現代今昔物語―自分流儀。伝承。贈ることば、子供たちへ。不変のストーリー

我が息子と娘へ伝承したいメッセージをというのがきっかけで、時代が違っても考えかたは不滅といった内容を新世代達へ残したい。

税金で成り立っているのに。

2014-11-06 | Weblog

国道沿いを歩いていると、数名の警察官が、ひとりは大きなフラッグを持って、時折、車に停車を命じて、なんやら販促切符を切っている模様。なんの違反か定かでないが、恐らく携帯を使っていたとかの類だろう。

そうかと思えば、裏の路地的なところで、朝方は9時までは進入禁止の所で、わざわざ入ってきた車を、やはり5名ぐらい寄ってたかって止めている。

数十年前のことだが、高速道路の真ん中で、旗を振って、本線車道進入違反で切符をきられた。そうなることが予想されているから、そこで網を張っていたのだろう。

同じく夕方の西陽で、車線が良く見えないところで、あわてて右折するので、右車線に入ったら、そこでも同じく待ち構えていた。そんな特殊な時間帯に張っているのだから、やはり、その時間帯の特赦な事情まで、予想してのことと思う。

軽微な違反をどうのこうのというわけでないが、こんなケーズは、どれをとっても釈然としない。もっと迷惑をかけている違反をどうして取り締まらないのかと比較してしまう。

ある若者が警官になりたい。その理由は? 権威をもって、堂々と人をたしなめることができるからと言った者がいた。

やはり数十年前のこと。日本刀を持ってこれから人が訪ねてくるのだが、と、相談に行ったところ、事件の発生前には、何もできないとけんもほろろに断られた。何十年も前であれば、今よりは多少、人情があった時代と思うが、その頃であってさえも、こんな調子だから、今ならなおさらだろう。報道される事件でも、相談に出向いていることが事前防止策になったとついぞ聞いたことがない。

違反者を検挙することが目的なのか、違反が出ないようにするには、なんか手はないものかと工夫するほうが大事なのか。本末転倒のところがあるようにも思うが。

もっと地元や、その町、地域で暮らす住民と、殻を脱いで、悪徳保安官とは正反対の善良庶民警官さんのような人はいないものか?連日のように、行方不明者や傷害、殺人事件が報道され、現場にレポーターとともにプロファイルするべくコメントを聞くが、素人でも、それぐらいは考えるけれど以外の、シャープな予測をほとんど耳にすることがない。航空機事故の際も、評論家が多数、出てくるが、その結果、分析が見事的中ということにも出くわさない。あのマレーシア航空機はいったい忽然と、どこに消えてしまったのか? 燃料満タンだったら、ここまで飛べるとか、そんなことはTV局スタッフでも計算できることだろうに。

フランスの子供の数が増えている。スウェーデンでは原子力発電撤退を決定。米国は人口が驚異的に増加傾向。銃容認なども問題もあるが、安楽死や、多様な価値観を容認する地方自治を認めている。圧倒的な数をノーベル賞でもスポーツでも誇る。人口比以上の実力差を見せつける。

1円円安になるだけで、某企業は4百億円利益が出るとのこと。企業や既得権益者だけを優遇、保護して、借金漬けから脱却できないやり方が歓迎される、おかしな国がある。

 

 

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