小此木啓吾 『モラトリアム国家日本の危機』

2016-02-14 17:31:51 | 心理学


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私が大学時代に読んで大きく感銘を受けた心理学者、精神分析学者の1人がこの著者である小此木啓吾であることに違いはありません。

小此木氏の分析による現代人の心理状態がまさに「モラトリアム」ということです。

それは、とにかく無事に、事件の責任者にならないようにお決まり通りにみんなと同じ様にふるまうことで先生の役割を果たそうとする。

このような一時的暫定的なあり方が慢性的に続くうちにいつの間にかつくのが、積極的な自己主張を控え、自己選択自己責任を先へ先へと先送りするモラトリアム心理であるということです。

このような人が多くなれば、当然責任の所在がおあいまいになるのです。

このような思考様式になったのは、まさしく現代社会においてであったからこそであるといえましょう。

現代人が、先行き不透明な時代においても、それほど考えもせずに、周りの人間がしているからと何十年ものローンを組んでしまったりするのは、私には信じれませんし(笑)。

それに、フリーターの人数の右肩上がりの上昇などもやはり、このような現代においてこそ発生したのだといえましょう。

1つの組織に入って忠誠を誓い、そこへ渾身する、などということはフリーターを選択してきた人には信じれないのでしょう。

こういった人たちは、やはり組織のみならず、人間関係においても暫定的です。

親友と呼べるような人ができなくても全く気にしない。

人と遊ばない、交流しない、一緒に食事や飲み会等をしない…それでいてなんの心の咎めを感じない。

それはそれで人の人生選択の自由ですが、それでは寂しい感じがします。

最近、『釣りキチ三平』で有名な矢口高雄さんの漫画を見ましたが、そこでは山の村落で暮らす人たちの姿が描かれていますが、そこで暮らす人たちは非常に心暖かい人たちです。

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人との交流を最優先にしています。

憧れの人間像の多くがこの漫画にはありました。

こういった人たちの姿を見て、今の生活、特に精神生活や人間関係を見直すきっかけになればなと思います。

この矢口高雄さんの漫画のみならず、いろんな社会学に関する本を読むとわかりますが、第二位世界大戦の戦前までは、大体が自営業だったのです。

なるほど、戦争当時のありさまが分かる漫画としては、やはり『はだしのゲン』があげれますね。

主人公のゲンの家庭はもちろん、他のどの家庭も自営業ですね。

しかし、それ以降はどの家庭もサラリーマン化し、父親が家にいる時間が少なくなったのです。

そんなことは当たり前と言われそうですが、戦前ではそれは非常に珍しいことでした。

父親の後ろ姿を見て、また父親が働く姿を見て子供は育っていたのです。

しかし、現代のサラリーマン社会においては、その機会がほとんどありません。

自我理想の伝達、継承こそアイデンティティ型人間(これは先のモラトリアム人間とは正反対の心理的構造の人間)の最も重要な営みであったとするならば、家族におけるこのような父親の喪失は文明論的な視座から見ても、人々の心がモラトリアム人間化する最大の要因の1つである、ということです。

家庭を守ったり、支えたりする力を失った父親像の崩壊を体験する息子たちは、より大きな、より強い父親像を心の中に描こうとするのです。

父親にとってかわってしっかりしなければという意気込みが=「エディプスの勝利」なのです。

なるほど、精神の形成において父親の役割が非常に重要であったのは、これまでの心理学的な研究でわかりました。

でも、今のサラリーマン化した現代社会において、戦前のようなどの家庭も自営業になるように戻すことが可能か?と言われれば不可能に近いですね。

であるならば、大人たちが各家庭の子供たちの見本になるように規範的な行動をしていかないといけないことが分かりますね。

そのことを意識していきましょう。 人と人との関係はあくまで一時的暫定的なもので、あまり深く巻き込まれて自分を失うのは困る。

何か特定の人物との一体感や忠誠心を求められるのはイヤ、というモラトリアム心理の現代人にとって自分本位の暮らしこそ最も人間的で幸せという心理なのです。

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こういうモラトリアム心理の中で育った世代のその子供たちは、「聖職者の聖なるものへの経緯も大学の教師たちの学問に対する憧れも失われ…ただのおじさんおばさん、あるいは男性、女性にすぎない」ということになってしまうのですね。

「国家、社会に対する帰属意識が希薄でみんな自分本位になってしまった。 特定の歴史、社会とのかかわりの中でアイデンティティを確立し、そのアイデンティティを全うする生き方を求めるアイデンティティ人間がいなくなってしまった。」小此木氏は書いています。

しかし、これは現代人に対する警鐘といってもいいでしょう。

人は憧れを持つと非常に生き生きと過ごすことができるのです。

生活に張りが出て、これ以上ないくらいにはつらつとしていくことができるのです。

それは、そういった憧れの対象がなかった時期と、そういう対象ができてからの時期を比較すると、そういうことが断言できます。

そういう対象を見出すためにはどうすればいいか?

とにかく本を読むことですね。

そうすることによって、そういうことが可能な人が現れるのです。

「この人の新刊は絶対に読みたい!」

「この人の本は全部集めたい!」

自然と思えるような人が現れたら、その著作家こそ、その憧れの対象なのです。

それはどんなジャンルでもいいのです。

スポーツや技芸で名をあげた人、宗教者、心理学者、社会学者、経済学者、政治学者なんでもいいのです。

人によって興味の対象は違いますし、好みも違いますからね。

ですから、私の憧れの対象を挙げて、「この人を憧れの対象にしなさい!」なんてことは言いません(笑)。

でも、憧れの対象を持つことで、人生が張りのあるものになり生き生きとなることは間違いはないですからそのことは断言しておきます。

またこの本では、「アダルトチルドレン」について言及しています。

これは80年代のアメリカにおいて作られた概念用語で、「今の不幸は親のせいなんだ」「親の育て方が悪かったから今の自分は不幸なんだ」「今自分が不幸なのは親が自分を虐待したからだ」と考える子供たちのことをさすのですね。

そう考える子供たちが多く出ても何の不思議もないでしょう。

子供のパーソナリティ形成には親の影響が多くかかわりますから。 やはり科学の発達で、そういった家族社会学、家族心理学といった本をたくさん読めば、子供は親からの影響を受けて育ったことに思い至り、今不幸ならば、「親のせいだ!」と思うようになって当然でしょう。

また逆に幸福ならば、親に多大な感謝の気持ちが芽生えるでしょう。

このように、科学の発達によって、恨みもされるし、逆に感謝もされる機会が増えるのですから、親になろうとする人、今親になっている人は、その子供に対して多大のいたわりを施さないといけないですね。

そういう心のない人は絶対に親になってはいけないでしょう。

そのことを強調するに格好の事例が、この本で提示されています。

アメリカの家庭の半数は離婚してしまうのです。

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離婚せずにずっと同じ家庭で暮らすのと、離婚を経由した家庭のどちらが幸せか?

明白ながら前者のようですね。

後者の家庭としては、再婚家庭はやはり血のつながりのない継父や継母による子供虐待、連れ児に対する継父による近親姦など多くが発生します。

それは事はアメリカだけでなく日本でもありますね。

再婚家庭はやはり血のつながりがないために愛情が注げない。

それゆえに虐待や姦通などが頻発してしまうのは、再婚を経緯した知り合いの例や、内田春菊のノンフィクション小説の『ファザーファッカー』を読めばわかりますね。

それのみか、人心の荒廃もすさまじいのです。

そういう家庭では、中学生のアルコール依存、麻薬、エイズ罹患などが往々にして起こるのです。

ですから、こういった事例からも、結婚や離婚といったものは慎重にしていかなければならないことは言うまでもないでしょう。

その時の、衝動だけでしてしまうのはやはり論外なのです。

こういったことを鑑みるに、やはり現代人は心理学についての本も多く読むべきと、私は大学時代に思いました。

そして、その思いに今も変わりはありません。

いたずらに近代以前の過去の人間の精神生活や田舎の村落生活を賛美するわけでもないです。

しかし、そういった人間たちからは学べることはいくつもあるのですし、そこから学べるものは学び現代の生活に取り入れていく、そんな姿勢が必要であるなと感じたのです。

また、今の現代化した人間にも誇りに思っていい部分も厳然と存在するのですから、そこも意識していくべきでしょう。

そんなことを考えてしまいました、この本を読んで。

現代の精神生活に疑問を持ち、それについて打破するような考えを持ちたい人には読んでもらいたい本です。

●この本は以下よりどうぞ!

モラトリアム国家・日本の危機

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モラトリアム国家・日本の危機

 

その他、小此木圭吾氏の本の紹介欄

『「ケイタイ、ネット人間」の精神分析』


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坂本多加雄 『問われる日本人の歴史感覚』

2016-02-14 10:10:04 | 歴史学

 

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この本を読んでいて、私はポールボネという作家の本を思い出してしまいました。

この人は、諸外国に比べていかに日本や日本人がユニークであるかをつまびらかに日記のようなタッチで『不思議の国ニッポン』というシリーズモノを書いたのです。

そして日本がいかに、一つの見方に偏しているかをつまびらかに書かれているのを読んで、非常に目の覚める思いを何度もしたものです

やはり何事も視野を広げて観ることが大事ですね。

この本でも、それと同じような目の覚める思いをさせてくれるでしょう。

この本の著者である坂本多加雄さんにとって、国際社会の場においては、自分の「国家」が一番重要ということです。

この坂本多加雄さんは、この本もそうですが、他の著作を読んでいてもやはりちょっと右翼っぽい面があることに否定できません(苦笑)

でも、その内容でも学ぶ面はあることに違いはありません。

そのエゴとエゴのぶつかり合いが国際社会なのですから、日本は自分の意見を表明しなくてはいけない、ということが先のポールボネやこの坂本多加雄さんの本で分かりました。

こういうことを書くと批判めいた意見が出そうですが、確かにエゴだけを丸出しにするのはいけません。

政治とは、全体を考慮した他方との調整であり、自分のエゴだけの丸出しではいけません。

その通りです。

そのエゴの内容について多くの情報を集め、それについてつまびらかに分析したうえで、全体の調整を考慮に入れて、自分の国のいくべき道を、行きたい道を表面に出すのが政治の場であるのに間違いはありません。

それは国内政治であろうが、国際政治であろうが変わりはありません。

そのことの重要性を大学時代に学び、そのことに対する賛成の立場に私はいることに違いはありません。

この本のタイトルから発する趣旨は、歴史問題をどのように考えるか、ということですが、坂本さんは、やはりこれまでの日本の歴史の捉え方に疑問を持っていたのです。

「自国の物語を学ぶ中で、他国の人々も同じように自らの国の物語を生きているという事実に共感するという、現実の国際社会のそれよりもはるかに高次の倫理基準を設定し、日本のみに焦点をあててその行動を裁く、といった態度はバランスの取れた国際認識を育成するうえで問題である。」 と書いています。

それでは、歴史事象一般の意義を充分に把握できないものにしてしまう、ということです。

この本もそうですが、それ以外にもいろんな歴史について詳らかに書かれた本を読むと、誤りが書いてあることがあるのがわかります。

この本の著者である坂本多加雄さんによれば、これまでに書かれた歴史の論については必ずしも賛成しない、ということです。

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第二次大戦において、朝鮮の済州島での女性拉致連行は虚言であるとし、慰安婦問題についても性をひさがねばならなかった人たちがその対象になったのだといいます。

平成5年に河野洋平氏は、慰安婦問題を資料の裏付けなく、その問題について認めてしまったのです。

どうしてか、第二次大戦の敗戦国であるという立場から、日本はこの時のことについて弱腰になり、なんでも認めてしまう性癖があるようです。

やはりそこは、いろんな資料を集めてから断言してほしいものです。

そして、第二次大戦時において日本はヨーロッパ的国際秩序そのものをアジアから排除したのです。

こういった肯定的な事実については公にしないようですね。

こういったことについては誇りに思っていいのだと思いますし、日本国民もこういったことについて書かれた本をたくさん読むべきと思います。

また文明に形成についても、やはり新しい視点を持つべきことが分かります。

日本は、明治維新後にアジアの国として、唯一文明化することに成功でき、そのために植民地化されることを免れることができたのですが、かといって他のアジアの国を貶めることはないのだということが分かります。

その国の近代文明は、欧米のそれとは違った独自の道筋を経て形成されたのです。

それに気候や地理的なものも文明化には必須なのです。

しかし、それに日本は適合していたからいち早く文明化することができたのです。 その詳細については他のいろんな本を読んで勉強しましょう!(笑)

また日本のメディアの外国の評価についても、やはりダブルスタンダードがあるということを指摘しています。

それは共産主義国家についてですね。

今はもう皆無ですが、60年代や70年代や80年代の日本において、共産主義体制を高評価していた学者が多くいたのです。

しかも、岩波書店という日本を代表する出版社の本でそういうものが出版されていたのです。

神田の古本屋街に行けば、当時のそういうたぐいの本を見つけることができます。

当時の共産主義を称賛する学者は、「社会主義にまい進する人民の共和国」というような評価のされ方をしていたのです。

しかし、北朝鮮を代表とする共産主義国の惨状は、80年代初期に、指導部のおよそ経済的、科学的前提を無視した諸政策による一般民衆の厳しい窮乏状態は様々なかたちで伝わってきていました。

すると、当初共産主義国を高評価していた学者さんたちは、「(朝鮮半島の)南北分断のためにそうなった」とその判断をすり替えてきたのです。

共産主義国は、対外的には軍事に依存する国であり、体内的には国民には一切の政治的、市民的自由を抑圧し、秘密警察と強制収容所の国なのです。

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これらを鑑みれば、共産主義はもはやユートピアに過ぎず、楽園を構成することなどできた話ではないのは明らかでした。

これは信なりと信じていても、やはり事実が明るみになったら変えなくてはいけないのですね。

これのみならず、古代の日本では中国への朝貢をしていた時代がありました。

しかし、そのせいか日本はこと中国のすることについては無批判になるジャーナルがありました。

とにかく中国は間違いは犯さないのだ。

おかしいと思えることが発生したら、それは他に原因があるんだというような論調でものを書く人が少なからずいましたし、今もいます。

これは「限りなく相対的にことを判断しなくてはいけない」のが前提のジャーナリズムのすることとは思えないです。

絶対に間違いは犯さない、と信じて疑わない…何か宗教チックな話ですね。

この神様仏様は間違いは犯さない。

祈ってもうまくいかなかった事態になったら、それはこの神様仏様は悪くない。

私たちや他の要因が悪いんだ、みたいな思想ですね(笑)。

しかし、ひとたびそういう考えの風潮が固まると、それから抜け出すことが難しくなってしまうんですね。

傍らから見ているほうも、無批判になってしまう。

そこでその固まった事態から脱却するためには、やはりこの坂本多加雄さんや先のポールボネさんのように、読んだ人をアッと目の覚まさせるような考えを提示できる学者や評論家の本を読んだりしないといけませんね。

また、このブログで何回も紹介してきたカレルヴァンウォルフレンさんなどのジャーナリストのの本もですね。

そんな目の覚めるような視覚をもった人の考えを学べるものとしてこの本を紹介したいです。

●この本はこちらからどうぞ!

問われる日本人の歴史感覚

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問われる日本人の歴史感覚

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エマニュエルトッド 『帝国以後』

2016-02-08 13:20:41 | 国際社会

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この本は、アメリカの政治的経済的な行くすえを、この著者の特異な視点、グローバルな視点で分析している良書です。

この著者は、識字率や教育のいきわたりによって、世界の動向が変化しているということを言った、たぐいまれなる視点を持った人として有名です。 言われてみればそうですね。

私も、そのことは実感しています。

やはり人間の頭はいいようでいてそんなによくないですから、暗記したことは時がたてば忘れてしまいます、全部が全部ではないですが。

そのために必要なのは、やはり識字ということに違いはありません。

字を読めることによって、行動が変わるのです。

しかし、字が読めないことによって、行動は周りの人間任せになりことは間違いありません。

自分の理想が持てて、それに向かって進めるようになるためには識字が重要な役割を果たすことに違いはありません。

その視点でもって、アメリカが、人口が多く、識字化され、民主主義がいきわたった広大な世界を事実上支配するのは不可能であるといいます。

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この著者は、

「人間は読み書き計算ができるようになるとほとんどが自然に自分の物質的環境を制御するに至る。経済的テイクオフが教育的発達のほとんど自動的な帰結として進行している。」

と目の覚めるような分析を明らかにしています。

その識字率のおかげで、イデオロギー的政治的危機から内戦を引き起こすのであるとも言います。

また、清潔と几帳面さが高じて赤十字社も創設されたのだとも言います。

この著書でも、やはりアメリカの批判をしているのです。

しかし、相手国が第三世界のような教育がいきわたっていないところでなく、教育のいきわたった国であるならば、もうアメリカの言いなりにはできないということでしょう。

自由貿易グローバリズムは、アメリカが先導して導入したものですが、それについてもやはり批判的な目で見ているのです。

「自由貿易は、賃金の縮小と相対的需要の停滞を引き起こし、そのうえ、豊かな国の豊かな人間と、貧しい国の貧しい人間の間の格差に等しいすさまじいレベルの不平等を各国に導入しかねない。」ということです。

これはトッド氏『自由貿易は民主主義を滅ぼす』という著書でも書いておられますね。

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エマニュエルトッド

では、なぜグローバリズムや自由貿易はアメリカによって、先導されたか?

アメリカが世界最大の赤字国家だからですね。

財政赤字、貿易赤字がすさまじいばかりの額に上がっているからです。

その赤字を埋めるために、各国に貨幣経済を導入して、その事業から上がる利益でアメリカの経済を延命しようとしたにほかなりません。

しかし、それでは根本解決にならないでしょう。

根本解決のためには、ハイパーリッチといわれる人たちからたっぷりとお金を出させて財政を立て直す。

一般庶民から増税しても仕方がないのです。

そして、世界に通用するようなモノつくりをして、貿易を黒字にするという努力が必要なのです。

しかし、アメリカにその姿勢は見れません。

最近の、赤字は、対中国で830億ドル、対日680億ドル、対メキシコで300億ドル、対韓で130億ドル、対EUで600億ドルとすさまじいばかりの額なのです。

昨今のアメリカの政治経済は、2重の面を持っているといいます。

それは、非生産性と財政的無責任性。

景気後退の局面において需要を刺激する能力。

この2つであるといいます。

景気回復のたびに世界各国からの製品の輸入は膨れ上がり、輸出した国は喜ぶ。

しかし、貿易赤字は増大し、毎年毎年マイナスの新記録を打ち立てるのです。

この状態は、外の世界への政治的支配の結果として発生したとトッド氏は言います。

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保護主義とは、外の世界から護られてはいるが、内部での作動は自由主義的である経済方式のことを言いますが、まさしくアメリカは保護主義ですね。

しかし、アメリカは輸入品の代金を払うために、世界中から貨幣記号物を徴収するといいます。

これはこのトッド氏特有の言い回しですが、その貨幣記号物の徴収とは、駐留アメリカ軍部隊の住居と食料の供給、武器の販売であるといいます。 また、産油地の制圧です。

これによって赤字を埋めよう、補てんしようとしていますが、根本解決にはならないのです。

この著者は、アメリカが健全なる国家になることを切望しているのです。

先に、「アメリカが、人口が多く、識字化され、民主主義がいきわたった広大な世界を事実上支配するのは不可能である」というトッド氏の言葉を引用しましたが、そこで慢心してはいけないのです。

日本のメディアは真実を報道していないのですから、日本のマスコミもアメリカ寄りなのです。

アメリカに都合の悪いことは一切載せないのです。

アメリカ寄り、脱アメリカの両方の意見をくみ取って、吟味していく姿勢がこれからもいつまでも一般国民にとって必要ではないか、そんなことを考えてしまいました。

ロシアは、アメリカの軍事的全能を妨害する力を持った核軍備を有する唯一の国であるといいます。

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これまでのアメリカの愚行の数々を鑑みれば、やはり日本は脱アメリカにならなければならないのに、またロシアと友好的にならなければならないのに、ロシアに関する情報は誤ったものばかりです。

その誤りを正す視点を持てるようになれればなと思います。

 

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帝国以後 〔アメリカ・システムの崩壊〕

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