天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

鷹5月号小川軽舟を読む

2021-04-25 01:18:28 | 俳句



小川軽舟鷹主宰がその雑誌の5月号に、「驚きて」と題して発表した12句。これを山野月読と合評する。山野が○、天地が●。

春めくや妻のしばらくゐない家
●5句先に「妻の無事……」がありそれと関係して読んでしまいました。「しばらく」ですから帰るという安堵感はある。微妙な不在に「春めく」にこれがまた効いています。
○奥さんが「しばらく」家を留守にすることが珍しいわけで、そうした家で過ごす新鮮さが「春めく」気分なんですね。何か始まりそうな期待感を含みながらも、実はそれを句にして冷静な作者(笑)
●いま、留守宅で過ごす新鮮さが春めく、と言いましたが、そう読むのがいいんじゃないかな。いやあ、春の光のむしろ空虚な、脱力感みたいなことを言おうとしているんじゃないかな。

菠薐草胸ぐら摑むがに洗ふ
○こうした事情に疎いのですが、片手でしっかり掴んで、もう片手を動かし洗う感じでしょうか。ポパイとブルートは、よく「胸ぐら掴む」シーンがありましたね。
●ポパイとブルートか……古いけれど比喩として優れています。ぼくは親の仇みたいに野菜をちぎれるほど洗いませんがまあ見えます。

夕方の人恋しさよ海苔焙る
●上五中七は甘いですね。常套的な甘さじゃないでしょうか。
○確かに甘いとも言えますが、不在の「妻」への恋句とすればストレートかつスイートで私は素晴らしいと思います(笑)。それより、下五の展開は意外性はあるものの、やや演歌っぽいのでは。
●ぼくはこの甘さは弁護できません。句歴3、4年の新人じゃなくて1200名の頂点に立つ鷹主宰でしょう。
○辛いなあ、主宰は。

驚きて覚めし春暁ただ静か
○「春暁ただ静か」には、「春暁」ゆえの静けさと一人寝ゆえの静けさが含まれているのでしょう。一抹の寂しさを内包しつつも、総じては安堵、安らぎを感じさせます。そこから逆算すると、「驚き」の原因は示されていないものの、内容はネガティブなものだったのではないだろうかと推察したくなります。
●ネガティブなものに驚いたのだろうね。やはり妻と関係するのかなあ。
○どうですかね。関係ないように思いますが。
●妻の影を見てしまいます。一句一句、独立しているものとして読むべきなのですが。

春暁の頬を枕にまた寝落つ
○上句での安堵感のまま「寝落つ」感じですね。「また」とありますが、これは上句との繋がりを考えず、独立した句として考えても、飲めるところですか? 一方で、上五は「春暁や」とすることも可能かと思いますが、そうはしないことで上句との繋がりも含ませ、技ありと思いました。
●「頬を枕に」という小技が作者の巧いところです。ぼくはとにかく「や」で切りたいタイプですが切らない流れも切実で悪くないですね。

妻の無事人生の無事冴返る
●妻は突発性の身体の異変で緊急入院した、と取りました。けれど死に至らず引き返した。いま寛解期にある、養生すれば前ほどでなくても生活できると……。
○それは冒頭の句の「しばらく」不在の理由としてですか。冒頭句で「春めく」としているのですから、そうした事情ではないと思うのですが。
この句については、不在だった「妻」の無事なる帰宅を喜んでいるのでしょうが、「人生の無事」の方は、作者自身の「人生」を言っているように感じます。「妻」がそのままいなくなり、熟年離婚なんてことにもならなかった「無事」。季語の斡旋は、思いもよらぬところですが、冒頭句の「春めく」と対をなしているのではないでしょうか。
●どうしても冒頭の「春めく」と関連させて読みますよ。熟年夫婦で相方の「無事」を言う場合、死ぬか生きるかのことでしょう。「人生の無事」も「妻の無事」を強調しているんです。薄氷を踏む思いでありまた起こるかもしれなと作者は思っています。だから「冴返る」を付けた。したがって冒頭の「春めく」に凄く空虚な光を感じます。
○そうなのかなあ。独立した句として読めば健康問題をまずは思うのですが、冒頭の句からの一連の流れの中では、健康問題という気がしないのですが。読みが甘いのかな。
●甘いよ。独立した句として読んでも「無事」は生死しかないでしょう。

カーネーションかぼそく立てり予約席
○母の日のプレゼントとしてのレストランリザーブですかね。「かぼそく立てり」が主宰らしい冴えとセンスです。これだけで、一気にドラマチックです。
●予約席には作者と妻が座るのですか。妻は息子や娘の母であるけれど夫の母じゃないので小川夫妻の席とは考えませんでした。
○作者はこの席の予約者ではなく、訪れたレストランで目にした光景かなと思いました。
●今月は妻の重みでそれに関連付けてほかの句を読むという悪循環にはまってしまいました。どこかのレストランでの嘱目でしょう。

撮り鉄はホームの端に春疾風
●「撮り鉄」は俳句に入って来られるなあと思っていた矢先、やられましたね。
○誰もが目にして気づいていることなんですけどね。「春疾風」もいいですね、ホームを出入り、行き来する電車の賑わいや速度も感じさせます。
●そう、新鮮な素材を決めました。

松籟に蔵王堂立つ雪間かな
●吉野山の金峯山寺蔵王堂ですね。ふつう「雪間」というと狭い雪解の比較的狭い区画をイメージしますが、蔵王堂が来て、おおっと思いました。
○なるほど、確かに「雪間」の捉え方としてワイドな感じがしますね。現場に行ったことがなく、状況を知らないのですが、間近に松があるのですか。と言うのは、わたるさんの「雪間」への気付きから、ひょっとしてある程度距離をおいた遠景では? と思ったので。遠景ゆえに作者としては至極納得のいく「雪間」感だったとか。
●この雪間は意表をつきます。松籟から入った風格と相俟って際立った一句だと思います。

コンバース汚さず野蒜摘みにけり
○ナイキとかではないのがいいですね。「汚さず」と言うのは、汚さないようにではなく、結果として汚れずにというふうに読めます。そこから想像するに、「野蒜摘み」目的で出掛けたわけではなく、野遊びでたまたま見つけた「野蒜」なのかなと。
●ナイキなら知ってますがコンバースなんて知らず、調べましたよ。グッチやエルメスと一緒でぼくは銘柄を詠むことにそう意義を感じません。以前作者は「アマゾンの箱破る快クリスマス」と書きましたが、それと比べると脆弱な気がします。
○学生時代はコンバースをよく履いてました。アマゾンの句ほどの傑作は、主宰と言えどもそうそうはできないでしょう。

飯早き山の湯宿や春の月
●「飯早き山の湯宿」ってそんなにおもしろいことですか。常識の範疇じゃないでしょうか。
○措辞だけで面白いかどうかで言えば、面白くないかも(笑)。句全体で言えば、早い夕食の時刻に見られる「春の月」だとすれば満月に近いのかなとか読者に想像させる情報の提示の仕方としてはとても味があると思います。湯上がりの寛いだ中で眺める「春の月」も中々です。
●弁護するとすれば「春の月」は効いています。たぶん丸くて早く上がったことに驚いたことがわかります。飯も早いし。両方の意外性が書かせたのでしょうね。

妹のつけし犬の名あたたかし
○この「妹」は幼いのか定かではありませんが、名付け親たる「妹」が欲しがって買うことになったのでしょうね。
●妹がいちばん欲しがっただろうね。妹とあたたかしの引き合いに情趣があります。



撮影地:郷土の森公園(府中市)
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3 コメント

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Unknown (Tuki)
2021-04-28 03:44:14
驚きて覚めし春暁ただ静か

この句について、何か言い足りていないような気がして気になっていたのですが、ようやくその正体に思い当たりました(笑)。

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる 藤原敏行朝臣

この有名な和歌では、風の音に秋を感じ驚いているわけですが、上記俳句にこれを並べると、
「秋」に対して「春暁」
「音」に対して「静か」
「風」に対して「夢」
「目」に対して「覚めし」
といった対応関係と「驚」という共通キーワードを拾い出せそうです。
敏行「朝」臣の和歌の俳句版、春版ともとれるように思えます。
とてもいい句だなと。
返信する
Unknown (Tuki)
2021-04-28 03:48:40
大切なこと(笑)を書き忘れました。

「夢」は「目にはさやかに見えねども」なのです。
返信する
撮り鉄 (とみお)
2021-05-11 12:19:13
*撮り鉄はホームの端に春疾風
わたるさんは、誰もが見ていることだが、「撮り鉄」を新鮮な素材、と評していらっしゃいます。
自分にも「撮り鉄」を詠んだ句があり、嬉しかったです(笑)。

 
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