金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

金色の涙(白拍子)216

2010-03-21 10:01:14 | Weblog
 榊原康政は体力が尽きようとしていた。
もし彼がここで敗れるような事になれば、勢いづいた敵は榊原隊を蹴散らし、
焼け落ちた城門より城内に突入するだろう。
城兵は二千足らず。彼等で守りきれるだろうか。
 僅かに残った体力に賭ける他なし。最後の攻撃に出るべく身構えた。
躱されぬように慎重に間合いを詰める。
こちらの事情を知らぬ太田三右衛門は余裕の表情を浮かべていた。
 康政は視界の端に、新たな軍勢を捉えた。
三右衛門の背後の丘の上に、続々と姿を現わした。
およそ二百騎ほどの一隊だ。西方よりこちらを目指して来るではないか。
騎馬隊なので進軍速度は速い。
 翻る隊旗に目を凝らす。
遠目にそれを確認した。
見慣れた家紋。三河松平の傍流、松平広重隊ではないか。
彼は家康の信任厚く、今は鎌倉の代官を任されていた。
一揆勃発の報せに軍勢を寄こしたのだろう。
おそらく歩兵も遅れて姿を現わす筈だ。
兵数に期待は出来ないが、広重隊は一騎当千の者達ばかり。
その軍働きには大いに期待が出来る。
 三右衛門は情勢の逼迫に気付いてはいない。
一揆勢も同様。一騎打ちに釘付けで背後の警戒を怠っていた。
 広重隊が丘を下り、池を迂回すればここに到着する。
このまま推移すれば一揆勢を挟み撃ちに出来る。
全ては、康政が僅かの刻を稼げば事足りる。
 しかし、康政は構えを解いた。
槍を下ろし、片手で三右衛門の背後を指し示した。
「邪魔が入りそうだ」
 三右衛門は驚いた顔で康政を凝視した。
隙を誘うための謀ではないと信じたのだろう。
彼も槍を下ろして背後を振り返った。
そして、「おう」と驚きの声を上げた。
顔を戻して、「良いのか」と康政に問う。
 康政は真顔で、「良いも悪いも、仕様がなかろう」と。
 三右衛門は呆れたように言う。
「お主も酔狂よの、挟み撃ちに出来たものを」
「生まれついての馬鹿だからな」
「ワシと同じだか」
「そうかも知れん。それより、早く去れ」
 三右衛門は困った顔をした。
「お主、見逃して罰されはせぬか」
「いらぬ心配を。我等が主は度量が大きい」
「話しでは吝嗇家だと聞いたが」
「それは違う。物を粗末にせずに大事に扱っていなさるのだ」
 三右衛門は軽く頷き、「分かった、それでは勝負はお預けだな」と。
「如何にも」
「次ぎに会うまで首は大事にしろよ」
 捨て台詞を吐いて三右衛門は部隊を手早く纏め、撤収させた。
その行動の巧みな事、この上無し。
 様子を見守っていた榊原隊の者達は目を白黒。
一人が、「本当に見逃してよろしいのですか」と問う。
迫っている広重隊は無論、城兵達も遠目に見ている筈だ。
このまま敵を見逃して許されるわけが無い。
 康政は、「良い。それよりもだ、広重隊が追撃せぬように、退路を塞げ」。
 榊原隊は康政の真意を察したのだろう。
一揆勢の去った道に人垣で陣を構えた。
 そこに広重隊が到着した。
先頭の大柄な武者は松平広重であった。
敵を挟み撃ちにせぬばかりか、退路を塞いで追撃を許さぬ榊原隊に激怒。
鬼のような形相で鞭を振り上げた。
「康政、これは何の真似だ」
 答え如何によっては味方といえど斬り捨てる、といった覚悟が見えた。
従う騎馬の者達も榊原隊に突入する構えだ。
 康政は平然と広重の前に進み出た。
「これはこれは広重様、遠路ご苦労様です」
 広重はムッとした顔で鞭を康政に向けた。
「すぐに退け、退かぬか」
 今にも鞭打ちせんばかり。
それでも康政は気後れしない。毅然と拒否した。
「なりません」
 広重は康政の真摯な顔に興味を覚えたらしい。
「どうした。何があった」
 康政は広重ならば理解してくれると思った。
戦とあらば鬼にもなるが、同時に卑怯な振る舞いを人一倍嫌い、
相手かまわず平気で苦言を呈す男であったからだ。
「一騎打ちでしたので、勝負は後日に預けました」
 広重の顔が微妙に変わった。
「一騎打ち」
「そうです」
「今の時代に一騎打ちとな」
 昔ならいざ知らず、矢弾の飛び交う今の戦場で一騎打ちをする者は少ない。
下手をすると相手の刀槍ではなく、流れ弾の餌食となるからだ。
 康政は、「古い男ですから」と胸を張る。
 鞭を下ろして広重が大きく笑う。
「はっはっは・・・、ワシより若いのに一騎打ちか。
それではワシ等が邪魔したわけだな」
「いいえ、そういうわけでは・・・」
「すると、さぞかし名のある者が相手であろう」
「太田三右衛門です」
 広重の目が大きく見開かれた。
「なに、朱槍の三右衛門。生きていたか」
「いました。たいした遣い手です」
「次ぎに会ったらワシに譲れ」
「いいえ、そればかりは」
「はっはっは・・・」
 広重の裏表の無い笑顔に康政は胸を撫で下ろした。
「我が儘を申して済みません」
「良い。それよりもだ、これからどうする」
「辺りの火を消し、城門の立て直しを急がねばなりません」
「そうだな」と広重は周辺を見回し、城門に目を遣って不審がる。
「城門が焼け落ちたというのに、誰一人出てこないが、これは・・・」
「一揆勢があちこちに出没し、大半の兵が出払っているようです」
「残っているのは」
「私も駆け付けたばかりで詳しくは知らぬのですが、おそらく二千」
 広重の顔色が変わった。
「たかが一揆に手こずっておるのか」
「噂では、魔物の如き働きをする者達が加わっているそうです」
 広重が、「魔物・・・」と首を捻った。
「はい、恐ろしい強さで、井伊家の赤備えを蹴散らしたとか」




ブログ村ランキング。
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ

FC2ブログランキング。


コメントを投稿