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天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

子守りをしつつ果実をにらむ

2025-08-23 16:55:34 | 身辺雑記



1ヶ月以上しなかった子守りが再開した。マカオのじじばばが一昨日帰国し、日本のじじばばにその担当が返ったのである。猛暑ゆえ行く先は冷房の効いたプレイステーションしかない。そこで午前を過ごそうと思った。
ギンナンとカリンの生育状況も気になっていた。二つをプレイステーション界隈で見ることも目的である。ギンナンはすでに落ちているのがある。去年同様鈴なりである。毎年よく実をつけてくれる。問題は匂いに敏感な妻の監視をどうやって掻い潜るかである。






プレーステーションの庭


自然に生育する果実は天からの戴きものだから仮に生育不良でも文句を言う筋合いではない。甘んじて受けるだけであるが、畑で植えて作った黍なのに捨て置かれるのが理解できない。恋ヶ窪のとある黍畑。収穫時をとうに過ぎて黍が乾いているのに雑草と一緒である。畑の主の顔を見たくなる。何を考えているのか。人は不可解である。


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白血病は死の告知ではない

2025-08-15 00:00:16 | 身辺雑記




【背骨が砕けそうに痛い】
山田幸子の骨髄性白血病と小生も付き合っている。
彼女は今年の2月14日、横浜から突如、札幌の札幌医科大学附属病院へ転任した。当病院の心臓血管外科の執刀医死亡につきこれに代わる人材を求めて札幌から横浜市立大学附属病院へ人材派遣の依頼が来た。これに山田の上司・黒田医局長が応えて急遽、最良の人材を派遣したのである。
このとき山田は身の異変を感じていなかったという。移籍した札幌で2月27日から3月3日にかけて難解オペ7例を処置しめざましい技量を発揮して周囲を驚かせた。
ところが3月27日、山田は足に強い痺れとマヒを感じた。札幌へ来てから腰痛も感じていた。「1トンもある岩の下敷きになっているような凄い身体全体のだるさと、呼吸が苦しい」とメールしてきたのが27日の夜のこと。すぐさま酸素を供給するなどの治療を受けててやっと立ち直った。30日の夜、今度は「背骨が砕けそうに痛い」とのことで渡辺医局長らが背骨へ放射線照射を行った。これで「嘘みたいに軽くなった」とサチはいう。医局長は「一度の放射線治療で骨に肉腫があるのなら軽快するはずがない」とのことで骨の外部周辺に巣くったもろもろのウイルスによる炎症症であったといったんは見立てた。小生もこれでサチのガン関係のトラブルは一掃されたと信じた。ところが事はそう簡単ではなかった。今思うと白血病が進行していたのである。





【病気を忘れさせたY医師】
5月20日、黒田医局長はサチの助っ人として横浜でナンバー3のY医師を札幌へ派遣した。これが問題児であった。医師とは思えぬ甘いルックス。佐藤健級のイケメンで札幌のナースステーションは色めいた。寮へ入ったY医師が出勤する朝、玄関にほぼ全員のナースが勢ぞろい。みな手に手にプレゼントや手紙を持って「おはようございます!」と迎える。みんなY医師とデートしたいのである。プレゼントの中には当然連絡先が入っている。Y医師はルンルン。医局をたびたび抜けてナースステーションへ行き、そこから嬌声が聞こえてくる。サチはヤバイと感じた。札幌のナースたちはY医師が希代の女たらしであることを知らない。遊びたいがため結婚はせず複数の女性と交際を楽しむ令和の光源氏。サチは彼の医師としての姿勢に不満。「鍛え直してやる」と息巻くがこのままでは色恋沙汰が起き病院が修羅場と化すのは必定。憂慮して黒田医局長に、Y医師の引き取りとナンバー2の江口医師の派遣を進言。黒田医局長が危険に気づいてその提言を受け入れた。ああ、Y医師は甘美な花園から呼び戻されたのであった。





【5年後の5人会をめざして】
サチから来るさまざまなメールは「事実は小説より奇なり」が多く、それにかまけて白血病のことをしばし忘れたが病気は進行していた。6月、精密検査をして「骨髄性白血病」であることが判明。黒田医局長がサチに「余命半年」を言い渡したとき小生は死が近いことを覚悟した。けれどサチは意に介さない。「私は全快する。全快して5年後に5人会をする」と主張する。
5人会はサチの一人息子S君が提案した。彼は母と深い関係があるがよそ者(天地わたる)に会ったこともないのに親愛の情を寄せる。母、黒田医局長、わたる先生と自分が一堂に会して大いに飲んで語ろうと提言した。黒田医局長も小生を買っているらしい。それを聞いて小生は、では、サチの親友の愛先生も呼ぼうと提案して5人になった。愛先生は小生の根強いブログファンである。サチにとってその5人会が希望の星となっている。


【末期からの脱出】
サチはなぜか白血病が5年後に全快すると信じている。しかし5年は長いので「1日1日をしっかり生きる」と言う。これに対して小生は「遠くの峰を見ると嫌になる。目の前5メートルを見て歩くのがいい」と応じる。
骨髄性白血病ゆえまず、骨が傷む。いままで体が毀れるような激痛が二度あった。そうでなくてもいつも骨が傷む。左足が痛いので引き摺ってゆっくり歩く。出血しやすいので歯磨きはそろそろやる。吐き気、めまい、息切れもある。中でもいちばん怖いのが発熱と感染症。39℃なら自分で解熱剤を飲んでしのぐが40℃を超して熱性痙攣をおこしたときはこちらが青ざめた。リカバリー室へ行く途中のメールに「死なないように頑張る」とあって笑った。この事態でのユーモア。それにスマホをいじりながら対処していることにまだ余裕を感じた。
体毛はすべて抜けたという。頭は尼さんのようにつるつる。陰毛も眉も皆無。「毛が無いから眉は引きやすい」と笑う。



        

【サイボーグみたい】
赤血球、白血球、血小板血液の構成要素はいずれも不良にて感染症に対処できない。感染すれば即生命が危ない。マスクをして人に接する機会をできるだけ断っている。
体重は一時29キロまで落ちた。吐き気があって食事を受け付けないので人工栄養に切り替えた。
「エンシュア・リキッド(コーヒー味)」(アポットジャパン)を朝昼晩、1缶ずつ飲むのが栄養のすべて。これに身体がぎりぎり耐えられる最も強い抗ガン剤を服用する。サチの身体はもはやヒトというよりサイボーグではないかと思うほど人工の力に頼って命を営んでいる。それでも最近、体重は33キロになった。どん底から浮上する気配がある。血液検査の結果、白血病細胞の減少が確認できたといって主治医が驚いた。末期になって改善する例をあまり見ないらしい。「末期を脱した」という。サイボーグ化しても、どういう風体になってもかまわない。骨と皮になっても生き抜いて欲しい。
「私は必ず治る」という強い意思が命を支えている。小生の応援がどれだけ効いているか。サチは「病気は医師ではなく自分が治す。自分の意思が治す」といつも言う。
その意味で「鉄の女」といっていい。この劣悪の状況下で緊急搬送される患者がオペが必要なら即座に立ち向かう。命あるかぎり患者の命を救うという医師としての倫理感の強さが自分の命をも助けている。
小生は夕方16:30ころサチが医局から帰るころ、メールが来るかどうかいつもチェックする。遅れるとき熱発でリカバリー室で点滴を受けている可能性を考える。あるいはオペが入ったか。リカバリー室へ行く頻度と病状と関係するとみて気を抜けない。8月14日、発熱しない大丈夫な日が16日続いたことになる。いまサチは安定している。






【12月横浜に帰ります】
毎朝サチに電話して声を聞いているとすぐさま死ぬような病人とは思えない。3月からみてもう5か月が過ぎたがサチは耐えられない苦痛にのたうちまわっているわけではない。サチと付き合う前、女優・夏目雅子がこの病気であっけなく逝ってしまったこともあり白血病は死亡宣告と受け取っていた。けれど黒田医局長が反省しているように、不屈の闘志で病を克服する可能性を信じてもいい気になっている。
サチは横浜から呼んだ腹心・江口医師の外科医としての資質を評価している。半月前に「執刀医になるにはまだ早い」と突っぱねたが、彼の意気込みの凄さを感じ先日、潮時かもしれないと難解オペの執刀を任せてみた。江口医師のオペを上から観察して、完璧に対処する姿に感動し、もう一人立ちできると判断した。新執刀医誕生である。「思ったよりはやかった」と師匠は本人の努力を称える。江口医師は家を札幌に構えて横浜から家族を呼び寄せてここで生き抜く決意だという。その覚悟もサチに好印象を与えた。
「そうなると私の役目はないから今年12月末日、横浜に帰ります。渡辺医局長、黒田医局長と話して決定しました」とサチが言う。
DeNAベイスターズの中継が入る横浜はサチの故郷である。港のある国際都市。そこへ帰って病気と闘うのがいいと思う。心理的に横浜は札幌より近い。これからも闘病に付添う覚悟である。




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河童のように泳ぎます

2025-08-14 03:09:26 | 身辺雑記



きのう、国分寺市民室内プールで泳いだ。75分200円にてしょっちゅう行ける金額。最近は1000mを目標に、クロール50・背泳30・横泳ぎ20の比率で泳ぐ。平泳ぎは下手、バタフライはむつかしくて泳げない。続けて泳ぐと飽きるのとばてるのとで数回25 mを歩く。
国分寺市の施設にお世話になっている。300m離れたところに賃仕事(掃除)をするアパートがある。そこで汗をかいた体を洗浄して泳ぐから国分寺は府中より親近感がある。
いつだったか中央例会後の懇親会で奥坂まやが「その人の前世は何であったか」なるテーマに興じたことがあった。「わたるさんは河童よ、河童。間違いない」と決めつけられた。いい加減で悪戯心があるというのである。まあ俺は泳げるしと思い、まや説に反駁しなかった。頭が皿のように禿げてはいないが水は得意の河童である。
川や海で泳いだが河童ゆえか水難事故に遭わずここまで来た。
プールは壁と壁と間の往復で飽きるが運動量はすごい。飽きないていどプールに来ている。



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暑中見舞い謹んで戴きました

2025-08-09 04:56:03 | 身辺雑記




立秋は一昨日の8月7日であった。秋の気配などどこにある? 猛暑日が続くばかり。
ありがたいことに人の世は飲み物をくださる方がいる。小生がアルコールをそう飲めないことを知って、ジュースにしてくれる。瓶のジュースは質がよく飲めば生き返る心地。トマトジュースは30本もある。1日1本ずつ飲むと30日が過ぎる。そのとき暑さがいくぶん収まっていることを期待する。氷を入れてこれを飲んで引きこもるのがいい。
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マカオのじじばば来たる

2025-08-07 03:19:59 | 身辺雑記



きのうの夜、結と優希、彼らのじじばばがマカオからうちへ来て夕食会となった。妻はこのために一昨日から準備した。
李さん夫妻である。じじばばといっても娘の歳からして小生より一回りは若い。それに50台くらいの女性マコさんがいつも一緒。マコさんと李夫妻とは血縁関係ではなく近所つきあいだが関係は凄く濃い。3人組といってよく李夫妻のみを見たことがなく家族なのだ。マコさんに連合いはいないように見える。結と優希は7月15日にマカオへ行ってからずっと母のほか3人と行動し3人に可愛がられたのであろう。
李夫妻もマコさんも日本語はもちろん英語も話せない。歯科医が職業なのだから英語は話せると期待したがまるでだめ。「サンキュー」も聞いたことがない。したがって夕食会のように長時間を共有するのは辛いが、とにかく料理を出してニコニコし、好意をもってます、と伝えるしかない。妻の料理は口に合うようでやはり食は人を引き付ける。それに2人の孫が潤滑剤。孫は広東語をまったく話さないがマカオじじばばは目の中へ入れても痛くないようだ。よかった。




 米倉宏江得意のポテトサラダ

マカオの人たちはそこが狭くカジノしかないせいか、とにかく旅行する。背後の中国本土へ行くか飛行機に乗るかであり飛行機に乗っていちばん近いのが日本。それがあって娘を東京へやるのに反対しなかったのではないかと思うほど来日する。1年に3度は来て娘と孫の家に長逗留する。今回も8月いっぱいは米倉家を根城にしてあちこちへレンターカーを走らせるのであろう。小生より日本の観光地を知っていると思う。旅行できるというのは金持ちである。たくさんのお金を日本で使ってくれるお客様である。われわれは湯水のようにお金を使うことと行動力をただただ仰ぎ見る。




興奮してはしゃぐ2人

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