今日のうた

思いつくままに書いています

ひよこ太陽(1)

2019-07-14 09:40:52 | ⑤エッセーと物語
田中慎弥著『ひよこ太陽』を読む。

私は生きづらさを抱えた人が好きだ。
力を意のままに操り、自分を客観視することもできずに
自分は特別だと思っている人や、評価ばかりを気にする人は
男女を問わず、職業を問わず、大嫌いだ。
歳を取ると好き嫌いが激しくなる。
好きな人はより好きに、嫌いな人はテレビに出ただけで席を立ちたくなる。
田中さんは、もちろん好きな作家だ。
彼の何気ない文章に、ドキッとすることがある。

この『ひよこ太陽』には、痛々しいほど誠実な、自信なさげな
生身の田中さんがいて、手のひらにのせて応援したくなる。
そして文筆業で生きていくことが、いかに過酷であるかが解る。

私は短歌を辞めてから文章を書く「いろは」を習いたいと、
カルチャー教室に通った。
周りの人たちが全員小説を書いていたので、魔が差して私も書いた。
だがこれが地獄の始まりだった。
読点一つ取っても、考えれば考えるほど分からなくなる。
70年代の青春を題材にしたのだが、書けば書くほど自分の馬鹿さ加減と
向き合うことになり、夜眠れない。
何とか形になった9か月後に、「先生、苦しいので辞めます」と言って
さっさと辞めてしまった。もう2度と書きたいとは思わない。
文筆業で食べている人は自分の血を絞り、肉を削って
書いているのだろう、と同情してしまう。
田中さんの好きな文章を引用させて頂きます。

①通りを渡った。横断歩道の縞の外側を蝸牛が一つ、季節を無視して這っていった。

②食パンの上にちりめんじゃこを敷き、マヨネーズを格子に垂らし、胡椒を
 少し振り、最後に正方形の溶けるチーズを乗せてトースターで焼く。
 それに、ヨーグルトと紅茶。テレビでは、日本の現職閣僚の、最近の
 アジア情勢を見れば我が国の核兵器配備が当然議論のテーブルに
 乗ってくる、核のかの字も許さないという反対派は国民が焼け死ぬのを
 一一九番もせずに眺めている冷血動物だ、との発言が海外のメディアで
 どう伝えられているかをやっている。アメリカでは、警戒すべし、理解出来る、と
 両論が出ている。一方国内では、とアナウンサーが切り替えて、大臣なりの
 お考えがあってのことと思う、ただ議論は慎重な上にも慎重でなければならず、
 同時に忌憚なく行われるべきであると考える、と発言する首相のあとは、
 与野党の反応、街頭でのインタビュー、軍事の専門家の分析、と続くが、
 そのどれもが、賛成、反対と奇麗に分かれている。様々な意見がバランスよく
 報道されてゆく。ものすごく冷静に、穏やかに、整然と。
 まるで何事も起っていないかのように。

③だったら汚れた死を選んでしまえばいい。売れない小説を書いて生活が傾いて
 ゆくのは自分一人なのだから、自分を、自分の人生から解放してやればいい。
 自分が生きていることが自分自身の負担になっているいまの状態を、いったい
 誰に対しての当てつけとして、効き目なんかないと分り切っている
 投薬みたいに続けなければならないだろうか。    2につづく

※第47回泉鏡花文学賞に、この作品が選ばれました。
 おめでとうございます。 (2019年10月10日 記)
 








(市の図書館にリクエストしたら、サイン入りの本を一番に読むことができました)

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