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広渡敬雄氏より句集『風紋』(角川文化振興財団刊)をいただいた。句集『風紋』は彼の第4句集である。
彼は当ブログに好意を寄せているらしい。本を出版するたびにそれを贈ってくださるのでブログに掲載する。
彼とはそういう関係である。30年前、「沖」の若手の集まった「舵の会」にいたのかもしれない。
小生と同じ1951年生まれの73歳である。そんなこともあって親近感をもっている。
帯文に
風紋は沖よりのふみ夕千鳥
という句を大きく掲げている。この句から書名の「風紋」が出たとするなら物足りないなあと思った。
ほかの風紋の句を探したらあった。
永き日の風紋は砂休ませず
このほうがレベルは上質ではない。「沖よりのふみ」は子供っぽい発想。いたずらに情緒に溺れている。
少女趣味より目を利かせて砂を見て得た「風紋は砂休ませず」は地に足がついていて言葉としてのおもしろみがあり、砂上の様子がよく見える。物をしかとおさえたところに俳句の詩情がある、というのが小生の見解である。
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【自選15句】
音のなき潮のうねりの淑気かな
春炬燵目薬ぽいと投げくれし
灯台官舎ありし灯台春惜しむ
山開き空葬(からとむら)ひの友ありし
御来迎彼の世の我に手を振りぬ
献杯は眉の高さに小鳥来る
一本の冬木を父と思ひけり
一位の実さらに小さき掌に渡す
梨剥くや水の瀬戸際ゆくごとし
新海苔の缶のよき音よき軽さ
睡蓮を揺らす波その返し波
霾るや川筋気質誇りとす
絵師彫師摺師版元初仕事
烏瓜引かるるが好き引いてやる
鯉を飼ふ山の一戸や冬支度
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上記の句の中で小生がいいと思ったのは、「音のなき潮のうねりの淑気かな」「春炬燵目薬ぽいと投げくれし」「鯉を飼ふ山の一戸や冬支度」の3句。ほかはピンと来ない。作者の意欲が先行して言葉が躍ってしまっているように思えてならない。
代って小生の選んだのは以下の15句。小生が作者ならこれを帯に印刷したことだろう。
【天地わたるの推薦15句】
黒潮の大きく蛇行蝶渡る
上五中七、句柄が大きくてほれぼれする。アサギマダラのことであろうか。「蝶渡る」が新鮮かつ大胆。広渡さんの代表句といっていい。
草刈りて二日寝かせし甘さかな
刈られた草が乾いていくときの匂いに注目した。それを「甘さかな」と凝縮させた力強さ。
首に巻く手拭嚙んで荒神輿
汗を拭う手拭を首に巻いている。それは嚙むこともある。嚙んで気合を入れるのである。「荒神輿」の受けがいい。
月白や旋盤いまだ熱を持つ
夕方作業を終えたが旋盤はまだ熱い。こういう句は季語次第であるが、月が出ようとして空の淡く明るい「月白」は抜群の効き目。
残菊にあらたな蕾ありにけり
終わりそうな菊に蕾があった。発見である。残菊をそのままにしておいてもたぶん咲かない。「ありにけり」の哀愁がいい。
ぱつと散るふくら雀やみくじ引く
初詣であろう。「ぱつと散る」に寒雀がいきいきと描写される。ここから「みくじ引く」に転じた間合いがよく、正月らしい気分が横溢。
押し返す力を腕に鷹放つ
鷹は重量感のある鳥。腕を蹴って飛び立つ。それを逃さない措辞。
猪肉をどすんと置いて二三言
何を言ったか知らぬが「どすんと置いて二三言」のぶっきらぼうに臨場感あり。まさに猪肉の一物仕立ての句である。
霧の街無声映画を観るごとし
もしかして似たような句があるかもしれぬがこれが落ち着いた抒情である。
顔出してバックするなり焼芋屋
焼芋屋はクルマを運転している。「顔出してバックするなり」がなんとなく可笑しい。それが焼芋の親しさと通じ合う。
かげろふの向うに遊ぶ子供かな
怖い句である。もしかしてその子供たちは冥界で遊んでいるのか。集中もっとも怖い句であり作者らしくない路線かもしれないが異彩を放つ。
ドッグより鋲打つ音や野水仙
正攻法のゆるぎない形の句。海浜で船が造られている。季語で状況がわかるとともに、音を克明に伝えるよすがとなっている。
かさぶたのいつしか剥がれ夜の秋
俳句で「かさぶた」の題材を見ないこともないが、この句の自然さに惹かれる。つまり夏の初めにどこかけがをしたのだ。それがなくなるころふっと秋の気配がした。俳句にしようと気張らないよさである。
金網の錠開けて入る山葵沢
素材がまずおもしろい。盗難防止の柵である。金属の錠を開けるときの音感と水の流れる音とが引き合って新鮮である。
ゴーヤチャンプルなるやうにしかならぬ
ゴーヤチャンプルで沖縄を思う。ゴーヤはゴーヤチャンプルになってあるべきところへ落ち着いた感じの料理である。いろいろ料理法はあるがゴーヤチャンプルが一番。これに「なるやうにしかならぬ」は暑さに対しての思いも含めてフィットする。
小生の掲げた句を作者はどう思うか。肩に力が入ってらず、しかし、実(じつ)のある句を選んだつもりである。
自選はむつかしい。作者の前に今後、自選という課題が山のように立っている気がしたが、読み応えのある句集であった。