天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

重量挙げに見る俳句作法

2016-08-08 05:58:03 | スポーツ・文芸


興奮しないと思っていたオリンピックに興奮してしまった。
女子重量挙げで三宅宏美選手がつぶれそうになった劣勢(スナッチ3回目の試技)からなんとか差し上げてクリーン&ジャークへつなげたときは声が出た。
そしてクリーン&ジャークも3回目で差し上げたときは泣きそうになった。

興奮を抑えてこの競技をみると、俳句の作り方の代表的な型二つを見ることができる。
三宅選手がつぶれそうになったスナッチ。
バーベルの下へ入る形で一動作で頭上に差し上げ、両足を伸ばして立っていくという形は俳句でいうと一物のつくり方を連想する。
一物俳句に型はなくそのことがむつかしいのであるが。
バーベルを一気に頭上へ掲げるという爆発的な力量とバランス感覚には度肝を抜かれる。
墨書する感覚でいうと「は」のときは3呼吸だが「の」を書く時は1呼吸である。
1呼吸にすべてをかけるというのを一物俳句という。

藤田湘子の『神楽』から一物俳句、重量挙げのスナッチ系の夏の句をみると、
炎天の罠ある方へ行かむとす
胡坐して自負も自戒も裸かな
観念を吐き尽くしたる蟇
風鈴のひつきりなしも困るなり

こういった句は初心者にはむつかしく季語の説明になりがちだとして湘子は教えなかった。いや手がかりがないので教えられる代物ではないといった。何年か俳句をやる過程でふと湧いてくるものだと。
湘子が書いた『20週俳句入門』は、一物俳句ではない配合の句のつくり方の解説書である。

すなわち初心者はまずクリーン&ジャークから入れと湘子は指導した。
季語にそれとまったく異なる文言をぶつけたとき火花が散って詩が生じるという考え方である。
クリーン&ジャークはいったんバーベルを肩の高さまで持ち上げて息をつく時間がある。
これが俳句でいうフレーズを得ることである。
湘子に「豊頬の白鳳佛や田水張る」という句がある。
「豊頬の白鳳佛」はバーベルをまず肩に持って来た状態、呼吸を整えて「田水張る」をつけて一句としたと思われる。
バーベルを肩から頭上へ差し上げる力として季語を対応させるとわかりやすいだろう。季語が爆発力となってバーベルが上がるのである。
湘子がクリーン&ジャークでつくった句は、
ふぐりいま茫洋とあり冷し酒
両岸のまばたきひとし雲の峰
老いらくの美醜是非なしバナナ食ふ
終戦日頭が禿げてしまひけり
じやがいもの花適当に生きてをる

一句の中で二つの要素が判然として存在しお互いを際立たせていることがわかるだろう。湘子はこういう句の場合、季語から発想せずにフレーズをまず練ることをすすめた。バーベルを肩まで上げる動作が先であると。

俳句を重量挙げの型を用いて解析したがもとより頭はカオスでありわけもなく言葉と言葉はからみあうものである。
一物、配合どちらでもないおもしろい句も多々あるのは当然だろう。
瑠璃蜥蜴さみしからずや息合はそ
うつし世に芭蕉玉解く首尾十日
日盛を来て面目の立ちにけり
甲斐信濃夜涼の星座分ちあふ
鮎釣や奥美濃の山もこもこと

鮎釣の句は「や」切れであり、構造的にはクリーン&ジャークとみてもいいのだがこの句は完全な嘱目、旅行詠であった。嘱目句の季語は動きやすい。そのへんが季語の爆発力までは感じさせないところか。
日盛の句はスナッチとみてもいいが二物の配合の気配もある。
「うつし世に芭蕉玉解く首尾十日」は湘子得意の言い回しのうまさ、味わいで勝負した逸品。
スナッチでもクリーン&ジャークでも言葉そのものの深さ、味わい、すなわち技術が首尾に結びつくのは俳句も重量挙げも一緒なのだろう。


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