アリスは、「それは・・・」言葉を濁し、
身体を寄せて来て、「ここでは無理。後で話しましょう」耳打ち。
彼女は余人の耳を憚っていた。
おそらく女子供には聞かせたくないのだろう。
俺は心当たりがあるので、目を泳がせた。
生け贄に相応しいのは、血が繋がっている子弟が最も相応しい。
ここには、その子弟と覚しき者達がいた。
俺は皆から目を背けた。
壁に飾ってある絵に目が吸い寄せられた。
目覚えのある絵。
思わず立ち上がり、歩み寄った。
背後からアリスの声が届いた。
「それはフルーツランドの地図よ」
ほとんど丸に近い島。
東西南北の沿岸に江戸湾のような奥行きのある湾があり、
最深部に港町を抱えていた。
中央には広大な山岳地帯、そこに年中降り注ぐ雨が渓谷や尾根を伝って、
島を無数に走る大小様々な河川に流れ込み、多大な恵みをもたらす。
ネットの世界に実在していた島だ。
基本無料のオンラインゲーム、「フルーツランド」。
謳い文句は、「南の島の果樹園で憩い」だった。
東西南北にある四つの港が始まりの町で、
地図外の巨大大陸からの入植者を受け入れた。
簡単に説明すれば入植者はまず最初、東西南北いずれかの港を選んで上陸した。
上陸すると町役場で入植に必要な最低限の装備が与えられた。
馬車とテント、一月分の食料、刀槍弓、鎌鉈鍬そして数種類のフルーツの種苗。
それでも足りないと思った者は課金で必要とする物を購入した。
郊外の村へ行き、空いている土地に馬車を止めてテントを張ると、
周辺一ヘクタール分の権利が発生した。
基本的には土地を耕し、季節に応じた種を蒔いて育て、収穫した。
附随して、村の周辺に棲み着く獣を狩り、焼いて肥料とする必要もあった。
臨時収入が必要なら村のギルドへ赴き、モンスター退治。
果樹園を広げて家を建て、家族を作る。
銀行口座にお金が貯まれば、農学校で異種との受粉による交配が学べた。
スキルが上がれば遺伝子操作にも着手出来た。
フルーツの出荷先は四つの港の市場に限定。
市場を通して地図外の巨大大陸に送られる、そういう設定になっていた。
単にフルーツ農園を営むだけではなかった。
マイナスイベントとして台風砂嵐、旱魃降雪があった。
モンスター襲来や盗賊団の暗躍もあった。
プラスイベントとしては異性の農園主との合コン。
山岳地帯には妖精や獣人、魔法使いも住んでいて、出合いにも事欠かなかった。
俺は頭が混乱した。
ゲームの世界・・・。
それも俺が十代の頃に流行ったゲームではないか。
同級生に誘われてログインし、
農園主ではなく、冒険者として山岳地帯で鬼一族と戦い、囚われの妖精を救出した。
最大イベントでは敗れもしたが、
魔法使いや獣人と共闘して、海から出現した大怪獣とも戦った。
このゲームは好評で、入植者が詰めかけた。
会社の利益も年々、倍々に膨れ上がった。
それが八年目、一つの躓きで閉鎖に追い込まれた。
会社の急成長にコンプライアンスが追い付かなかったのだ。
創業者だけでなく下の部課長クラスまでが当然のように、
会社の利益の一部を私的に流用していた。
これが中小企業であった頃なら誰も関心を持たなかったのだが、
当時は鰻登りの業績で脚光を浴びていた。
一つのスキャンダルが蟻の一穴となり、次々と炙り出された。
ゲーム開発現場社員の過労死から経営者側の女遊びまで話題に事欠かなかった。
それに嫌気が差した社員、請負のフリーランスが次々に辞表を提出した。
痛手だったのはゲーム開発現場からリーダー格社員が同業他社に流出したこと。
スタッフの補充もままならず、ゲームのメンテナンスにも支障を来す事態となった。
最後には、「フルーツランド」を売却しようとしたが、買い手もみつからなかった。
運営会社の悪評に、会員数が急減していたからだ。
ついには銀行の主導で「フルーツランド」を閉鎖し、
ゲーム事業から手を引いて業務を縮小することになった。
二十年近くも前に閉鎖され、忘れ去られたゲーム。
そこに俺がいた。
俺の目には全景がバーチャルではなく、リアルな姿で映っていた。
部屋の壁、床と中央に置かれた丸テーブル、並べられたフルーツと飲み物、
天井、窓から差し込む陽射し、談笑する大人達、遊び寛ぐ子供達。
全てに血が通っていた。
おまけもあった。
町や村しかなかった世界に国の形が導入されていたのだ。
八つもの国が存在するという。
城、姫が実在し、他に王や王子もいると聞いた。
閉鎖された世界で勝手に進化していた、と捉えれはばいいのか。
そもそも閉鎖されたゲームが、運営会社の手を離れて、
どうやって進化したというのか・・・。
人に例えれば、
南極に姥捨てされた老人が人知れず勝手にハワイで生き延びていた、
に等しい。
それも生き延びていただけでは飽きたらず、何故にガラパゴス化したのか。
疑問が尽きない。
立ち尽くす俺の隣にアリスが並んだ。
「やけに熱心ね。どうしたの」
俺はアリスの背中に手を伸ばした。
彼女は幻なんぞではなかった。
掌でしっかり感じることが出来た。
「いつか旅してみたいもんだ」
アリスを優しく抱き寄せた。
掌に生の温もり。
こちらの疑問を知らぬアリスが嬉しそうに答えた。
「貴女が男だったら良かったのにね。
ほんと、残念よね」甘い息が頬にかかった。
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触れる必要はありません。
ただの飾りです。
身体を寄せて来て、「ここでは無理。後で話しましょう」耳打ち。
彼女は余人の耳を憚っていた。
おそらく女子供には聞かせたくないのだろう。
俺は心当たりがあるので、目を泳がせた。
生け贄に相応しいのは、血が繋がっている子弟が最も相応しい。
ここには、その子弟と覚しき者達がいた。
俺は皆から目を背けた。
壁に飾ってある絵に目が吸い寄せられた。
目覚えのある絵。
思わず立ち上がり、歩み寄った。
背後からアリスの声が届いた。
「それはフルーツランドの地図よ」
ほとんど丸に近い島。
東西南北の沿岸に江戸湾のような奥行きのある湾があり、
最深部に港町を抱えていた。
中央には広大な山岳地帯、そこに年中降り注ぐ雨が渓谷や尾根を伝って、
島を無数に走る大小様々な河川に流れ込み、多大な恵みをもたらす。
ネットの世界に実在していた島だ。
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謳い文句は、「南の島の果樹園で憩い」だった。
東西南北にある四つの港が始まりの町で、
地図外の巨大大陸からの入植者を受け入れた。
簡単に説明すれば入植者はまず最初、東西南北いずれかの港を選んで上陸した。
上陸すると町役場で入植に必要な最低限の装備が与えられた。
馬車とテント、一月分の食料、刀槍弓、鎌鉈鍬そして数種類のフルーツの種苗。
それでも足りないと思った者は課金で必要とする物を購入した。
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周辺一ヘクタール分の権利が発生した。
基本的には土地を耕し、季節に応じた種を蒔いて育て、収穫した。
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果樹園を広げて家を建て、家族を作る。
銀行口座にお金が貯まれば、農学校で異種との受粉による交配が学べた。
スキルが上がれば遺伝子操作にも着手出来た。
フルーツの出荷先は四つの港の市場に限定。
市場を通して地図外の巨大大陸に送られる、そういう設定になっていた。
単にフルーツ農園を営むだけではなかった。
マイナスイベントとして台風砂嵐、旱魃降雪があった。
モンスター襲来や盗賊団の暗躍もあった。
プラスイベントとしては異性の農園主との合コン。
山岳地帯には妖精や獣人、魔法使いも住んでいて、出合いにも事欠かなかった。
俺は頭が混乱した。
ゲームの世界・・・。
それも俺が十代の頃に流行ったゲームではないか。
同級生に誘われてログインし、
農園主ではなく、冒険者として山岳地帯で鬼一族と戦い、囚われの妖精を救出した。
最大イベントでは敗れもしたが、
魔法使いや獣人と共闘して、海から出現した大怪獣とも戦った。
このゲームは好評で、入植者が詰めかけた。
会社の利益も年々、倍々に膨れ上がった。
それが八年目、一つの躓きで閉鎖に追い込まれた。
会社の急成長にコンプライアンスが追い付かなかったのだ。
創業者だけでなく下の部課長クラスまでが当然のように、
会社の利益の一部を私的に流用していた。
これが中小企業であった頃なら誰も関心を持たなかったのだが、
当時は鰻登りの業績で脚光を浴びていた。
一つのスキャンダルが蟻の一穴となり、次々と炙り出された。
ゲーム開発現場社員の過労死から経営者側の女遊びまで話題に事欠かなかった。
それに嫌気が差した社員、請負のフリーランスが次々に辞表を提出した。
痛手だったのはゲーム開発現場からリーダー格社員が同業他社に流出したこと。
スタッフの補充もままならず、ゲームのメンテナンスにも支障を来す事態となった。
最後には、「フルーツランド」を売却しようとしたが、買い手もみつからなかった。
運営会社の悪評に、会員数が急減していたからだ。
ついには銀行の主導で「フルーツランド」を閉鎖し、
ゲーム事業から手を引いて業務を縮小することになった。
二十年近くも前に閉鎖され、忘れ去られたゲーム。
そこに俺がいた。
俺の目には全景がバーチャルではなく、リアルな姿で映っていた。
部屋の壁、床と中央に置かれた丸テーブル、並べられたフルーツと飲み物、
天井、窓から差し込む陽射し、談笑する大人達、遊び寛ぐ子供達。
全てに血が通っていた。
おまけもあった。
町や村しかなかった世界に国の形が導入されていたのだ。
八つもの国が存在するという。
城、姫が実在し、他に王や王子もいると聞いた。
閉鎖された世界で勝手に進化していた、と捉えれはばいいのか。
そもそも閉鎖されたゲームが、運営会社の手を離れて、
どうやって進化したというのか・・・。
人に例えれば、
南極に姥捨てされた老人が人知れず勝手にハワイで生き延びていた、
に等しい。
それも生き延びていただけでは飽きたらず、何故にガラパゴス化したのか。
疑問が尽きない。
立ち尽くす俺の隣にアリスが並んだ。
「やけに熱心ね。どうしたの」
俺はアリスの背中に手を伸ばした。
彼女は幻なんぞではなかった。
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「いつか旅してみたいもんだ」
アリスを優しく抱き寄せた。
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