ヤマトを目掛けて足が伸びてきた。
豪姫に脇腹を爪先で突っつかれた。
無視をすると今度は白拍子の足が伸びてきた。
踵で顔を押された。
ゆっくり寝れないのでヤマトは露天風呂から飛び出した。
岩場で身震いして全身の水を切った。
若菜が、「ヤマト、怒ったの」と笑う。
豪姫と白拍子も笑っていた。
「いや、呆れただけだよ」
「呆れちゃったの」
「少しね」
女というものは人も猫も変わらないらしい。
親しくなった証にチョッカイを出してくる。
豪姫が、「ねえヤマト、一緒に上方へ戻るよね」と、当然のような口調。
「オイラは急がないけど、そっちは家臣達が首を長く伸ばして待ってる筈だよ。
早く戻って安心させてやりなよ」
嬉しそうな顔の豪姫。
「ふっふっふ・・・、猫に心配されるなんてね。それで一緒に戻るわよね」
「嫌だ」
きっぱり断ると、豪姫が立ち上がって手桶で温泉の湯を汲み、
ヤマト目掛けてパシャッと掛けた。
「人であれば手討ちであるのに」
顔に湯を浴びたヤマトは、「まったく」と呟いて露天風呂から逃げ出した。
女達の笑い声が後を追ってきた。
表では豪姫の夫・宇喜多秀家が待っていた。
「ヤマト、中は楽しそうだな」
「遠慮せずに入れば」
秀家は、「否、怒られる」と首を竦めた。
「姫に用事があるのなら伝えるよ」
「用事と言うほどでも・・・」
秀家は言葉を濁した。
豪姫に構ってもらえないのが寂しいのだろう。
分かり易い顔をしている。
往来を近在の者達らしいのが行き来していた。
湯治場の騒ぎは収まり、この宿のみが代官所に収用されただけで、
他は前のように店を開くことが許された。
それで一般客が姿を見せるようになっていた。
ヤマトは剣呑な空気を感じた。
湯治場のさらに奥の空き地からだ。
秀家を捨て置いて駆けた。
そこでは新免無二斎と吉岡藤次が真剣で立ち合っていた。
互いに中段に構え、ジッと睨み合っている。
少し離れた所で、床几に腰掛けた前田慶次郎が成り行きを見守っていた。
仲裁に入る気はないらしい。
一切を見逃すまいと目を凝らしていた。
近くの木立から鳥が飛び立つ羽音。
それを切っ掛けに藤次が跳んだ。
剣先を相手の喉元に向け、身体ごと突いて出た。
飛燕のごとき速さだ。
並みの者なら、まずは躱せないだろう。
無二斎は身体を微かに斜めにずらし、剣先を流した。
そして相手の胴を薙ぐように刀を走らせた。
突きが空を切った藤次だが、立て直しも早かった。
跳びながら手許に刀を戻し、相手の刃を止めた。
金属と金属がぶつかりあう衝撃音。
二人は攻守所を替えながら幾度も刃を交えた。
上段からの激しい斬り落とし。
下段からの鋭い斬り返し。
攻めては受け、受けては切り返す。
二本の刀が火花を散らし風を巻き起こした。
互いに得意とする攻め手を繰り出すが、それ以上に守りも固い。
二人は攻め手に事欠いたのか、左右に跳んで離れた。
肩で息をしながら再び身構える。
慶次郎が立ち上がった。
「そこまで」
藤次がウフッと息を抜いた。
「敵いまへんな」
無二斎が、「お主は強い」と刀を仕舞う。
慶次郎がヤマトに、「どうだった」と尋ねた。
視線は向けられなかったが、来ているのに気付いていたらしい。
ヤマトはニベも無い。
「酒気を抜いてるみたいだね」
女達同様に、男達も別棟で深夜まで飲み騒ぎしていた。
ことに藤次の声が夜空に響いていた。
それは、何やら分けのわからない唄らしきものだった。
酒が残っている割には手数が多く、尋常でない体捌きをみせた。
二人とも優れた剣客であるようだが、褒める気はない。
慶次郎は皮肉そうな目でヤマトを見た。
「男の心意気が分からんとは、やっぱり猫だな」
「たしかに猫には違いないね。ニャーオ」
無二斎と藤次は吹き出る汗を袂で拭う。
心地好い汗ではないらしい。傍目にもベト付きが感じ取れる。
緩い風が酒の臭いをヤマトの鼻に届ける。
ヤマトは顔を歪めながら三人を見回した。
「早く豪姫を連れ戻したがいいよ」
事情を知らされている藤次が顔を上げた。
「天魔はんが現れまんのか」
「それはまだはっきりしない。気になるのは別の所で一揆が発生した事だね」
佐助と行動を共にしている狐・ぴょん吉が土地の狐を使い、報らせに寄越した。
ぴょん吉は一揆の発生を告げ、岩槻の騒ぎに関連していると判断。
「二つは偶然ではない」と強調していた。
慶次郎が片眉を上げた。
「その一揆の話しは初耳だな」
「オイラも話すのは初めてさ。昼過ぎに届いたばかりだからね」
「まあいい、どんな具合の一揆なのだ」
「恐ろしく強くて、広がりが早いそうだよ」
「ほう、獣らしい説明だな。で、こっちには」
「一部が八王子に向かって来るらしいね」
湯治場から二匹の犬が駆けてきた。
気配から赤狐・哲也と緑狸・ポン太だと知れる。
二匹は、一揆勢が八王子に接近するかもしれないというので、
昼過ぎから仲間の狐狸達と共に物見に出ていた。
みんなの前に来ると足を止め、元の姿に戻った。
哲也が、「えらいこっちゃ」と。
ふざけた物言いは相変わらずだ。
ポン太が、「八王子から女達がこちらに逃げて来る」と説明。
代官の女房が少数の兵を率い、代官所勤めの者達の子女達を守りながら、
こちらの湯治場に向かって来るのだそうだ。
★
ブログ村ランキング。
★
FC2ブログランキング。
豪姫に脇腹を爪先で突っつかれた。
無視をすると今度は白拍子の足が伸びてきた。
踵で顔を押された。
ゆっくり寝れないのでヤマトは露天風呂から飛び出した。
岩場で身震いして全身の水を切った。
若菜が、「ヤマト、怒ったの」と笑う。
豪姫と白拍子も笑っていた。
「いや、呆れただけだよ」
「呆れちゃったの」
「少しね」
女というものは人も猫も変わらないらしい。
親しくなった証にチョッカイを出してくる。
豪姫が、「ねえヤマト、一緒に上方へ戻るよね」と、当然のような口調。
「オイラは急がないけど、そっちは家臣達が首を長く伸ばして待ってる筈だよ。
早く戻って安心させてやりなよ」
嬉しそうな顔の豪姫。
「ふっふっふ・・・、猫に心配されるなんてね。それで一緒に戻るわよね」
「嫌だ」
きっぱり断ると、豪姫が立ち上がって手桶で温泉の湯を汲み、
ヤマト目掛けてパシャッと掛けた。
「人であれば手討ちであるのに」
顔に湯を浴びたヤマトは、「まったく」と呟いて露天風呂から逃げ出した。
女達の笑い声が後を追ってきた。
表では豪姫の夫・宇喜多秀家が待っていた。
「ヤマト、中は楽しそうだな」
「遠慮せずに入れば」
秀家は、「否、怒られる」と首を竦めた。
「姫に用事があるのなら伝えるよ」
「用事と言うほどでも・・・」
秀家は言葉を濁した。
豪姫に構ってもらえないのが寂しいのだろう。
分かり易い顔をしている。
往来を近在の者達らしいのが行き来していた。
湯治場の騒ぎは収まり、この宿のみが代官所に収用されただけで、
他は前のように店を開くことが許された。
それで一般客が姿を見せるようになっていた。
ヤマトは剣呑な空気を感じた。
湯治場のさらに奥の空き地からだ。
秀家を捨て置いて駆けた。
そこでは新免無二斎と吉岡藤次が真剣で立ち合っていた。
互いに中段に構え、ジッと睨み合っている。
少し離れた所で、床几に腰掛けた前田慶次郎が成り行きを見守っていた。
仲裁に入る気はないらしい。
一切を見逃すまいと目を凝らしていた。
近くの木立から鳥が飛び立つ羽音。
それを切っ掛けに藤次が跳んだ。
剣先を相手の喉元に向け、身体ごと突いて出た。
飛燕のごとき速さだ。
並みの者なら、まずは躱せないだろう。
無二斎は身体を微かに斜めにずらし、剣先を流した。
そして相手の胴を薙ぐように刀を走らせた。
突きが空を切った藤次だが、立て直しも早かった。
跳びながら手許に刀を戻し、相手の刃を止めた。
金属と金属がぶつかりあう衝撃音。
二人は攻守所を替えながら幾度も刃を交えた。
上段からの激しい斬り落とし。
下段からの鋭い斬り返し。
攻めては受け、受けては切り返す。
二本の刀が火花を散らし風を巻き起こした。
互いに得意とする攻め手を繰り出すが、それ以上に守りも固い。
二人は攻め手に事欠いたのか、左右に跳んで離れた。
肩で息をしながら再び身構える。
慶次郎が立ち上がった。
「そこまで」
藤次がウフッと息を抜いた。
「敵いまへんな」
無二斎が、「お主は強い」と刀を仕舞う。
慶次郎がヤマトに、「どうだった」と尋ねた。
視線は向けられなかったが、来ているのに気付いていたらしい。
ヤマトはニベも無い。
「酒気を抜いてるみたいだね」
女達同様に、男達も別棟で深夜まで飲み騒ぎしていた。
ことに藤次の声が夜空に響いていた。
それは、何やら分けのわからない唄らしきものだった。
酒が残っている割には手数が多く、尋常でない体捌きをみせた。
二人とも優れた剣客であるようだが、褒める気はない。
慶次郎は皮肉そうな目でヤマトを見た。
「男の心意気が分からんとは、やっぱり猫だな」
「たしかに猫には違いないね。ニャーオ」
無二斎と藤次は吹き出る汗を袂で拭う。
心地好い汗ではないらしい。傍目にもベト付きが感じ取れる。
緩い風が酒の臭いをヤマトの鼻に届ける。
ヤマトは顔を歪めながら三人を見回した。
「早く豪姫を連れ戻したがいいよ」
事情を知らされている藤次が顔を上げた。
「天魔はんが現れまんのか」
「それはまだはっきりしない。気になるのは別の所で一揆が発生した事だね」
佐助と行動を共にしている狐・ぴょん吉が土地の狐を使い、報らせに寄越した。
ぴょん吉は一揆の発生を告げ、岩槻の騒ぎに関連していると判断。
「二つは偶然ではない」と強調していた。
慶次郎が片眉を上げた。
「その一揆の話しは初耳だな」
「オイラも話すのは初めてさ。昼過ぎに届いたばかりだからね」
「まあいい、どんな具合の一揆なのだ」
「恐ろしく強くて、広がりが早いそうだよ」
「ほう、獣らしい説明だな。で、こっちには」
「一部が八王子に向かって来るらしいね」
湯治場から二匹の犬が駆けてきた。
気配から赤狐・哲也と緑狸・ポン太だと知れる。
二匹は、一揆勢が八王子に接近するかもしれないというので、
昼過ぎから仲間の狐狸達と共に物見に出ていた。
みんなの前に来ると足を止め、元の姿に戻った。
哲也が、「えらいこっちゃ」と。
ふざけた物言いは相変わらずだ。
ポン太が、「八王子から女達がこちらに逃げて来る」と説明。
代官の女房が少数の兵を率い、代官所勤めの者達の子女達を守りながら、
こちらの湯治場に向かって来るのだそうだ。
★
ブログ村ランキング。
★
FC2ブログランキング。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます