金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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白銀の翼(劉家の人々)211

2013-02-24 09:21:35 | Weblog
 無防備になったヒイラギの感情がマリリンにドッと押し寄せた。
これまではヒイラギとは記憶を共有するのみで、間に厚い壁が立ちはだかり、
感情の齟齬が当たり前だった。
しかし今、その壁が崩壊した。
一時的なものかも知れないが、とにかく二人は同化した。
それによりマリリンはヒイラギの後悔と喜びの入り混じった感情を理解した。
そして、それが源流となり、マリリンの目から涙となって溢れ出た。 
激しく嗚咽した。     
 仰向けになった岩に、「愛しき人を称える、佑」と刻まれていた。
その佑というのは人の名前で、ヒイラギの、いや、項羽の記憶にしっかりと記されていた。
姓は虞、名は佑、字は桂。
通常、虞姫と呼ばれる人の名前であった。
 それに仰向けにされた岩をよくよく見ると、子供のような顔が彫られていた。
目を大きく見開き笑っているではないか。
まるで赤ん坊。
たしか別れ際の虞姫は懐妊いていたはず。
そして方術の修行を積み、仙術、占術の熟練者でもあったはず。
もしかすると、
項羽がマリリンに居候した形で戻り、こうして岩に巡り会う事を占術で知ったのだろうか。
巡り会いを前提に文言を刻ませ、顔を彫らせたのだろうか。
こうなると、
項羽の愛馬、騅が光の道を通ってマリリンとヒイラギを運んだのは、
単なる偶然ではないだろう。
刺客に襲われた時点で都合良く風神の剣が降ってくる分けがない。
劉林杏が子供を伏せたように削られた岩に都合良く気付く分けがない。
おそらくは、「誰か、何かの意思があった」と思わねば合点が行かない。
全ては、「誰か、何かに約束されたこと」だったのだろう。
 でも一体、誰に、何に。
その目的は。

 赤劉邑や舘を守る為に居残った当主、劉桂英は苛立っていた。
防備の手配は至極簡単に終えた。
分家や古くからの家臣達が、事態を知るや手早く動き、
一般の民に知られぬように防備を整えたからだ。
内には何の問題もない。
あるのは外に。
苛立ちの原因は神樹の丘方向より流れて来る異な気配にあった。
普通の術者が放つ気配を人間臭いモノとすれば、流れて来るモノには野の臭いがした。
加えて居合わせているであろう者達の驚き、困惑も伝わって来る。
何が起こっているのであろう。
刺客が襲っただけで終わらないのか。
 昔の姫の一人が桂英の顔色を読み、
「ここは私共に任せて下さい。御舘様は御心のままに」と言ってくれた。
一も二もなく好意に飛びついた。
 民に疑問を抱かれぬように警護の兵は十五騎に絞り、自ら馬を駆った。
気儘な遠出に見せかけ、門を出るや、馬を急がせた。
向かうは神樹の丘。
 それほど遠くはない。
聳え立つ巨木の全容を捉えた。
遠目にだが丘の上には、かなりの人影が見えた。
混乱している気配はない。
刺客を取り除いたのであろう。
 野の臭いのする気配が変わった。
一転して激情に近いモノに打って変わった。
嘆き悲しみ、同時に喜ぶ気配。
あまりにも混乱を極めているではないか。
何かが起こっていた。
 気配の源を探った。
その方向、丘から離れた草地にマリリンの姿を認めた。
呆れるほどに人目を引く若者だ。
他に夫の醇包や姫達の姿も。
そちらに馬首を向けた。
 立ったまま嗚咽するマリリンが中心にいた。
他の者達は遠巻きするのみで、手を束ねていた。
困っている様子がありあり。
マリリンから発せられる気配は、マリリンを拾った夜のものと同じ。
あの時のは細心にして大胆であったが、今は激しい感情を丸出しにしていた。
 誰一人、桂英達の接近に気付かない。
桂英は馬を飛び降りて、みんなの傍に駆け寄った。
老体を忘れて、みんなをかき分けた。
耳にマリリンの鳴き声が突き刺さった。
それ以上はマリリンに近付けない。
接近を拒否しているように感じ取れた。
 別の気配。
微かな気配だったモノが膨れ上がってゆく。
それはマリリンの傍の岩からだった。
仰向けの子供を摸して削られた岩。
顔が彫られ、腹部には何事か文言が刻まれていた。
しかとは見えないが、何かを伝えたいのであろう。
 その岩が振動を始めた。
次第に強くなる。
地震ではない。
岩そのものが震えていた。
 桂英は岩から発せられる気配が言霊の類に似ていることに気付いた。
おそらくは誰かが目的を持って岩に言霊を封じていたのだろう。
 岩に割れ目が走った。
一つが二つに、二つが三つに。
忽ちにして割れ目が全体に網目のように走った。
そして上部から粒状化し、砂煙を上げてサラサラと崩れ落ちた。
合わせて気配も消えてなくなった。




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