鷹は12月号に毎年恒例の「同人自選一句」を掲載する。今年は500句が掲載されている。この中から小生が気になった句を取り上げて若干の感慨を述べる。
つなぎし手ぱつと離され夕蛍 青田文子
手を繋いだという句はよく見るがこれは反対をやっておもしろい。相手が大きい蛍でも見つけたのだろう。
月明や梟の鳴く林檎園 浅沼三奈子
「月明」は季語性があるし「梟」「林檎」は季語であり季語ばかりでできているが主人公は「林檎園」だろう。梟がいる林檎園などこの平成ではまほろばといえる。
柿紅葉家に声かけ家を出る 阿部千保子
一人住まいになって家に人格を感じている作者。切実な内容。
子を産んで項にほへる夜涼かな 阿部逑美
娘さんだろうか。匂うような色気を項に感じている。自らの老いを言外に感じさせる。
はるかより身籠れる桃どんぶらこ 有澤榠樝
桃というだけでもエロチシズムを孕んでいるが「身籠れる」である。「どんぶらこ」の情感もいい。
けふひと日寿命更新青き踏む 有田曳臼
「けふひと日寿命更新」がオーバーのようでいて実感があり「青き踏む」が切実にひびく。
春濤の巌に砕けわらひをり 有馬元介
「春濤の巌に砕け」までは誰でも書くが「わらひをり」で自分のものにした。春を寿ぐ気分横溢。
湯気立ててそこそこ仲のよき夫婦 安西信之
「そこそこ仲のよき夫婦」は絶妙、よく言ったものである。風邪予防の季語もうまい。
酷暑に紛れ集団死刑十三名 安藤辰彦
死刑制度存続か反対かといった社会性を孕んだ句。うまく時代性を詠んだ。
熱の子の明けし襖やクリスマス 池田なつ
寝かされている子供の孤独と外への好奇心が中七でうまく出ている。
朝顔や突つ掛け軽くつつかけて 池田 萌
つっかけるからあれを突つ掛けと呼ぶのだろう。それを判然とさせた言葉遊びのおもしろさ。
光り物好きでばばあで汗かきで 伊澤のりこ
婆さんが汗をかきつつ光り物、すなわち鯖や鰯などの鮨を食っている。あまり上品ではないさまがまざまざ見える。
待つことのうれしと待ちぬ菊の雨 石木戸雅江
待っていることを「待つことのうれしと待ちぬ」と展開させて滋味を獲得した。物は言いようなのである。
木洩日のさざなみ寄せてハンモック 井上宰子
要する木洩日を受けてハンモックに寝ている景。「さざなみ寄せて」としてがぜん情趣を醸した。俳句は言葉の発見である。
初仕事病人の髪刈りに行く 井原仁子
作者は理髪業なのだろう。健気に働き自分のことを書く。それが訴えるという一例。
食べて死ぬだけの貯へきりぎりす 井原悟美
年金生活者がどんどん増えていく昨今、この感慨は大方の人が納得するだろう。もう蟻のように働けないのである。
暗算の球を弾きて悴める 岩田英二
実際に眼前にない算盤を宙に感じて指が弾いているのがおもしろい。算盤という物がないだけかえって寒さが伝わる。
乳吸ふは血を吸ふごとし牡丹咲く 上田鷲也
血の中の栄養が乳に姿を変える。それを赤子が吸う。この機序を解き明かしてはっとさえた。血の色、乳の色の対比もいい。
水に色あり水底に桐一葉 植野路子
「水じゃないものがある」というのが「水に色あり」だろう。じっくり見るとそれは水底の桐の葉であった。展開の妙に味わいのある一句。
鴨打の草に血糊を拭ひけり 大和田 毬
「鴨撃」ではないから鴨を棒などで殴打しているのか。「草に血糊を拭ひけり」であるから荒っぽい狩猟と読んだ。東京の池に馴染んだ小生は気が遠くなるような世界。
柚子湯出て筆を持ちたくなりにけり 岡田勝子
「柚子湯出てジュース飲みたくなりにけり」だと原因結果。「筆を持ちたくなりにけり」だからおもしろい。その理由は作者もわからないだろう。
伐倒を告る音声や寒の空 岡本雅光
直径30㎝以上の大木を切り倒す場面。四五人いて統率者が掛け声をかける。倒す方向は綿密に決めて木に伐り込みをいれときに楔を入れて徐々に倒していく。その緊張感が満ちている。
光源は太陽一つ初景色 小川軽舟
この句は1月7日付毎日新聞へ出した新年詠3句の1句であり鷹2月号にも出した句。「光源は太陽一つ」は簡単にして壮大。地球とそこに住む人間やほかのあらゆる命を荘厳する。鷹主宰の代表句は数多あるがこの句も間違いなく代表句である。100年後も地球があるかぎりこの句の命も尽きない。
撮影地:八王子城跡