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この本は現代文明の弊が、知らぬうちに浸透していき、気が付いたらもう手のつけようのないほどの事態になる。
そのことを気づかせてくれる恰好の本であるなと感じた次第です。
この本の表題にある1.5とは、人間関係の基本が2.0(私とあなた、我と汝)や3.0であるに対して、人とゲーム、人とテレビ、人とイリュージョン、人とその他いろいろ(人形、ぬいぐるみ、芸術、ドラマ)の関係のことを言います。
それが現代社会のほとんどか基本になっていることの危険性をこの著者の小此木氏は指摘しているのです。
この心性を科学技術の巨大な仕組みによって拡大増幅して飛躍的に進歩させたのが現代社会なのです。
ボタンやスイッチの操作1つで、生き生きとした人間像が登場し、擬人的な機能を様々につかってお相手してくれるのがこの利器です。
伝統的な規範や道徳による3.3の世界秩序が力を失い、2.0の人と人との間が希薄化しているのは言うまでもないでしょう。
1.5の中で、映像化された人間像で、もっと身近に直接体験しようという願望を満たすためであって、それ以上の深い1対1の深いかかわりを求めていないのが現代人である、というのです。
全部の現代人がそうであるとは言えませんが非常にそういう特徴に染まっているのは明白ですね。
そういう人は人間をうまいように利用するだけです。
会社ではいい顔をして付き合うが、それ以上の付き合いはせずに友人も作ろうとはしないのですね。
私は、いろんなところで働いてきましたが、そういう人は現にいました。
会社内では人と付き合うけれども、飲み会には絶対に付き合わないし、会社内では友人も作ろうとはしないで、旧知の友人とだけ遊ぶ。
その人の基本的な趣味は、テレビゲームだけ(笑)…それはその人の価値観ですから、とやかく言う筋合いのものではないかもしれませんが、これではちょっと寂しいですね。
これもひとえに、現代において文明の利器が浸透したから、ということも言えそうですね。
人と付き合わなくてもテレビゲームがあるから、友人をわざわざ作ろうとは思わない…そんな心性なのかもしれないですね。 そういった利器の弊のみならず、マスコミによる1.5の弊も分析されています。
美しい景観の旅行会社の写真や贅沢なグルメの写真、あるいは実在したスーパースターやスーパーウーマンなどをいろんな媒体で掲載する。
それを何回も見た人は、自分がどんなに努力してもスーパーウーマンにはなれない、という自己不全感が覆う。
このような自己不全感は同時に、マスメディアの世界のスーパーウーマンたちに対する、あこがれや同一化を作り出すのです。
憧れれば憧れるほど自分は決してその対象と同じではないという現実認識が潜むのです。
この現実認識が妬みや羨みを生むのです。
それが高まると突然憧れがひっくり返って相手を破壊したいという衝動に駆られるのです。
それがファンによるジョンレノン殺害の結果を生んだのです。
ジョンはそんな現代社会の病理によって殺されてしまったのですね。
マスメディアによるスーパースターやスーパーウーマンの露出が、見た人にとって希望になり、それが生きる人の活力になることは事実でしょう。
しかし、それは誰もがなれるということではないのですから、うまくいかなかったときにこそ周囲の励ましが必要なのです。
そのことに気付くのは、やはりこういう本を読むことによってではないでしょうか?
小此木氏は、現代は嫉妬ではなく、羨望の時代であるといっています。
これも的を得た表現であると思います。
そういうことを気付くのも、こういう本を読むことによってではないでしょうか?
それは、以下のような歴史的事実によっても説明できるでしょう。
ヒットラーが、政権奪取するときにとったのは、多くの政治家や学者や良識ある人々の個人的なスキャンダルを告発し、大衆の彼らに対する羨望を煽り出してその恨みや嫉みの気持ちをうまく利用してあたかも自分が正義の味方であるかのように自分を装ったのです。
それにうまく大衆は乗せられたのです。
これは歴史的教訓ですから、次にこういうことがないように心に銘記しなくてはならないでしょう。
この方法も、以後の政治で利用されることも充分に考えれます。
文明の利器というのは、文字通り利器にはなりえますが、利用を誤るととんでもない弊を生むということも心していかなくてはならないでしょう。
パソコン、テレビゲーム、またはオーディオビジュアルなどですね。
そればかりにのめりこみすぎるとやはりいけないのです。
実際、健康な子供は遊ぶ時には実は半分の心にちゃんとした現実をわきまえているのです。
しかしファミコン狂の子供は現実の世界に立ち戻ることを忘れて学校に行かなくなり、昼夜忘れてファミコンに夢中になるのです。
そういう子は、成人してからきまった人としか付き合わない、という傾向がある。
就業時間中は、会社にいるときだけ会社内の人間と付き合って、それ以降は全く付き合いがない。
また社員にならずにいつまでもアルバイト生活を続け、それをやめようとしない。
そして低収入のまま…こういう人が現在は増えています。
そういう人は、正社員になるよりも当然低収入ですが、人との付き合いがなくても気に留めていないので、それでもかまわないのです。
いつか読んだ『下流志向』という本に書いてある内容とダブりますね。
こういう人が多く出てきているのは、パソコン、テレビゲーム、またはオーディオビジュアルといった文明の利器の浸透のせいなのでしょうか?
全部が全部そうではないにしろ、それが一因をなしていることは間違いないでしょう。
人との付き合いがおろそかになれば、当然最期を看取ってくれる人もいなくなるのは明白ですね。
「孤独死」…聞きたくない言葉ですが、こういう死に方をしている人は右肩上がりに増えているのです。
文明の利器に頼りすぎると以下のような弊もまた生まれてくるのです。
イエスかノーかのデジタル的な二者択一思考のみが身についてしまい、このようなコンピューターに順応する結果、これらの人々の創造性は減退し、人との暖かい触れ合い能力は低下する。
小此木氏は、いろんな本を出していますが、いずれでも当為を言わないのですね。
現代社会の分析した事実や理論を提示するにとどめるのです。
それらが現実社会に見事に整合しているパターンがいくつもあるので、人間関係に悩んでも、小此木氏の本で得た理論で武装でき助けられたパターンは何回もあります。
人間関係に悩んだ結果、たまらず宗教にはまり込んでしまう人がいますが、それは早急ですし、あまりに単純すぎます。
小此木氏の本によって私は宗教にのめりことなくすみました(笑)
この本は87年に発行されたものですが、今の人が読んでも充分に参考になるだろうし、書かれている問題点は今も存在しているのです。
こういった心理学を学ぶことは現代人にとって必須であると思います。
確かに、ここに書かれている1.5の関係は、特長として認識できる場面はあります。
テレビゲームに熱中していれば、心がウキウキして活力を心にもたらしてくれることは間違いないですし、マスコミの流す写真や映像も、またオーディオビジュアルも心をファンタジックにして希望をもたらすことも間違いないでしょう。
いずれも触れた人に活力をもたらしてくれることは間違いないのです。
しかし、そればかりにのめりこみすぎると、このページに書いたような弊が生まれてくることは間違いないのです。
そうならないように多くの人が読み、日常生活でどうすべきか、何をすべきかを考え行動していく必要があるのです。
そのことを認識するに格好の本であるなと感じた次第です。
●この本は以下よりどうぞ!
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1.5の時代 (ちくまライブラリー)
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1.5の時代 (ちくまライブラリー)
★その他、おすすめの著書です。
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下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)
●小此木啓吾氏の本の紹介ページ
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