マックス.ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は大学の社会科学系の学部にいった人は、必ず教授たちの口からきかされる名版でしょう。
のみならず、必ず読めとすら言われる本でしょう。
私の大学時代には、某教授から「読んでその意義について論じよ!それを書かなかったら単位はあげない。」とすら言われました(笑)。
それくらい社会科学系の人には大事な論旨が入ってるということでしょうか。
私は、その是非は人によって違うでしょうけれども、私なりに解釈し意義を論ぜよといわれたら、やはり社会を動かすのは、人間の精神と行動なのだということを学べ、ということでしょうか?
社会は、自然とは違って法則が不変ではない、であるからこそ、人間の精神を学びそこからこれからの社会をよくするために、精神を規定する必要があるということでしょう。
その精神を変革し、行動を律するためには、多くの人が科学を学び、そして行動していかなくてはならない、というように自分のこころを規定しなおしました。
そんな人が増えてくれたらなあと正直思います。
この本では、社会主義の崩壊から論じています。
それは産業経営の精神が欠如していたからだと喝破しています、その通りですね。
産業経営とは、様々な資材、労働を組み合わせて、利潤を最大にすべく計画し行動する、ということですね。
しかし留保がついて、社会法則を通じて、実現可能なものでなくてはいけないとも言います。
そういった点を無視してがむしゃらに生産だけしていったということが、ソ連や中国の崩壊を招いたのは言うまでもないでしょう。
ソ連や中国で失敗したことをしないできただから資本主義は存立できた、といって手放しで今の資本主義国を喜べる性質のものではないようです。
しかし、そこで儲けたお金は、投資に回さないと景気は循環しないのです。
その投資こそ、資本主義の存立の条件であるのですね。
しかし、この本が書かれた当時のアメリカや現在のアメリカでは、その投資がほとんど行われていないのです。
巨額の利益を設備投資に回さず、会長や社長やらで山分けにしている。
これも資本主義の精神に反することですね。
ウェーバーが研究の途上で発見した資本主義の精神とは、どういうものか、これが今も多くの社会科学に携わる人たちをとらえて離さないものなのですね。
マックス.ウェーバー
それは以下です。
キリスト教的な禁欲主義です。
これが資本主義を支えるエートスだったというのです。
禁欲主義とは、何々を飲んはいけないとか、何々を食べてはいけないといった禁止事項ではなく「一心不乱に目も降らずただある行動をする」ということだそうです。
カトリックにおいては、禁欲は世俗外だったのが、プロテスタントにおいては世俗内に持ち込まれることになり、それで革命が起きたという事なのだそうです。 これが資本主義の精神に画然たる基礎を与えた、ということです。
これは非常に明快な論実でしょう。
確かにそうだ!と誰もが頷くのではないでしょうか?
私は抽象的で難解な論述の左翼知識人の書いた本には一切共鳴しませんでしたが、このウェーバーの論実には、心が空欄になるほどの衝撃を受けたのです。
よくこの事実を見つけました!と、感動ものでした。
私の大学時代にお世話になったゼミの先生は、
「大学時代にマックス.ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読破した時に、学問ってこういうものなんだと感動して涙をこぼしました。 自分が大学の教授になればマックス.ウェーバーみたいになれるのかな、とおもってこういう道に進んだんだけどなれないんですね…。」
とこぼしていたのを思い出します。
それくらい感動的な本であることに違いはないでしょう。
また、利潤や利子こそは資本主義のいわば本領である。
しかし、世界史を鳥瞰して、何とかあるいはかなり大幅に利潤を許容した例はいくらでもあるのに、そういった地域からはつい資本主義は生まれなかった。
利子、利潤すすんでは金もうけをゆるす土壌からは資本主義の精神は生まれなかったというのです。
これも非常に慧眼なことを発見したと感動するばかりですね。
私が毎日8時間以上社会科学系の勉強しても、おそらくこんなすごい誰もが目の見張るような事実を発見することはなかったでしょう。
こういった事を発見できた人は何世紀もたっても語られる大家になるのでしょうね。 前期資本主義は単なる金儲けで、近代資本主義は合理的経営体に適合的であるというのです。
この期の精神こそが、資本主義の原動力になるのだということですね。
これがプロテスタントの精神なのです。
よくここまで発見出来ました!
これに感動し、ウェーバー研究で有名な大塚久雄氏は、自らクリスチャンになったほどですからね。
大塚久雄
それほど素晴らしい精神として注目を浴びたのでしょう。
プロテスタントの精神においては、物欲などもってのほかであり、営利活動によって得た巨大な富は当然ながら投下資本になるできものでした。
しかしウェーバーの嘆きは以下です。
「とにかく勝利を遂げた資本主義は機械の基礎の上に立って以来、この支柱を失ってしまっている」
ということですね。
先に書いたような、利潤を会長や社長で山分けにしてしまっている、ということですね。
しかも、企業の一番上と平社員の所得格差が何百倍にもなってしまっているということもですね。
この本を読んだ当時は、こういったアメリカの事象はアメリカに特有のものと思って対岸の火事よろしく傍観していただけでしたか、日本も残念ながらそういう気風に似ってしまっているのは否めません。
しかし、健全な資本主義の継続のためには、プロテスタントの精神が必要であることがわかります。
しかし、再投資はされず、企業内でため込まれる傾向にあるようです。
それはやはり成熟化社会になっていくにつれ、物が売れない、良いように景気が立ち行かない、だから賃上げもそんなにできない、ということでしょうね今の日本は。
しかも少子高齢化において、自分が将来年金をもらえなくなるのでは、という不安のもとではますます人は貯金に励むでしょう。
しかし、これまでいろんな叡智を生み出してきた人類ですから、これからどうすれば以下といったことは工夫次第で何とか切り抜けられるのではないかと期待しています。
あまりに抽象的で無責任なものいいかもしれませんが…。
そのために、自分はどうすればいいかを考え続け、勉強し続けることが大事でしょう。
かつて、アダム.スミスは「経済の世界は合理的な計算、あと先の配慮、慎重な見通し」と書きました。
その時の行き当たりばったりの経営もどきではいけないのです。
かつて90年代半ばに東京で豚骨ラーメンを初めて出した『なんでんかんでん』の川原ひろしさんは、開店当初お客さんがあまりこないときに、来てくれたお客さんにビールをただでごちそうして話しかけて友達になり、を繰り返した結果繁盛店になったようです。
しかし繁盛店になったらそのサービスはやめてしまったようです。
しかし、その後いろんな豚骨ラーメン店が林立するようになり、『なんでんかんでん』よりも安くサービスのいいパターンが多くなり、『なんでんかんでん』は窮地に立たされ、それでも方針を変えずにいたらついにどうにもこうにもならず、ついに『なんでんかんでん』は閉店の憂き目にあうのでした。
また川原氏と同じく、『マネーの虎』に出ていた安田久は、経営の基本方針は「お金を儲けること」という方針が先にありきでした。
先への見通しは殆どか全く考慮に入れていなかったのですね。
ゆえにか安田久氏のお店もあえなく閉店でした。
逆に、『マネーの虎』での出願者で、今も成功している茅ケ崎のイタリアンのお店は今でも繁盛し、3号店を出すまでになっているようです。
その出願者だった今の社長さんは、「自分がいくら儲けるかは考えてない」という事でした。
ただお客様が喜んでいただけることを常に考えて行動していくだけである、といっていたのは興味深いです。
やはりアダムスミスのいった「経済の世界は合理的な計算、あと先の配慮、慎重な見通し」ということは今も正当性を持つようですね。
『貧乏脱出大作戦』に出演していた儲かっていない飲食店の長は、皆おいしい食べ物を作ることだけに意識を集中していたようです。
そういうものも必要不可欠ですが、それだけが経営には必要なのではないのです。
経営のためには、おいしい食べもの、接客、綺麗な外装、人を感動させるサービス、広告といったものが必要なのは間違いありません。
あの番組に出て、一時的に儲ったのはテレビに出た後のちょっとした期間だけで、あとは鳴かず飛ばずであえなく閉店という例は多くありましたが、それは最初の項のおいしい食べものを作るだけで後の項への意識はほとんどか全くないのですね。
逆にあの番組に出て今も成功しているお店は、上記の事項がすべてできているのですね。
その代表が『麵屋 翔』ですね、このお店にはもう感服せざるを得ないほどの見事な経営がなされています。
お参考までにどうぞ!
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このような絶え間ない経営ひいては資本主義の精神を保ち、継続し、勉強していくことが資本主義を存続していくことになるのですが、その精神は社会の内容が変遷すれば当然薄くなったり濃くなったりするものであるのは当然でしょう。
そのことについて別段批判はしないですが、かといってその変遷したままの状態を無批判でいることには批判したいのです。
私は、宗教にだけこだわるのは批判したい、という立場でした。
宗教では、確かにいいことをいっているのは確かですから、そこから学べることは学んで、そこで満足はせず、更に他のところから学んでいきたいというのが私の立場です。
宗教だけにこだわっていては前に進むことはできないからです。
ですからこの本やマックス.ウェーバーの本を読んで感銘を受けたのは、やはりプロテスタンティズムの精神ですね。
これを今一度多くの人が思い起こし、更に科学を学んで、この閉塞した状況を突破するために何をすべきかを学び、考え続けることが重要であるなと感じた次第です。
そういう人が多ければ多いほどいいのです。
この著書名のような日本の崩壊などそうそうなるものではないのです。
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は当然大冊ですから、読むのが大変な人は、このを要約した本あるいは、その意義について書いた本をまずを読むことをお勧めします。
その際にまずはこの本を読んでみてはとお勧めします。
以下よりどうぞ!
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日本資本主義崩壊の論理―山本七平“日本学”の預言 (カッパ・ビジネス)
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