金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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金色の涙(江戸の攻防)234

2010-05-23 10:12:09 | Weblog
 豪姫は重苦しい気分になった。
忠世の事情は分かるが、引き受ければ夫である秀家の上に立つことになる。
弓馬等の武芸を好み、男装で町中を遊び歩いている事から、
世情では、「じゃじゃ馬」と呼ばれている。
正室としても失格かもしれない。
しかし、秀家に甘えた事はあっても、尻に敷いた事など一度もない。
 情け無い思いを顔に出すまいと耐え、忠世に答えた。
「事情は分かりました。でも、お断りします。
女子の私に一軍を率いる資質はありません。御免なさい」
 自然と目頭が濡れてくるのを感じながら、丁寧に頭を下げた。
 忠世は引き下がらない。身を乗り出して執拗に説く。
老齢とは思えぬ熱さ。
 豪姫は身振り手振りを交えて拒否を続けた。
 見かねたのか、秀家が割って入った。
「もういいでしょう」と忠世の口を封じ、豪姫と視線を合わせた。
「本気で断っているんだね」
「そうよ、じゃじゃ馬だけど馬鹿じゃないわ」
 秀家がニコリと笑いながらも首を傾げた。
「そうか」
「どうしたの、言いたい事でもあるの、あるなら言って」
「せっかくの姫のお言葉だ、言おう。
私は、『秀家は豪姫の尻に敷かれている』と陰口を叩かれてるが、
気にした事は一度もない。
そう言われる事を承知で迎えたのだ。
お豪の我が儘は、我が儘とは言わない。至極、当然の事だ」
 嬉しいような、嬉しくないような。
「そうだったの。それで、・・・」
「喜んで引き受けるものだとばかり思ってた」
 豪姫は答える言葉に窮した。
「そんな、・・・」
 秀家が嫌みを言う人間でない事は分かっていた。
「天下の軍を尻に敷いてみたくはないか」
「自分の限界は知っています。
秀次様が駄目、貴男も駄目となれば、次は結城秀康殿でしょう」
 それに忠世が慌てたように反応した。
「秀康様はいけません」
「どうして、徳川家の次男ではありませんか。
ご長男が亡くなられているのだから、総大将になっても構わないでしょう」
 忠世は、「いけません」と。不自然だが理由は語らない。
 再び真田昌幸が口を差し挟んだ。
柔らかい声で豪姫に告げた。
「ご長男の二の舞を演じさせたくないからです」
「それは、・・・」
 豪姫は噂を思い出した。
秀康が秀吉の養子となった時に流れた、あの噂。
真偽は分からないが、信憑性が高かった。
 家康は嫡男、信康の資質を見抜き、一城と十分な兵力を与えた。 
信康は期待通りの働きを示し、それを機に、盟友、信長の娘を正室に迎え、
まさに周囲の期待と羨望を一身に集める存在となった。
 そこを武田家に突かれた。
謀略で、「信康による家康追放」の風評が流れたのだ。
 実際、乱世では嫡男による父親追放は珍しい話しではなかった。
身近では武田信玄が謀略でもって父親を今川家に追放していた。
 家康は嫡男の実力を知るだけに疑心暗鬼となった。
そうこう悩むうちに家臣団にも信じる者達が増えていった。
盟友の織田家でも心配するようになった。
事は急を要し、家康は即断した。
信康切腹。
 忠世は一切説明しないが、真摯な表情をしていた。
秘めた思いがヒシヒシと伝わってきた。
秀康が家康を超える存在になる事を心配しているのだろう。
 昌幸は、さらに告げた。
「言いにくい事柄ですが、かくなる上は申し上げましょう。
この城には榊原康政殿がおられる。
彼の者と秀次様、三成殿の二人は、・・・、甚だ相性が宜しくないようで」
 昌幸にしては珍しく言葉を濁した。
 豪姫は以前に秀家から聞いた話しを思い出した。
あれは小牧・長久手の戦いであった。
 信長が本能寺で横死を遂げると、秀吉の織田家乗っ取りが開始された。
まずは賤ヶ岳で柴田勝家を討ち滅ぼした。
次が織田信雄との小牧・長久手の戦い。
 家康が織田信雄の加勢として小牧に布陣した。
豊臣軍が十万を超えるに対して、織田・徳川連合軍は五万に満たず。
無勢の連合軍は三河武士団得意の野戦に持ち込もうとした。
対する豊臣軍は得意の大軍による包囲、持久戦。
噛み合わぬ対陣となった。
 こうなると戦は膠着状態。
そこで練られたのが、相手を挑発しようという作戦。
相手の大将や有力武将の悪口を書いて、矢文として大量に射た。
 豊臣方でそれを任されたのが石田三成。
しかし、連合軍は家康の求心力が強く、矢文は悉く無駄に終わった。
 そのなかで効果を現わしたのが榊原康政の矢文。
能筆家である彼の文は秀吉のみならず、彼に従う武将等を、
「大恩ある信長への裏切りである」と決め付け、辛辣に酷評した。
激高した武将等が、「徳川許すべからず」と秀吉を突き上げた。
今と違い、当時の秀吉は支持基盤が緩く、彼等を押し止める力は無かった。
 こうして羽柴秀次を大将にした一軍が出撃した。
ほくそ笑んで待ち構える野戦得意の徳川軍。
豊臣軍は池田恒興、森長可等の武将を失い、大敗した。
 本隊同士が激突する事がないまま、幾つもの小競り合いが続いた。
そして、ついには講和する事になった。
その際、秀吉は度量の大きさを示す為に榊原康政を面前に呼び出し、
「良き文であった」と褒め称え、太刀を一振り与えた。
 取り残されたのは、大敗を喫した軍の大将であった秀次と、文で負けた三成。
太刀を与えられる康政を見て、やり場のない怒りと嫉妬心に包まれた筈だ。
二人が公然と康政を批判した事はないが、
それでも、康政への恨みが残っていると見て間違いないだろう。
 豪姫は溜息を漏らした。
「男の世界も大変だとは思っていたけど、・・・。
まさか、その落としどころが私とは、・・・」
 忠世が深く頭を下げた。
「大変な役目をお願いして申し訳ありません」
「貴方が大変なのは分かりました。
でも、家中の方々はどうなの。合意は取り付けていないのでしょう」
「すでに主な者達の内諾は得ています。
後は、明日の軍議に正式に諮るのみです。
もし反対する者あらば、この皺腹でもって説きます」
 腹をかっさばく覚悟と知り、豪姫は姿勢を正した。
「分かりました。この身、貴方に預けましょう」
 言ってしまってから、正しかった事がどうか不安を覚えた。
慌てて秀家を見た。
 秀家は嬉しそうに頷いた。
「それで良い、他に道はない」
 隣の前田慶次郎は、渋い顔ながら、「仕方なし」とでも言いたげに頷いた。
明日からの事を慮っているのだろう。




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