天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

湘子『黑』 7月上旬を読む

2024-07-08 05:12:31 | 俳句




藤田湘子が61歳のとき(1987年)上梓した第8句集『黑』。荒行「一日十句」を継続していた時期であり発表句にすべて日にちが記されている。それをよすがに湘子の7月上旬の作品を鑑賞する。

7月1日
みづおちのへこみ深くて老涼し
海の波が寄せる絶壁を眺めるとき涼しさを感じる。「みづおちのへこみ深くて」に絶壁のような厳しさがあり、これは作者の痩身のことであろう。「老涼し」は凄烈である。

天野萩女居
あぢさゐに別れの薄茶まうけかな
「天野萩女」の名を小生は知らないが先生の弟子であろう。「別れの薄茶まうけ」が巧い。「まうけ」がご馳走の意味であり、薄茶への感謝としてこれ以上ない表現。

7月2日
梅落とす十年経たば誰(た)が落とす
いま俺が落としているが十年後足腰が危なくてできんぞ。いったい誰がやるのか。連合いはすでにそれをやっていない。ストレートに書いていて切実。
立葵大河濁れば野川また
大雨の後の川。あちこちどこも濁流。それを「大河」と「野川」で象徴的に見せた。季語「立葵」の効き目抜群。
ひしひしと安居の灯をば竹囲ひ
「安居」は、僧が一定期間遊行の出ず一か所で修行すること。小生はこの現場を見たことがないが「竹囲ひ」に風情を感じる。この安居はまったく屋内ではなく屋内の屋外の境みたいな場所を思う。
朝顔の雙葉に甲も乙もなし
朝顔の葉が出てきた、2枚。似たようなもので大小も形のよしあしもない。朝顔の一物として上ランクの出来。

7月3日
おほかたは恥の暦日冷し瓜
来し方の日々を「恥の暦日」とまで言うか。栄光もあったのではないか。やや芝居がかっているが自嘲が句をおもしろくするのも確か。「冷し瓜」を付けたのがさすが。
半夏雨発禁の書のいつか無し
書店からその本が消えた、と解釈した。小生が中学生のころのそれは伊藤整訳「チャタレー夫人の恋人」であったが先生のころは何なのか。「半夏雨」という難しい季語をここぞと使っている。先週先生の句作は冴えなかったが今週ははつらつとしている。
7月4日
明易や右手(めて)に賭けたる五十年
「右手(めて)に賭けたる五十年」。俺は右手で俳句を書いてきた、という述懐か。季語で夜それに没頭したと言っている。先生は夜型で深夜に俳句をたくさん書いたらしい。

7月5日
不即不離日覆舟と見るわれと
日覆をかけた舟。中に何があるのか人がいるのか不審を抱いたのがわかる。かなり近づいて舟を見たのだろう。「不即不離」という漢語が効いて不審な匂いを助長している。
おのが辺の黴とたゝかひ妻五十
物がしかとあり手ごたえのある句。「妻五十」と突き放したのも心地いい。

7月6日
居ることに倦みたる蟇の歩みけり
自分が存在することに飽きた蟇という踏み込みがおもしろい。たしかに蟇ののそのそした動きは人をそう思わせる。思い込みは俳句を書く大事な衝動。いかに自分の衝動を普遍化できるかである。この句は普遍化できている。
女のこと女に訊かれ蓮ひらく
「女のこと」は女性関係か。訳ありの女のことを訳知りの女に質された、と読んだ。蓮池のほとりで。「蓮ひらく」だから先生はかなり白状したのではないか。
愛弟子に煮梅をすこし遣(つか)はしぬ
「愛弟子に煮梅」と来ると、愛弟子は女性のように思う。こうしてみると先生はそうとう女好きであったと言わざるを得ない。だから俳句がおもしろいともいえる。今週の先生の句はどれも色濃くて楽しめる。

7月7日
閑談や噴井ときどき大き音
温泉に間欠泉がある。周期的に熱湯を吹く。この噴井はそういう類のものでときどき音がする。そのたび話をやめてそちらを見る。
辻褄が合ひそれでよし冷奴
相手がいて話をしていてのことか自分の想念の中でのことかさだかではないが、季語「冷奴」に対して上五中七の文言はびしっと決まっている。

7月8日
鷗外忌雨の天守に遊びをり
「雨の天守に遊びをり」はおもしろい。森鷗外は作家のみならず政治家としても重要な仕事をした身の上ゆえ天守を持って来たのはこれに符号する。忌日の句として上質。

7月9日
大聲をいつから忘れ蝸牛
先生は亡くなる直前に「枯山へわが大声の行つたきり」と書いている。自分の声が大きいことはずっと意識していたことだろう。よってこの句は蝸牛の一物仕立ての句ではなく、大きな声を出さなくなった自分を書いている、とみた。いやあ先生はこのころまだ弟子を叱責していたのではないか。ずいぶん怒られた気がする。

7月10日
日中よりうつらうつらの黴の宿
「うつらうつらの黴の宿」であるから作者でななく宿そのものが眠たげだと言っている。黴っぽい家の描写として異色。
青嵐神父のカラーつね固き
神父は大柄の人が多く対面すると仰ぐ感じ。黒い服を着ているので季語が効く。神父が際立っている。
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