天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

乃南アサ『あなた』

2022-02-28 06:30:39 | 

2003年2月発行/新潮社


心の中まで手に取るように分かってしまう私なのに。
あなたを見つめるために生まれたはずの私なのに。
見つめれば見つめるほどあなたは逃げてゆく。
そしてこともあろうに、あなたは彼女と二人で、
こんな所にまでやって来てしまった....
四人の若い男女に続けざまに起こる異変。
それには思いもよらぬ「理由」があった。
恐怖と切なさが交錯する「泣ける」長編ホラー小説。


帯に上記のように語る内容。本書に他出する「あなた」と呼ぶのは誰か、何か。それがテーマであり見どころ。
四人の若い男女とは、二浪して厳しい受験を経て大学生になった「あなた」川島秀明、彼の予備校仲間の美作麻衣、秀明の最近の恋人カンナ、麻衣に好意を寄せる樋口。いわばこの4人は四角関係。

のぶさんが
帯にホラーとあったが自分には怖さは感じなかった。二浪の末にやっと大学生になった、女の子にだらしない川島秀明という主人公の物語が展開する。そして正体不明の「私」が作中に現れ「あなた」と呼びかける。真の主人公は「私」なのだ。前半部ではそんな秀明が女性をたぶらかし、二股掛けたり、それらの女性とトラブルになったりする描写が繰り返される。この辺りは読んでいてイライラしながら不快になった。そして後半は憑依の話が展開される。自分が狐憑きだとかこの手のものを全く信じていないので、読んでいて現実味がなく面白みにも欠けた。

とのコメントを寄せるなどほかの読者たちの評価が高くない作品だが、小生にはおもしろかった。
作者の言いたいことは、深層に封じ込めた恋心、である。本人が意識していない恋心。テーマがしかと見えて好感をもった。
恋の不条理、苦しさ、切なさ、哀れさなどを作者は古典的な狐憑きを用い戯画化して見せたと思う。最後に人間を離れて恋心だけを取り出して見せた技量に感嘆した。

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年上の女と年下の男の恋

2022-02-27 07:01:34 | 映画



題名にひかれて「愛を読むひと」なる映画をテレビで見た。
第二次世界大戦後のドイツ。15歳のマイケルは、体調が優れず雨でずぶ濡れ。気分が悪かった自分を偶然助けてくれた21歳も年上の女性ハンナの介抱を受けて知り合う。ハンナの成熟した美しさに魅せられ性の世界に陶酔するマイケルを新人デビッド・クロスが、成熟したクールな女ハンナをケイト・ウィンスレットが演じる。両者とも身体がきれいで濡れ場が麗しい。撮影時男が18歳女が33歳。
年上の女と年下の男の恋は伝統的なテーマで、すぐ思い出すのが「個人教授」(仏)、「課外授業」(伊)といったもの。双方の作品はうぶな男が成熟した女に性の手ほどきを受けて男になり、やがて年相応の女を愛するようになるという成長物語であり、「愛を読むひと」も似たような展開かと思いきや、ナチスドイツの戦犯を裁く法廷へと場面が展開していく。
ストリーはウィキペディアにしっかり出ているので省くが、見どころは題名が示すように「読む」ということ。
クールで賢そうなハンナは実は文盲。マイケルが本が好きな青年と知ってベッドで本を読んでもらうことを喜ぶのが情事をユニークにしている。それはハンナが収監されてからも形を変えて続いていく。字を読めないことを恥じる法廷でのハンナがこの映画に深みを与えている。読み書きができるということの嬉しさを女優は全身で表現する。
話は変るが、年上の女が年下の男を可愛がるという情事はいつ見ても麗しいがその逆は嫌である。幼児虐待ほどではないが嫌悪感を持ってしまう。少年は女に愛されて男になるのが理想である。男と女に横たわる性の深淵を見せてくれた映画でもある。


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受験と文房具を詠む

2022-02-26 05:23:26 | 俳句



今月の「ひこばえネット」に兼題として「文房具一切」が出た。文房具にはペン、ボールペン、鉛筆、筆、紙、ノート、インク、定規、コンパス、分度器とさまざまあるし、ほとんどの人が手にしたことのある素材。良い出題であると感じ出来ばえはともかく俳句をやる気になった。

英和辞書ちぎつては食ふ受験子よ
大学受験に挑んだのは半世紀も前のこと。そのころ、英和辞書の覚えたページを破って山羊のごとく食う奴がいた。ぼくはもったいないしそんなことをしても効果がないと軽んじたが、彼にはおまじないが必要であった。

筆の穂を噛みてほぐせり浅き春
墨書は苦手である。それでも書く必要があるときは書かねばならぬ。

筆箱に付け文ありぬ梅ふふむ
小学生も高学年になれば意中の人が出来する。恋こそこの世の花である。

鉛筆を尖らせる目や冴返る
ぼくは鉛筆はHBを使ったが2Hばかり使う女子がいた。勉強ができたが冷たい目をしていて遠くから見ていた。

消ゴムの滓捩れをり落第す
消ゴムで消すことが多い奴は成績もたぶん悪い。

弾みをり一年生も消ゴムも
入学したての子は落着きがない。まるで消ゴムみたい。

春暁のインキ落ちたる紙面かな
手紙など書いていてボタッとインクが落ちることがある。これで10行書いた便箋がパーになる。

春愁や吸取紙はインキ吸ひ
吸取紙にインキを吸わせるのは快感にして次の展開のないことである。

あたたかや定規で背中掻く大工
あたたかくなるといろいろ痒くなる。定規は背中を掻くのにちょうどいい。

棟梁の耳に鉛筆暮遅し
耳に鉛筆をはさむ人は今でも東京競馬場で見かける。いかにも自堕落ゆえきびきび働く人のほうがいいと判断した。

封切りて便箋香る春灯
秋灯だと別れの感じがする。これから始まる恋には春灯が似合う。

ペン胼胝にインク滲める春愁
いま書くことが減ってペン胼胝が消えたがむかしは中指にこってりとあった。

鳥雲に下線だらけの英和辞書
英和辞書は食べるほかいちばんアンダーラインを引かれることが多い辞書である。アンダーラインを引くといっぱい勉強をしたという錯覚に酔うがそう効果はないだろう。

春愁や減らない白い色鉛筆
色鉛筆のセットになぜ白があるのかわからない。絵の具だと混ぜて色をマイルドにするが固形の鉛筆ではそれがそううまくできない。結局、白は減らない。

俳句は物に即した詩である。よって文房具のように一個一個をしかと思い浮かべることができる物について思いをめぐらすのは句作の良いトレーニングになると感じた。


撮影地:片町文化センター(府中市)
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71歳になりました

2022-02-25 05:53:08 | 身辺雑記



本日が誕生日、年を取ったなあと思います。孫というのはそれを突き付けてくる存在。左の結があと2ヶ月で3歳、右の優希が7ヶ月。3年前ふたりはいませんでした。結は問題のあるむずかしい子で爺婆は積極的に育児に関与しました。ともかく3歳になるまでとやってきました。去年12月保育園に入り一時爺の負担が減りましたが最近、新型コロナウイルス感染症に園児がかかり彼のクラスは自宅待機になりました。それで再びしっかりみています。
結はよく走る。自宅を出て西国分寺駅をすりぬけて国分寺駅まで歩くのが通常のコース。西国分寺駅で切符を買って電車に乗ることを覚えたのでそれを避けるためにおんぶしてさっと通りぬける必要があります。過ぎると調子よく国分寺駅へ走る。結は走り爺は早足ですがときに追いつかなくなり走らされます。5m離れると危ないので。
姿見の池の鯉を見るのに地面に腹這いになるのには驚きました。電車も腹這いになって見ます。寒風ひゅーひゅーの中で。爺ははやく家へ帰りたいんだけどね。
相変わらずユーチューブで電車や汽車を見るのが好きで「もっとみるう~」と駄々をこねます。優希にはユーチューブを見せないで育てようかと思いますが彼は歌を聴くの好きみたい。ももたろさん、ももたろさん、お腰につけたきびだんご、を聴いてにこにこしています。この家で満足に歌を歌えるのは爺のみにてこれは頑張るしかありません。優希はいつまで見るのかなあ……やれやれ。

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紙袋のなかにぎっしり紙袋

2022-02-24 06:23:41 | 身辺雑記



きのう自転車を走らせて街がすいている感じ。登校路に車除けが置かれていないし人通りがすくない。はて何の祭日か。調べて「天皇誕生日」とわかった。その日は前は年末であったような気がするが、そうか天皇が替わったのであった。
天皇誕生日は片町あたりは紙ゴミを出す日であり、アパートはぼくが整理した紙袋のほかに個々が出した紙袋が出ていた。その数10個ほど。
ちらし、ビラのたぐいがひっきりなしにやって来る。アパート勤務はタイムカードがなく、
茶の花や気が向けば行く賃仕事
ほどの気楽さであるがあまり欠勤すれば紙ゴミがあふれてばれてしまう。紙ゴミが勤怠のバロメーターになるほどである。
紙ゴミの処理には紙袋が必要。その確保にしょちゅう腐心している。一度これがなくなったとき自分で作ろうとして困った。紙を構成して糊で貼って立体にするのはそうとう面倒。大きな面積の紙が必要だが日常にそんな紙が出回っていない。紙ロールを使う印刷所でないとそんな大きな紙がない。紙袋を作るより料理のほうが簡単。素材がすぐ手に入る。
きのう、出ているひとつの紙袋の中身が全部紙袋であったこと。2ヶ月ほど紙袋に頭を悩ませなくていい数である。
こんなことで良い天皇誕生日であった。こんなことで喜べるとは掃除をしているお陰である。それにしても天皇の誕生日が俺のとやけに近くなった。俺は明日だよ。
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