宇江佐真理という作家を知ったのは1月の半ばであった。『卵のふわふわ』なる題名に惹かれて読んだ一作がハッピーエンドでほんわかした。ハッピーエンド、予定調和の好きでない小生が感動してしまったがそれは世の中に目をそむけたくなる話題が満ちているせいか。ゆったりとした気分にさせてくれるタイプの作家だと思った。
これをきっかけに宇江佐真理を調べると、平成7年「幻の声」でオール讀物新人賞を受賞しデビューしその後シリーズ化した「髪結い伊佐治捕物余話」が彼女のライフワークであると知った。以下のシリーズである。
- 幻の声
- 紫紺のつばめ
- さらば深川
- さんだらぼっち
- 黒く塗れ
- 君を乗せる舟
- 雨を見たか
- 我、言挙げす
- 今日を刻む時計
- 心に吹く風
- 明日のことは知らず
- 名もなき日々を
- 昨日のまこと、今日のうそ
- 月は誰のもの
- 竈河岸(へっついがし)
- 擬宝珠のある橋
主人公は髪結い床(店舗)を持たない廻り髪結いの町人・伊三次で、北町奉行所同心・不破友之進の小者としての裏の顔を持つ。辰巳芸者の恋人・お文と所帯を持って髪結い床を持つ夢を叶えるため、仕事に励みながら、小者として様々な事件の解決の糸口を見つけていく、というもの。
最初に「竈河岸(へっついがし)」を読んでしまい後でこれは終盤のものと気づき、デビュー作「幻の声」に戻って、順番通りに読み進み、9)「今日を刻む時計」を読み終えた。
1月2月と髪結い伊三次と辰巳芸者お文のあれこれが横にあって東京にいながら気分は江戸である。
そう劇的な事柄が起こる筋立ではなく、人情の機微がこまやかに描かれる時代物。知的書評合戦「ビブリオバトル」でこれを褒めろと言われても目玉がなくて困惑するのだが、読んでいて疲れない。すらすら読み進めることが何よりいい。面白みがないと読み進むことが困難だから読み手を離さない魅力はある。それを名状できないといったたぐいの物語。薄味だが滋養のあるスープのような味わいである。時代劇をテレビで見るのならこ小説を読むほうが豊かな気持ちになる。
作者は、「(このシリーズは)編集者がもう要らぬと言わない限り、書かせていただくつもりである」「伊三次とともに現れた小説家なので、伊三次とともに自分の幕引きもしたいと考えている」と述べたそうである。
気負いはないが気力が張っているところが読み続けさせる理由かもしれない。
2015年 11月7日に宇江佐さんが乳がんで死去したため(66歳没)、本シリーズは「擬宝珠のある橋」(2016年3月10日発行)をもって終わった。作家が書きながら亡くなるというのは本望なのかもしれない。
どんな風貌の方だったの最近、写真を拝見した。納得した。本を読んで想像した通りの穏やかな風貌。そこに秘められた強い意思を感じた。
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