天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

寒い女の一生

2018-01-31 07:07:16 | 身辺雑記


北国に安否が気になるS女がいる。58歳くらいになるか。
おととい寒中見舞(はがき)を出したら「きょうも吹雪積雪厳寒のところ暖かい葉書が届きました」とのメールが来た。
生きているようだ。
安否は年賀状が来て知っていたが、寒中見舞を書いたのは知り合い以上の思いがあるからである。
が、ガールフレンドではない。たぶん先方もぼくのことを知人以上ボーイフレンド未満の認識であろう。それでいい。
むかし、互いに燃焼し合った時期があった。
富士山が間近に見える山梨の田畑の中に固まったぎざぎざの熔岩が突き出ていたりするが、S女とのことはそのようにぼくの記憶に居座っている。

「同情するなら金をくれ!」という名セリフを思う。当時少女だった安達祐実をスターダムへ引き上げたドラマ「家なき子」である。
あれは親子ものであったがお金があらゆる人間関係の基礎である。むろん恋愛も夫婦関係も。
S女と別れるとき「俺が金持ちだったらお前を囲ってやるんだが」と言った記憶がある。その発言を男尊女卑と意識したがその場にかなっていてS女もさびしそうに微笑んだものだ。

男もだが、女の一生はとくにむつかしいものだと思う。
S女のように魅力があって話がおもしろくても男に恵まれないと生きてゆくのが困難。
とくに女が中年から初老にさしかかったとき夫、または男がしっかりしていないと生活が成り立たない。夫が仕事をやめて年金生活になりそれを分ち合って生きていくしかないが、その男がいないと原資のない女は路頭に迷う。
S女のように難病をかかえ夫と離婚し娘もまた病弱となるとどうやって生きるのか。貯金を食いつぶし、たぶん生活保護を受けているのではないか。

生活保護というと、巡回掃除人の妻М子さんはとある市役所でそれを出す係をしていた。とてもまじめな性格で怠けていて生活保護を希望する人を厳しく選別したという。その結果、精神を病みその仕事ができなくなり長い休職をよぎなくされている。
妻にそのことを言うと、すばらしい仕事ぶりと称えМ子さんを気遣う。妻は生活保護に厳しく、働ける人が怠けてそれを受けることを糾弾する。
が、S女のようなケースもあり、それは適正に運用してほしいと思う。
公的制度がなかったら女は働けない場合それこそ「妾になる」という生き方しかないがそれも娼婦のように年齢制限がついて回る。

女の一生をつくづく思う。
妻という女もはたして満足して今を生きているのか。いちおう家があり飯を食えているが内奥は、天草を煮る深い釜のようにもうもうとして見えにくい。


                           写真:皇居
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鷹2月号小川軽舟を読む

2018-01-29 16:25:28 | 俳句


裁判員窓の枯園誰も見ず
一読して小生の興味は作者が法廷に実際にいたかどうかである。作者は基本的に誠実にてこういう句を想像力だけでたぶん作らない。
何かに夢中になっていて何かを見ないという句はかなりパターン化はしているのだが、法廷の裁判員(裁判官ではない)ということで新鮮である。


冬霧の軍港汽笛一つなし
かつて訪れた大連を思った。主宰はどの軍港を見たのか知らないが、たしかにひっそりしていた。船に塗られたペンキがやけに灰色は濃いという印象であった。冬霧の中で動かぬ無機質な船は音もなく寒いのである。


船底より機関轟く冬至かな
横浜港の氷川丸の機関を思い出した。ピストンが往復運動するシリンダーがぎっしり並んでいて力の象徴と感じた。
冬至というような日の短い時間を配してエネルギーを強調したのがいい。


カンテラの照らす線路や街に雪
この句に難解な言葉はないがじっくり読むとわかりにくさが浮上してくる。そう思う要因の最たるものが「街に雪」である。ここへきて読み手は線路がどこにあるか迷い出す。雪が降っている街と線路のある場所との距離である。
中七のしまいを「や」で切っているので、線路は街から遠いと考えてもいい。そして線路には雪が降っていないと考える解釈も成り立つ。線路から眺めると街は雪模様である、そう読めるから迷い始める。
カンテラは、燭台の意でブリキの油壺の中に灯油を入れ、綿糸を芯として火を点じ、携帯用とした照明具、と広辞苑にある。カンテラを持って照らしているのは駅員であろう。
作者は止まっている電車の車中から線路を点検する駅員と、向こうの街を眺めているのか。ぼくは線路にも雪が降っていると思うのだが、「街に雪」が意外にわかりにくくしてはいないか。




安ければ速き床屋や都鳥
1000円の床屋である。1100円のところもある。ぼくのような年金生活者ご愛用の店である。「安ければ速き」には拙速を揶揄する響きがあるが1時間も床屋にいたくない心理もぼくにはある。
そんな思惑はどうでもいいが、うまいのは季語。「都鳥」といえば、在原業平の<名にしおはばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと>を思い起こす。男の流離を背景にした憐れを誘う味付はなかなかのもの。


小春日や拾ひし銭も賽銭に
『家庭画報』2月号より転載。
この雑誌で行った袋回しでできた作であるが、ぼくは主宰の出した題ゆえはじめからできていたと考える。そんなことはどうでもいいが、賽銭の句として笑わせてくれるし、季語を斡旋するセンスは見習いたいところ。


髪刈つて空気軽しよ石蕗の花
ほんとうは頭が軽くなるのだが「空気軽しよ」と少し感覚を飛ばして詩情を引き入れている。ちょっとした芸で些細なことを一句にする巧さである。


仕事場の目立たぬ恋やクリスマス
ここには作者の上司としての目を感じる。
おそらくとある女子職員の挙動を見ているのではないか。お茶を当該男性の机に置くときの笑顔が上司に対するのとまるで異質であるとか、「〇〇さん電話です」という口調に半音髙い響きがあるとか、秘めた恋心を読み取った上司の視点である。作者は知らぬふりをして部下の女性と男性のなりゆきを見守っている。セクハラはなさそうである。


大橋は灯の広がりや鴨眠る
「大橋は灯の広がり」、いえそうでいえないところであり新鮮である。下の川は上より暗くそこに鴨がいるのも隠し味としてよく効く。


寒き夜の法案運ぶ台車かな
国会で働く事務方のことを詠んだのだと思う。
私事で恐縮だが、45年も昔、小生が大学生のころ、国会で働くとある女性とつきあっていたことがある。予算作成時になるとそういう裏方の方々は深夜残業が当たり前でありデートはできなくなった。この句を読んでいまもそうなのだろうと懐かしくなった。
作者が国会へ行く用事は何だったのか、横道のことばかり考えてしまった。


紐解きて小包楽し年の暮

『家庭画報』2月号より転載。
壇蜜さんが出した「紐」という題をこなしたもの。気取らず誰もわかる句にしたところがいい。


干蒲団飛行機雲を見て飽かず
『家庭画報』2月号より転載。
「飛行機雲を見て飽かず」はほんとうなのか、考えてしまった。「見て飽かず」は30分見ていて欲しい。
ぼくは1月7日、府中市の消防出初式で梯子乗の演技を見たとき空に飛行機雲が三筋立ったのをはっとしてしばらく見た。けれど30分は見なかった。飛行機雲はだんだん崩れて幅が広くなってゆるんでいくと興が覚めてゆく。ほかの種目に目が移って行った。
自分のことで恐縮だが雲を「見て飽かず」は、夏山である。特に富士山。
富士山の雲の生成と消滅は午前中ずっと見ていても飽きない。そんなこともあり、この句は袋回しという事情を越えていない句だと思う、残念ながら。


写真:大宰府政庁跡
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鷹主宰の読みに痛烈な物言い

2018-01-28 03:15:37 | 紀行


一緒にネット句会をやっている月読くんから鷹のホームページの「秀句の風景」について質問を受けた。
それは、鷹2月号で小川軽舟主宰が取り上げた

山火事の三晩続けり父の斧  轍 郁摩

についての主宰評についてであった。

主宰評
山火事が三晩も続いてなお燃え続けている。乾いた風にあおられた火勢は夜空を焦がし、集落に迫る。下五に出しぬけに置かれた「父の斧」にぬきんでた迫力がある。状況の説明は何もないのに、それは父と子の悲劇的な関係の暗喩とも見えてドラマチックだ。斧は父の手にあるのか、子の手にあるのか、それとも何かの役目を果たして地に打ち捨てられているのか。いずれにしても、その冷たい刃に山火事の炎はめらめらと照り映えている。
月読
この句での斧は、山火事の延焼防止活動に駆り出され、一時戻ってきた父の手にある斧というのがベーシックな読みではないかと思うのですが、主宰の評ではそれへの言及がなく、また「何かの役目を果たして」などと書かれていることを思うと、そもそも延焼防止という役目について頭にないようにも感じられます。

月読くんの質問にぼくは「よい疑問である」と即答したのであった。
ぼくも山火事の延焼防止活動に使った斧であると感じた。作者は山火事に挑んだ父の気迫や労苦を書きたかったのではないか。主宰はテキストのおおもとを無視して自分勝手な妄想に走ってしまったように感じた。
すると月読くんから返信が来た。

月読
郁摩さんは、10年以上前に家鴨さんや眠兎さんと一緒にネットで俳句指南をしていただきました。私の勝手ないめーじとしてですが、郁摩さんの句はドラマチックな傾向がなきにしもあらずなので、ひょっとして今回ばかりは主宰もそんなイメージに引っ張られたとか?

月読くんもぼくもこの句に対しての主宰の読みに疑問を抱いたのだが、次の句に対しての主宰評には逆に感嘆した。

神の鳩法の鴉や冬はじめ  市東 晶

主宰評
運動を兼ねて近所を歩く。神社では鳩を分けて歩き、寺では鴉にやかましく鳴き立てられた。この句の材料はそんなところだろうが、「神の鳩法の鴉」と並べた手際がよい。法(のり)とは仏法のこと。神道には白い鳩、仏教には黒い鴉という対照が、特段何の意味もないのにおもしろいのである。

月読くんとやっているネット句会にこの句が出たとしてぼくは採れなかったのではないか。「神の鳩法の鴉」がわからなかったし、わかったとして「神道には白い鳩、仏教には黒い鴉という対照が、特段何の意味もないのにおもしろい」という主宰の感受性についていけなかった。主宰、降参しました、という心境。

今月号の鷹主宰の「秀句の風景」は疑問と感嘆が錯綜した。
作品を読むのはその人の自由であり間違いというのはそもそもない。その読みがおかしいと指摘するのも自由である。
意見の応酬で作品の世界が広がるところに俳句という情操科目のおもしろさと奥ゆかしさがある。
月読くんの質問体質はあっぱれである。


写真:2017年06月19日、ポルトガル中部ペドロガン・グランデで発生した山火事(EPA提供)
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袋回しのまろ様を偲ぶ

2018-01-26 19:51:19 | 俳句


『婦人画報』2月号の袋回し句会を読んで、ざっと20年前ぼくを鍛えてくれたそれを思い出した。

その会は「二日会」といい、基本メンバーは伊沢惠、珍田龍哉、三田穣治、中村昇平(以上鷹)、山田真砂年(未来図)と小生であり、ときどきいちげんのお客さんが見えた。山田と小生がほぼ同年代でほかの方々はずっと年上であった。
句会場は鎌倉の便器製造業の穣治さんの事務所の2階であった。

母死ぬ日必ず沙羅の咲きをらむ 惠
ふらここを下りて少女の翼消ゆ 龍哉
木の実落つ西郷像を丸洗ひ 穣治
啓蟄や駅前旅館掃除中 昇平
ウイグルの美女はけだるし蠅叩 真砂年


以上のような作を懐かしく思い出す。

珍田さんが平成18年に、惠さんが19年に、もっと前に昇平さんも亡くなって句会は消滅したが、それまで数年にわたり毎月袋回し句会を行なった。

ぼくを鷹へ引っ張り入れた惠さんに次いで珍田龍哉(ちんだ・たつや)さんのことが印象深い。名前も特異ならその人柄も比較する人がいないほど抜けていた。
彼の経歴を知る人が「やんごとなき身分の方」「世が世ならわれわれが口をきける相手ではない」というように、珍田さんはわれらとは別の世界の住人と思われた。
悠揚迫らざる物腰でとにかくおっとりしていて急がない。
鷹同人会長をつとめたように、そこにいらっしゃるだけで独特の風格を感じさせたのである。
「鷹の百人」にも取り上げられている実力者で、彼の出自について「祖父珍田捨己(津軽藩出身)は昭和天皇の侍従長(ポトマック河畔の桜はこの珍田子爵夫妻の贈った物である)」と記されている。
珍田さんは東大を出て大手企業につとめ、全国の不動産鑑定士のリーダー的存在でもあったそうだ。
珍田さんは公家さんの印象が強く、みなさんは陰で「まろ」と愛称した。「まろは…」と自称すれば様になった御仁である。さすがにそうはしなかったが…。

忘れられなかった事件があった。
珍田さんの出した封筒がひとまわりして自分の手元へ帰ってきた。短冊を出して清記にかかるのだが、珍田さんの手が止まり、表情に翳りが見える。うんざりしている色が顔に出ているのだ。
惠さんが訳を訊いた。
すると珍田さんが「鬱という字を14回も書かなくちゃいけないんだ」という。彼の出題は「鬱」であった。みんな笑った。
さらに珍田さんは「むずかしい題を出してみんなを困らせようと思った」というので、みんながどっと笑った。みんな2句以上書いていた。「鬱って作りやすいよ」とみんながいってまた大笑いとなった。
あのときの珍田さんのなさけない表情は見たことがない。

あのとき珍田さんは70歳を少し出ていたか。
あと数年でその年齢にぼくが近づく。ネット句会では若い人たちと句会をするようになっている。
あのときの先輩たちを凄いと仰ぎ見た。即席で鷹の30句に入るような傑作を先輩たちはものにしていた。
さてぼくはいま後輩たちからどう見られているのか。少し寒く思うこともある。



写真:太宰府天満宮の大樟(髙さ39m、根回り20m、天然記念物)
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鷹主宰、壇蜜さんらと袋回し

2018-01-25 18:43:25 | 俳句


『婦人画報』2月号は14ページを使って「新春 開運 句会」なる記事を展開している。
登場するのは、壇蜜さん(タレント、女優)、坂東彌十郎さん(歌舞伎俳優)、小川軽舟さん(鷹主宰)の3人。
その句会はなんと「袋回し」。衣・食・住を主体にする婦人誌が乙な風流によくも踏み込んだものである。あっぱれ!
正岡子規がこの方法を好んだという袋回しというのは、袋(ぼくらは封筒を使った)におのおのが題を書いて出し、参加者全員が1題必ず1句以上その場でつくって短冊に書いて入れる、全員の作品がそろったとき、袋から短冊を出して清記して選句、批評し、最後作者が名乗る、というふうに進む。
即興で俳句をつくる、いわば脳の瞬発力を鍛える言葉遊びであり興奮する。
1題を5分以内でこなすというルールでやり、1時間で12題をこなしたようだ。自分が出す題の句は持ち句から字を拾うことが多いが(これさえ許さない剛の者もいる)、ほかは全部その場で考えなければいけない。
即興ゆえ思わぬ拾い物があることがある。

下記のものが題である。出題者を←で示した。坂東彌十郎さんは仲間内で俳句をやっているようで「酔寿」(すいす)という俳号をお持ちである。

【第1ラウンド】
  赤ワイン←酔寿、楽屋←軽舟、紐←壇蜜
【第2ラウンド】
  秘めた恋←酔寿、銭←軽舟、爪←壇蜜
【第3ラウンド】
  飛行機雲←酔寿、稽古←軽舟、猫←壇蜜
【第4ラウンド】
  下駄←酔寿、九谷←軽舟、穴←壇蜜



みなさんが作った作のなかから目を引いたものをそれぞれ5句ずつ挙げて鑑賞したい。
【壇蜜さんの句】
恋やぶれ傷からいずる赤ワイン
天・酔寿
各人が天・地・人というグレードで評価した。一等賞・二等賞・三等賞であり酔寿のいちおし。
この句には季語がないことにお気づきだろうか。これに関して鷹主宰は採らなかったものの「特に恋は重いテーマなので季語の代わりになる」と解説する。
壇蜜さんは昭和女子大卒まで小学校からずっと昭和女子の附属であった。ここの校風として、五七五教育が徹底して行われたそうだ。運動会、遠足、学芸会などの感想文を短歌か俳句を入れてまとめるのが宿題であったという。そこで鍛えられているから今度の企画に参加できたそうだ。
そういう訓練をしていなかったら即席で句を書けるものではない。

秘めた恋果てはツンドラ悟りつつ
地・酔寿
出題がおもしろかった。ぼくらは漢字一つの題ばかりだったので、「秘めた恋」という物語性のあるものは初めて。
果てにツンドラはおもしろい。壇蜜さんの魅力は裸だけでなく言葉にある、味な話のできる奥行のある方であることがわかる一句。

書きぞめる「爪は短く気は長く」
機転が利く人である。書初めに書いたというところが味噌。

舞扇開く手しびれ寒稽古
これは正攻法の句。きちんと自分を書いていて好感を持つ。

くつひもでもたもたつくるたてのちょう
人・酔寿
靴の紐を蝶々結びしている。縦の蝶々結びがうまくいかないのだ。この蝶に季語性はないが袋回しは即興性と言葉遊びを楽しめばいいのである。


【酔寿さんの句】
初芝居楽屋の客も艶やかに
地・軽舟
鷹主宰の天・地・人はすべて酔寿さんに集中した。
うまいと思う。中七に注目したのが眼目。舞台の客を当然想像させてふくらみがある。

人日に初めて君の爪を切る
人・軽舟
人日なる季語がむつかしいのだが、恋の風情もあるユニークなフレーズをつけたものである。

雪山に飛行機雲の交差点
天・軽舟
鷹主宰の句をのぞいて、これが最上と思った。山で飛行機雲まではいえるが「交差点」を出して遊び心が躍っている。
ここまでの句を即興でなしえたと思いにくい。出題者が酔寿ゆえ作ってきたのではないか。そう思わせるほど出来がいい。

君からは離れられない猫火鉢
「猫」を「猫火鉢」へ転化した冴え。猫火鉢を君と擬人化して親しみを出した。

燗酒や九谷を眺め箸を止め
鷹主宰の出題にけれんなくそつなく答えて風情あり。


【軽舟さんの句】
寒晴の正座に終る稽古かな「寒晴の正座に」がいい。いかにも礼儀正しいたたずまいが見える。

紐解いて小包楽し年の暮
地・壇蜜
本人が小市民的というように現実的なところで凝らないでこなしている。俳句はこれでいい。

襟巻や秘めたる恋に耳赤く
「秘めたる恋に耳赤く」はうぶでいい。鷹主宰は無理をせず人が納得できる線で詩を醸成するのがうまい。

小春日や拾ひし銭も賽銭に
天・壇蜜
そういえば境内や賽銭箱の近くには人の賽銭のこぼれたものがよくある。身近なところに目をつけたものである。

干蒲団飛行機雲を見て飽かず
人・壇蜜
軽舟さんは壇密さんに愛されたようだ。壇蜜さんの天・地・人を独占してしまった。蒲団を干したわきで空に描かれた飛行機雲を眺めている。俳句は童心が大事と思う一句。

【楽屋裏】
鷹主宰はこの記事をみた家人に「きれいな人と会ってよかったわね、ニヤニヤして」とからかわれたそうだ。でも僕はカメラマンの指示で笑ったのであり壇蜜さんに特段の意識があったわけではありません。俳句の宣伝のためのスマイル、と鷹新年来会で盛んに強調した。
息子さんに頼まれて壇蜜さんのサインをもらったお返しとして主宰の本にサインして壇蜜さんにプレゼントしたようである。
むろん『婦人画報』にこういうことは書かれていません。


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