天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

銀河鉄道の父

2017-10-22 12:01:08 | 

左 宮沢政次郎、右 宮沢賢治


門井慶喜『銀河鉄道の父』(2017/講談社)

銀河鉄道の父講談社BOOK倶楽部は以下のように本書の紹介をする。

明治29年(1896年)、岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は、昭和8年(1933年)に亡くなるまで、主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。
賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は学問の道を進み、後には教師や技師として地元に貢献しながら、創作に情熱を注ぎ続けた。
地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は、このユニークな息子をいかに育て上げたのか。
父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など、決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の視点から描く、気鋭作家の意欲作


家族主体の話であり、特に主人公の父・政次郎(まさじろう)と2歳下の妹・トシと賢治との交情が目玉である。
7歳の賢治が赤痢になって隔離されたとき献身的看病をする政次郎を「父でありすぎる」とまとめた一章、以後たびたび金をせびられながら商売を厭う長男へのいらだちと諦めなどがいきいきと描かれる。
この看病で父は腸カタルとなり以後夏場は粥しか食えない身の上となる。

2歳下の妹・トシは兄同様成績がよく岩手県立花巻高等女学校、日本女子大学校と進学するが肺結核にかかる。
この妹への介護をかつて自分が父から受けたようにする賢治。末の妹クニに「通い婚みてだ」といわれるほど。妹が書いた童話を次々せがむことで、書くことの楽しさや想像力が開花した。トシの欲求と理解力が作家・宮沢賢治の誕生の母胎になったと作者は見る。

政次郎、賢治、トシをめぐる圧巻は、トシが死ぬ場面(本書329~332ページ)あたり。
仔細に紹介するとネタバレになるのだが、
古着・質屋稼業といえ政次郎は文学がわかる人であり、トシの最後の言葉を書きとるべく枕頭に紙と筆を持ってはべる。彼は娘の位牌や着物が娘のメモリーにはならぬ、残るのは言葉だと考える人なのである。
しかし賢治はまだ生きていると制し、なにか言おうとする妹の耳もとに「何妙法蓮華経、何妙法蓮華経」と唱えて発言を封じてしまう。
政次郎はこれをもとにして賢治が書いた「永訣の朝」を読み、そこに入れたトシの言葉とおぼしき
うまれてくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあようにうまれてくる

また人に生まれるなら、こんなに自分のことで苦しまないように生まれて来ます


というくだりに遭遇して、「賢治め、くそっ」と舌打ちする。
だいたいトシがあの息もたえだえのありさまで、こんな複雑かつ小ぎれいなことが言えるわけがない。そう政次郎は思うのだがこれは息子の作家魂への最大の褒め言葉である。
詩人・宮沢賢治はそうまでしてこの文言を書きつけたかった。トシのせりふとして。人類理想の遺言として。
(覚悟、だな)

このくだりは事実であるか作者の創作であるかはわからない。事実でないとしてもこの家族の交情のありようとしてのリアリティは立っている。それでいい。
真実は別に事実でなくてもいいと思わせる本書最高のシーンである。
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