鷹2月号からちょっとおもしろい風味の句を鑑賞する。
冬帝の下に下にと来りけり 加藤静夫
「下に下に」は大名の行列の先頭が庶民に土下座を促す掛声でにて時代劇でおなじみ。それを冬帝に使った。富士の白くなる様子を思うと冬帝で納得する。
雲腸(くもわた)を冥加冥加と嚥み込みぬ 山地春眠子
冥加は神仏の加護という意味だが「みょうがみょうが」の音感が雲腸によく合う。意味より音感を重視した手際が光る。
枯菊を焚きて余生の或る日かな 今野福子
「余生」には人生の最後を虚しくする響きがあって嫌な言葉。しかしここに「或る日」が来るとぐっとその日が濃くなる。この手を少し年をとってやろうと思っていて先を越された思い。
交番に子連れの箱師からつ風 内海紀章
これは事柄のおもしろさ。箱師は電車などの乗り物を職場とするすりである。「子連れの箱師」から「子連れ狼」を思ってしまった。子の役目は何だろう。
サルトルも猫背なりけり冬木の芽 三浦啓作
そうだったんだ。言われてサルトルをあらためて思う。猫背でもボーヴォワールのような女傑が伴侶であった。
アラララと始まる嗽秋うらら 安藤辰彦
上五の擬音が奇抜。何かに驚いたかのような響きが意表をつく。
瓜坊の越境木もて木を叩く 山田東龍子
瓜坊は猪の子。「木もて木を叩く」しか方法はないのか。それをやっているときもう瓜坊はいないのではないか。そんなところがおもしろい。
藁塚の腰の抜けをる日和かな 沖 あき
藁塚は時間がたつと下ってきて地にくっついたりする。それを「腰の抜けをる」ととらえた。うまい擬人化。
鬼平の江戸に長居の夜長かな 徳原伸吉
作者が鬼平犯科帖を見ている夜長ということだろう。「江戸に長居の」なる中七が妙味。テレビを見ていると言わずに書いたのがいい。テレビでなく読書かもしれない。
夫婦ともぽつぽしてゐる柚子湯かな 竹岡佐緒理
若い夫婦だと思う。湯浴みのあともさらにぽつぽすることがありそうな雰囲気。
台秤オリーブの実に振り切れる 濱 和子
2㎏が上限の秤と思う。針が勢いよく回って通り越してしまった様子が見える。
自治会長決める集会風邪心地 田中みづき
具合悪くても出席しないと自分にお鉢が回って来そうでやむなく来たといい印象。季語が効いている。
大根を抜くに跨ぎし畝の幅 宮本秀政
畝の幅が相当あって股関節を気にしている感じ。大根引きの句として出色。巧まざる諧謔。
枇杷の花私のどこかよぢれをり 安方墨子
季語が効いているかやや疑問だが中七下五は笑った。彼と毎月句座をともにしているが誰も書かない文言に目をみはる。彼の句で忘れられない1句に「パスカルもアルキメデスも流れ星 墨子」がある。句会で小生一人採り鷹で主宰が採って驚いた。
食つちや寝の食つちやもできぬ柿日和 加儀真理子
1年7ヶ月のガンとの闘病で残念ながら12月29日に亡くなった。「食つちや寝」は怠惰な生活を言う俗な表現。それをもっとも苦しい食事が喉を通らないときに使って見せた。最期までユーモアがあったことを心から称える。
暖房の会議室出る序列かな 加藤又三郎
むかしの会社つとめを思ったがここまではなかった。どういう会社かと訝しんだ。
夜の墓に布団きせたき不孝の子 上月くるを
こんなことを考えて言葉にする人がいることに驚いた。「不孝の子」は作者の「ことであろうがその内容は如何。
堅物の父と正座の日向ぼこ 牧野紫陽花
よく付き合いますね。一緒にいて何を話しますか。大変ですね。
押入れに押し返さるる寒さかな 福西亮馬
どういうことかしばし考えた。中に布団がたくさん詰まっているのか。それが戸を開けると滑り落ちてくるのか。たぶんそうだろう。
撮影地:多摩湖