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ブログ的なアレです。

峠(2)

2009年01月15日 | 仕事とか堅苦しい話
正直なところ、12月下旬に帰国した頃には、かなり迷走をしていた。
一口に「迷走」と言っても、そこには様々な感情が織り交ざっていたのだけれども。

それは例えば、今の停滞した状況を打破したいからであったり、部署異動をして他の環境を色々と見ることに意味があるのか無いのかがよく分からないからであったり、社外教育で俯瞰的にビジネスの在り方を考察してみたいのにそれが出来ないからであったり、責任ある仕事に就けないからであったり、空回りしまくっている自分にイライラしているからであったり。

で、12月下旬に帰国した際に、実に様々な方々からのありがたいアドバイスを頂いた。会社の信頼出来る上司たち、Jeyさん含めた社内外のプライベートアドバイザーの方々。

皆さんが共通してアドバイスしてくださったのは「自分の立場を冷静に判断すること、焦らないこと」。つまりは、昨日の冒頭でも書いたが、自分は「研修」という立場であり、その限りでは、どうしてもやれることが限られてしまうということ。さらに、「研修」という立場だからこそ出来ること。

例えば、「研修」には「責任」が伴わないのだから、それを逆手にとって、「あなたは何をやっているんですか?教えて。あぁ、そういうことやってるのね。なるほど、分かりました。じゃーねー」ぐらいの無責任なスタンスでも良いのではないかということ。

ここの話は、イギリスに戻ってきてから父親から届いたメールが一番端的に上手く伝えていると思うので、そのまま一部を抜粋してみる。

研修中に今いる現場での実務の習得や、トップの考え方を知る事は重要だが、そこから成果や実績を出そうとしても無理だと思う。何故なら研修と言う立場で責任ある仕事がやらせてもらえないから。実務の経験をする中で、改善出来そうな部分や、不合理な面を見つけてそれに意見は言えても無責任な形になってしまう可能性が高い。

だから社内研修は色々な部署と仕事を幅広く経験さえてもらい(特に営業面での戦略や顧客との交渉術等)それが日本でも適応出来るか、自分として実行した方が良いかをケース毎に研究するのも良い。あるいは全く逆に自分で興味のある事があれば、そこに研修を特化させてもらい自分のスキルに厚みを持たせるのも良い。後はヨーロッパ各国の文化やビジネスのやり方、違いと背景を習得すると深みが出せるのでは。


今まで「何か実績を出さなければ」一辺倒できていたのだけれども、父親含めた色々な方からのアドバイスに、考えが若干柔和されてきた。もう、今を遊休期間と割り切ってしまっても良いのではないだろうか、と。

そう考えると、実は色々と今まで気になっていたけれど、考える時間を割いていなかった議題が意外とあることに気付く。以下、うちの父親に宛てたメールの抜粋。

例えば、海外に来て面白いなと思ったことは、大学を卒業してから1年くらい世界各国の放浪旅行に出て見聞を広めるという人たちが意外と多いということ。自分は「社会の一般的な尺度」で言えば(おかげさまで)順調な人生を歩んできているのだとは思うのだけれども、それが果たして本当に良かったのだろうか、そこに自分の能動的な意思が介在していたのか、放浪旅行に出るくらいの余裕がある人生を送っても良かったんじゃないか、その寄り道で得られたであろうことを見過ごしてきた自分には何か「人生というスキームで見た場合に、本質的に何かを見落としてきたのではないだろうか」、などなど疑問に思うことは多々あったわけです。まぁ、他人の芝は青く見えるというだけの話なんですが。

ただ、そうやって考えてみると、今の自分は、そういう「人生のちょっとした寄り道」を出来る環境にあると解釈することもでき、それであれば、それはそれで存分に寄り道してみようじゃないかと思ったりも出来るようになってきたんじゃないかなと、きっとそういう選択肢もアリなんだろうなと。


これに対するうちの父親のコメント。

外人で卒業後仕事を選ぶ前に1年ぐらい海外を旅行する人が多いという件、豪
州でもUSAでもこういう経験をして入社して来た外人がたくさんいました。旅行先はまちまちだが、アジアを旅行した人が多かったのにも当時びっくりしました(特に豪州人が)。

これは、全く知らない土地や文化を知りたいという好奇心と知っておく事の大切さを解っているからか。今の様にグローバルな形態になってみると西洋人の方が(日本人以外と言った方が良いかも)異文化の吸収が早く、相手の文化に合わせる術を心得ているような気がする。こういう外人は日本企業に入っても他の人と比べても柔軟性がありが早い。

国際人とは、どの地に行っても、その国の文化を理解し尊重し共生を図る事が出来る人。これを達成する基本は言葉だが、あくまで言葉は手段。欧米人、アジア人、アラブ人のやり方が全部違うように、EUになってもヨーロッパ各国はそれぞれの文化、習慣、ビジネスの考え方、プロセスの違いがある。これらを詳しく知る事も、ビジネスの研修の大事な一項目では。


本当にその通りだわよ。

恐らく、海外で生活もしくは海外と仕事をしたことがある人にとっては、これはわりと常識的な話だとは思うのだけれども、それをサラッと体系的に過不足なく誰かに伝えるというのは実はかなり難しい。

そういう意味合いで、うちの父親からもらった他のアドバイスもかなり役に立った。

MBAは一つの資格としては良いし、違った経験が出来る事も確か。でも中身は実際の日々のビジネスでも同じようなケースの学習は出来るしもっと実務の経験を積んだ後の方が良い場合もある。唯、興味深いのは今回の世界同時金融危機によってハーバードや他の多くの大学の教授陣自らが、米国流ビジネスの考え方、やり方は間違っているのではと言う反省が出て来ている。これを機にこれからはグローバルからグローカル、保護主義的なビジネスのやり方に変わり、ビジネス標準も新しい時代になるかも。今までの米国流ビジネス一辺倒のケーススタディーをやるMBAより、もう少し後のMBAの方が正解かもよ。

そうやって考えると、今は「実績を出す」というよりも「視野を広げる」というところに注力した方が良いんだろうなと。今まで強迫観念的に自分を苦しめていた「成果を出す」という要素が、かなりどうでも良くなるというか、「出せないんだから仕方ねーな。出せる機会が来るまではゆっくり見聞でも広めるか」というスタンスになれる。

それにしても会社から給料をもらって、遊休と割り切るなんて良いご身分だ、我ながら。まるで江戸時代の遊学、明治時代の書生さんみたいだ。

江戸時代の遊学と言えば、以前に面白い本を読んだ。
司馬遼太郎の「峠」という小説だ。

(続く)
コメント
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