インスブルック駅を出発したローマ行きの急行列車を舞台に、『木靴の樹』のエルマンノ・オルミやイランのアッバス・キアロスタミ、ケン・ローチの監督3人が共同監督を務めた。一人の老教授は、便宜を図ってもらった仕事相手の企業の秘... 続き
共同監督というきわめて異例の企画は、想像以上に楽しめた。
映画好きにはこたえられない夢の巨匠トリオである。共同監督というきわめて異例の企画は、想像以上に楽しめた。
いずれもカンヌ最優秀パルムドールの授賞監督。
で、誰もがオムニバス作品かなと思うところだが、共同監督作品だという。
ヨーロッパを縦断する国際列車を舞台にすること。
1枚のチケットをキーワードにすること。
エピソード間になんらかのつながりを持たせること。
そうした大きな設定の中で、3人の巨匠が、一話ごとのエピソードを持ち込み、各パーツを責任演出したうえで、総合的な編集を施したのだと思われる。
1931年イタリア生まれ生まれのエルマンノ・オルミ。
78年「木靴の樹」で授賞。農民など自然で素朴な情景を描く。
1940年イラン北部生まれのアッバス・キアロスタミ。
97年「桜桃の味」で授賞。ゴダールいわく「映画は、D.W.グリフィスで始まり、アッバス・キアロスタムで終わる」。非政治的にみえる子供を対象にしながら検閲を逃れた作品を発表している。
1936年イギリス生まれのケン・ローチ。
2006年「麦の穂をゆらす風」で授賞。イギリスが世界に誇る社会派監督である。
一話。オルミ担当。
孫息子の誕生日に間に合うようにオーストラリアからローマに帰る製薬企業の顧問である老教授。
切符を手配してくれた企業秘書を想いおこして、とつぜん胸をときめかす。
食堂車で、秘書宛に手紙をしたためようとしながら、初恋のピアノをひく少女と秘書が重なり、白昼夢の世界に入っていく。
二話。キアロスタミ担当。
兵役業務の一環として将軍の未亡人のお供で列車に乗り込む青年。
未亡人(中年女性)はことごとく、自分中心主義で、車両でもいざこざを起し、青年を罵倒しながらこきつかう。
車両で偶然、同郷の少女二人と会話をすることになった青年は、ついに未亡人に切れ、お供を離れることになり、未亡人は呆然と駅に立ち尽くす。
三話。ケン・ローチ担当。
セルティックの熱烈なサポーターであるスーパーマーケットで働く3人の若者は、ローマでのチャンピオン・リーグでのアウェーの試合を楽しみに列車に乗り込む。
ビュッフェでベッカムのMUのユニフォームを着たアルバニアの少年と仲良しになるが、検札で自分たちの切符が1枚なくなっていることに気づき、少年一家を怪しむことになる。
どのエピソードも、多国籍で職業も貧富もさまざまな人たちが共存する「列車」という道具立てをうまく使っていることに、当然のように感心させられる。
「明日のチケット」というのは、どんな物語(エピソード)なんですか?と訊かれても、もしかしたら一生思い出すことの出来るような印象深いエピソードである。
別に、センセーショナルな物語が用意されているわけではない。ああ、国際列車であれば、こんな人生模様があっても、不思議じゃないな、と思わせる無理の無いエピソード連作なのである。
もしかしたら、100個でも200個でも、こうしたエピソード連作を綴ることは、可能かもしれない。それにしても、その料理(編集)の仕方が、とっても美味いのである。
そのなかでも、僕の一番のお気に入りは、オルミ担当の一話だ。
老教授と秘書役の二人がいい。
この老教授役は、カルロ・デッレ・ピアーネという人だが、とらえどころのない俳優として本国でも有名人らしい。まあ、今回の役の、可愛らしい(!)こと。
相手役はヴァレリア・ブルーニ=デデスキ。
父は作曲家、母はピアニストのイタリア・トリノの資産令嬢らしいが、数ヶ国語をあやつる知的な国際派女優であり、監督・脚本も経験している。
90年代のスーパーモデルでその後ミュージシャンとなり100万枚セールスのレコードも出したカーラ・ブルーニは、彼女の実の妹らしい。
この女優に関してはその後の「ふたりの5つの分れ路」「ぼくを葬る」という作品でも、ちゃんとつきあっているのだが、なぜか今回、とても輝かしく見えたのだ。
それはともかく、老教授は、白昼夢のように、この美人秘書に胸のときめきを打ち明け、少年のように恥ずかしがるのだが、これに対する彼女の大人の微笑、優しげな眼差しがとっても素敵なのだ。
僕は、イタリア出身の美人女優だとモニカ・ベッルッチ命!でしたが、もうこの作品で、分別も無く転向しました。そうですね、このエピソードで、彼女がスクリーンに映っている時間は5分もないでしょうが、もうそのシーンをダウンロードして、毎日眺めていたいほどです!
はい、ちょっと、興奮して、文体が変わってしまいました(笑)
「明日へのチケット」で、3話を通じて、もっとも感心させられるのは、モンタージュの巧みさである。
食堂車、車両、ビュッフェなどはもちろん、インスブルックの駅や、ローマの駅でもそうなのだが、乗客やホームに集う群衆の1カット1カットがまったく見飽きないのである。
なんか、キャパの写真を何時間でも、飽きずに見ていることができるような・・・。
この共同監督映画は、どういうように進展していくかわからないため、まるで、サスペンス映画を見るように、それぞれの一瞬のカットをついつい深読みしてしまうのだが、途中からは、もう、現在のEUの民族的、階層的集積を観察するような視点で、楽しんでしまった。
多国籍のエキストラを動員したのであろうが、見事な演出、撮影、編集である。
パルムドール監督のオムニバス企画としては、2004年の「愛の神、エロス」をすぐに思い出す。
ウォン・カーウァイ、スティーブン・ソダーバーグ、ミケランジェロ・アントニオーニというこれも三巨匠だ。
ここでは、国による「エロス」の捉え方の違いがおもしろいな、という再確認はあったが、やはり今回の「明日のチケット」における共同監督という企画の方がずっと面白い。
そうはいうもののアントニオーニなど三巨匠の共同監督など想像も出来ない。
今回、こうした企画が成立したのは、同じヨーロッパで少数民族や労働者、農民、貧困などにつねに焦点を当ててきたこの3人の巨匠ならでは、ということなのだろう。
勉強不足です これからも宜しく。
ぁ、共同監督...ですねw
トラックバックありがとうございました。
とんでもないです。単なるミーハーです。
>mottiさん
巨匠によるこういう形での共同監督作品というのは、不勉強かもしれないけど、僕は初めてです。
>くろさん
そうですね。
だけど、僕なんかは、群集に興味があったりしますから、DVDでストーリーと無関係に楽しんで観察したいなあという気にもなります。
TB、ありがとうございました。
この映画はそれぞれの監督の個性が出ていて面白かったと思います。
ちょっと肩の力を抜いた感じで、でも心理描写はうまいなぁという感じで。
ところで、昨日(5日)の記事の「イノセント・ワールド」ですが、この映画は知りませんでした。おもしろそうですね。
普段、この3人とも、もっと重たいテーマですけどね。
本当に、今回は、構えずに、見ることが出来ました。
本作のヴァレリア・ブルーニ=デデスキはめちゃめちゃステキでしたよねー。
ミュンヘンにも出ていたので、去年は4度もスクリーンで観ました。
そして今年、映画祭で観た「不完全なふたり」の主演もやはり素晴らしかったです。
結構、たくさん出演しているんですね。
でも、この作品の彼女は、なんか素敵でしたね。
ついオムニバスと言ってしまうのですが、共同監督作品というより、それぞれの話は、監督の色がはっきり出ていたので、オムニバスと言ってもいいですよね。
垂涎のラインナップだったのですが、んまい!と思う反面、なんだか勿体無いつくりだなとも感じました。
やっぱあの監督たちには、じっくりたっぷり作ってもらいたいなあと。
「エロス」も結構好きでしたね。ウォン・カーウェイの真骨頂!を見た、ってな感じでした。後の二つはあんまり覚えてないです・・・。
「エロス」は3話ともよく覚えているんですが、僕も、仕立て屋の青年のお話がダントツによかったですね。
アントニオーニに関しては、もうみなさん郷愁しかないかもしれないな。
たしかに、西洋と東洋のエロスの感覚の違いは、、伝わってきましたけどね。