金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の涙(白拍子)214

2010-03-14 09:44:33 | Weblog
 道の両側の雑木林は火の海であった。
炎に包まれた枝葉が頭上に降ってくるが榊原康政の足は止まらない。
巧みに躱して前へ前へと駆けて行く。
 すでに従う者達の半数近くが火や煙に包まれて脱落していた。
それでも康政は、たとえ悲鳴が届いても、けっして後ろは振り向かない。
一人になっても敵の背後を衝くつもりで駆けていた。
 先導していた者達が足を止めた。
その先に一揆勢の背中が見えた。
後ろは全く警戒していない。
 よく見ると、更にその先の城門が炎に包まれていた。
城外の火災の飛び火で延焼しているようだ。
それに駄目押しするかのように一揆勢の火矢攻撃。
これでは焼け落ちるのも時間の問題だろう。
 足を止めた康政の隣に古参の従者が並んだ。
何時の間にか具足を身に纏っていた。
途中で倒れた敗残兵から剥ぎ取ったのであろう。
相変わらず手回しの良い男だ。
 その従者が康政に、自分の背中を見るように手で催促した。
見れば、なんと背中の旗竿が榊原家の隊旗になっていた。
おそらく懐に仕舞っていたものを、急ぎ付け替えたのだろう。
従者が、「それでは参りますか」と得意そうに微笑む。
 康政は遅れずについて来た者達に隊列を組ませた。
槍を構える敗残兵達を前列とし、刀を抜いた榊原家の者達は後方に配した。
さらに隊旗を掲げる従者を守らせるために中段に組み込んで警護をつけた。
 誰一人として炎の熱さを気にしない。
みんなが獲物を狙うかのような目付きで一揆勢を睨め付けた。
 康政の、「かかれ」の合図で一斉に駆け出した。
無警戒の一揆勢を背後から襲う。
最初の一太刀は康政。敵の首を高々と宙に刎ね飛ばした。

 太田三右衛門は城門が焼け落ちれば真っ先に突入するつもりでいた。
それで背後の騒ぎに気付くのが遅れた。
慌てて振り返ると後方の隊列が切り崩されそうになっていた。
敵の隊旗が炎に煽られているではないか。
白地に黒字で「無」。徳川を代表する一人、榊原康政に違いない。
 敵の隊列に具足なしで太刀を振り回している者達が半数近くいた。
その中でも一人だけ突き抜けて力強い者が先頭を切っていた。
よく見ると彼を中心に敵隊列が動いていた。
どうやら彼が榊原康政らしい。大柄で腕っ節が強そうだ。
相手にとって不足はないが、城門への一番乗りに比べると少し落ちる。
が、無視はできない。なにしろ間近まで迫ってきているのだから。
 三右衛門は手近の者達を率いて敵を迎撃した。
康政には三人を当てて勢いを止め、その間に味方の隊列の穴を塞ごうとした。
なにしろ兵力も装備もこちらが優位に立っている。
隊列さえ整えば盛り返せる筈なのだ。
要注意なのは康政の突破力のみ。
しかし三人だけでは押し止められそうにない。
 こうなれば尋常に勝負するしかない。
三右衛門は自慢の朱槍を振り回し、康政らしき大柄な者の前に立ちはだかり、
「榊原康政殿とお見受けした」と問うた。
 相手は不敵にも笑う。
「如何にも、榊原康政である。そういうお主は」
「北条の朱槍、太田三右衛門」
「生きていたか、朱槍の三右衛門。相手に不足なし」
 三右衛門は近くにいた味方に、「康政殿に槍を与えよ」と命じた。
雑兵ならいざ知らず、康政が相手とあらば同じ槍を与えるのが戦の習わし。
 命じられた味方の者は一瞬驚くが、三右衛門の心情を汲み取ったのか、
素直に槍を相手に手渡した。
 槍を受け取った康政が破顔した。
「後悔しても知らんぞ」
 敵も味方も二人の為に戦いを中断し、場所を空けた。
 二人の間合いは無いに等しい。
三右衛門は相手の喉元に狙いをつけて槍を構えた。
相手も同様であった。不敵な顔でこちらを睨め付けてきた。
噂に違わぬ武者振りであった。
気の毒なのは具足をつけていない事。
戦場ではそこまで面倒は見切れない。
 相手が身体ごと跳んで来た。
三右衛門は相手の槍を払い、槍を反転させて石突きで相手の腹部を狙った。
相手は柄でもって石突きを受け止めた。そして肩をぶつけて来た。
具足がなくとも平然としているではないか。
さらに足を絡めて三右衛門を倒そうとしてきた。
 三右衛門は相手と身体を接し、その圧力を感じた。
久し振りに手強い相手に巡り会ったらしい。
肘で相手の背中を突いて、素早く離れて間合いを取った。

 城跡の高台が徳川方の本陣となっていた。
徳川の軍旗や、無数の大久保家の隊旗が風には翻って賑々しい。
 北側の小川を挟んだ向う岸には一揆勢が布陣していた。
彼等は北条の軍旗を掲げてこちらを睨み、いつでも突撃できる態勢をとっていた。
 すでに徳川方の主将、大久保忠隣は秘かに抜け出していた。
他の諸将等もだ。
多数の軍勢もそれに従い、物音を立てずに秩序正しく江戸城へと転進していた。
 抜け出したそれぞれの陣跡には諸将の隊旗と、少数の騎馬隊が残り、
大軍が居るように振る舞っていた。
 高台には代わりに田川定利率いる槍隊千人が詰めていた。
これとは別に諸将等が貸してくれた鉄砲隊千人余もいた。
 いつまでも一揆勢を欺けるわけがない。
彼等も元は北条の軍兵なのだ。
 ついに川向こうから法螺貝が吹き鳴らされた。
出陣の合図に合せて、一斉に鬨の声が上がった。
まるで雄叫びのような声が高台に押し寄せて来た。
 田川は冷静な声で、勇み立つ鉄砲隊を落ち着かせた。
「急いてはいかん、母ちゃんに嫌われるぞ」
 太鼓が叩かれて、前列の兵士達が一斉に小川を渡り始めた。
横に大きく広がった四万を超える敵兵の渡河には恐怖すら覚える。
なにしろ迎え撃つ我等は二千人余。兵力差が著しい。
 各陣跡に居残っていた騎馬隊が高台の後方に次々と集まって来た。
およそ二百騎。打ち合わせ通りだ。
 正面の敵部隊が小川を渡り終え、こちらの高台に押し寄せようとしていた。
それを田川は待っていた。
最前列の鉄砲隊に、「放て」と命じた。
揃えられた筒先が一斉に火を噴き、接近する敵兵を次々と射殺した。
押し寄せる敵隊列の一角が一瞬で崩れた。
 田川は後方に控えていた槍隊に手で合図した。
一人が武田の軍旗を高々と掲げた。「風林火山」。
そして山県昌景が率いた「赤備え」の隊旗も翻る。
 八王子を発つ時に死に場所と感じ、秘かに配下に持たせていた物だ。
率いている者達には武田の旧臣が多いので不満は出ない。
かえって面白がっているくらいだ。
 鉄砲隊が退却を始めた。
呆れたような顔で「風林火山」を見ながら高台を下って行く。
待っている騎馬隊と無事に江戸城に転進できればいいのだが。
全ては田川隊の働き如何にかかっていた。
 田川は槍を頭上高く翳した。
「我に続け」
 真っ先に高台を駆け下る。
槍隊が奇声を上げてそれに嬉々として従う。




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合戦場面が多すぎだとは思いますが、・・・ゴメン。
避けて通れないのです。


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