豪姫は重苦しい気分になった。
忠世の事情は分かるが、引き受ければ夫である秀家の上に立つことになる。
弓馬等の武芸を好み、男装で町中を遊び歩いている事から、
世情では、「じゃじゃ馬」と呼ばれている。
正室としても失格かもしれない。
しかし、秀家に甘えた事はあっても、尻に敷いた事など一度もない。
情け無い思いを顔に出すまいと耐え、忠世に答えた。
「事情は分かりました。でも、お断りします。
女子の私に一軍を率いる資質はありません。御免なさい」
自然と目頭が濡れてくるのを感じながら、丁寧に頭を下げた。
忠世は引き下がらない。身を乗り出して執拗に説く。
老齢とは思えぬ熱さ。
豪姫は身振り手振りを交えて拒否を続けた。
見かねたのか、秀家が割って入った。
「もういいでしょう」と忠世の口を封じ、豪姫と視線を合わせた。
「本気で断っているんだね」
「そうよ、じゃじゃ馬だけど馬鹿じゃないわ」
秀家がニコリと笑いながらも首を傾げた。
「そうか」
「どうしたの、言いたい事でもあるの、あるなら言って」
「せっかくの姫のお言葉だ、言おう。
私は、『秀家は豪姫の尻に敷かれている』と陰口を叩かれてるが、
気にした事は一度もない。
そう言われる事を承知で迎えたのだ。
お豪の我が儘は、我が儘とは言わない。至極、当然の事だ」
嬉しいような、嬉しくないような。
「そうだったの。それで、・・・」
「喜んで引き受けるものだとばかり思ってた」
豪姫は答える言葉に窮した。
「そんな、・・・」
秀家が嫌みを言う人間でない事は分かっていた。
「天下の軍を尻に敷いてみたくはないか」
「自分の限界は知っています。
秀次様が駄目、貴男も駄目となれば、次は結城秀康殿でしょう」
それに忠世が慌てたように反応した。
「秀康様はいけません」
「どうして、徳川家の次男ではありませんか。
ご長男が亡くなられているのだから、総大将になっても構わないでしょう」
忠世は、「いけません」と。不自然だが理由は語らない。
再び真田昌幸が口を差し挟んだ。
柔らかい声で豪姫に告げた。
「ご長男の二の舞を演じさせたくないからです」
「それは、・・・」
豪姫は噂を思い出した。
秀康が秀吉の養子となった時に流れた、あの噂。
真偽は分からないが、信憑性が高かった。
家康は嫡男、信康の資質を見抜き、一城と十分な兵力を与えた。
信康は期待通りの働きを示し、それを機に、盟友、信長の娘を正室に迎え、
まさに周囲の期待と羨望を一身に集める存在となった。
そこを武田家に突かれた。
謀略で、「信康による家康追放」の風評が流れたのだ。
実際、乱世では嫡男による父親追放は珍しい話しではなかった。
身近では武田信玄が謀略でもって父親を今川家に追放していた。
家康は嫡男の実力を知るだけに疑心暗鬼となった。
そうこう悩むうちに家臣団にも信じる者達が増えていった。
盟友の織田家でも心配するようになった。
事は急を要し、家康は即断した。
信康切腹。
忠世は一切説明しないが、真摯な表情をしていた。
秘めた思いがヒシヒシと伝わってきた。
秀康が家康を超える存在になる事を心配しているのだろう。
昌幸は、さらに告げた。
「言いにくい事柄ですが、かくなる上は申し上げましょう。
この城には榊原康政殿がおられる。
彼の者と秀次様、三成殿の二人は、・・・、甚だ相性が宜しくないようで」
昌幸にしては珍しく言葉を濁した。
豪姫は以前に秀家から聞いた話しを思い出した。
あれは小牧・長久手の戦いであった。
信長が本能寺で横死を遂げると、秀吉の織田家乗っ取りが開始された。
まずは賤ヶ岳で柴田勝家を討ち滅ぼした。
次が織田信雄との小牧・長久手の戦い。
家康が織田信雄の加勢として小牧に布陣した。
豊臣軍が十万を超えるに対して、織田・徳川連合軍は五万に満たず。
無勢の連合軍は三河武士団得意の野戦に持ち込もうとした。
対する豊臣軍は得意の大軍による包囲、持久戦。
噛み合わぬ対陣となった。
こうなると戦は膠着状態。
そこで練られたのが、相手を挑発しようという作戦。
相手の大将や有力武将の悪口を書いて、矢文として大量に射た。
豊臣方でそれを任されたのが石田三成。
しかし、連合軍は家康の求心力が強く、矢文は悉く無駄に終わった。
そのなかで効果を現わしたのが榊原康政の矢文。
能筆家である彼の文は秀吉のみならず、彼に従う武将等を、
「大恩ある信長への裏切りである」と決め付け、辛辣に酷評した。
激高した武将等が、「徳川許すべからず」と秀吉を突き上げた。
今と違い、当時の秀吉は支持基盤が緩く、彼等を押し止める力は無かった。
こうして羽柴秀次を大将にした一軍が出撃した。
ほくそ笑んで待ち構える野戦得意の徳川軍。
豊臣軍は池田恒興、森長可等の武将を失い、大敗した。
本隊同士が激突する事がないまま、幾つもの小競り合いが続いた。
そして、ついには講和する事になった。
その際、秀吉は度量の大きさを示す為に榊原康政を面前に呼び出し、
「良き文であった」と褒め称え、太刀を一振り与えた。
取り残されたのは、大敗を喫した軍の大将であった秀次と、文で負けた三成。
太刀を与えられる康政を見て、やり場のない怒りと嫉妬心に包まれた筈だ。
二人が公然と康政を批判した事はないが、
それでも、康政への恨みが残っていると見て間違いないだろう。
豪姫は溜息を漏らした。
「男の世界も大変だとは思っていたけど、・・・。
まさか、その落としどころが私とは、・・・」
忠世が深く頭を下げた。
「大変な役目をお願いして申し訳ありません」
「貴方が大変なのは分かりました。
でも、家中の方々はどうなの。合意は取り付けていないのでしょう」
「すでに主な者達の内諾は得ています。
後は、明日の軍議に正式に諮るのみです。
もし反対する者あらば、この皺腹でもって説きます」
腹をかっさばく覚悟と知り、豪姫は姿勢を正した。
「分かりました。この身、貴方に預けましょう」
言ってしまってから、正しかった事がどうか不安を覚えた。
慌てて秀家を見た。
秀家は嬉しそうに頷いた。
「それで良い、他に道はない」
隣の前田慶次郎は、渋い顔ながら、「仕方なし」とでも言いたげに頷いた。
明日からの事を慮っているのだろう。
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忠世の事情は分かるが、引き受ければ夫である秀家の上に立つことになる。
弓馬等の武芸を好み、男装で町中を遊び歩いている事から、
世情では、「じゃじゃ馬」と呼ばれている。
正室としても失格かもしれない。
しかし、秀家に甘えた事はあっても、尻に敷いた事など一度もない。
情け無い思いを顔に出すまいと耐え、忠世に答えた。
「事情は分かりました。でも、お断りします。
女子の私に一軍を率いる資質はありません。御免なさい」
自然と目頭が濡れてくるのを感じながら、丁寧に頭を下げた。
忠世は引き下がらない。身を乗り出して執拗に説く。
老齢とは思えぬ熱さ。
豪姫は身振り手振りを交えて拒否を続けた。
見かねたのか、秀家が割って入った。
「もういいでしょう」と忠世の口を封じ、豪姫と視線を合わせた。
「本気で断っているんだね」
「そうよ、じゃじゃ馬だけど馬鹿じゃないわ」
秀家がニコリと笑いながらも首を傾げた。
「そうか」
「どうしたの、言いたい事でもあるの、あるなら言って」
「せっかくの姫のお言葉だ、言おう。
私は、『秀家は豪姫の尻に敷かれている』と陰口を叩かれてるが、
気にした事は一度もない。
そう言われる事を承知で迎えたのだ。
お豪の我が儘は、我が儘とは言わない。至極、当然の事だ」
嬉しいような、嬉しくないような。
「そうだったの。それで、・・・」
「喜んで引き受けるものだとばかり思ってた」
豪姫は答える言葉に窮した。
「そんな、・・・」
秀家が嫌みを言う人間でない事は分かっていた。
「天下の軍を尻に敷いてみたくはないか」
「自分の限界は知っています。
秀次様が駄目、貴男も駄目となれば、次は結城秀康殿でしょう」
それに忠世が慌てたように反応した。
「秀康様はいけません」
「どうして、徳川家の次男ではありませんか。
ご長男が亡くなられているのだから、総大将になっても構わないでしょう」
忠世は、「いけません」と。不自然だが理由は語らない。
再び真田昌幸が口を差し挟んだ。
柔らかい声で豪姫に告げた。
「ご長男の二の舞を演じさせたくないからです」
「それは、・・・」
豪姫は噂を思い出した。
秀康が秀吉の養子となった時に流れた、あの噂。
真偽は分からないが、信憑性が高かった。
家康は嫡男、信康の資質を見抜き、一城と十分な兵力を与えた。
信康は期待通りの働きを示し、それを機に、盟友、信長の娘を正室に迎え、
まさに周囲の期待と羨望を一身に集める存在となった。
そこを武田家に突かれた。
謀略で、「信康による家康追放」の風評が流れたのだ。
実際、乱世では嫡男による父親追放は珍しい話しではなかった。
身近では武田信玄が謀略でもって父親を今川家に追放していた。
家康は嫡男の実力を知るだけに疑心暗鬼となった。
そうこう悩むうちに家臣団にも信じる者達が増えていった。
盟友の織田家でも心配するようになった。
事は急を要し、家康は即断した。
信康切腹。
忠世は一切説明しないが、真摯な表情をしていた。
秘めた思いがヒシヒシと伝わってきた。
秀康が家康を超える存在になる事を心配しているのだろう。
昌幸は、さらに告げた。
「言いにくい事柄ですが、かくなる上は申し上げましょう。
この城には榊原康政殿がおられる。
彼の者と秀次様、三成殿の二人は、・・・、甚だ相性が宜しくないようで」
昌幸にしては珍しく言葉を濁した。
豪姫は以前に秀家から聞いた話しを思い出した。
あれは小牧・長久手の戦いであった。
信長が本能寺で横死を遂げると、秀吉の織田家乗っ取りが開始された。
まずは賤ヶ岳で柴田勝家を討ち滅ぼした。
次が織田信雄との小牧・長久手の戦い。
家康が織田信雄の加勢として小牧に布陣した。
豊臣軍が十万を超えるに対して、織田・徳川連合軍は五万に満たず。
無勢の連合軍は三河武士団得意の野戦に持ち込もうとした。
対する豊臣軍は得意の大軍による包囲、持久戦。
噛み合わぬ対陣となった。
こうなると戦は膠着状態。
そこで練られたのが、相手を挑発しようという作戦。
相手の大将や有力武将の悪口を書いて、矢文として大量に射た。
豊臣方でそれを任されたのが石田三成。
しかし、連合軍は家康の求心力が強く、矢文は悉く無駄に終わった。
そのなかで効果を現わしたのが榊原康政の矢文。
能筆家である彼の文は秀吉のみならず、彼に従う武将等を、
「大恩ある信長への裏切りである」と決め付け、辛辣に酷評した。
激高した武将等が、「徳川許すべからず」と秀吉を突き上げた。
今と違い、当時の秀吉は支持基盤が緩く、彼等を押し止める力は無かった。
こうして羽柴秀次を大将にした一軍が出撃した。
ほくそ笑んで待ち構える野戦得意の徳川軍。
豊臣軍は池田恒興、森長可等の武将を失い、大敗した。
本隊同士が激突する事がないまま、幾つもの小競り合いが続いた。
そして、ついには講和する事になった。
その際、秀吉は度量の大きさを示す為に榊原康政を面前に呼び出し、
「良き文であった」と褒め称え、太刀を一振り与えた。
取り残されたのは、大敗を喫した軍の大将であった秀次と、文で負けた三成。
太刀を与えられる康政を見て、やり場のない怒りと嫉妬心に包まれた筈だ。
二人が公然と康政を批判した事はないが、
それでも、康政への恨みが残っていると見て間違いないだろう。
豪姫は溜息を漏らした。
「男の世界も大変だとは思っていたけど、・・・。
まさか、その落としどころが私とは、・・・」
忠世が深く頭を下げた。
「大変な役目をお願いして申し訳ありません」
「貴方が大変なのは分かりました。
でも、家中の方々はどうなの。合意は取り付けていないのでしょう」
「すでに主な者達の内諾は得ています。
後は、明日の軍議に正式に諮るのみです。
もし反対する者あらば、この皺腹でもって説きます」
腹をかっさばく覚悟と知り、豪姫は姿勢を正した。
「分かりました。この身、貴方に預けましょう」
言ってしまってから、正しかった事がどうか不安を覚えた。
慌てて秀家を見た。
秀家は嬉しそうに頷いた。
「それで良い、他に道はない」
隣の前田慶次郎は、渋い顔ながら、「仕方なし」とでも言いたげに頷いた。
明日からの事を慮っているのだろう。
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