一発ぶん殴らないと変わらないだろうというシャアという分かりやすい対立はあるのですが
アムロやシャアが女や子供に何をして、その結果どうなったかということが問題なんだろうと思われる。
つまり、上でがたがた戦っている間に、子供たちは大人になれないまま罪を背負うようなことになる、という悲劇である。
ここで描かれるような大人と子供の乖離、関係性はF91でも引きつがる
F91ではまるで大人になれていないような大人が子供にそれを押し付けようとするが、子供はもうついていけないよ、と離れていく話である。
この流れは、ブレンパワードの子育てロボットアニメも言える作品に表れる
大人と子供の関係性を回復させようとしたのではないかと考えられるのである
と考えると、逆シャアにおけるアムロ&シャアの有り方への違和感も、描きたいものが別にあるという点から解消されないかと考えた。
 
 
 
Re:ささやん (LD)
2018-04-09 01:33:04
ありがとうございます。しっかり観ていただけたようで、有難いです。

>話の中でシンジ君がカミーユが敗れたドラゴンとは何かというときに、天使であり、それは人間は悪であるという告発であった、としていたのだけれどあまりにもその話が抽象的過ぎて、人間は悪であるという告発だけじゃないでしょ!

これはその通りですね。カミーユは人類の革新(天使との戦い)に挑んで敗れたというのは、ありの指摘だと思っていますが、そこにシンジくんを直接つなげるのは強引な面があり、誤解される所もあるかと思います。
ただ、周囲の環境に対する疲れ、社会に対する疲れに、シンジくんが生まれた背景があるとして、それが物語上において正義に対する疲れという現象と重ならないものかと言うと、そんな事はないと思っています。
それは講義で述べた、番長モノが飽きられ、ラブコメが台頭してくるという流れともリンクしており、別々の流れとも言えるけれども、同時に大きな一つの流れと捉える事ができると思います。
つまり、上手く補足できなかった面もありますが、ある程度、有意なつなげ方だとも思っています。

>この情報量の中に、ループものという文脈においてYU-NOが入っていないのはさすがにまずいように思われる。

すみません。『YU-NO』やった事なかったです。機会を見つけてプレイしてみます。『スカイ・クロラ』は、すっぽり抜け落ちていました。ある意味、先駆けの惜しい監督が、彼の答えを出した作品だとも思います。
ループものは、ループものという物語である以上、多くは脱出し、多くはその脱出方法に作者のメッセージが入るわけですが、『マブラブ』、『リゼロ』、『ひぐらし』が多面的に世界を見る事を提示しているとして、では、『紫色のクオリア』や、『All You Need Is Kill』、『AIR』、『CLANNAD』が、ループものではあるので多面的世界を見せてはいるけれど、そこがメッセージかというと疑問に感じています。先程の『スカイ・クロラ』もそうですね。
つまり、各作品のもつメッセージはそれぞれ違って、そこからはループものが同時多発した背景を上手く説明できないように思っています。

>ハルヒがキョンを選び日常に帰ってきたということの意味が抜けているように思える。

これはその通りですね。ハルヒをアニマにとらえて説明しており、かつ、セカイ系から『ハルヒ』→『らき☆すた』への脱出をキョン視点で説明するのに意識があって、そちら側からの説明には怠りがありました。

>これはもはやドラゴン殺しのための癒しというだけではない、というよりセカイ系はドラゴン退治につながるための準備期間であるという感覚そのものが、物語の目的がドラゴン殺しであるという一元化的発想であり、過ちであるように思える。

原則的な姿勢として、ドラゴン殺し>日常系というつもりはありません。
しかし、マインドマップで示したとおり、ある経は日常系、空気系、無菌系を希求しながら明確に竜退治が残り、そして時間が経つと講義で言う所の新世界系へと抜けて行っています。この流れにおいて竜退治の準備期間という指摘、解釈は成り立つと思っています。
ただし、それは日常系全部に言えることではありません。そういう経もあると言うだけです。竜退治を主軸に語る講義なのでそちらを主体に語ってはいますが全体像はまた別の話です。
ここらへんは、より「とどまる」あり方としては、現在はどうもアイドル系が正解のようで日常系からそちらにシフトしているように見えますね。

>英雄とゴブリンスレイヤーについて

『ゴブリンスレイヤー』も見ていないのですよ。僕はやる夫作者でもあるので、これは見ないといけないんですけどねえ…。なんとかします。

>逆襲のシャア、F91、ブレンパワードについて

僕は富野監督は、大人、特に親に対しては諦めにも似た姿勢を示していると思っていて、修復する気もないという感覚を持っています。確かに『ブレン』は、そう見れて、ちょっと別なんですけどね、その後『キングゲイナー』や、『ターンA』では再現がなかったので。
ただ、指摘としては面白いなと、全体像にその視点をかぶせてみると解法はあるかもしれませんね。
 
 
 
Unknown (LD)
2018-04-09 01:36:18
すみません。タイトル敬称抜けていました。

Re:ささやんさん

で、お願いします。
 
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